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プロローグ

気軽に見ていってください。

 聳え立つ立派な王城。

 その下には活気に満ちた城内町がある。

 人々が往来し、多くの商人達が所狭しと並び、各々の品物を売ろうと躍起になっている。しかし、すべてにはルールがある。人々も商人も、そのルールを何よりも尊重した中で、必死に生きている。

 どんな優秀な統治者が率いたとしても、暮らす人間が獣ならば、穏やかな生活は望めない。ゆえに、この国『ゼルシム』では、すべての国民に対して、無償での教育を施している。その代わりに、特別な事情がない限り、ゼルシム内で就職することを国民に対して義務づけていた。

 その方策は今の所順調に推移している事が、街の様子をチラリと見ているだけでも簡単に窺えた。社会において、何よりも大事なのはルールを守ること。そのためには、ルールを守れる人材を育成していくことが何よりも大事なのだ。


 しかし――――


 そんな穏やかな街に、一つの影が暗雲と立ちこめようとしていた。

 ある通りの先から漏れ聞こえるのは、元気に遊んでいるだろう子供達の声。そこには緑豊かな公園があり、遊具があり、母親を連れた子供達が毎日のように集っている

 そこへ、異変が訪れた!


「うわー! 皆のこと食べちゃうぞー!」


 突如、とんでもなく醜悪な男が公園に現れ、両手を広げながら、子供達に襲いかかったのだ。

 カエルを思わすどこか潰れたような目鼻立ちに、ポツポツと十円ハゲが乱立する頭皮。離れていても思わず顔を背けてしまいそうな酷い体臭。

 そのどれもが生理的な嫌悪感を向けられてしかるべしといった印象を抱かせた。

 相手が子供ならば、なおさらの事である。

 男の姿を視界に納めただけで、子供達は心に傷を負い、トラウマを植え付けられる可能性がある……かに思えた。

 しかし、現実はそんな予想に反して、


「あっ! リシエ様だ!」


「わー。リシエ様ー!」


「遊んで! 遊んでー!」


 子供達の悲鳴が上がることはなかった。それどころか、見守る母親も含めて、親しみを込めた視線を向ける始末。子供達は男の出現に狂喜乱舞して、身体に飛びかかり、抱きつく。子供特有の容赦のなさに、男は眉を寄せた。


「お、おいおい……」


 男の強烈なダミ声。

 やがて、肩を落とす男が光で包まれると、その下から幼げな少女の輪郭が現れた。

 正体を現した少女――――リシエは溜息を吐き、お腹を摩りながら言う。


「これじゃあいつまで経ってもお腹いっぱいにならないわよ……」


 リシエはしょんぼりと肩を落とすのだった。







「はぁ……」


 リシエは満たされない腹を切なげに撫でながら、奈落の底へと落ちていくかのような陰鬱な溜息を吐いていた。


「どうなされたのですか、お姉様?」


 そんなリシエの様子を心配してか、すぐ脇に控える全身を黒のロングコートドレスで装った年若い少女が問いかけた。抜けるように白い肌と、パッチリとした深紅の美しい瞳が心細げに細められる。

 リシエは苦笑を浮かべながら首を振った。


「ううん……なんでもないわ。ただ……お腹が空いているだけよ」


 言いながら、リシエは「ん~」と鈴の音のような愛らしい声色を出しながら猫のように伸びをする。筋肉を解すように肩や首を回すと、腰掛けていた玉座にだらしなく背を預けた。


「これからの予定は?」


「謁見は先程のバートランド様で最後になります。お姉様、お疲れ様でした」


 問われた少女は淀みなく返答する。そして、少女は軽く微笑し、リシエに深々と頭を下げた。

 ようやく、今日の公務が終了した。リシエは心地の良い仕事終わりの満足感に浸ろうとするものの、やはりお腹が可愛らしく「グゥ」と鳴き声を上げ、邪魔をされる。

 

「……そう。エデもお疲れ様。いつも悪いわね」


「いえ、私が好きでやっていることですので……」


 少女――――エデはリシエにねぎらいの言葉をかけられ、謙遜するかのように身を縮こまらせた。エデはどちらかというと自己主張の強そうなキツイ顔立ちをしているために勘違いされやすいが、とても小心者なのだ。率直に褒められたりすると、非常に弱い一面を持っている。


「さて……とっ!」


 リシエは飛び上がるように玉座から立ち上がった。

 真っ赤なドレスの裾がフワリと舞い上がる。色素が抜け落ちた雪の妖精じみた一際白い肌に艶のある白髪。明らかに百五十センチに届かない身長と薄い胸はリシエのコンプレックスであった。エデと同じ――――いや、エデよりもさらに深みを宿す宝石さえ凌駕しそうな深紅の瞳をキラリと輝かせ、リシエは言う。


「もう今日は寝る!!」


 空腹を紛らわすには、もうそうする他に手段はなかった。普通・・の食事では、最早代替にはならないくらいに、症状は進行していた。


「……大丈夫、ですか?」


 エデの瞳が心配そうに細められる。エデは、今のところ誰よりもリシエの傍で接している。ゆえに、リシエがどれだけ辛い思いをしているのかも、一番把握していた。しかし、そのエデをもってしても、こうして声をかける以外の手を見いだすことができないでいた。――――否、手は見いだしていた。数多く。ただ、そのすべての手段を、すでに使い果たした後であった。


「……うん。まぁ、なんとかするわ」


 そう言うリシエの表情も、当然ながら冴えない。


「とにかく、帰って、お風呂入って、寝るわ。体力は温存しないとね」


「……はい」


 リシエは軽く手を上げると、エデの視線から逃げるように、その場から去って行った。

 自分以外、誰もいない空間。一見リシエが座るには不釣り合いな、威厳を放つ玉座だけが、エデを見ていた。


「この玉座に座るのは……お姉様以外にはありえません」

 

 それは恐らく、ゼルシムの誰もが同じ思いだろう。そもそも、リシエなしに、ゼルシムを長期間に渡って維持することなど不可能だ。

 保って数世代といった所だろう。

 エデは玉座を一心に見つめながら、覚悟を決める。


「……私はもう覚悟を決めました。……あとは、お姉様が一言命じてくだされば、私は悪魔にでもなりましょう」


 大罪を犯す覚悟。それを成したときの光景を、想像するだけで、エデの心は千々に乱れそうになる。そんな弱い心をエデはねじ伏せ、エデはもう一度玉座に誓う。


「あとは、お姉様次第ですよ」


 エデの言葉に、返事を返すものは、今は誰もいない。

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