兄妹 黒歴史②
精神的クリティカルヒットにより多大なダメージを受けた武人達は聖獣の背にヘタリと伏せた。地面であれば情けなくもorzの体勢になっていたことだろう。そうなれば主たる威厳など木っ端微塵である。その状況からいち早く身を起こし言葉を発したのは流石長男、武人だ。
「……ジョーシルバーの名前を知っているとは思わなかったな」
なに食わぬ顔であったが、些か声に覇気がない。ダメージは思いの外深いようだ。それに気づくことなく長老は驚きに目を見張る。
「何をおっしゃいます。当然のことでございますよ。ジョーシルバー様の尊いお名前を冠した森に住まうは我らの誉れ!ジョーシルバーの森に生きる者に知らぬなどあろう筈もございませんよ」
長老の言葉に今度は武人達が愕然と見開いた視線の先には、然もあらんとばかりに紅月、紫鋼、疾風が誇らしく満足げに首肯している姿があった。ジョーシルバーが森の名称なのはまごうことなき事実であるらしい。彼らの脳裏に『記憶改竄』『証拠隠滅』などの物騒な言葉が乱舞する。そんなことには気づかず長老は溢れる興奮に粗相をしないように己れを律しながらも、それでも抑えきれず若干早口に言葉を続ける。
「我らのようにジョーシルバーの森やジョーシルバー山脈に住まうことを許された者達はもちろんですが、ここより他の地に住まう世界のあまねく者達もまた、言葉の分からぬ赤子以外にジョーシルバーの名を知らぬ者など居りませんよ!」
なんか増えた!山脈にもジョーシルバー冠しちゃってるよ!しかも、この世界にジョーシルバーを知らぬ者皆無!素晴らしきネームバリュー!やったね!……と、もはや改竄も隠滅も不可能な現実にヤケクソ気味に心の中で吠える兄妹達。ジョーシルバーの名前については否応なしに諦めるしかない結論に達するなり、興に乗った長老からどの方向から来るか予測不能のメンタルアタックをこれ以上喰らってなるものかと互いに決意をもって見合い、話を反らし主導権を握るべく駄々下がりの気持ちに活を入れた。
「名前については分かった。皆が安寧に過ごせているようで何よりだ」
「それはもう!我らがこうして過ごせますのも皆様のおかげでございます!集落の者も皆、日々感謝しておりますよ!」
武人の言葉に長老の興奮に更に感謝が加わり勢いが増した。武人は奮い立たせた気合いでもって、そうかと鷹揚な頷きで応えた。
「もしかして石畳とかお花が飾ってあったのは、ここの住人がしてくれてたのかな?」
「左様でございますよ。聖域のため我らには見ることも叶わない場所ですが、感謝の気持ちを細やかながら日々奉じております」
「とっても綺麗にしてくれてて嬉しかったの!ありがとう!」
「ありがたき幸せ!リン様のお褒めの言葉を聞けば皆も大層喜びましょう!」
凜佳のにっこりと嬉しい気持ちの花綻ぶ笑顔に長老は感激にボロリと溢れそうな涙を皺のある武骨な拳でぐいっと拭い、己れを諌めるように奥歯を噛み締め口をへの字に歪めた。
その様子をじっと見つめていた悠佳がふと何かに気づいたように瞳を瞬かせ、更に長老を凝視する。何かを探るような強い視線に居たたまれなく長老の瞳がさまよう。漸く答えが出たのか、悠佳は彼にしては珍しく含むものがない穏やかな笑みを浮かべた。
「違っていたらすまないが、君はスヴェーニじゃないかい?」
「確かにワシの名はスヴェーニでございますが……ああ!名乗りもせず失礼致しました!獣人の集落の長老を担っております、スヴェーニと申します」
名を挙げられ不思議そうに小首を傾げたが、すぐさま恐縮し謝罪する長老、スヴェーニに悠佳は更に笑みを深めた。
「「えっ?スヴェーニ!?」」
武人と凜佳が驚愕の声を発し、スヴェーニに注視した。悠佳は驚く兄妹に小さく頷きかけ、訳もわからず声を発することも出来ずに立ち尽くすばかりのスヴェーニに慈愛に満ちた眼差しを向けた。
「泣くのは恥や負けじゃないと言ったのに、頑固なところは相変わらずだね。こんなに大きく立派になって、しかも長老だなんて吃驚したよ」
彫像のように微動だにしなかったスヴェーニは、杖を固く握った両の手に項垂れるように額をつけ、何かを堪えるようにぶるぶると震えていた。
「……は……はは……」
「そうか、嬉しいか」
「……ハルにぃ、何か様子がおかしくない?」
「そうか?スヴェーニは笑ってるじゃないか」
「……いや、俺も違うと思うぞ。肩震えまくってるし」
「笑うのを耐えているんだな。スヴェーニ、泣くのも笑うのも我慢しなくてよいとあれ程言ったのに……」
絶対に違うと武人と凜佳は思った。ふたりは自らが騎乗する紅月と紫鋼を促し、こっそり悠佳から僅かに距離をとった。喜びを耐えるにしても、感激に肩震わすにしても、彼の肩の揺れはそれを凌駕する震えっぷりなのだ。それはもうブルブルのガックガクで、ヤバい形状と性質の宇宙生命体がメリメリ背中の皮を破って現れるんじゃないか?くらいの異様さである。それを微笑ましげに眺める悠佳もまた異様……異様な程の暢気さで、主と違い警戒する疾風の背からヒョイと地面に降り、スヴェーニに向かい腕を広げた。
「賢く負けず嫌いな小さなスヴェーニ……君に会えて嬉しいよ。大人になった君を私によく見せてくれないか?」
悠佳が優しい声音で語りかけるや、ぴたりとスヴェーニの身体の揺れが止まった。
「はぁああるぅううさぁまぁあーーーッッ!!」
スヴェーニは雄叫びとともに握りしめていた杖を放り投げ疾走一直線、悠佳に突っ込み縋りついて号泣した。減速なしの勢いに押されることなく難なく抱き止めた悠佳は、実に嬉しそうにスヴェーニの頭を撫でる。
青い空に放物線を描いて飛んでいった杖が遠くでドゴンッと響いた……ドゴン?
お読み頂きありがとうございます。
病院にて咳やくしゃみしてるのにマスクしてない人って意外に見かけます……マスクしてください。お願いします。と、予防マスク状態で心から思います(;・ω・)




