神様 語らう
天界に戻った神であるが、始終一所に集まっている訳でもなく、数多ある世界の彼方此方をにふらふらしている神々を見つけて、相談を持ちかけるのも直ぐ様とはいかぬだろうと考えていた。
『邪魔するぜ!!』
『どわっ!?』
突如、己の面前に姿を現され仰け反る神にしてやったりとばかりに呵呵大笑するのは焔のごとき神である。
『ムシュルデは相も変わらずヘタレてるな!』
『前触れなく来ないでよ!突然目の前にカヒュデンみたいな暑苦しい奴が現れたら、誰だって驚くよ!』
『暑苦しいとはご挨拶だな』
カヒュデンと呼ばれた神は、そこでニヤリと質の悪い笑みを浮かべた。
『俺はどこぞの神と違って‘’キラキラ☆厳かオーラエフェクト‘’を出せるからな!』
『ぬあっ!!』
『三兄妹に不審者認定された挙げ句、追い返されたなんて俺はちっとも知らないぜ!』
『ぐはぁっ!!』
精神的クリティカルヒットにより崩れ落ちたムシュルデにさらに追い討ちをかけるカヒュデン。
彼こそ精霊王達が去るに至った時、人類滅亡寸前に追い込んだ当人(当神)である。
『……きみ、見てたのかい?神の気配はなかったのだけど?』
『そんなもん隠形してたからに決まってんだろ〜おまえに気取られず、こっそりヘタレっぷりを堪能させてもらったぜ!』
崩れ落ちた態勢のまま力なく尋ねるムシュルデに反し、起きあがろうとする気力をガリガリ削っていくカヒュデンは実にイイ笑顔だ。
『カヒュデン、あの世界の事をきみは知っていたんだね?』
もはや諦めの境地に達し、突っ伏したまま尋ねるムシュルデだったが、カヒュデンはグイッと太い眉の片方をあげた。
『おいおい!ものを尋ねるってのに寝っ転がってるたぁ、どういう了見だ!失礼な奴だな!』
『誰のせいだ!誰の!』
『おまえがヘタレなせいだよな』
ワナワナと震えるムシュルデにこれでは話が進まんな!と、引き起こしソファーに放り投げた。
解決とばかりにパンパンと手を打ち鳴らし、カヒュデンは向かいのソファーにドッカリと腰をおろした。
『乱暴に過ぎる!』
恨めしげに睨むムシュルデに肩を竦めるだけのカヒュデンに反省の色はまったく見られない。
『男神にくれてやる優しさは持ち合わせてないもんでね』
『……きみ、女神相手でも平気で投げるし!殴ってるし!』
『あんなもん生意気なひよっこへの教育的指導ってもんだ。俺がちょろっと撫でた程度で死なねぇだろ。奴等が神様でございってデカイ顔できるのは、そこらの世界の住人達にだけだ』
『確かにきみに比べれば、大抵の神々はひよっこだろうね』
『おまえから見てもな』
神々の母神が最初に生み出した三柱の内の一柱がカヒュデンである。因みにムシュルデは九番目である。
『さて、そんなことはどうでもいい。あの世界を知っていたかだが、知ってたぜ』
『どうして黙っていたんだ!あれは他の世界の在り様とは余りにも違いすぎる。小さいが力ある世界が張りついている状態だ。元々の世界にどんな影響を与えるかわからないんだよ!』
平然とした態度のカヒュデンに食ってかかるムシュルデに対し、彼は凄絶な笑みを返した。
『だから何だってんだ。張りついたままだろうが、母体の世界を喰い散らかすように分離しようがな。俺はあの小さい世界が在り続ければ、それでいいんだ』
『……それは些か傲慢に過ぎるんじゃないかい?』
『神とはそもそも傲慢なものさ』
『カヒュデン……なぜ、そんなに入れ込んでるんだい?たった三人の小さな世界に過ぎないじゃないか。人間の一生は短い。あの三人が死んでしまえば世界は消滅するんだ。その時起きるだろう事はどうでもいいのかい?』
『俺にとってはそうだな。あそこは精霊が去った世界。精霊の、魔素の、魔力の恩恵を否定した只人の世界だ。まぁ今はほとんどの只人は善き人ではあろう。害虫と呼ぶべき奴等もいるがな』
『存外、執念深いね……』
確かに神とは傲慢で勝手なものだ。
気にかかれば多少の手助けはするし、飽きれば見向きもしなくなる。
気に触れば、カヒュデンのように一種族を滅ぼそうとしたり実際滅ぼすことも稀にある。
しかし、それはあくまでも数多ある世界それぞれの‘’なか‘’に関する些細な事柄だ。あくまで神にとっての些細な…であるが。
その世界そのものの存続や消滅に関しては、そうそう手出しはしないものなのだ。
神といえど世界ひとつどうこうするには、多大な力を必要とする。世界の大小、力ある世界か否かによっても変わってくるが、一柱にて行える事ではない。
ムシュルデは虹色の世界をどうするにせよ、他の神々の協力を得ねばならないと考えていた。
そこへカヒュデンの来訪である。
他の神をわざわざ探す手間が省け、からかわれはしたが渡りに船で喜ばしい事であったのだが、カヒュデンの言葉に戸惑いを禁じ得ないムシュルデであった。
『そう簡単に消滅しないさ。あそこには精霊達がいる』
『……いたね精霊達。精霊が去った世界が母体なのに、あれだけの精霊達がいるのは思いもしなかったよ』
『あんな世界でもずっといたぜ。生まれては消えのエンドレスだがな』
『そこがおかしいんだ。あそこには精霊がたくさんいた……カヒュデン、きみ何かしただろう?』
僅かに苦さを滲ませたが、それを拭うように悪戯な笑みを浮かべるカヒュデンに対し、疑念をもって尋ねるムシュルデに彼はソファーに背をドッカと預けながら足を組んだ。
『只人の世界に生まれた精霊を集めて彼処に送り込んでる』
『は?送り込んでる?進行形なの!?』
『当たり前だろ?魔素が殆どねぇんだ。ほっといたら生まれた端から消えちまうだろうが』
何言ってやがると云わんばかりのカヒュデンだが、ムシュルデの方こそが何言ってやがるんだと喚きたい心境であろう。
『きみはっ!』
『あの世界で精霊と共に在れる奴等をやっと見つけたんだ……』
今までの尊大な態度が鳴りを潜め、真摯な眼差しでカヒュデンがポツリと呟くのにムシュルデは思わず息を飲む。
『精霊達が去って、まぁチョッとばかし暴れた後になんだが……精霊が渡ったとこ探して会いに行ったんだよ。』
『チョッとばかしにしては、容赦なかったけどね』
『……つまんねぇ茶々いれんじゃねえよ』
ジロリとねめつけるのに、ムシュルデが肩をすくめ傾くのに言葉を続けた。
『界渡りでみな疲弊してたが、魔素と魔力に溢れる場所だったから回復も早かろうと俺は安心したんだが……精霊達は酷く沈んでた。
界を渡れない精霊達を残してきた事に、あの世界では消えゆくしかない同胞を想ってな』
界渡りした精霊に会いに行っていたとは思いもしなかったムシュルデは、苛烈なカヒュデンの意外な情の深さを感じてつい凝視してしまう。
その視線に居心地悪気に身動ぎし、彼は誤魔化すように咳払いをした。
『そこでだ!今いる精霊は無理だろう、これから生まれてくる精霊全部も無理だろう。どんだけ時が過ぎるか分からねえが、精霊と共に在れる奴が現れたら……生まれてくる精霊を集められるだけ集めて、そいつの側に送り込む!って約束した訳だ』
自然に生まれ、集まったにしては有り得ない数の精霊達がいたのは納得がいったが、どうにも腑に落ちない。
精霊が生まれた端から集め、送り込む。それをカヒュデンが行う?なんか違和感が……とムシュルデは思う。
精霊は生まれた瞬間から魔素を取り込んでいく。魔素がなければ瞬く間に消滅したりする程に生まれたばかりの精霊はデリケートだ。
『カヒュデン……精霊の移動を、きみが、したのかい?』
拭えない違和感、襲いくる嫌な予感に確認するムシュルデの声が低く地を這う。
『お、おう……』
『本当に?きみが、ひとりで、したのかな?』
視線が揺れるカヒュデンの返答に対して、ますます地を這うムシュルデの追及にカヒュデンはとうとう視線を逸らした。
『正直に吐いて貰いましょう…かはぁ!?』
確信を得たムシュルデは更に追及しようと身を乗り出したところを、背後から首に絡まる腕に引き戻された。
白くたおやかな腕は抱きつくようにも見えたが、実際にはギリギリと強靭な締め技が炸裂中だった。
『ちょっ!やり過ぎ……』
狭まる視界に慌てるカヒュデンの姿を捉えたのを最後にムシュルデの意識は落ちた。
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