勇者は二人もいらない
世界に勇者は、一人だけ。
これはある種一つのルールとなっている。
だが、この世界には二人の勇者が現れた。
一人は、自分は異世界から彼女と暮らすためにこちらの世界に来たという男。一見、何を言っているか分からない彼の言動だが、それは真実だ。
彼は、別の世界で彼女を交通事故によって亡くし、神様に願った。
「俺の彼女を返してくれ!」
彼の願いを聞き入れるように、頭に角が生えた神秘的な中性的な人物が彼の前に姿を現わす。そして、その者は言った。
『ならば、貴方を彼女がいる世界に送りましょう。そこで、貴方がどういう選択肢をとり、彼女とどうするかは貴方次第です』
「頼む!! お願いします、俺を彼女の元に!」
にっこりとその者は、微笑みを浮かべると手に光が集まり、一本の槍に姿を変えていく。
手に持った槍で、躊躇いもなく彼の心臓を貫いた。
「な、何で……」
『死ななければ送ることはできません。もう彼女は、この世界の住人ではありません。魂だけの存在です。そして、魂は別の世界で復活しました。つまり貴方も一旦は、魂になっていただかなければ』
グリッと槍を回し、息の根をとめると彼は、カーペットの床に血をこびりつかせ、力なく倒れる。
そんな彼の体からは、白い綿飴のようなモヤモヤが吹き出し、風に流されるようにどこかに吹かれてしまいそうになる。
それをその者は、優しく包み込み姿をその場から消失させた。
彼が、目を開けた時にはもうそこは別世界だった。
自分の見慣れた都市部というものはなく、自然一色。そんな中、必死でたどり着いた街には彼が愛してやまない彼女の姿があった。
彼女は、この世界では王の娘という配役だ。
彼女は、名前が変わり、立場が変わってはいたが、男には関係なかった。
彼女が、そこにいる。
その事実だけで、十分だった。
だが、彼女に近づくにはそれ相応の立場がほしい。
そんななか彼は、この世界には勇者がいるということを知った。
既に勇者という存在が出てはいたが、彼にルールなど関係ない。
愛してやまない者の為に彼は、数多の戦場を駆け抜け、魔物達を殺し尽くした。
そして彼は、いつしか英雄と呼ばれ、勇ましい者。つまり勇者の称号を手に入れ、数年はかかったが彼女の側にいたいがため、勇者となる。
勇者という配役を既にもらっていた男。
彼女の側にいたいがため、努力でルールをねじ伏せ、勇者となった男。
こうして、勇者は二人となった。
そして、彼と彼女の中を割くように、魔王が現れ、彼女を連れていった。
彼は、自分が連れて戻るともう一人の勇者を説得するが、勇者は耳を貸さない。彼は、不意討ちで彼を斬ると、魔王の城へ向かっていく。
魔王の城には、沢山の魔物がいたが、数多の戦場を戦い抜いた彼の敵ではない。彼は、全てを凪ぎ払い魔王と姫を取り戻すための決戦をする。
「おいおい、どうした? これが、勇者の力か?」
「ぐっぁぅ……」
彼は、手も足も出なかった。
彼は、所詮偽物の勇者。
ラスボスには勝てない。
「魔王よ……一思いに殺してくれよ」
「いいだろう……。死ね」
魔王が彼に近寄った瞬間、魔方陣が浮かび、彼から力が抜けていく。
「き、貴様なにを!」
「魔王よ。お前は、アホだな。こんなトラップにひっかかるなんて。強いから、足元に気を配れなかったのか?」
彼の体に魔王の力が彼の体に吸い込まれていき、彼の力を倍増させる。彼は、その力でついに魔王を倒し、姫を助け出す。
「ヒカ……。姫君、助けにきました!」
「貴方は、英雄のえっと……」
「ヤマトです」
「そ、そう。ヤマトさんよね。貴方がここにいるということは、勇者様も!」
彼女は、自分ではない勇者の男の影を探す。
彼は、知らなかった。
姫と勇者が、既に恋人であったことを。
主人公とヒロインは、結ばれるもの。
どんなに強くなろうとこの世界に、彼の配役は存在しない。何故なら、彼はこの世界の住人ーーこの物語のキャラではないから。
「姫……いや、ヒカリ!! 俺の顔を覚えてないのか!! あんなに愛してくれていたのに、どうして!!」
「な、何を言っているのか分かりませんが……。きっと人違いです。あの、勇者様はどこに?」
彼女がもとめているのは、別の男。
同じ魂を持っていても、既に彼女はこの世界に生を受け、暮らして、彼女自身の物語を紡いでいる。
つまりは、もう別人なのだ。
「勇者は来ないよ……」
「えっ、なっ、なにをいって」
彼の顔は、とても邪悪に歪んでいた。その表情を見て、彼女は彼が何をしたか想像して、体を震わせる。
「も、もしや勇者様を!!」
「あぁ、殺した。もう勇者はいない。俺がこの世界の勇者だ、姫と勇者は結ばれるべきだろう……?」
「貴方という人は!! この悪魔!!」
「悪魔か。おいおい、悪魔とは何だ? 旦那に向かってそんなことを言っていいのか?」
彼は、魔王から奪った力を使い、魔法によって彼女の心を捉える。嫌悪感剥き出しの彼女は、打って変わり。甘えたように刷りよっていく。
そんな彼女を彼は、高らかに笑った。
そしてついに彼は、 この世界での配役を手に入れた。
彼は、魔王だ。
だが、魔王となった彼にこの世界の勇者が現れる。
彼は、死んではいかなった。
いや、本当は死んだのかもしれない。
だが、魔王が現れたことにより、勇者が必要となったこの世界の力によって、運命を曲げられた。
魔王と勇者は、対決する。
悪は、必ず滅びる。
勇者は、魔王を倒す。
この世界のルールに従って、彼は敗れた。
術が解けた彼女は、勇者の元へと幸せそうに駆けていく。
そんな別の男に嬉しそうな顔を浮かべる彼女の顔を見て、涙を流す。
「彼女と結ばれないのなら、何故俺をこの世界に連れてきたのですか、神様!!」
彼は、ぼやけつつある視界の中、空を見て、叫んだ。
くすすっ。
笑い声が耳へと入ってくる。
『何を言っているのですか? 私は、一度も神とも天使とも名乗ってはいません。それに私は、世界に送るといって。選択肢は、貴方次第と言ったじゃないですか。まぁ、こうなることは分かりきっていたのですが』
悪魔は、また笑った。
面白そうに彼を笑った。
「そ、そんな……」
『それに貴方は、不幸でも。彼女は、幸福そうです。良かったですね、悪役となることで二人の障害となり、二人を更にくっつけられて。自分の愛した人が幸せなら人は、自分も幸せなのでしょ?』
「うっ……うぅ……」
彼女は、本当に幸福そうだ。
きっと彼女は、これからも勇者と離れないだろう。
彼らの物語は、ハッピーエンド。
つまり彼は、その駒になるために転生した。
現実は、とても残酷だ。
『物語は、ハッピーエンドですが。貴方だけの人生という物語はバッドエンドです。良かった、私、ハッピーエンド嫌いなんですよ』
彼の心は、ボロボロに砕け散った。
彼の体は砂のように消えていく。
その身が、消えていく間に彼は、自分の知っていた彼女を思い出す。
幸せに出来なかった、守ることが出来なかった彼女はこの世界では、幸福だ。
そう思い返すと悲しいが、彼は考えを入れかえ、最後に二人に言葉を告げる。
「勇者っ!! 必ず姫を幸せにしろよ!! 絶対に守り抜け!! そして……姫、どうか幸せに」
優しく二人を見ながら、微笑みを浮かべ、彼は砂の結晶となり、消えていった。
「変な奴だ、言われなくても分かってる。ねっ、ひ。姫、何故泣いておられるのですか?」
「分かりません。でも、どこか懐かしく。そして大事な……何かを失ってしまったような気がして」
勇者は、そっと姫を抱き寄せ、頭を撫でた。
「ふん、あぁ~。もう面白かった。でも最後に思い直して、後味悪いわね。ハッピー最悪!! さて、次こそは不幸な話にするぞ~っと」
彼いや彼女は、一人空から見下ろし、どこかへ飛びだっていった。また一人の悲しい結末を作りに…。