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その者、捕食者なり

 身体が世界に降り立つ。再び肉体が再構築されたのをエデは両手を数度握って確認した。気怠さも、反応の遅延もなく、状態は良好。


「ここが……ガレリア?」


 静かにエデは周囲を見渡した。

 そこには、大勢の人間達が列を成して、驚愕の眼差しをこちらへと送っていた。エデは警戒し、わずかに体勢を低くする。守護を頼まれたとはいえ、ガレリアの人間がエデ達に危害を加えないという保証はないからだ。


「ほぇ~。なんか……昔のお城みたーい」


 空気を読まずに呆けた声でそう呟いたのは言うまでもなくロザリーである。ロザリーは興味深げに召喚された周囲の空間を観察して感心する。確かに、ロザリーの言うとおり、煉瓦と石で敷き詰められた薄暗い空間は、文明が進んでいるとはお世辞にも言えなかった。ロザリーが古代に立てられた歴史的建造物を想起するのも無理からぬ事である。


「あ! 人がいっぱいいる! おーい!」


 ロザリーは完全に固まっているフードを被った老人達に声をかけた。まるで知り合いに声をかけるような気安さにエデの頭が痛くなる。


「……馬鹿!」


 エデはたまらずロザリーの頭を叩く。


「た、叩かないでよー!」


 ロザリーは涙目に鳴って頭を抱えながら抗議するが、エデの真剣な目線に黙殺される。

 そんなやりとりをしながらも、エデはどこか違和感を感じ取っていた。


「…………?」


 こんなに騒げば自然と注目を集めるはずなのに、そうはならない。視線はこちらを向いているはずなのに、彼らがこちらを見ていないような奇妙な感覚をエデは覚えていた。彼らの視線を追って、エデは背後を振り返った。

 そこには――――


「ああ、なるほど」


 納得の光景が広がっていた。初見・・ならば、彼らの反応も頷ける。エデは苦笑を受けべながら、恍惚とした表情で舌なめずりをするその人物を見つめるのだった。









「……美味しい……最高……」


 何事かを呟く男。その正体は、一言で纏めるなら怪物だった。

 カエルのようにひしゃげた目鼻立ち。隙間だらけの頭皮は、その不潔さを証明するようにフケに塗れていた。たとえ離れていても、漂ってくる鼻の曲がりそうな体臭は、一度嗅げば二度と忘れることはできないだろう。

 生理的嫌悪感を集める要因をすべて合体させたような醜悪な容姿だった。

 そんな男がダミ声で恍惚の表情を浮かべている。

 その場にいた者の心情は、男を見た瞬間、一つになろうとしていた。

 世界平和も、その存在を前にすれば、容易に達成可能であろう。


「きゃああああああああああああっ!!」


 耳をつんざくオリヴィアの悲鳴に、部屋の外で待機していた衛兵達が雪崩れ込んできた。兵達は震えるオリヴィアの視線の先を確認し、一糸乱れぬ動きで男の周囲を取り囲むと、迷うことなく槍を向けた。敵意を前面に出す恐れを知らぬその姿は、実に勇猛果敢であり、婦女子の憧れの的になるだろう。それくらい、衛兵達は鍛え抜かれており、見目も麗しい。


「貴様は誰だ!? 名を名乗れっ!!」


 衛兵の隊長らしき腕章をした中年男性が問いかける。髭面ではあるものの、目鼻立ちはハッキリとして彫りが深い。ダンディズムを感じさせる男臭い容姿。


「…………?」


 怪物の視線がゆっくりと、槍を油断なく構える隊長へと向けられた。視線が合う。そのねっとりとした欲望に満ちた視線に、隊長は訳もなく戦慄する。 

 何故か、目を合わせているだけで隊長は己の中にある大事な何かを削り取られるかのような錯覚を抱いたのだ。


「っ!?」


 隊長の槍を握る手が震える。それは隊長だけでなく、他の隊員も同じだった。衛兵の誰もが訳の分からぬ不安に襲われている。


「……な、何故っ!?」


 震えは広がり、やがてその理由が見えてくる。それは、心の奥から湯水のように沸き上がってくる感情の奔流。そう――――彼らは槍を誰かに向ける……誰かを攻撃するという行為に対して、猛烈な違和感を覚えだしていたのだ。

 隊長は兵士だ。厳しい訓練を乗り越えてきたし、国を人を守るために敵を手にかけたこともある。それにもかかわらず、目の前にいる醜悪な男を攻撃する自身を想像することが、次第にできなくなってきていた。……いや、目の前の醜悪な男に限った事ではない。誰に対してでも、危害を加えたり、欺したり、傷つけたり、そういう悪徳を行う自分を断じて許せなくなるのだ。過去に殺害した人々への猛烈な罪悪感が怒濤のごとく隊長の胸中を侵略していった。


「うっ……うぁあああっ!」


 隊長は、投げ捨てるようにその場に槍を放り投げた。隊長を起爆剤として、その場にいた衛兵のすべてが槍を手放すのに、そう長い時間はかからなかった。

 隊長は怯えるように男を見る。もう醜いとは思わなかった。そうした負に属する感情が抜け落ちていた。


「美味しい……美味しい……美味しい……」


 同じ事を繰り返し呟く男の表情は変わらず恍惚としている。変わったのは隊長率いる衛兵の方である。


「あの……大丈夫、ですか?」


 様子のおかしい男を見て、当然のように身を案じる言葉を隊長はかけた。すると、ようやく男は反応を返す。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう、皆のおかげだ。ご馳走様」


「そう、なんですか?」


 明かに可笑しいやり取りのはずなのに、隊長は部下と目を合わせてぎこちなく微笑みさえした。感謝される事が異様に嬉しかったのだろう。衛兵達の間には、明確な安堵が広がっている。

 しかし、そのある種異様な光景に、不満を持つ者もいた。


「おい! 貴様ら! 何をしている!?」


 壁際でこちらを眺めていたフードを被った一団の中から、敵意を失った衛兵に対して罵声が飛んだ。届いた罵声に衛兵達は身を震わす。衛兵達はまるで、何故怒られているのかが分からないとばかりに身を竦ませる。


「っ! もうよい! そこをどけ!」


 業を煮やした老人が踏み出した。慌てて衛兵達は左右に開き、道を作る。その間を我が物顔で闊歩し、老人は男を下から剣呑な眼差しで睨み付けた。


「何者だぁ? 貴様……」


 猜疑心に満ちた視線を老人は一切隠すことはない。自信と経験に裏打ちされているのだろうか、衛兵達の不審な変化を気にする風でもなく老人は男を見据えた。


 やがて――――


「その目は……」


 男と老人の瞳が合ってから数瞬の時が流れると、老人は唐突にその場にひっくり返る。口元から泡を吹き「ワシは何て事を……」そんな悔恨ともとれる言葉を何度も繰り返した。

 衛兵達はひっくり返った老人を慌てて介抱する。今まで事の成り行きを無言で見守っていた老人達の間にも、明かな動揺が走ったことも簡単に見て取れた。

 醜悪な男――――に扮したリシエはその様子を愉快そうに眺めながら、ペロリと舌なめずりをして静かに笑った。







 しばらくして、このままでは埒があかぬと思ったのか、一人の人物がリシエ達の元へとやってきた。長身痩躯の威圧感ある肉体を二つに折りたたむように腰を曲げたその男は、似合わぬ下卑た笑いと共に近づいてくる。


「まさか……とは思っていましたが。この目で見ても信じられませんなー? オリヴィア姫の魔術の実力は聞き及んでいましたが……これほどとは……いやはや、私もオリヴィア姫を見誤っていたようだ。くっ、くっくっく」


 表面だけを見れば、男はとても好感を持てそうにない類いの男であった。外見はともかくとして、野心に満ちあふれた……ように見える爛々と輝く瞳が余計なのかもしれない。しかし、不思議なことに内面だけ見てみれば、男がとても純粋な男だということがリシエにはよく分かった。何故なら、リシエの食欲がまったく反応を示さないのだから。

 男の全てを見下すような態度に早くも拒絶反応を見せ始めているリシエの両隣、エデとロザリーとは違い、リシエは長身痩躯のその老人にとても好感を抱いていた。国のために己が全てを捧げる覚悟を持った、とても素晴らしい志士であると。


「申し遅れました、私は名をアドリアンと申します。貴女方のお名前を伺ってもよろしいかな?」


 アドリアンは油断ならない一癖も二癖もありそうな笑みを浮かべながら、丁寧にリシエ達に問いかける。黒のスーツというシンプルな出で立ちながら、その服の生地や造りはとても精巧であり、アドリアンがある程度の立場を備えているだろうことが伝わってくる。

 エデがチラリとリシエを見た。リシエが無言で頷くと、エデはその意図を正確に受け取った。

 要するに、交渉はエデに任せるといった事である。長年の付き合いから、その程度の意思疎通ならば、言葉やテレパシーがなくとも伝える程度の事は朝飯前なのだ。


「私はエデ、こっちのが名をロザリーと言う」


「ロザリーだよ~!」


 ロザリーはエデに示され、元気に返事をした。しかし、アドリアンからの反応も特になく、ロザリーはしゅんとなる。


「そして彼は――――」


 リシエの紹介に話が及んだ。エデはリシエがどうして欲しいか、正確に把握している。だからこそ、どんな設定・・を持ち出すか、リシエは興味があった。


「――――彼の名前はノエル。私達姉妹の……小間使いよ」


「っっ!!?」


 リシエは吹き出すのを懸命に堪えた。まさかエデに小間使いと呼ばれよう日が来るとは、想像もしていなかった。同時に、悪くない設定であった。立場が低ければ低いほど、悪意は集めやすくなる。


「なるほど。お名前、確かに拝聴致しましたエデさん、ロザリーさん、ノエルさんですな」


 エデは誰にでも敬語を使わない。尊敬できると思った人物にだけエデは敬意を示す。しかし、アドリアンという男、やはりなかなかの男だとリシエは思う。一見相当な年下に見えるエデに無礼な物言いをされても、顔色一つ変えない。


「では、こちらもご紹介しましょう」 


 アドリアンは軽く横に避ける。すると、その先に一人の少女と男性の姿が目に映り込んだ。つい先程悲鳴を上げた少女の頭を膝に乗せて介抱するマントを羽織った偉丈夫。その人物こそが恐らくは――――


「あの方こそがガレリアを統べる国王……ランディー八世です」 


 こちらの視線に気付いたのか、ランディーは少女を侍女に任せ立ち上がる。その表情に陰りは見られなかった。だが、その内心は千々に乱れていることはリシエでなくとも容易に想像ができた。それでも彼にも王としての誇りがあるのだろう。感情を表に出すことなく、冷静に乱入者であるリシエ達に応対する。


「ようこそいらした勇者殿。我がガレリアは貴女方を心から歓迎する」


 広い空間でもよく通る威厳に満ちた低い声。厳つく見えがちな表情をできうる限り柔和に崩して、ランディーは歓迎の意を示す。


「勇者とは?」


 若干困惑気味にエデが問いかけた。無理もない。リシエ達は元々どこへ転移させられるのかも知らされていなかった。アドリアンの話から推測するに、彼らにとってはレアが召還したのではなく、彼ら自身が召還したということになっているのだろうか。


「そこの足下に召還陣があるだろう」


 ランディーの指摘に、リシエ達は一斉に足下を見た。確かにそこにはミミズのような形をした文字らしきものが刻まれた陣があった。


「我が娘オリヴィアが貴女方を召還したのだ。王家に伝わる逸話では、そこから呼び出された者を勇者と呼んでいたそうなのだ」


「はぁ……」


 エデが気の抜けた声を出した。果たして守護者と勇者どちらがマシなのだろうか。……たぶん、似たり寄ったりのものなのだろう。


「では彼女が私達を?」


 エデが意識のない少女を見る。ランディーは「うむ」と深々と頷いた。そして、


「我が娘ながら、たいした者だ」


 親馬鹿丸出しで、そう呟いた。


「何故私達が呼び出されたの?」


 正確には、彼らに呼び出された訳ではないのだが、エデの質問は彼らの価値観を知るには丁度良いものだった。

 この質問にはランディーに変わり、アドリアンが答えた。


「王家に伝わる伝承は代替わりと共に情報量が減ってきております。それゆえ、伝承の詳しい内容について、正確なところは失われておりましゆえ。だた……国が滅びようとした時、この陣から救世の勇者が現れるとだけ……貴女様方にとっては大変身勝手に思われるでしょうが、何卒お力をお貸し頂きたい……」


 アドリアンが平服して頼み込んだ。ランディーはアドリアンがこんな真似をするとは夢にも思わなかったらしく、目を見開いて驚いていた。

 その姿を見てなお、エデは冷徹に瞳を光らせる。


「私達にそんな力がないとしたら?」


 アドリアンは間髪入れずに返答する。


「その時はガレリアの総力を挙げてお守るするとお誓いします。今すぐには無理ですが、いずれ元の世界への帰還方法もお探しします。何不自由ない生活をお約束します」


「本当にそんな事が可能なの? 国がどうしようもない状況だからこそ、私達が呼ばれたのでは?」


「……お恥ずかしながら仰る通り。しかし、そんな我々でも個人をお守りする方法くらいは持ち合わせておりますゆえ……」


「…………」


 数瞬の沈黙が訪れる。エデは口元に手を当て、何事かを思考した。そして、結論が出たのか、厳しかった視線を幾分か和らげる。


「いいでしょう」


 エデの口調に変化が訪れた。


「ガレリアはまだ信用できませんが、アドリアン卿、貴方を信用します。幸運な事に、どれだけ力になれるかは不明ですが私達は人並み以上の力は持ち合わせているつもりです。できる限りの事は致しましょう」


「ありがとうございます!」


 アドリアンが一際頭を下げる。エデはその肩に手をかけると、柔らかい声色で言った。


「頭を上げてください」


「はっ」


 アドリアンが立ち上がる。服に付いた埃を落とすと、次いでロザリーとリシエに視線を向ける。


「そちらのお二人も……よろしいのですかな?」


「はいっ!」


「……」

 

 ロザリーは手を上げて、リシエは無言で首を縦に振った。


「ではお三方ともお疲れでしょう。詳しい事情はまた明日という事にして、今日はどうぞごゆるりとおっお休みください」


 アドリアンのその言葉に、リシエ達三人は一斉に疲れを自覚した。提案に同意すると、アドリアンに連れられ、部屋に案内されるのであった。

 



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