第十話 月が満ちて(2)
救世主――光輝視点
「どういうことだ」
登校中も、授業中も、頭から離れないその映像。
俺がくれてやった水玉模様の大きめのパジャマを着ていたシロ。別に、それはいつものことだ。どうってことない。
ただ、あれはいつものシロじゃなかった。いつもは中学生程度にしか見えなかったのに。
そうだ。いつものシロはあんなに、髪は長くない。あんなに、目は潤んでない。あんなに、頬は上気していない。あんなに、腰はくびれてない。あんなに、胸は大きくない。あんなに、エロくない。
いつもの無表情はどこにいったのか。妙に悩ましげな顔で、こちらを見る銀色の瞳。ベールのような銀色の髪。濡れた紅い唇。パジャマから覗く白い陶磁器のような足に、折れそうな腕に、その谷間を作る胸元――。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
やばい、やばい、やばい!
慌てて、危うく18禁に突入しそうな妄想を打ち払う。
おかしい。俺はこうも欲求不満な中学生並の妄想力を持っていただろうか。自分の限界を超えそうだ。
「シロは一応、インキュバスやサキュバスといった魔物の一種だからな」
魔王はハムサンドを食べながら暢気に言った。
昼休み。再び屋上で魔王と緊急会議中だった。事態は一刻の猶予もない。
「魔物化って、変だろ。どう考えたって、ありゃあ別人だ」
「満月の波長は、魔物化だけを引き起こしたわけじゃないみたいだ」
ハムサンドを食べ終え、ちゅーちゅーとコーヒー牛乳を啜る魔王。
えっちゃんと呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、こいつは今日一日中、終始ニヤニヤしている。今はニタニタしている。いつもは、まおうー、とふざけてじゃれついているクラスメートも、今日ばかりは半径5メートル以内に近づかなかった。
「……説明しろ」
「もともとな、淫魔は生まれた当初が両性具有で、百を越えたときに性別が決定するんだ。だからシロはとうの昔に性別が決定してもいいはずだったんだが、シロは淫魔にしては高すぎる魔力を持つからな。本来なら決定する時期が来ても、その莫大な魔力がそれを阻害してしまっていたらしい」
「それで」
「満月の波長は魔物化を促しただけじゃなくて、元来決まるべき性別を決定しようとしているのかも。ここは魔力が薄いから、大気中の魔力が体内に入って阻害することもないだろうし」
「なんだ。じゃあ、決定したらあのままか」
「まあ、角や翼は人間に戻れば消えるけど」
ああ、そんなものもあったか。別に、そんなものはどうでもいい。
「よし、落ち着け。ビー、クール。まとめよう。まず、満月の波長のせいで、シロは魔物になった。本来角や翼が生えるだけだが」
「魔力の薄いこちらの世界のおかげで性別決定が可能になったんだな」
性別決定は大人になったことを示す証なんだ、と魔王は付け足す。
「そんで、どう考えたって、あの身体は」
「サキュバスに決定だろう」
サキュバスに決まったらシロとお風呂に入ろう、と張り切っている魔王。馬鹿野朗、それには俺も混ぜやがれ、じゃない。
「決まったな。おい、魔王。ダッシュで家に帰り、その性別決定とやらを邪魔するぞ!」
「え、何で? 性別が決まるのは淫魔にとってめでたいことなんだぞ?」
今日は赤飯だ、と喜ぶ魔王を一発叩く。
「黙れ! あんなのが家にいておちおち寝られるか!」
襟首を掴み、そのまま引きずる。
ああ! 余のデザートのワッフルがまだ残っているのに! と戯けた言葉も聞こえた気がするが、無視だ。午後の授業? そんなものも無視だ。どうせ、ろくに頭に入る気がしない。
鬼気迫るその表情に、生徒はもちろん教師でさえ道を明けたらしい。もちろん、そんなこと知ったことではないが。