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あなたに咲く花

二章八話後辺り。

サイトキリリク。

 東雲君が睨みを効かせる中、並ぶ四人組に話を聞いてメモを取る。最近慣れてきた見回り途中のいつもの作業。しかしいつもとちょっと違う状況に顔が引き攣りそうになるのを必死に耐えた。


 何時ものように見回りをしていた放課後の校庭。そろそろ終わりだと丁度気を抜き掛けたその時。花壇を荒らす生徒がいると泣き付かれた俺達は慌てて駆けつけたのだが、犯人は既に園芸部の部長さんがシバき倒していた。地べたに正座で説教を受けさせる後ろ姿にどうにか東雲君が声を掛けて事情を聞けるようにはなったんだけど……。

 前で項垂れ並ぶのは自分より年上で体格も良い先輩。その後ろで逃げないよう威嚇する東雲君。そして俺の後ろに鬼の形相な部長さん。……たいっへん居心地悪いです。

 俺が逃げたいよ、と心中嘆息しつつもやっとこさ書類作成に必要な事をメモし終えパタンと手帳を閉じる。


「……学園内の騒がしさ等に苛立つ気持ちは分かりますが、人や物にあたってはいけません」


「……はい」


「ごめんなさい……」


 部長さんからこっぴどく叱られ済みの四人は頭を垂れて大人しく返事した。反論とかない分サクサク進んで有難いがここまでシュンとされると逆に申し訳無い気分になってくる。


「他のストレス発散を思い付かれないようでしたら風紀に電話の窓口を開いていますのでこうなる前に掛けてくださいね」


 初犯で、ここまで反省しているならもう良いだろうと東雲君に視線を送れば頷かれた。部長さんの方もちらりと見れば溜め息の後もう二度としないようにと約束させればそれで満足だと言われたので四人に確認を取り、漸く解散という事になった。


「こんな状況ですが。それでも試合、頑張ってください」


 ほっとして立ち上がる先輩達にそう言い、頭を下げて去っていく姿を見送る。無事に終わったー、と脱力していると部長さんが話し掛けてきた。


「ありがとう。助かったよ」


「いいえ」


「仕事ですから」


 スパッと言い切って被害状況をもう一度確認する東雲君。風紀メンバー以外がいる所での彼の受け答えはクールだ。今は早く帰りたいのもあるんだろう。すげない受け答えに苦笑しつつ部長さんの方へならい、軽くお辞儀をした。


「それではこれで……」


「あ、待って」


「?」


「……よし、っと。どうぞ」


 近くに咲く開き掛けの花を数種切り、さっと新聞で纏めて差し出される。キョトンと見返せば優しく微笑まれた。


「お礼。風紀室にでも飾って?」


「あ。そういった物は受け取れな、」


「ふ、風紀室っ?」


「じゃ、じゃぁこれも!」


「こっちもどうぞ!」


「え」


 俺達を連れてきた後、物陰からビクビクと見ていた同級生達が四方に散って花を纏めていく。唖然と見ている間にあちこちではしゃぐ声。ややあってハッとした部長さんが大声で彼等を叱り付けた。


「お前ら取り過ぎだ!」


「うわっ部長!」


「だ、だってぇ……」


 ほんの僅かな時間だったのに、両手で抱えるくらいの花束が二人分出来上がっている。戸惑う俺等の前で部長さんはさっき吐いたのと同じような溜め息を吐き出した。


「……なんかもう、持っていってもらえると助かるんだけど」


「はぁ……」


 部員の頭へ固い拳を落とした彼から疲れた様子で言われてしまい、断りきれずに花を抱えた俺と東雲君は困って顔を見合わせた。







「それは?」


「あ、お疲れ様です」


「あぁ、お疲れ」


 生徒会室の扉を開いた先輩へ声を掛ければ不思議そうに首を傾げられた。視線が向かう俺の手元には大量の花が生けられた花瓶。


「吉里が持ってきたのか?」


「あー……まぁ、はい。園芸部の方……ひ、とが、く、れたんです」


 見回りから帰った後。渡された花が多過ぎて全てを風紀室だけに飾るのは難しく。生徒会室にでもやってこいと書類と共に天蔵先輩に叩き出されて適当な花瓶に突っ込んだそれ。慌てていたとはいえあまりにもごちゃごちゃしているな、と今になって思い少し手を加えている所だった。


「こっちは?」


「あー……、飾り直してたら千切れちゃいまして」


「あぁ」


「押し花にでん……でも出来ると良いんですけど」


 縁の欠けた小皿に浮かせた茎の短い花。折角貰った物な上、なんか高そうな花だった為勿体無くて取っておいたのだが押し花ってどう作るんだろう。

ふぅん、と隣で花を撫でる先輩にあの園芸部の人達が見たら凄く喜ぶだろうな、と想像して笑う。そうしてまた手元に視線を戻して弄っていると、スルリと髪を撫でられた。


「うん」


「?どぎゃ、……どうしましたか?」


「いや、何も」


 しれっとした表情で離れ書類を置きに行く先輩に違和感を覚える。しかし食べようか、とさっさとソファに座られてしまえば仕方無く。取り敢えず気にしない事にして前に着いた。







「……先輩ですか?これ」


「ん?あぁ、やっと気付いたか」


 食べ終えたタッパーを軽く濯いでいる時、何気無く見た鏡へ写る自分の姿にさっきの違和感の正体を知った。それまで気付かなかった自分に脱力感を覚えるくらいにしっかりと主張する小さな存在。先輩が撫でた辺りの髪の間に、可愛らしい花が差し込まれていた。


「取るなよ?折角付けたんだから」


「いや、流石に男にこれはにゃ……無いと思います」


 言いながら外した花を皿に戻す。そんなに髪長くないのによく落ちなかったものだ。少し乱れた髪を戻すよう撫で付ける俺を先輩は残念そうに見上げた。


「似合っていたのに」


「いやいや、こぎゃんとは女の子にすっこつ……うーん……」


 方言の連発に呻いていると先輩が俯いて肩を震わせているのが見えた。ムッとして仕返しにと皿を手にソファへ座る先輩の横に膝をつく。それを黙って楽しそうに見てくる先輩の様子を無視して髪に一本花を差してみた。が。


「……あれ?」


「どうした?」


「サラサラで落ちます」


 落ちた花を拾って差し直すが髪が滑って留まらない。付けるのにコツでもあるのかと試行錯誤してみるが、何度差そうとしても落ちる。うーんと頭を捻り、さっき先輩はどうやっていたか感触を思い出しながら髪を梳いてみた。

 真っ黒な髪は固そうな見た目に反して意外に柔らかくスルスルと指を滑り落ちる。癖も引っ掛かりもない指通りにちょっと感動した。触り心地良いなぁ……あ、違う。

我に返ると先輩が口に手を当てて笑っていた。


「ふ、……花を、付けるんじゃなかったのか?」


「……そのつもりだったんですけど落ちるんですよねー」


「諦めるか?」


「うーん……」


 耳に乗せようかと思ったがそれもバランスが悪い。暫く髪を弄ってみたが無理だと判断して代わりに胸ポケットへ差した。それからちょっと引いて全身を見てみる。真っ白な花はあの黒髪に差せればそれはよく映えた事だろうけど、制服の濃い色にあるのも悪くない。真っ黒なイメージの人に白い花はよく合った。


「よう似おうとんなります」

(「よく似合ってらっしゃいます」)


「……ありがとう」


 満足して頷いていると微笑んだ先輩にまた頭を撫でられる。それにヘラッと笑い返しながらあれ?と小首を傾げた。そもそもなんで花を付けようとしていたんだったっけ。

 はて、と思い出そうとしているとそろそろ遅いから帰るよう促される。時計を見て慌てて立ち上がり荷物を纏めた。明日は朝の見回り当番で起きるのが早いんだった。

 残りの花をティッシュにくるんで持ち帰る準備をする俺を、先輩はソファに腰掛けたままニコニコと見ている。荷物を抱えて扉前に立つ俺にいつもより殊更楽しそうに笑い掛ける先輩を見詰め返す。その笑顔が妙に引っ掛かるが早く帰らねばと訊ねる事を諦めて退室した。



髪に揺れる赤い花の存在に気付いたのは部屋に着いてだいぶ経った後だった。

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