和やかな時間
二章八話後辺り。
サイトキリリク。
広い会議室で幾ばくかの生徒が淡々と打ち合わせをしているのを熱の籠った目で小柄な生徒達がジッと見詰める。話し合いの中心にいる人物がニ、三指示を出し、受けた側がそれを了承した事で直ぐに話し合いは終わった。背の高い生徒がスッと背筋を伸ばし立ち上がるのにその場の視線が全て集まる。最後に室内を見渡し各委員会に書類を届ける事を任せて出て行った背中を見送った面々は扉が閉まるのを見て大きく息を吐いた。
残っている生徒は皆出ていった彼を慕って集った所謂親衛隊と呼ばれる者達だ。部屋の中で取り巻くようにいた彼等は以前はうっとりとした目線をその対象へ送っていたのだが、現在は心配や疲労を滲ませた物が大多数を占めている。
「……会長さま、大丈夫かなあ」
「またたくさんお仕事を抱えていかれて……」
先程までの静けさは消え、ざわざわと話題が広まる。その中心になるのは変わらず出て行った一人の生徒について。
「ちゃんとお休みなさっているのかなぁ」
「たぶん……。最近夜はあぶないからってお仕事おわるの早くなったし……」
「でも、おそくまで生徒会室に灯りがついてるってきいたよ?」
不安は波のように周囲に押し寄せ部屋が暗く沈む。しかしふつりと会話の糸が切れた隙間に明るい声が響いた。
「会長はだいじょーぶ」
「たいちょー……」
「皆もいっぱい手伝ってくれてるんだから」
ね?と小首を傾げて優しく微笑む生徒にほぅっと安堵の溜め息がそこかしこから漏れた。
「そう、ですよね。たいちょう」
「そうそう。大丈夫だいじょーぶ。むしろそれを心配してみんなが元気無くしちゃったりするほうが会長困るし悲しんじゃうよ?」
だから安心して手助けしようね、と殊更明るい声で言えばその笑顔に少し不安が払拭された生徒達は漸く強張っていた肩を下ろした。
「たいちょーがそうおっしゃるなら……」
「だいじょうぶ、かな」
「うんうん、大丈夫。ほら、せっかく用意したんだからいつもみたいにおしゃべりしよっか」
安堵に緩んだ空気へ芳しいお茶と焼き菓子の香りが混ざり、和やかなお茶会へとその時を進める。新しく淹れ直されたお茶の温かみに固かった気も解れていった。その様子に目元を綻ばせた隊長と呼ばれていた生徒はそっと紅いカップの底を揺るがしそれに、と縁に唇を当てながら小さく囁く。
「なんかアイツ、最近妙に……」
浮かれてる気がするしねぇ、という呟きは紅茶と共に飲み干された。
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会議室を出た生徒はその足で自分の仕事場へ向かっていたが、薄暗くなった庭から見上げた部屋に明かりが灯っている事に気付き立ち止まる。しかし止まったのは一瞬で、ふっと小さく息を漏らすと歩く速度を少し早めた。
「あ、お疲れ様です」
ノックの後に扉を開けばいつの間にか来ていたらしい彼の後輩が机上の書類を仕分けていた手を止め笑う。
「すみません、勝手に期限ごとに分けさせていただいていました」
「いや、助かる。ありがとう」
礼の言葉に良かったと口を緩ませた後輩は、しかし彼が手にしている紙の束を見て憮然とした表情を浮かべた。
「また沢山ありますね……」
「あぁ」
「……お休み、ちゃんと取られていますか?」
「取ってる取ってる」
「……嘘ですね」
目をそらして言う彼へ近寄った後輩の目は厳しい。そんな視線に晒された生徒は、顔色は悪くありませんが、とブツブツと呟き下から顔を覗く後輩に苦笑しながら口を開いた。
「俺は天の邪鬼だから休めと言われると余計やる気になるんだよ」
「えー?」
「……それは冗談で」
疑わしげに睨む後輩の目に降参とばかりに手を上げた生徒は苦笑しながら話し出した。
「生徒会でやらなきゃならん物を他の奴等にも手伝わせているんだ。気は抜けないよ」
「休みを取るくらいの気は抜きましょうよ。疲れて倒れてしまった方がその方達に申し訳立たないじゃないですか」
「まあそうだが、何とかなるだろう」
眉を寄せ、まだ言い募ろうとする後輩の言葉を生徒は、持っていた紙をヒラリとひらめかす事で遮る。そのまま進んで机に手をつくと振り向き様に目を細め、それに、と続けた。
「お前の飯を食べればもっと頑張れそうな気がするし」
笑って書類を放る姿を後輩がキョトンと見上げる。そうして暫くして理解が追い付いた頃、納得いかなさそうにジトリと睨んだ。しかし睨まれた生徒は涼しい顔でサラリと流す。そんな姿に後輩は諦めたように溜め息を吐き、じゃあ準備しましょうか、と部屋奥の給湯室へ引っ込んだ。
その背中を眺め、生徒会長である生徒は悠々とソファへ背を沈めて益々笑みを深めたのだった。