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作戦会議

「で、どう思う?」


「んーー、分かんにゃいっ!」


「とりあえず、情報が足らないと思います。暗殺されたという『逸脱者ブレイカー』の状況も何も知らされていませんし」


 リシエ、ロザリー、エデは、三者三様の言葉を発し、会話が始まった。

 とりあえず、リシエ達三人はその日の寝床を確保することになったのだが、その『寝床』で少しだけ揉めた。揉めたと言っても、リシエ達が……ではない。揉めたのはランディー王とアドリアンであった。

 勇者の寝床は王城こそが相応しいと譲らぬランディーと、とりあえず今日の所は我が家でと提案するアドリアン。静かながらも、その鬩ぎ合いは白熱し、エデが仲裁に入るまで続いた。

 結局、エデがアドリアン邸に宿泊することを宣言したことで争いは終わったように見えたが、多少のシコリは残っただろう。

 だが、リシエとしても、エデの判断に否はなかった。現時点では、ランディーとアドリアンどちらかを選べと言われれば、断然アドリアンである。


「なんかあの人影薄いよねっ!」


 無邪気ながらも残酷なロザリーのランディー評がすべてを現している。

 とりあえずアドリアン邸にて、かなり豪華な客室をそれぞれ与えられたリシエ達三人は、リシエの部屋に集まって、今後の方針なんかを話し合っている所である。

 ちなみに、リシエの姿は変わらず醜悪の男のままである。しかし、悪臭のような直接的に被害の出る現象はない。あれはリシエに嫌悪感を持った者だけに現れる一種のプラシーボ効果に似たものだ。醜悪な男は悪臭がするに違いない。そういった下世話な思い込みが大本である。


「アドリアン卿とランディー王は不仲のようでしたが、恐らくはランディー王が遊ばれているだけなのでしょうね」


 ロザリーに負けず劣らず、エデも辛辣である。


「あら? 最初アドリアン卿が出てきた時はエデの表情も冴えなかったようだけど?」


 意地悪くリシエはエデの脇腹をつついた。エデはわずかに顔を背けると、つーんと口を窄めて言った。


「私達はお姉様のように人の心を弄んだりはできませんので」


「あら! 失礼!」


 リシエはエデの窄めた頬を掴む。そして、ゆっくりと押したり抓ったりを繰り返した。


「お姉様……やめてください」


 エデは口でこそそう言うものの、拒絶を態度で示すでもなく、しばらくされるがままになる。好意を持つ相手にはどこまでもされるがままになるのがエデという少女である。


「アドリアン卿って……なんかいいよね」


 唐突に、ロザリーが舌なめずりをしつつ言った。


「何? ロザリーってああいうのがタイプだったの?」


 リシエは意外そうにロザリーを見た。ロザリーはその性格から、異性の友達がとても多い。恋人がいるという話は聞いたことがないが、いろんな男性と二人で出かけているところを度々目撃されていた。


「いやー、そういう訳じゃないんだけどー?」


 ロザリーは軽く手を振って否定しつつ、


「でもああいう人の血が美味しいんだよね」


「ああ……それは分かるかもね」


 蠱惑的に笑うロザリーに、エデが同意を示した。血液への欲求。それはリシエが忘れて久しい類いの感情である。リシエは数百年前を回想しつつ、言う。


「そういえば、そうだったかしら?」


 リシエにとって、最後の数年での血を摂取する行為自体が苦痛なものであるという印象が、心の奥まで染みついてしまっている。


「なんか、あの……心の奥底に大きな謎を隠してますって人の血が濃厚で美味しいんだよね~」


「……ええ、そうね」


 ゆえに、曖昧にしか答えられないのが同じ吸血鬼として寂しかった。


「はいはい……男性についての批評はそのくらいにしましょう」


 リシエが強張った微笑みを浮かべていると、それを察したのか、エデが話題を変える。


「話題が逸れたけれど、本題はこれからの方針についてよ」


「ええ~! つまんないよ~!」


 ロザリーがブーイングを上げるが、エデは華麗に無視をした。


「今日知った情報を纏めると、ゼルシムの人々は私達のことを自分達で召喚し、また勇者だと思っている。それと、国の盾である逸脱者が何者かに暗殺された事。ゼルシムが国防的危機的状況にある事。私達は逸脱者に変わって国を守護する事を期待されている……大まかに言えば、こういう状況な訳です」


「……そうね」


 リシエは目を瞑り、静かに頷いた。


「実際には私達は女神……レアさんに頼まれてゼルシムにやってきた訳ですが、ゼルシムを守るという点については、私達はもう是非もない……ですよね?」


「もっちろん!」


 ロザリーが即答する。危機感などまったくなかった。ロザリーらしいと言えばそれまでだが、リシエとエデは苦笑を浮かべた。


「そこでこれからの立ち回りについてです。今日、私達はランディー王及びアドリアン卿に対等な立場として接してきました。お姉様、今後はどう致しますか?」


「どうするって言っても……ねぇ?」


 リシエは座っていたベッドの上に倒れ込んだ。その質量を証明するように、ベッドが深く沈む込んだ。


「私は貴女たち二人の小間使いですから? 対等な立場で出る訳にはいかないでしょ?」


「……お、お姉様……もしかして、怒ってらっしゃいます?」


「まさかー。たかが小間使いの私めが怒るだなんて……そんな訳ないじゃないですかー!」  

 

 リシエはわざと慇懃無礼な言葉遣いをする。 

 エデは苦虫を噛み潰したような顔で反論した。


「あ、あれは! お姉様がそう望んでいたからじゃないですか!」


「そうだけど? でも、普段から下に見てないとー、小間使いなんて言葉は出てこないんじゃないー?」


「そんな事ありませんよ!」


 エデはからかわれている事を自覚しながらも、必死になって否定する。エデは良い意味でも悪い意味でも真面目で、おまけに寂しがり屋だ。九割冗談だと見抜きつつも、一割の本音の可能性を無視することはできない。……ただし、ロザリーは除く。


「まぁ、冗談はそのくらいにして……」


「……ふぅ」


 エデがほっと胸を撫で下ろすのを横目に見て、リシエは軽く微笑みつつ言う。


「私はともかく、二人は対等な関係として接するので問題ないんじゃない?」


 今日のランディーやアドリアンとの会話の中で、特に不穏なものを感じることはなかった。彼らにとって、三人は救国の勇者なのだ。アドリアンの様子からも、むしろ対等以上でも問題なさそうですらあった。


「私もそう思いますが、果たして後ろで見ていた元老院の方達がどう思うか……」


 エデの懸念は最もだ。しかし、


「元老院はアドリアン卿が掌握しているらしいじゃない。問題ないでしょう」


 元老院とは、簡単に言えば、王へ進言できる立場を指す。最終的な決定権はもちろん王が持つものの、ある程度の発言権を持ち、王が蛮行に及ぼうとすれば、それを制止する。また、国によっては王よりも元老院の方が力を持つことさえある。ゼルシムはどちらかといえば、後者よりではないかとリシエは考えていた。


「だからこそ……です。アドリアン卿が頭を下げた時に、王すらも動揺していました。アドリアン卿に従っている方々は間違いなく面白くないと思ったはずです」


「ふむ……ま、一理あるか」


 確かに、エデの言う通りだ。最も大きな感情のうねりは、リシエ達が召喚された時。次いで、アドリアンが頭を下げた瞬間であった。


「でも、問題ないと思うわよ。だって私がいるんだから」


 彼らがリシエ達に危害を及ぼす事はほぼないと断言して良い。何故ならば、リシエが存在しているから。殺意のような大きなな悪感情をリシエが見逃すはずはないし、そもそもそれ以前の段階で喰ってしまえば問題ない。


「もしかして、お姉様が喰ってしまえばいい……なんて思っていませんか?」


 エデのジト目がリシエを捉えた。


「……え? ダメぇ?」


 可愛らしく小首を傾げてリシエは言った。しかし、醜男の姿でのそれはシュールとしかいいようがない。


「ダメです。やりすぎは国家の運営にも問題が出てきます」


 エデがリシエを強めに嗜める。


「悪意を食べ過ぎて、元老院や王族が国家の運営方針を私達に委ねるような事があってはいけません。お忘れですか? 私達はいずれこの世界を去る身なのですよ? それではレアさんの依頼通りの結果にはなりえません」


「……分かってるわよ。もう! 真面目なんだから……」


 リシエは呆れたように肩を竦める。


「お姉様が不真面目だから私が苦労してるんですよ」


「はいはい。私が悪かったわよ」


 口でリシエはそう言いながら、まったく反省しているようには見えない。だが、それ以上エデが何か小言を言うことはなかった。なんだかんだ全幅の信頼をエデはリシエに寄せている。 


「……とりあえず、私とロザリーはガレリアの王族と元老院……その他に貴族に対しては最低限の敬意を示すようにします」


「あら……珍しい」


 エデの出した結論に、リシエは若干驚く。


「エデが認めない相手に敬意を示すなんて」


「その言い方は語弊があります。それでは私は無礼者のようではないですか」


「いや……その通りだと思うけど」


 初対面の貴族や王族連中に向かって、タメ口を使うのは明らかに無礼者だろう。


「違います! ……ともかく、ここは私が折れる事にします」


「あっ、折れたとは思ってるんだ」


「当たり前です。彼らなど私達からすれば子供のような年齢ではないですか」


「私からすればエデもロザリーも子供だけどね」


 エデで百二十歳くらいだったとリシエは記憶している。吸血鬼の成人は百歳だから、エデは人間で言えば二十歳とちょっとくらいか。


「まぁ、エデの考えは分かったわ。私からは特に反対する事もないし、いいと思う。あとは――――」


 リシエとエデの視線がベッドの上の端を見る。そこには、上半身だけをベッドの上に乗っけるようにして熟睡しているロザリーの姿があった。会話が始めってすぐ、エデが今後の方針について語り初めた当たりからロザリーは眠ってしまっていたのだ。


「この馬鹿には私から話しておきます」


「ええ、お願い」


 エデはロザリを担いで、自室に戻ろうとする。

 小間使い……それも男の部屋にいつまでもいるというのはマズイという判断である。エデは重いだのなんだのと、グチグチ文句を言いながらも、寝ているロザリーを起こさないように慎重に抱き上げる。姉妹愛に溢れる美しい光景にリシエは内心悶えた。


「そういえば、ここってお風呂はあるのでしょうか?」


 部屋を出る間際、エデが言った。


「どうかしら? たぶん……あるんじゃないかしら?」


 答えながら、不安になってくる。リシエもエデも、もちろんロザリーも毎日お風呂に入っているし、入らないなんて考えられない。


「そういえば、なんかお風呂入りたくなってきちゃった」


 リシエはモジモジする。お風呂の事を考えれば、入りたくなるのは女性として当然の事だ。姿を偽っていても、それが変わる事はない。


「エデ……アドリアン卿か侍女に聞いてみてくれない?」


「はい……分かりました」


 でも、もしも、お風呂が、なかったら……。


「もしおお風呂なかったら……帰ろうか」


「はい。そうしましょう」


 存外に、エデの返答は早かった。リシエとエデの心は今、一つだ。


 


 その後、エデが侍女をつかまえて話を聞いた所、無事、お風呂に実在が証明された。三人は歓喜して、お湯を浴び、異世界での最初の朝を迎えることができた。

 女神レアもガレリアの王族も、まさかお風呂一つですべての計画が破綻しかけたなどとは夢にも思うまい……。

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