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第九話 月が満ちて(1)

 

 学校に通うになって幾日。

 次第に慣れてきた人間集団との共同関係及び共同生活。とりあえず、光輝の近くに居ればそうそう人に囲まれることがないことを学び、休みの時間はだいたい光輝とお嬢と過ごすことで時間を費やす。問題だと思っていた着替えのときも、トイレで着替えれば何の苦もないことを悟り、授業もまあ寝ていれば終わる。興味深いところは聞いているが、生憎この世界の文学や歴史にそう興味はない。

 というわけで、今のところ学校生活にそれほど支障を来たすこともなかった。

 月が満ちる、今日という日までは。



「熱があるんです。だから今日は学校を休みます」

「黙れ。熱ごときで学校は休むものじゃない」



 風強ぇから休むか、と言っていたのはどこのどいつだ。

 いいからさっさと布団から出ろ、と無情にも毛布越しに蹴ってくる救世主もとい暴虐の悪夢もとい光輝を前に、俺は毛布に包まって徹底抗戦。

 別に熱を移すからだめなのだとか、そう健気な下僕根性があるわけではない。ただ、絶対に今の俺の姿を奴に見せるわけにはいかなかった。蓑虫のごとくひたすらその慈悲のない攻撃に耐えていると、遠慮するような声がその攻防を遮った。


「あ、あの……光輝。今日ぐらい休んでもいいんじゃないか」

「却下だ。むしろ、こうも抵抗されると意地でも出したくなる」


 鬼や、あんた。

 今の俺にやれることはない。毛布を引っ張り合いながら、熱でまとまらない思考で、お嬢に「なんとかしろ〜」と念を送り続けるしかなく。

 それが通じたかどうかは知らないが、お嬢は焦ったように光輝を抑えたようだった。ばたばたと慌しい音が聞こえる。


「え、えっと。だ、ダメだ、光輝! 今日は満月なんだぞ!」


 ぴた、と布団を引っ張る手が止まった。目だけ毛布の隙間から出して様子を伺うと、光輝は怪訝そうにお嬢の顔を見ていた。


「……それがどうした?」

「そ、その。今のシロは人間の形態をしているが、実際はそれも体内の魔力をコントロールしているからで」


 魔力の薄いこの世界でも原理は変わらない。

 魔物が人間へと化けるとき、本来魔物型の身体は魔力コントロールによって人間の形に組み変えられる。これはかなりの高等技術で、相当の鍛錬がないとできないのだが、俺ぐらいのレベルになればそれも容易い。だが、それも『月が満ちていない』という条件の下で、だ。

 こちらの世界にも月があるように、俺たちの世界にも月はある。どちらの月は絶えず魔力の波長を放出しているのだが、満月のときのその魔力放出量は異常だ。それを浴びれば体内のコントロールなどできないほどに、魔力量と魔力の流れを狂わされる。


 たどたどしいお嬢の説明を受けた光輝はそれでも納得できないように、毛布に包まった俺を見て、お嬢を見た。


「じゃあ、お前はどうなんだ。何も変わってないぞ」

「よ、余はこれでも魔王だ。満月の力程度で体内の魔力を狂わされるほど、乏しい魔力は持ち合わせていない!」


 後で覚えとけ、この野朗。

 その膨大な魔力もまるで使いこなせてない奴に散々言われ、それでも今日という日は抵抗できず、ただ成り行きを見守った。

 頭がぼーっとしてくる。目が霞む。

 それでも、この毛布という名の城壁を崩すことはできない。ふと、この姿を光輝に見られてしまったときのことを想像してしまい、鳥肌が立った。何をされるかわからない。いや、それよりも、何をしてしまうかわからない。

 それから目だけ出した俺に、光輝はじーっ、とその目を余すことなく睨みつけて、背に滝のような汗をかく俺を尻目に、諦めたように手を離した。


「わかった。今のお前は魔物型に戻っているから、学校にはいけない、と。なるほど正論だ。さすがに、俺も見るからに魔物の姿な奴を学校には連れていけん。そう言われたら、俺も諦めるしかねぇ」


 光輝は肩を竦め、出口へと足を進める。

 ほっ、と息を吐き、一瞬手を緩めた、その瞬間――



「なーんて、言うわけあるかー!」



 ――毛布を捲り取られた。


 露になるその自分の姿。

 毛布を取り上げた状態固まる光輝。

 ムンクの叫びをその身体で体現するお嬢。

 うーそーつーきー!っと心の中で力一杯叫んだ。

 三すくみは、戸惑ったような顔を浮かべた光輝が、ゆっくりと手をこちらに向かって近づけたことで――


「きゃあああああああ! 犯されるぅ! えっちゃん、助けてぇ!」


 ――壊れた。

 パタパタと背に生えた翼で飛んで、慌ててえっちゃんの後ろに隠れる。

 驚いた顔を浮かべたお嬢は、しかし、妙に嬉しそうな表情を浮かべ、


「よし、まかせろ! 余が守ってやるぞ、シロ!」


 光輝の前に立ちはだかった。

 頬をかき、気まずそうな表情の光輝はあー、と視線を天井に向け、床に向け、えっちゃんの背後に隠れた俺に向け、えっちゃんを見てため息を吐いた。


「わかった。今日は寝てろ。ほら、もう遅刻だ。行くぞ、下僕」


 強引にお嬢の髪を掴み、出口へと引っ張る光輝。それに悲鳴を上げながらも、お嬢は一度心配そうに俺を見て、それでも力ずくで連れ出されてしまった。

 静かになった寝室。

 それに安堵の息を吐き、熱っぽい身体を再び布団の中に戻す。

 何か取り返しのつかない過ちを犯した気もしたが、深く考えず、また眠りについた。

 いい夢が、見れる気がする。




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