5日目 嫌味貴族と渡り合う!
がらがらがら、がたん、がらがらがらがら……。
大勢の人で賑わう王都の大通りを、揺れる馬車の中から眺める。
空はどんよりと曇ってて薄暗い。いつ雨が降ってもおかしくない天気。
今日で五日目か。早いような遅いような。
体力的に結構辛くなってきたから、早く終わってほしいわ。……体力を激しく消耗した主な原因は、間違いなく昨日にあるんだけど。
身体中のあらゆる部位が痛くて、歩くだけで一苦労なのよね。
「ライカ様、大丈夫ですか? 顔が引きつっていますけど」
「全然大丈夫じゃない。本当なら今日一日ベッドの上で過ごしたいと切実に思ってるんだから」
七日間で全部終わらすのは無謀だったかも。なんて、今さら後悔しても遅い。途中で投げ出すのは私の信条に反するし、やり切るしかないわよね。
昨日みたいに体力使うことはもうないから大丈夫でしょう。……精神は使うことになりそうだけど。
「体調が優れないからと断ってもよかったのでは?」
向かいに座るレイエが心配そうな顔になる。
「まあね。でも、断ったら断ったで面倒なことになりそうでしょ。座ってお茶飲むだけなんだし、何とかなるわよ」
「それは、そうですが……」
不満げに頬を膨らませるレイエ。
彼女の気持ちも分からなくはない。私だって別に好んで行きたいと思ってるわけじゃない。それどころか、できるだけ関わりたくないというのが本心だ。
今向かっている場所は公爵家。バイ何とかだったと思うけど覚えてない。ややこしい名前が多すぎて覚えられないのよね。覚える気もないんだけど。
あ、公爵の外見だけは覚えてるわよ。破裂寸前の蛙みたいな体型の頭頂部の薄い人だったわ。
ああ、ジュリエラ様も公爵家ご出身だけど、そことは違うから。ジュリエラ様のお父様は、一度だけ、それもちらっとしか見たことないけど、近寄りがたい雰囲気の人だったわ。高貴なオーラが溢れてるって感じで。
同じ公爵でも全然違うんだから、貴族って奥が深いわ。
で、今日はそのバイ何とか公爵家の令嬢主催のお茶会に招待されてる。七日間のうち、ほとんどは私が面会を取り付けたりして日程を組んだけど、今日だけは先方が言ってきたのよ。時期第二王子妃殿下に是非ともご参加いただきたいってね。
こっちとしては、そんな息が詰まりそうなお茶会、是非とも行きたくないんだけど、無下にもできないじゃない?
「着いたみたいですね」
レイエの言葉通り、馬車がゆっくりと止まる。
全然気付かなかったけど、いつの間にか公爵家の敷地に入ってたみたいね。
外側から扉が開けられ、執事みたいな人が恭しく手を差し出してきた。その手を取って降りるときに、筋肉がピキッってなって思わず「うっ」って言いそうになったけど、どうにか我慢したわ。顔は引きつってたと思うけどね。
「ようこそお越しくださいました、ライカ様。どうぞこちらへ」
いやにカクカクした動きの若い執事に案内されて侯爵家の広い廊下を歩く。緊張してるようには見えないから多分癖なんでしょうけど、何だか機械みたいだわ。
「こちらでございます」
何度か廊下を曲がった先にあった派手な装飾の扉の前で機械執事は足を止めた。ノックして扉を押し開ける。
「どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
礼を言って部屋の中に入る。後ろからレイエも黙ってついてくる。
お茶“会”というからには私以外にも招待されてる人がいるのだろうけど、さてさてどんな集まりなのやら。
「まあ、ライカ様。来て下さって光栄ですわ。どうぞこちらにお座りになって下さいませ」
部屋にいたピンクのドレスを着た巻き毛の女性が、嬉しそうに近づいて来て椅子を勧めてくる。
この人が公爵家の令嬢。名前は確か……ロマリナだったかな。私より少し年下だったと思うけど、ピンクのドレスって。
部屋の調度品も、金ぴかの像とか金ぴかの花瓶とかピンクの蛙の置物とか。趣味が悪いってレベルじゃない。破壊的センスの持ち主ね。
他人の趣味嗜好をとやかく言うつもりはないけれど、誰か止めてあげなさいよ……。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
ドレスの裾をつまんで挨拶してから、椅子に腰を下ろす。
円状の白いティーテーブルの周りにはすでに三人の女性が座っていた。三人とも品よりも派手さを優先させたドレスを身に纏っているけど、着飾りコンテストでも開催されてるのかしら?
初対面だったから自己紹介をされたけど、まったく覚えられなかった。今後関わることも多分ないと思うから大丈夫でしょ。
今日のところはドレスの色で区別すればいいよね。顔も似たり寄ったりで――多分化粧が濃いせいだと思うけど――よくわかんないし。えっと、左から青子、黄子、赤子、と。……おお、なんか信号になった。
女性たちの後ろにはそれぞれ侍女が立って控えている。席は五席しか用意されていないから、多分これで全員なんでしょう。もっと大勢がいるのかと思ったけど、意外と小ぢんまりとした集まりね。お茶会なんて初めてだからよく分からないけど、これくらいの少人数でするのが通常なのかしら。
「では、皆さまお揃いになられたことですし、恒例のお茶会を始めましょうか。今日のお茶は――」
ピンク令嬢が茶葉の説明を始めると、彼女の侍女がてきぱきとティーカップを配りだす。たちまち部屋の中にいい匂いが立ち込めた。
すごく貴重で高価ということを強調してるけど、お茶なんて不味くなければ何でもいいと思うけどねえ。
「ねえ、ライカ様。ライカ様はどうしてルークウェル殿下とご婚約されようと思ったのですか?」
上品な仕草でお茶を一口飲んだピンク令嬢が口を開く。微笑みを浮かべてはいるけど、眼は笑ってない。
何とも分かりやすいことで。
「どうして、とは?」
「だって、ライカ様は生まれついての貴族ではないでしょう? 厚かましいとまでは申しませんけれど、遠慮なさった方がよろしかったのではなくて?」
申しませんけれど、ってはっきり申してるじゃないの。三人の令嬢も「その通りですわ」みたいな顔してるし。
まったく、貴族のお嬢様っていうのは、皆が皆、遠まわしに嫌味を言う訓練でも受けてるのかしら。はっきり「あんたじゃ分不相応なのよ」って言えばいいのに。
「ロマリナ様はルークと結婚したかったんですか?」
「え? いえ、そういうことは……」
「違うんですか? なら、彼が誰と結婚しようがロマリナ様には関係ないことなのでは? 何が問題なんです?」
「それは……貴女が」
「私が貴族ではないから? 確かに生まれは違いますが、現在はディナム侯爵家に養女として迎えてもらい、貴族の末席に名を連ねています。国王陛下からもお許しをいただいています。ルークのことが好きで私に手を引けというのなら分かりますが、そうでないのなら貴女に私たちの結婚をとやかく言われる筋合いはありません」
きっぱりと言い切ると、ピンク令嬢の手がかたかたと震えだした。
面白いくらいに狼狽えてるわねえ。きっと、「平民出の田舎くさい女だから、私たちのような高貴な人間に囲まれたら返事ひとつロクに返せないに違いない。震えて泣き出すかもしれないわ」とか思ってたんでしょうね。
甘い甘い甘い甘い。一口食べたら即虫歯になる激甘ケーキよりも甘いわ。こっちは何年も極悪犯罪人と渡り合ってきてるのよ。蝶よ花よと大事に育てられてきた、ぬるま湯箱入り娘なんかに口でも力でも負けるわけないじゃない。……全身筋肉痛の今日は、全然身体に力入らないけど。
「あ、それと、言っておきますが、私はルークの地位に惹かれて婚約したわけではないですから」
どうもそういう噂が流れてるみたいなのよね。第二王子妃殿下なんてどう考えても気苦労が絶えなさそうなのに、というかすでに気苦労が絶えないのに、誰が地位目当てなんかでなるもんですか。
「訊きたいことは以上ですか? なら、辞去させていただこうと思うのですが。体調が優れないものですから」
私が立ち上がろうとすると、後ろにいたレイエがさっと椅子をひく。部屋を出ようとすると「お、お待ちなさい!」とヒステリック気味にピンク令嬢に呼び止められた。
「何でしょう?」
「貴女がルークウェル殿下の妻に相応しくないと思っているのは、わたくしたちだけではありませんことよ! 騎士の方々だって認めていないですわ!」
ふうん、そう来ましたか。さすが貴族のお嬢様。そういう情報は詳しいのね。三人の令嬢も「そうですわ、そうですわ」と口を揃えてさえずっている。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものね。うるさいったらないわ。
「騎士の方々、ねえ。確かに良くは思われていなかったですけど、今はどうでしょうね? 少しは理解いただけたと思うのですが。では、皆様ごきげんよう」
にっこりと笑って、レイエが開けてくれた扉をくぐって廊下に出る。後ろからピンク令嬢が「どういうことですの!?」って叫ぶ声が聞こえたけど、何も聞こえません。ええ、何も聞こえませんとも。
「これであの方たちも少しは大人しくなりますね」
「そうだといいんだけどね」
城ですれ違うたびにひそひそされるのもウンザリしてたから、ちょっとはすっきりしたかな。今日のこの謎のお茶会のことはきっと王都中の貴族に知れ渡るだろうから、明日からどんな反応されるのか不安がないわけではないけど。
でも、私は間違ったことは言ってないからね。自分の気持ちを素直に伝えただけ。彼女たちも遠まわしに嫌味を言うことを生きがいにしないで、素直になればいいのに。貴族って見栄はったりしないといけないから大変よね。……あの服装はないと思うけど。
ま、今後も言いたいことがあるならはっきり言ってこればいいわよ。聞いてあげるから。世間知らずのお嬢さんたち。