二人の食卓事情
サイトフリーリクエスト
二章八話後辺り
何時ものようにやってきた生徒会室。持ってきた荷物をテーブルへ置いて中身を広げようとした俺に先輩が声を掛けてくる。呼ばれるまま近寄ると何か差し出された。
「遅くなったが、これ」
「?何ですか?」
手渡されたのは学園のシンボルが書かれたシンプルなデザインのカード。掌サイズなこれはこの学園の学生証なのだが、寮部屋の鍵でもあり学園内での財布代わりにもなるという優れものだ。小さく薄っぺらいものだが色々ハイテクな物が設置されるこの学園で生活する為の必需品。ピカピカで新品っぽいそれを何故渡されたのか。
疑問を浮かべながら引っくり返す。先輩の物だろうかと思って見た裏に書かれていたのは、俺の名前。
「あれ?」
慌てて内ポケットに手を突っ込む。ひょっとして落としていたのかと無用心さに血の気が引いたが探る手には固い感触。
「……あれ?」
取り出したカードは確かに俺の学生証で。両手に一枚ずつカードを手にした俺は首を傾げて先輩を見上げた。
「飯の材料代。何か買う時はそれを使え」
「え?」
「口座は俺のに繋がってるから。それ」
「……は?」
それ以外はそっちのやつと同じだから、とサラッと話す先輩の言葉を聞きながら止まりそうになる思考を必死に巡らせる。買う時使えって。口座先輩のに繋がってるって。
「え。何軽く他人に財布預けてるんですか」
「一々材料費渡すのも面倒だからな」
「いやいやいやいや。だからってカードごと渡すとか豪快過ぎますって。それに別にそんなの出して貰わんでよか、……じゃなくて、良いですから」
「作ってもらってるんだ。それくらいはさせてくれても良いだろ?あ。俺の分だけじゃなくて自分の分も纏めてそれから出せよ」
さっさとソファに座った先輩を追って脇に立つ。返そうとカードを突き出すが先輩は素知らぬ顔で俺の鞄からタッパーや皿を出し始めた。
「……先輩」
「……ただで飯食わせて貰うのは心苦しいんだって」
「一人増えるくらいなら一人のとそこまで変わりませんし、先輩のご、両親に申し訳無いんですけど」
「俺が稼いだやつだからそこは良いんだよ」
あぁ。そう言えば家の事手伝っていると聞いたな。お小遣いみたいな?いやどっちかって言うとバイト代?まぁそうだとしても。
「俺が好き勝手なんでもかんでも使ったりしたらどうするんですか」
「そんな事するのか?」
「……しませんけど」
「なら良いだろ」
いや、そりゃしませんけど。……しないけどさぁ。
けろっとした様子で料理を取り分ける先輩に目を眇めて抗議する。
「…なんですかその信用。人には色々気を付けろと言っておいて……」
「お前なら大丈夫だろ」
「……えー」
キッパリと言われて脱力する。信用されているのは嬉しいがそれとこれとは別だ。人のお金を預かるとか凄く嫌だ。うっかり魔でもさしたらどうしてくれる。
……そうだ。貰っとくだけで部屋に仕舞い込んでおくという事に……。
「あぁ、無用心だと心配なんだったらたまに何に使っているか明細見るようにするよ」
にっこり笑いながらそう言われ顔がひくつく。……つまり使っていないのもバレる、と。
「まぁ、別に手間賃代わりで好きなの買っても良いけどな」
「……結構です」
着席を促す先輩に従ってソファに腰を下ろす。なんか体重増えた?と錯覚するくらい体が重く沈んだ。皿を避けてテーブルに肘をつき、手にある二つのカードを見比べる。再発行ではないので今までのもちゃんと使えるらしい。見た目はほぼ一緒だがよく見たら微妙に裏のデザインが違った。取り敢えず普段は自分のを使って、夕食分を買う時だけ使わせてもらおう。……間違えないよう気を付けなければ。
「それにしてもここまでされるのはちょっと……」
「気にするんだったら、これからも美味い物を食べさせてくれ」
皿を手にした先輩は何でもない事のようにそう言ってくる。軽いなー。しかし美味い物ねぇ……。
「先輩の好きな食べ物って何ですか?」
「好きな物……特に、無いな」
「……あー」
やっぱり。と苦笑する先輩を見上げて溜め息を吐く。好き嫌いは無い、と言っていたが本当に食べる事に拘りは無いようだ。美味しい物、と言ったら好きな物が良いだろうけど、無いと言われたら何を作れば良いのやら。
頭を捻った所で先輩が食べるのを待っている事に気付き慌てて体を起こした。いつも通り持ってきた物に文句を言う事無く箸を付ける先輩を見ながらまた考える。反応を観察して、好きな物嫌いな物あるか探してみよう。本当に無いのかもしれないけど気付いていないだけかもしれないし。
チラッと目の前で食べる様子を窺う。表情の変化は分かり難い。……見分けられるだろうか。
早速挫けそうになりそうな頭を軽く振るう。兎に角色々試してみよう。分からなかった時はその時だ。
うん、と一つ決意して自分の好物に思いっきり噛り付いた。