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4日目 騎士に認めてもらう! 後半戦

 隊長(仮)が言ってた“あの木”というのは、山の中にある一本だけ赤い葉をつけている木のことだ。直線距離で200mくらいあるかな。つまり、五往復で2km。

 これでも刑事やってたし、体力にはそれなりに自信もあるから2kmなんて余裕、余裕。

 ……じゃなかった。

 上ったり下ったりで全身の筋肉使うし、木の根とか岩とかあって走りにくいし、気を付けてないとすぐ滑るし、変な虫はいるし、草は邪魔だし、とにかくものすっっごいしんどい。

 二往復目まではまだ余裕があった。でも、三往復目で体力がゼロになって、四往復目は気力で走り、最後に至っては記憶がない。お花畑の中を走ってたような……?

 とにもかくにも、よく走りきったと自分を褒めてあげたいわ。私の倍の距離走ってほとんど息も乱れてないとか、ほんと騎士ってどんな体力してるのかしら。同じ人間とは思えないわよ、まったく。


「ぜえ、ぜえ、し、死にそう……」


「よく頑張られましたな」


 待機してる翼竜の傍に立っていたダジュニさんが、膝に手をついて酸素を激しく求める私に近づいてきて褒めてくれた。少し離れたところにいる騎士たちからも、「本当に走りきるとは思わなかった」「すぐにを上げると思ったけどな。意外にやるじゃん」「物静かでおしとやかなお嬢様よりいいかもな」といった声が聞こえてくる。

 天国に召されかけた甲斐はあったかな。最後のは喜んでいいのか迷うところだけども。どうせ私は物静かでもお淑やかでもないわよーだ。


「よし、では鍛錬を始める。いつもなら二つの班に分かれて模擬戦闘をするんだが、今日は特別にダジュニ様が相手をして下さる。我々対ダジュニ様ということだ」


 隊長(仮)の発言に騎士たちから歓声が上がる。

 そうだった。もうなんかやり切った充実感でいっぱいだけど、今のって準備運動だったんだわ。……私、明日の朝日拝めるかしら。


「お前たちこれを腰につけろ」


 隊長(仮)が何かを配り始める。


「どうぞ、ライカ様」


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ると、それは小さな鈴がついた青色の細い紐だった。


「えっと、こんな感じでいいのかしら」


 周りの騎士がしているのを見よう見まねに、腰に巻いてる帯に紐を括りつける。本当に細い紐だから力を入れて引っ張ったらすぐに切れそうだわ。


「その鈴を奪われないようにするんだ。奪われた時点でその者は脱落。二刻後の終了の合図までに鈴を保持していた者、もしくはダジュニ様に一撃を与えられることが出来た者には、特別な褒美が与えられる。お前たち、気合い入れていけよ。では、始め!」


 隊長(仮)がピューッと口笛を鳴らした瞬間、騎士たちはもの凄い速さで山の中に入っていった。皆気合い入ってるわね。って、感心してる場合じゃなかった。もはや体力なんてすっからかんだけど、私も早く行かないと。


「ライカ殿を探すのは騎士の数を半分まで減らしたあとにします。だからじっくり考えられるとよい」


 ダジュニさんは私にそう言うと、隊長(仮)のところに行って何かを話し始めた。

 時間をやるから上手く隠れてみせろってことね。ま、戦ったら速攻で負ける、というか戦う前に鈴をとられるから、終了時まで生き残るためには見つからない以外ないわけだけど。

 よし、やってやろうじゃないの。

 草木をかき分け山を登っていく。さっきの準備運動という名の過剰運動は辛すぎたけど、これはかくれんぼみたいでちょっとわくわくする。隠れてるだけなら体力も使わないし。

 その代わり、気力は必要になるでしょうね。気配を殺してじっと動かずにいるというのは、神経を使うもの。


「さてと、どこにしようか――」


 かさかさ。 


「ん、今なにか、あいやぁっ!」


 にょろにょろとした物体を見た瞬間、反射的に叫んでしまった。隠れないといけないのに大声あげるとか、何をやってるんだ私は。

 でも、でもね、ほんとダメなのよ。蛇はダメ。あのヌメっとした感じがもう、なんか……ああ、想像しただけで寒気がする。

 そんな私の感情を知る由もない蛇は、地面をゆうゆうと這ってどこかへと行ってしまった。さらば私の天敵。どうかひっそりと絶滅してくれますように。……絶対にないって分かってるけどね。

 それにしても変な叫び声をあげてしまった気がする。誰にも聞かれてないといいんだけど。


「なあ、あんた――」


「ひぃっ、ごめんなさいぃっ! ……な、何でしょう?」


 誰もいないと思ってたのに突然上から声が降ってきて、死ぬほど驚いた私は、とっさに謝ってしまった。慌てて取り繕ってはみたけれど、絶対変に思われたよね。

 っていうか、急に声をかけないでほしい。一体いつから私の頭上にいたんですか。

 恥ずかしいのを誤魔化そうと、きっ、と声のした方を睨みつけると、声の主はすとんと私の眼の前に着地した。

 短い赤茶色の髪の若い騎士。焦げ茶色の強気な瞳が真っ直ぐ私を見つめてくる。

 木の上にいるのは分かったけど、降りてくるとは思わなかったから、ちょっとびっくりだわ。すぐに隠れられる自信があるのかしらね。


「悪い、驚かせちまったみたいだな」


 ……またまたびっくり。邪魔だからさっさとどっか行けよ的な嫌味を言われるかと思って、身構えてたのに。


「い、いえ、全然大丈夫です。何か用ですか?」


「あ、いや、その……何で俺たちと鍛錬しようなんて……俺たちはお前を……」


 頭を掻いて視線をそわそわ彷徨わせる騎士。もう、ぱっとしないわねえ。はっきり言えばいいのに。ま、何が言いたいのかは分かるけど。


「あんたを認めていない俺たちと一緒に過ごそうなんて馬鹿なんじゃないのかって?」


「いや、誰もそこまで言ってな――」


「ええ、ええ、どうせ私は馬鹿ですわよ。馬鹿なりに考えた結果がこれなの。貴方たちが私を快く思ってないのは十分に知ってる。なにせ私は生まれも育ちも定かでない人間だものね。不審に思うのも当然だわ。自分が尊敬する人間が、そんな怪しげな女と結婚するなんて言い出したら、誰だってやめてほしいって思うでしょうよ」


 本当のことを言ったところで頭がおかしいと思われるに違いないだろうし、怪しさだけで言ったらこの世界で五本の指に入るんじゃないかしら。よく考えれば考えるほど、私って不審者よね。


「でも、気持ちは変わらない。変えることが出来ない。私もルークも、お互いを想ってる。だから、えーっと……そう、私のことを知ってもらおうと思って。そんな感じで鍛錬に参加させてもらったんだけど、予想以上に辛くて死にそうです。以上、説明終わり。じゃ、私は行きますね」


 軽く頭を下げて歩き始める。

 話を強制終了させて申し訳ないけど、ごめん無理。「一緒に鍛錬して私という存在を認めてもらおうとしました。うふっ」なんて言えるわけない。恥ずかしすぎて三途の川を渡っちゃうわよ。

 さあさあ、早いとこ隠れ場所を探さないと、そろそろダジュニさんが動きだしたんじゃないかな。騎士二十五人の鈴を奪うのにどれくらいかかるのか分からないけど、急いだ方がいいわよね。

 ほら穴みたいなところがあればいいなと思いながら草木をかき分けて再び進み出そうとすると、後ろから「おい」と声をかけられた。 


「まだ、何か?」

 

 私、急いでるんですけど。


「…………頑張れよ」


 もぞもぞと言いにくそうに言うと、赤茶色の髪の騎士は高く跳躍して木の上に消えていった。

 ……何だったのかしら、彼。よく分からない人物だったわ。

 ま、いいわ。そんなことより隠れ場所、隠れ場所っと。ほら穴はいかにも、隠れてます! って感じだから却下かな。木の上も無理だし、水の中は息が続かないし、それ以前に川も泉も見当たらないし。


「あとは……土の中、とか?」


 おお、これは絶対に見つからないんじゃない? って、私はモグラか! 窒息死するわ! 


「まずいまずい、もっとまともな場所を考えないぎゃっ! ……いったいなあ、もう何なのよ……? あれ、これって」


 地面で強打した膝を撫でながら自分が引っ掛かったモノを睨みつけた瞬間、ぴかっと閃いた。もしかしてここなら大丈夫なんじゃない? 


「よいしょ、っと。うん、なんとか入れそうね」


 私は偶然見つけた“ある場所”に無理矢理身体をねじ込んで息をひそめる。湿った土の匂いがなんとも言えないけど、我慢よ我慢。

 さてさて、ダジュニさんは私を見つけられるかしらね?



「終了だ! 山にいる者は速やかに集合場所に移動しろ!」


 ばさっばさっ、と翼がはためく音とともに、隊長(仮)の大きな声が山にこだまする。 


「お、終わった……いたたたたた」


 ずっと同じ姿勢だったから急に動くと身体が痛い。隠れていた場所から出てゆっくりと背伸びをすると、ばきばきばきっと骨が鳴った。やれやれ……。

 ちょっと迷いそうになりながらも下山して集合場所に行くと、全員が一斉に私に視線を向けてきた。信じられないって顔をしてるわね。その気持ち、分かるわー。だって、本人が一番びっくりしてるもの。


「ライカさん! 一体どこにいたんですか!?」


 エルさんが走り寄って来て、両肩を掴んでがっくんがっくん揺さぶらんばかりの勢いで訊いてくる。


「ちょ、エルさん落ち着いて」


「落ち着けません! 最後まで残れたのはライカさん以外に三人しかいないんですよ? 私はダジュニ様に攻撃を与えることが出来ましたけれども。三人が残れたのは気配を消すことを得意としているからです。ライカさんは何の訓練もしていないでしょう?」


 ん? エルさん今、途中でさらりとすごいこと言わなかった?

 何もしてないってことはないんだけどね。刑事だし。気配を消す訓練を受けたことがないのは確かだけど。


「ただ隠れてただけなんですけどね」


「ライカ殿、どこにおられたのか是非ともお教え願いたい」


 エルさんの後ろから近づいて来たダジュニさんの顔は、真剣そのものだ。


「いいですけど、ほんとに大したところじゃないですよ? 私がいたところは地上に出ていた木の根の中です」


 木の根に引っ掛かって転んだとき、たまたま空洞があるのが見えたのよ。人一人がやっと寝そべることが出来る、低くて狭い空間が。

 木がたくさん生い茂ってて薄暗かったし、根っこには蔦が絡まっていたから、よっぽど近くで見なきゃ、木の根の後ろに空間があるなんて気付かないんじゃないかと思ったのよ。

 それに、騎士って皆身軽に跳躍して移動するから、あの場所もただの段差としか認識しないだろうって思ったし。実際、二回誰かが通っていったけど、ほんとに“通って”いっただけだったしね。

 ま、ようするに身体能力に優れた人ほど気付かない場所だったってこと。

 見つけるに至った原因を除いて説明し終えると、ダジュニさんをはじめ騎士全員がほおっ、という表情になった。

  

「なるほど。まさに盲点だったわけですな。ライカ殿は素晴らしい着眼点をお持ちでいらっしゃる」


 ダジュニさんは心底感心してるみたいで、何度も頷いている。今さら転んで見つけたなんて言えないわね。永遠に秘密にしなくては。

 騎士たちからも口々に褒められた。どうやら少しは認めてもらえたみたい。


「良かった」


 身体はくたくただけど自然と笑顔になる。本当に頑張って良かった。


「あ、あの――」


「よし、王都に戻るぞ」


 山の中で私を驚かせてくれた騎士が何か言おうとしたけれど、隊長(仮)の指示で自分の乗る翼竜の方へと行ってしまった。

 何が言いたかったのかしら? 顔が赤かったような気がしたけど、多分見間違いよね。これくらいの鍛錬(私は最高に辛かったけど)で騎士が体調を崩すとは思えないし。

 今日はゆっくりお風呂に浸かって早めに寝よっと。

 あ、褒美は何だったのかって? それは……残念だけど私の口からは言えないわ。


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