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ガレリア建国際

「お久しぶりですな、ランディー王」


「おぉっ! オルバ様! 遠路はるばるご苦労をお掛けします。さぁさぁ、こちらへ!」


 国中の空気が浮き足立っている。オリヴィアは敏感に、そんな国民の機微を感じ取っていた。

 オリヴィアがそう感じる要因は、何も国民の反応だけではない。周辺国、同盟国の王侯貴族が続々と集まってくるこの緊張感によるものも、多分にあるだろう。


「オリヴィア姫も、お元気そうで、安心しましたよ」


「ありがとうございます。オルバ様こそ、去年よりも若返ったように見えますわ」


「はっはっは! 美姫にそう言われてしまうと、この老体といえども、力が漲ってきますな」


「まぁ……ふふふっ!」


 そして、今日、最後の招待客として、イシス教国最高指導者である、オルバ教皇が到着した。魔術を志すオリヴィアにとって、師とも憧れともとれる存在であるが、その表情は少し硬い。

 その原因としては、勇者召喚の際に、アドリアンにかけられた一言が影響していることは、言うまでもないことだった。


『そのイシス教国指導者……オルバ様はオリヴィア姫をいたくお気に入りと拝聴しております。……言いたいこと、分かりますかね?』


 あの時こそ、オリヴィアは余裕のなさから邪推してしまったものの、アドリアンの言葉自体はとりようによっては、別の意味にもとれるものであった。何よりも、オリヴィアは幼少の頃からオルバを知っている。オリヴィアの記憶の中のオルバはいつだって紳士的であり、教皇という立場柄か、あまり男性的な下心を感じさせない立ち居振る舞いが常であった。そのオルバが、オリヴィアを実は邪な目で見ているなど、彼女からしてみれば想像もできない事である。

 冷静になってみればみるほど、オリヴィアの中ではアドリアンに対する苛立ちが募るが、彼女はリシエにアドリアンが信頼できる人物であると言い含められてもいた。幼少期から蓄積されたアドリアンに対する悪印象は完全に払拭することはできないものの、それでも少しだけ、変化の兆しはある。アドリアンに対する苛立ちは、そんなオリヴィアの行き場をなくした感情に起因しているのかもしれない。


「姫? どうかなされたか?」


 国を挙げて質素倹約を掲げているだけあり、オルバは同年代の人物からしてみれば、スマートな部類に入る。アドリアン程ではなく、健康的な体型。オルバは幼児にそうするように、オリヴィアの視線の高さまで身をかがめ、心配そうに眉を顰めている。

 オルバがつけている香水だろうか。爽やかかつ上品な、シトラスの香り。


「あ、い、いえ! 申し訳ありません! 何でもありませんわ!」


「ならばよいのだが……祭りで姫も何かと忙しいだろうが、無理は禁物ですよ」


「……ありがとうございます、オルバ様……」


 心の底にあった一筋の疑念を振り切り、オリヴィアは謝罪と感謝の念を抱く。しかし、顔に浮かんだのは、何故か取り繕うような笑み。その訳を、オリヴィアは自分自身にすら、説明する言葉が見つからない。


「オリヴィア様、そろそろお時間です」


「え? ああ、もうそんな時間ですの?」


 侍女の声にオリヴィアは振り返り、同時に今後の予定を思い出す。


「この後、何かご予定でも?」


「はい……その、他国から来賓されている姫や貴族のご令嬢達との親睦会がありまして……」


「ほぅ……それは、大変ですな」


 オリヴィアが気を重くしている事を悟られたのか、オルバは苦笑交じりにそう言った。


「これも、ホストとしての役目ですので」


 オリヴィアも、特にそれを否定する事もない。ようやく、オルバとのいつのも距離感を取り戻せて、オリヴィアは若干の安堵を抱いた。


「それではオルバ様。ご滞在をごゆるりとお過ごしください。また、晩餐会の席でお会いしましょう」


「ああ、楽しみに待っているよ」


 その会話が合図となって、ランディーがオルバを城の中へと案内していく。その後ろ姿を眺めながら、オリヴィアは小さく呟いた。


「ガレリアは……私が守って見せます……」


 今日は年に一度の、ガレリア建国際当日である。






 ガレリア建国際は近隣でも有数の、大規模な祭りだと知られている。王侯貴族だけでなく、多数の冒険者や観光客で街は賑わいを見せ、この日だけは街のあらゆる店が一晩中営業をする事も珍しくない。一日中街が人で溢れかえるため、当然治安の問題も出てくるが、ここ十年ほどは大きな問題も発生していなかった。 その要因として、一時的に流れの傭兵や冒険者を治安維持要員として雇っていることが上げられる。もちろん、街にお金を落としてくれる彼らを一日中拘束するなどというやり方ではない。ただ、街で揉め事が起こっていたら、それを鎮圧してくれればそれでいい。要請させた警備部隊に犯人を引き渡すと、その都度給金が出るような構図になっているのだ。


「ということは、あんまり街中で派手に動いていると、私達がご用になる可能性もあるってことね……」


 リシエは小声で呟きながら、手に持った一枚の用紙をジャケットのポケットに仕舞った。街を散策している最中に、短期治安治安維持要員募集のチラシを配っていたお姉さんから受け取ったものだ。


「うわー! これすごく美味しいよ! お姉っ!」


「……そう、それは良かったわね……」


「お姉もちょっと食べてみなよ!」


「今は遠慮しておくわ」


 真剣な表情のリシエとは裏腹に、ロザリーはこぶし大もある飴を心底美味しそうに舐めている。


「まったく……今日は大事な日なのに、貴女は相変わらず緊張感がないんだから」


 リシエは嘆息する。しかし、ロザリーは反省する様子も見せず、どころか自分の正当性を主張するように、胸を張って反論する。


「そのくらい、私だって分かってるよー! でも! いつも警戒してたら、いざっていう時に疲れて動けなくなっちゃうよ?」


「貴女が少しでも警戒心を持ってくれていたら、私だってこんな事言わないんだけどね?」


 リシエは苦笑を浮かべ、ロザリーの頭を優しく撫でた。女の子は少しお馬鹿なくらいが可愛いとはよく言うが、ロザリーはその典型例なのかもしれない。リシエははっきりと言葉にはしないものの、内心どう思っているかは、言葉にするまでもない事だろう。 


「まぁ、とにかく自分の身は守れる程度に気をつけなさい。相手次第では、私だって貴女を常に守れるとは限らないんだから」     


「……お姉の手を煩わるつもりはないよーだ」


「どの口が言うんだか……」


 軽口を言い合いながら、リシエとロザリーは街中を歩いて行く。

 今日はガレリアの建国際。

 だけど、いつもとは違ったメインイベントが一つ用意されていた。

 それこそが、前代【逸脱者ブレイカー】の死亡、そして――――


――――新たな【逸脱者ブレイカー】の就任発表である。


 もし敵が動くなら、そのタイミングを狙ってくるのは明かであった……。







 数日前。

 オリヴィアの部屋にて。


「え!? 建国際で事実を公表する!?」


 オリヴィアはリシエの提案に、目を丸くした。


「そ、その事実というのは……つ、つまりっ!?」


「ええ、貴女の想像通りよ」


 動揺を隠せないオリヴィアとは裏腹に、リシエは落ち着き払って頷く。


「前代【逸脱者ブレイカー】が暗殺されたこと、新たにエデとロザリーがその任に着いたこと、諸々すべて……ね」


「…………」


 オリヴィアは驚きのあまり、言葉さえ失う。しかし、すぐに気を取り直して、懸念を口にした。


「で、ですが、それはあまりに危険ではありませんの!? 【逸脱者ブレイカー】はその力が認められているからこそ影響力があります。しかし、リシエさん達の力は私達の中でも極一部しか知らない情報です。そこをもし侮られでもすれば……」


 実際、即戦争になる可能性は非常に低い。むしろ、皆無といっていいだろう。だが、国家を運営していく以上、可能性が低いからといって、放置できるような問題でもなかった。その点で、オリヴィアの言は実に正しい。


「もちろんその辺は承知の上よ。……そこで聞いたんだけど、建国際で御前試合があるというのは本当かしら?」


「あ、それは……はい。事実ですわ。集まった冒険者や傭兵達から参加者を募る形で、毎年の恒例となっております……まさか!」


 そこまで言って、オリヴィアはリシエの思惑に気付いたようだ。リシエはニヤリと頬を釣り上げる。


「力を見せるには絶好の舞台じゃないの。エデとロザリーのどちらかを、御前試合に出させて実力をアピールすればいいのよ」


「お姉様……私達を駒か何かと勘違いしていらっしゃるのでは?」


 まるで確定事項であるかのような物言いに、異を唱えたのはエデだった。


「な、なによ。嫌なの?」


「……嫌という訳ではありませんが……」

 

 エデは口先を尖らせる。


「お姉様のお役に立てるのは私としては嬉しい限りです。……ですが、便利屋扱いされるのは心外です」

 

 つまり――――


「まったく……エデは本当に甘えるのが下手なんだから……」


 リシエは呆れたようにそう言うと、エデをぎゅっと抱きしめた。


「あ、あぁぁ……お、お姉様ぁ……」


 エデは瞳を蕩けさせ、口元をだらしなく緩ませた。

 しばらくそうした後に、リシエがエデから離れると、エデは頬をわずかに染めながらも、恍惚とした表情で言う。


「お姉様のために、御前試合には私が出させて頂きますっ!」


「甘えたいなら素直にそう言えばいいのに……」


 遠回しな要求しかできないエデに、リシエは嘆息する。だが、同時にそういった面倒な所が、エデの可愛さでもあった。


「……あ、あの、よろしいでしょうか?」


「ああ、ごめんなさい。エデも了承してくれた訳だけど、どうかしら?」


 リシエとエデのやりとりを、食い入るように見つめていたオリヴィアが我に返ると、リシエは先のやりとりなどまったく感じさせない落ち着いた表情で応対した。

 

「え、そ、その……い、いいと思いますわっ! そういうのもっ!」


「何想像してるのよ……」


 会話の内容自体は真面目なはずなのに、オリヴィアの表情が緩みっぱなしになっているのが気になるリシエであった。









「はぁ……」


 沈痛な吐息を、オリヴィアは深く、深く、吐き出した。


「お疲れ様です」


 その背中を、ガリレアの侍女にとっては、一般的であるメイド服に身を包んだエデが、そっと撫でた。


「ありがとうございます……エデさん」


「いえ……それにしても、大変でしたね」


「ええ、まったく……」


 オルバと別れたオリヴィアとエデの次なる用事は、オルバにそう告げた通りに、他国の姫、貴族令嬢との親睦会であった。

 しかし、実際には親睦会とは名ばかりであり、やっている事は他国から少しでも情報を掴むための、腹の探り合いに他ならない。そこに友情などが介在する余地はなく、大抵の場合において、彼女たちは話す内容のほとんどを国によって決められ、事前に訓練を受けている。


「子供の頃は、私も彼女たちを哀れにも思いましたが……」


 ただの傀儡だと思えば、オリヴィアの腹もたたない。境遇に、同情する事もあっただろう。

 だが――――


「彼女たちはあれを嬉々としてやっているんですのよっ!?」


「…………」


 オリヴィアの嘆きを、エデは瞼を伏せることで、無言の肯定とした。

 オリヴィアの言う通り、令嬢達の間に悲壮感などどこにもなく、相手を欺し、陥れる行為を心底楽しんでいるように、エデにも見えたのだ。それは一種の遊びのようでもあり、普段は上に立つ者として、退屈な日常に縛られた、令嬢達の火遊びに似た感覚。


「皆さん……性格が悪そうでしたものね……」


「悪そうではなく、実際に揃いも揃って極悪なのだから、質が悪いですわ……」


 精神的な疲労からか、肩を落とし、とことなくゲッソリとしたオリヴィアに同情的な視線を向けつつ、二人の話題は本題に移る。


「で、何か収穫はありましたか?」


 エデが瞳を窄める。


「申し訳ありませんが、あまり役に立つそうなものは……元々彼女たちには重要な情報は何一つ知らされていないので……」


 エデとオリヴィアの目的は、逸脱者殺しの主人を見極めることだった。確証こそないが、あれだけ執拗にリシエ達を付け狙う逸脱者殺しが、個人の判断で動いているとは考えづらい。


「まぁ、そうですよね」


 その一環として、オリヴィアとエデはご令嬢方からの情報収集を任されていた。オリヴィアは国の内情に深く立ち入っているし、エデはゼルシムにおいて、元々外交の役割を主に仕事していた。口にする言葉以外にも、口調、視線の動き、呼吸など。個人に対する判断材料は、いくらでもある。少なくとも、訓練を受けたといえども、所詮相手は年端もいかない少女。語っている事が嘘か誠かぐらいは、見抜く経験は二人共が養っているつもりだ。


「エデさんはどうでした?」


「私は……」


 オリヴィアの問いかけに、エデは一瞬口籠もる。


「どうかされまして?」


「例の件には、まったく関係ない事かもしれないのですが……」


 オリヴィアに再度促されて、エデはようやく口を開いた。


「ご令嬢方の内の何人かから……朝に会ったオルバ教皇の香水と同じ匂いがしました」


「香水……ですか?」


 オリヴィアは少し思案に浸る。ちょうど一分程そうして、


「確かにオルバ様は香水をつけていますわ。……しかし、彼女たちからそういった香りを嗅いだ覚えはありませんわね」


「……我々吸血鬼は、血の匂いを嗅ぎ分けるために、人よりも多少嗅覚が発達しております。恐らくはそのせいかと」


「なるほど……」


 再びオリヴィアは考え込むように目を瞑る。

 だが――――


「……さすがにそれは考えすぎではありませんの?」


 それは、本題である逸脱者殺しと結びつけるには、あまりにも細く、弱々しい糸だった。


「私としても、少し気になった程度なのです。しかし――――」


 エデは、そこで少し口籠もった。


「もう! 焦らさないでください!」


 気になる言い方をされ、オリヴィアは口を膨らませる。エデは慌ててオリヴィアを宥めるように先を続けた。


「すみません! ……ただ、オルバ教皇の香水はそんなにきつくありませんでした。だから、すれ違っただけで匂いが移ることはないと思うのです」


「……何が言いたいんですの?」


 オリヴィアの声色が、低くなる。尊敬する人を若干無理矢理に悪事と結びつけようとするエデで、彼女が苛立っているのは明白だ。

 だが、それが爆発する事はなかった。


 「ごめんなさい……」


 はっと我に返ると、オリヴィアはすぐさま謝罪の言葉を吐き出す。


「責めるような言い方をして、申し訳ありません、エデさん。……私ったら、冷静にならないとっ! エデさん達は何の利もないのに、ガレリアのために親身になってくれているというのに……」


 爆発するより先に、萎んで跡形もなく消え失せる。

 それこそが、オリヴィアをリシエが聖女と呼ぶ所以である。

 オリヴィアも、負の感情を持っている。彼女が優れているのは、感情をコントロールする力だった。感情を暴走させることがないから、何があろうと立ち直れるし、失態を犯せばすぐに謝罪ができる。

 人としての理想型。普通の人間が彼女と同じ事をしようとしても、必ずどこかに残留物として残ってしまうだろう。彼女はどんな事があっても、一度シャワーを浴びれば洗い残しの一つもなく、綺麗になることができる。


「いえ、お気になさらないでください」

 

 そんなオリヴィアだからこそ、エデは心配だった。彼女の許容量をいつか超えてしまう出来事が起こった時に、どうなってしまうのか……。


「……私は、本当に足を引っ張ってばかり。自分が情けないですわ」


 落ち込むオリヴィアに、エデはいつの間にか声をかけていた。


「そんな事はないですよ。少なくとも、貴女はロザリーを助けてくれたじゃないですか。私達が無償で力を貸すと思ったら大間違いです。私達は、私達が手を貸したいと思う相手じゃないと、そんなことはしません。だから、胸を張ってください」


 エデはオリヴィアの背中を叩いた。気安く、友人にそうするように。


「エデ……さん……」


 エデを見上げ、オリヴィアは感極まったように瞳を潤ませた。


「っ……っっ!」


 だけど、オリヴィアは涙を振り払うように頭を横に振ると、その眼差しに決意を込める。


「絶対に! 逸脱者殺しも、その首謀者も捕まえてみせますわっ!」


「……その粋です」


 二人はその場から、次の目的地へと歩き出した。

 その肩は触れ合うほど近い。


「……たとえ、相手が誰だとしても、私はもう迷いませんわ」


 悲しげな呟きは、今だけはそのままで。

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