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怪しい影

 今後の方針を決めてから、一週間の時が流れた。ガレリアの逸脱者ブレイカー死亡の情報は未だ流れる様子もなく、今日も国民達は仮初めの平和を享受している。


「エデ! そっちに行ったよ!」


「言われなくともっ!!」


 しかし、その中には、もちろん例外も存在する。

 リシエ達の背後に迫る複数の気配。筋骨隆々とした肉体を誇示するような、布地の少ない服を着た男達の姿。彼らの野蛮さを示すように、その手には長大な南蛮刀が握られている。

 リシエは静かに彼らの姿を確認し――――


「今回はどうかしら? ハズレ? それとも……」


 そう小さく呟くのだった。





 ガレリアの城下町から道をほんの少し外れると、そこには一面の大森林が広がっている。暗く、澱んだ空気。まるで悪鬼羅刹の温床にでもなっていそうなその場所には、ガレリアの国民は誰一人として近づくことはない。なにせ、盗賊団の根城になっているという噂もあるくらいだ。そこに、まだ子供と呼べる年頃に見える少女達が入ったとなれば、狙う物からすれば垂涎物の状況であろう。


「うわー! なんかすごい場所だねー!」


 天まで届きそうな巨大な樹木を見上げ、ロザリーは感嘆の吐息を吐き出す。


「ですわね。……実は私も森に入るのは始めてですの」


「え!? そうなの!?」


「ええ」


 ロザリーの隣には、すでにそこが定位置となったオリヴィアの姿があった。ロザリーと同じく、森に入るのが初めてだと語る彼女もまた、周囲を興味深げに眺めている。


「基本的に、ガレリアの国民にはこの森に入ることを半ば禁じていますの。盗賊団のアジトになっていますから……」


「盗賊団なんてやっつけちゃえばいいんじゃないの?」


「私達としても、そうしたいのは山々なのですが……」


 オリヴィアはサミュエルを見る。視線に気付いたサミュエルは、頬を掻きながら、どこか居心地悪げに補足した。


「一度盗賊団の駆除を試みたのですが……情けなくも敗走の憂き目に遭いましてね。盗賊団個々の実力もさることながら、森の地理に関しては圧倒的にあちらが上。昼間は逃げに徹し、視界の効かない夜に襲撃を繰り返されてお手上げ状態です。そこで、逸脱者ブレイカーの方々の助力を仰ごうとしていた矢先に……」


 サミュエルは、言葉の通り、両手を挙げて降参を示す。

 一般的に、城攻めには相手の三倍の兵力を要すと言われている。この森には、迎え撃つための城壁はないが、それでも盗賊団にとっては城と言っても差し支えのない場所なのだろう。


「へぇー……大変なんだねー」


 サミュエルの説明を理解しているのか、していないのか……。ロザリーは軽い調子でそう言うと、すぐに話題を変える。


「それにしても、毎日皆とお出かけできて嬉しいなっ」


「まったく、遊びに来ている訳じゃないんだから……」


 脳天気なロザリーの一言に、エデは嘆息する。


「別にいいでしょっ! それに、それくらい私にも分かってるよっ!」


 エデの言う通りである。リシエ達一行――――リシエ、ロザリー、エデのいつもの三人に、オリヴィアとサミュエルを加えた五人は、決して遊びに来ている訳ではない。むしろ、その目的という意味では、遊びとは大きくかけ離れていた。


「昨日はキマイラ……一昨日はサイクロプス……一昨昨日は巨大蜂スーパーホーネット……順調に悪化していますわね」


 オリヴィアは、その時の状況を思い出したのか、少し背筋を振るわせる。

 巨大蜂やサイクロプスはともかく、キマイラはAランクの冒険者が分隊規模で挑む相手である。リシエ達の正体を知っているオリヴィアといえども、さすがに肝が冷えた。


「安心して! 私強いから!」


 ロザリーが、不安がるオリヴィアを元気付けるように、力瘤を作ってみせる。しかし、その誇示する腕は少女らしくほっそりしており、筋肉の欠片さえ見えない。

 オリヴィアは納得いかない様子で、ロザリーの腕を指先でつつく。


「……プニプニですわ」


「んーっ! んーっ!」


 ロザリーは必死に力を込めているようだが、やはり細腕はプニプニのままであった。


「……一体どうすればこの細腕でサイクロプスに純粋な力で圧倒できますの……?」


「まったくですね」


 オリヴィアの呟きに、サミュエルが心からの同意を示す。


「ロザリー様と一緒にいると、男らしさを追求するのが馬鹿らしく思えてきますよ」


 サミュエルの全身は、野生動物を彷彿とさせるしなやかな筋肉で覆われている。密かに、自身の肉体美に、彼は自信を持っていた。親衛隊の男連中の間で、腕相撲大会が開催された時には、自分よりも遙かに大柄な相手を下して、優勝した事もあった。

 しかし、ロザリーは、そんな彼を嘲笑うように、自身の十倍はありそうな巨躯を誇るサイクロプスを丸腰で退けた。一体誰が巨大な岩を軽々持ち上げ、一歩歩くごとに大地を揺るがすサイクロプスに、生身の少女が力押しで勝てると思うだろうか。きっと現実を目の前で見せられなければ、誰一人として信じられないに違いない。現に、目の前で実際に見ていたはずのオリヴィアとサミュエルが数分間放心状態になっていたことからも、その異質さが分かるだろう。


「ロザリー様もさる事ながら、昨日のエデ様もお見事でした」


 エデの名を呼ぶときに、サミュエルの声に、僅かな熱が混じった。それは決して恋愛云々の邪なそれではなく、純粋な尊敬の念が込められている。

 

「弓一本であのキマイラを翻弄する華麗な体技……見習いたいですね!」


「は、はぁ……ど、どうも」


 エデはサミュエルの素直な賞賛に、若干困惑したように頷く。


「へぇ……サミュエルはエデの方がいいんだ……」


 サミュエルの態度に、エデとの露骨な差別を嗅ぎ取って、ロザリーは目を細める。


「い、いえ! 滅相もありません!」


 サミュエルが慌てて弁明するが、もう遅い。


「ふーん? まぁ……いいけどね」


 冷たくロザリーはサミュエルを睨め付ける。いつもの明るい視線とはあまりに違う温度差に、サミュエルの背筋が凍り付く。頬をタラリと汗が伝って硬直していると、ふいにロザリーは表情を崩した。


「なーんちゃって! ビックリした?」


 ロザリーは自然と自分が可愛く見える角度が分かっているのか、絶妙の体勢から、サミュエルにウインクを一つ。


「サミュエルって可愛いねっ!」


 明らかにサミュエルを小馬鹿にした一言。しかし、そこには悪意の一欠片すら宿っていない。

 ロザリーは頭はよくないが、人の心の動きには異常な程に敏感だ。だから、こうしてよく人をからかったりする。その餌食となるのは、大抵が男性であった。無自覚な悪戯心から放たれるロザリーの攻撃は、幾多もの男性をいろんな意味において葬ってきているのだ。


「……勘弁してくださいよ。ロザリー様……」


 サミュエルは心からの安堵に浸る。サミュエルはそれなりに女性経験はあるが、やはり格上との認識のある相手からからかわれると、さすがに心臓が縮む思いだった。


「……皆楽しそうね」


 彼、彼女らの様子を、最後尾になって見守るようについていっていたリシエが小さく微笑む。醜悪な男に擬態しているというのに、その雰囲気からは母のような慈愛が立ち上っている気さえする。

 何気ないやりとりに、誰もが微笑んで、リラックスする貴重な瞬間。一週間経って、ようやくガレリアの空気に、なんとなくではあるが馴染むことが出来はじめている。

 しかし、リシエでさえも、そうやって気を抜いたのがいけなかったのか。はたまた、それは誰かの思惑だったのだろうか。

 リシエ達一行が森へと入ってしばらくすると、背後からいくつもの気配が追ってくるのが分かった。


「後ろ……ついて来てますね」


 談笑中に浮かべていた微笑を消して、エデが冷静に言う。

 それに伴い、オリヴィアの前後を、無言でロザリーとサミュエルが庇うように立つ。

 純粋な戦闘能力という意味においては、オリヴィアはこの中で無力に等しい。それにも関わらず、彼女を危険な場所まで連れて来ているのは、誘拐の危険性があるからだ。まだ見ぬ敵は、隠密に優れている。当然、逐一リシエ達の行動を監視していることだろう。その中で、オリヴィアとの接点が多いことも当然気付かれている。ゆえに、リシエ達を脅迫する贄として、一番危険性が高いと予想された。


「ロザリー……いつもごめんなさいね?」


 ロザリーに手を引かれ、オリヴィアが弱々しく呟く。


「ううん! 気にしないで! 私が好きでやってることだからっ!」


 その弱気を吹き飛ばすべく、ロザリーは明るく言う。オリヴィアを護るために、オリヴィアは常にロザリー若しくはエデと行動を共にしている。そのおかげで、オリヴィアはエデともある程度仲良くなってきているが、同時に、ロザリーとエデに迷惑をかけている現状に落ち込んでもいた。


「……私……強くなりたいです……皆さんの足手まといにならないように……」


「きっとなれるよ!」


 決意の籠もったオリヴィアの言葉を、ロザリーは強く肯定する。


「ありがとう、ロザリー」


「うん! ありがとうって言ってくれてありがとう、オリヴィアっ!」


 二人が握る手にさらに力を込めたその瞬間――――


「――――来ますっ!」


 サミュエルの鋭い声が空気を振動させる。

 次いで、


「っ……はぁっ!」


「ふっ!」


 サミュエルの気合いと、静かな闘志が交錯した。







 サミュエルがその存在に気付けたのは、まったくの偶然だった。

 エデの警告によって、周囲を警戒していたサミュエルは、僅かな木々の揺れを、そして、その奥から姿を現した小柄な黒装束の姿に気付けた。

 もしも、エデの警告がなかったら。

 もしも、揺れた木々の方向へ視線を向けていなかったのなら……。

 その時の想像をサミュエルはしたくはなかった。それくらいに黒装束からは気配が感じられず、全身を目の前に現した今ですら、サミュエルには相手の存在感がまったく感じられない。


「…………」


 サミュエルは、呼気を整えると、目の前に確かにいるはずの黒装束へ、剣を構える。初撃は紙一重で受けきったものの、受けた剣を握る手は、今もジンと鈍い痛みと重みを訴えている。額から、冷や汗が零れた。彼の細胞全てが全力で『逃げろ!』と警鐘を鳴らしていた。

 彼の背後に控えるロザリーとエデも、例外ではない。下手に動けばやられるとばかりに、息を殺して黒装束の様子を伺っている。昨日までの敵とは明らかに格が違う相手。


 だが――――


「…………」


 サミュエルは、黙って剣先を改めて黒装束に向ける。彼の背後には命を変えてでも守るべき主君が控えており、いつまでも少女達に任せっきりにするつもりは毛頭なかった。サミュエルにも、男としてのプライドがある。ゆえに、今度は逆に先手を取るべく、サミュエルが半歩踏み込んだ所で、


「えっ?!」


 サミュエルは思わず呆気にとられる。サミュエルが玉砕覚悟で攻めに転じようとした瞬間、黒装束は反転し、やってきた木々の中に再び飛び込んだからだ。

 それと入れ替わるようにして、


「うおおおおおっ!」


 その木々の間から、今度は筋骨隆々の男達が勇んで殴り込んでくる。


「っ!?」


 先陣を切って猛進してくる男を、サミュエルは反射的に数人切り伏せる。しかし、それをものともせず、倒れ伏した仲間を踏みつけるようにして、さらに数人の男が殺到する。


「くっ!?」


 その勢いと、死を一切恐れない姿勢に気圧され、サミュエルの体勢が僅かに崩れる。その隙を逃すまいと、男達は最初の標的に、どうやらサミュエルを選んだようだ。男達は乱雑な動きを一転し、機械じみた連係を見せると、南蛮刀でサミュエルへ一斉に斬りかかった。


「なっ……つぅっ!」


 それは、明かな特攻であった。サミュエルの真正面に陣取る男を捨て鉢に、その身体越しに男達は南蛮刀を突き立てようとする。

 サミュエルは正面の男の刀を弾き、首をはね飛ばす。

 しかし、サミュエルにできる反撃はそこまでだ。首の飛んだ男の身体ごと、南蛮刀をサミュエルに突き刺そうと、幾人もの圧力が迫る。サミュエルは己が身体が串刺しにされる様を幻視し――――


「こちらへ!」


 ふいに肩へ伝わった力。

 それに、サミュエルは一切の抵抗もできずに流される。

 自分の身体が風船にでもなってしまったかのような一瞬の無重力感。

 気付けば、首をはね飛ばした死体と剣を突き立てた男達は、サミュエルのほんの数センチ横を通り過ぎていた。 


「エ、エデ様!?」


 サミュエルを救ったのは、エデであった。

 エデは自分のしたことを僅かも気にかける様子も見せずに、いつも通りの冷静さで完全にバランスを失った男達に止めを刺す。

 その手に握られているのは、弓である。ゼルシムの武器職人が粋を凝らした作品であり、平常時は一メートル五十センチ程だが、関節駆動で折りたたんで収納ができ、その際には十センチ程に収まる優れものであった。


「…………」


 目の前の敵をあらから片付けたエデは、何気なく森の中に向けて弓を構える。

 番える矢は存在せず、何も知らぬ者には一見間抜けな姿に見えることだろう。

 しかし、エデは一切動じることなく、弦を引き絞り、矢を放つ真似を何度も繰り返した。

 すると――――


「がっ!」


「げぁっ!」


 幾人もの断末魔の悲鳴が確かに耳に届く。

 次いで、バタリと倒れ込む音。

 辺りから気配が消え、森を再び静寂が包み込む。


「一応確認しておきましょう」


 涼しい顔でエデは言い、恐れる様子もなく軽い足取りで森の中へと踏み込んだ。その後を、サミュエルはそれとなく付いていく。

 すると、その先には、予想通りの光景が広がっていた。

 森の中には突入の機会を伺っていた男達の夥しい数の死体。

 そのどれもが、判を押されたかの如く驚愕の表情と共に、心臓を矢に射貫かれている。

 

 これこそが【覚醒血】を用いたエデの力。

 エデは森に入る前に、事前に森の中へと矢を射っていた。その矢の行方を見ることもなく。

 今、男達を貫いている矢は、まさしくその時に射た矢である。

 限定的ながら、覚醒したエデは因果律をねじ曲げる。矢の行き先を知らないがゆえに、時間と空間を越えて、男達の胸に矢を射るという不条理を成し遂げる。


「……この間も拝見しましたが……やはり、その……ものすごい光景ですね、これは……」


「まぁ、殿方からすれば、卑怯と取られてしまうかもしれませんね」


「い、いえ! 決してそういう意味では!」


 弁解しながらも、サミュエルは男達の死体から目を逸らせない。それは、サミュエル自身が彼らの立場だったとしても、同じ死に様を晒すであろう確信があったからだ。

 久しく忘れていた畏怖の感情。

 かつてのガレリアにおける【逸脱者ブレイカー】にすら呼び起こされなかったその感情が、サミュエルの胸中を満たす。


「……正直、私としても本意ではないのです。私は基本的には正々堂々を好む性分ですので」


「そうなのですか?」


 意外だったのか、サミュエルはエデのその言葉に目を丸くした。


「ふふ……血も涙もない女だと思いましたか?」


「め、滅相もありませんよ!」


 度重なる失言に、サミュエルは青くなる。しかし、エデはそんなサミュエルの心情などお構いなしとばかりに、森の奥へと進んでいく。


「エ、エデ様! これ以上の単独行動は危険です! オリヴィア様とロザリー様に合流しましょう!」


「……そう、ですね」


 足を止めながら、エデは深い森のその先から視線を逸らせない。


「あの黒フードの事ですね」


「…………」


 エデは無言で首肯する。


「アレには今までにないモノを感じました」


「同感ですね。【逸脱者ブレイカー】の中には異質な雰囲気を持つ存在も多数います。……それに似た空気を感じました」


 【逸脱者】はその類い希な才覚と力ゆえに孤立しやすい。ゆえに、その成長過程で独特な雰囲気が形勢されることが多々ある。一部の国家では、英才教育とは名ばかりの拷問じみた訓練を行っている所もあると聞く。


「【逸脱者】か……」


 どこか寂しげにエデは呟き。


「とりあえず、合流しましょうか」


「了解です」


 それを振り切るようにエデは踵を返して歩き出すのだった。

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