神様 更に語らう
4/6 転生を転移に修正しました。
ぼんやりと届く話し声によって、ムシュルデの沈んでいた意識は浮かび上がるように戻ってきた。
重い瞼をゆっくり開くと目に映ったのは天井だったが、意識を失った彼を労るために横たえられていた訳ではないようで、ソファーに背を預け首が背凭れに乗っている状態だった。
すなわち、絞め落とされたまま放置されていたという状況を理解してムシュルデは首も痛かったが、心も痛かった。天井が滲んで見えるのも致し方なかっただろう。
『……放置とか酷くないかい?』
グギギと首が嫌な音をたてる気がしながら体勢を起こし、話し声に顔を向けた。
『お!やっと起きたか!』
『ゆっくりし過ぎですわね〜』
『スルー?スルーなの!?』
本当に酷いよね…と、呟きながらカヒュデンとムシュルデを絞め落とした当人(当神)を睨む。
『責任転嫁はよくないですわ〜淑女の細腕に意識を刈られる己れの軟弱をお嘆きなさいませな〜』
『常に背後にも気を配らねぇと!加減の出来ねぇ細腕淑女(笑)もいるからな!』
『加減したのですわ〜ゴキッと逝く寸前で落とす!完璧ですわね!カヒュデン?笑う要素はありませんわよ?』
『気にしてねぇくせに、気に触ったフリすんな』
わかってはいたが、欠片ほども反省の見受けられない二人に言葉もでない。
寧ろ、逝く寸前だったのかと青褪める。意識を失う寸前でカヒュデンがやり過ぎと驚いたのも頷けた。
しかし、絞められてる最中には何ら彼から制止もなかった事に思い至り、今更に憤るのも無意味、諦めが肝要とムシュルデはうなだれた。
相手はカヒュデンと、彼と同じく最初の三柱の一柱、女神フラミュルディだ。たおやかな見た目と穏やかでのんびりとした口調を裏切る内面の苛烈さは、なるほどカヒュデンと気が合う筈だと納得せざるを得ない。
『……やっぱりフラミュルディが一枚噛んでたんだね?』
疑念は確信となっていたが、虹色の世界をどうするか、彼女がどう絡んでいるのか、話を詰めていかねばならないだろう。
そう気持ちを切り替えてムシュルデはまずは確認とフラミュルディに声をかけた。
『あら、違いますわ〜私が元々でカヒュデンが後から噛んできましたのよ?』
『えっ!そうなの?』
『ええ。本来は彼らの両親のために精霊を集めるつもりで、私が準備していましたの』
『両親?』
フラミュルディの表情は変わらず穏やかなままだったが、言葉に苦さが僅かばかり滲んでいるのにムシュルデは気づいた。
訝しげな視線を彼女に向けるも浮かべている微笑みは微塵も揺らがず、黙して語らない。
ならばとカヒュデンを伺えば、肩を竦めただけで彼もまた答えなかった。
『??』
事情も何もわからない状況で説明も得られないムシュルデは困惑する以外ないが、フラミュルディの常にはない頑なな拒絶を感じ取り戸惑いを隠せない。
『その件については、そう何度も話したい内容ではございませんの。もう暫くお待ちくださいませね』
困惑しきりのムシュルデだったがフラミュルディの、よろしいわね?と微動だにしない微笑みを張りつかせた様に、彼は首肯せざるを得なかった。
『まぁあれだ。俺が精霊と共に在れる奴等をや〜っと見つけたと思ったら、既にフラミュルディの御手付きだったって訳さ』
『御手付きだなんて人聞き悪いですわ〜』
『じゃ、唾つけてたか?』
『そこは庇護とか擁護とか言い様がありますでしょう?』
『ははっ!あんだけ贔屓してるんだ!今更気にする事もねえだろう!』
雰囲気を変えるようなカヒュデンのおどけた物言いに、フラミュルディも漸くいつもの調子にもどり受け答えた。
『……贔屓?』
『ムシュルデ、違いますわ〜私は贔屓なんてしませんわ……あれは……そう!区別!区別ですわ〜』
『区別……』
『そうですわ〜特別な者には愛情も情熱も力も止まる事なく注いで、私の出来うる限りの便宜を図りますの♪足りなければ他の神々を精魂尽き果てる程に狩り出せばよろしいのですわ〜私の些細なお願い事ですもの。当然、快く引き受けさせますわ〜とにかく溺愛に溺愛を重ね、溺愛しまくりますわ♪これぞ至福♪』
一息に語り、うっとりと頬を染めるフラミュルディの笑顔は輝いている。一部不穏な発言があるようだが喜びに満ち、眩しい程に美しく輝いていた。
そして…と、次いで呟いた彼女から笑顔がすっと冷えるように消えた。
『特別な者に仇なす害虫には……生命の根をへし折って、踏み砕いて、燃やし尽くし、塵すらも残さず……完璧に!未来永劫!生命の輪から完全駆逐!!どの世界でも害悪ですもの!罷り間違って他の神々が救済嘆願なんてしてこようものなら……ふふっ…そんな頭の悪い方にかける言葉はありませんわ…一撃粉砕!復活するまで黙らせればよろしいのですわ〜
どうでもいいのは……どうでもいいですわね〜ほら、区別!』
『ナニソレ……コワイ!』
胡乱な視線を向けていたムシュルデはドヤ顔で胸を張る女神の姿に青褪め震えが走る。ニッコリ笑顔で言い切ったのも恐ろしい。
助けを求めてカヒュデンに視線を向ければ、ウンウンと頷きながら同意している姿を捉え、はっと我に返った。
恐怖元凶の同類に助けを求めるなど、自分がかなり動揺している事に今更に気がついたムシュルデである。
『ムシュルデも起きた事だし、あいつら呼んでこようぜ』
『は?』
『この時を待ち焦がれてましたの〜漸くあの子達をギューッ出来ますわ〜♪』
『え?』
『呼ぶのは精神体だからな?ギューッしたらヤバイからな?お触りなしだからな?』
『ナデナデくらいなら……』
『やめとけ!』
『え?何?どうなってるの??』
呼ぶと言われたのが問題の三人の事だと理解できるが、何故呼ぶのかがムシュルデには理解できない。
自分が意識のない間に話し合った結果なのか、以前から決まっていた事柄なのかは不明だが、どちらにしても説明不足は否めないだろう。
『あいつらに転移の説明をするのさ』
『転移?』
『そうだ。あいつらの妄想世界に転移させる説明だ』
『……は?』
『あの子達が転移したら、そこから世界が始まりますの♪その時こそギューッしますわ〜♪』
『おまえは欲求がブレねえな!』
『……だから!全然わからないんだけど!?』
脱線しそうな気配に慌てるムシュルデに、物分かりの悪い奴だな(ですわ〜)と呆れた視線が注がれる。理不尽である。
『説明もなしにっ!わかる訳っ!あるかぁーっ!!』
至極ごもっともである……が、怒鳴られた側は反省などしない。反省しよう等と欠片も思わない。
そういえば説明してなかったような?と漸く気がついたらしい彼らは互いに視線を暫し交え、次に深く傾きあった。彼らの中で答えが一致したようである。
まんじりと彼らを見据えていたムシュルデに、彼らは素晴らしくイイ笑顔を向けた。
『とりあえず……あいつら連れてくるわ!』
『はぁ!?』
『すぐに帰ってきますわ〜』
『説明するんじゃないの?!』
『あいつらにも説明するからな〜』
『連れてきたら、一回の説明ですみますわね〜』
『だよな!じゃ、行ってくる!』
『行ってきますわね〜』
手間を惜しむ神々はイイ笑顔のまま、姿を消した。
唖然としてる間に取り残されたムシュルデは暫く誰もいなくなった場所で呆然としていたが、次第に沸きあがる怒りでブルブル震えはじめた。
『…ふ……ふざけるなぁああーっっ!!』
地の底からマグマが吹きあがるような叫びだったが、当然、既にいなくなった彼らに届く筈もなく、虚しく響いただけだった。
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