モフモフ 集合!
ビリビリと空気を震わすスヴェーニの怒りの咆哮に、ドンガラガッシャン!と騒々しく看板やら椅子やら農具やらが倒された音がそこかしこに響いた。合間に慌てふためき焦ったような声も漏れ聞こえてくる。
バタバタと不揃いな足音とともに獣人達が姿を見せたが、皆が皆、ひきつり強張った顔でスヴェーニに向かい全力疾走である。これ以上怒りを増幅しないように、皆、無駄口を叩くことなく必死の形相で走る!走る!走る!
ズベッシャアァーーッ!
そんななか、身の丈に合わないストールをぞろりと首に巻き付けた猫獣人が、布端を脚に絡ませ体勢を崩した。
駆けていた勢いのまま前のめりに倒れるなか、助けを求めるように空を掻く彼の手が、前を走っていた同じく猫獣人のしゃんとした背に迫る。あわや巻き込まれ転倒か。
ストール猫獣人より年かさの猫獣人は、伸ばされた手をくるりとワルツのごとき華麗な足運びで見事に避けた。素晴らしい危機察知能力!のみならず、ストール猫獣人のすぐ後ろにいた、前も見ずにがむしゃらに駆けていた熊のおちびちゃんをヒョイと抱えあげ、追突回避までしてのけていた。ドヤ顔にならないところがまた紳士。
暫く抱えられたことにも気づかず、熊のおちびちゃんの手足がカケッコのごとき動きで空をバタバタと掻く。地の感触がないことに漸く気づくも、状況が分からずキョトンと紳士猫獣人を見上げている。
狙ってない上目遣いは愛らしさ炸裂だ。只々愛らしい。狙った上目遣いは如何に巧妙に演じようとも、あざとさが透けてみえるものだ。
ポムポムと熊のおちびちゃんの頭に手をやり、地面に下ろした紳士猫獣人は優しく微笑み一緒に駆け出した。
実に紳士!……だが、倒れた挙げ句、そのまま勢いよくスライディングでダメージ大のストール猫獣人を一顧だにしなかったのは如何なものか。紳士とて相手を選ぶということか。幼児限定でないことを祈る。
トスッ!トストストスッ!ゴリッ!!
皆が倒れたストール猫獣人を避けて走り抜けるなか、可愛らしい長いキャラメル色の垂れ耳を揺らしながら眠そうな半眼の赤目の兎のおちびちゃんがピタリ、と足を止めた。やっと彼にも救護の手が差し伸べられ……なかった。
表情を変えることなく、躊躇もなく、倒れ伏した身体を渡っていった。最後にはご丁寧にトドメとばかりに頭を力強く踏みつけていった。稲葉の白兎を彷彿とさせる光景であったが、白目を剥いた鰐役の逆襲は当然なかった。
コソ、コソコソコソ……ボテボテボテッ!
一番手前にある家屋の影から、全力疾走の集団の最後尾にこっそりと紛れ込み、さも最初からいたかのように何食わぬ顔で追走する小さな影ふたつ。鼠獣人の子供のようだ。
双子なのだろう瓜二つの顔は神妙さを取り繕っているが、口の回りはベタベタとして菓子屑もついている。二人とも獣人としてはやや……いや、かなりポッチャリの部類に入る。
大方、皆が避難して目がないのを良いことに摘まみ食いでもしていたのであろう。スヴェーニの怒りの大音声に慌てたものの、摘まみ食いがバレる訳にもいかずに合流のタイミングを図っていたに違いない。絶妙なタイミングで合流を果たしたが、その顔では摘まみ食いは一目瞭然。甘んじて説教とお仕置きを受けるがよい。
漸く辿り着いた先頭集団はゼェハァ息を切らす者、呼吸の乱れはないもののスヴェーニの盛大に育った米神の血管に、青醒めながら視線を反らす者など様々だった。
次第に集まってくる獣人達は雑多に固まることなく狼や猫など種族ごとに集まり縦割りに並んだ。
先頭に立つ者がその種族の纏め役なのだろう、それぞれが最後尾まで点呼のように確認している。
鼠獣人の纏め役はゼィゼィと今にも倒れそうな双子の顔を見て、目と眉を吊り上げゴツッと拳骨をおとしていた。説教は先延ばしのようだ。
猫獣人の纏め役は最後尾まで確認したところで首をかしげ、紳士猫獣人に話しかけた後、後方に目をやり大きく息を吐いた。
紳士猫獣人と連れだって後方に駆け、ストール猫獣人の脚をそれぞれにひっ掴み引き摺り駆け戻った。苛立たしげに猫獣人の最後尾に汚れまくった布塊を放置して二人が列に戻る。
『集合完了しましたっ!』
「遅すぎるわッ!この馬鹿共があぁーーッ!!」
スヴェーニの二回目の怒号の後ろで、兄妹達が耐えに耐えていた笑いの防波堤が決壊した。
お読み頂きありがとうございます。
インフルエンザ予防接種をしそこねた身としては、日々予防に勤しむしかない……
(;・ω・)




