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4日目 騎士に認めてもらう! 前半戦

 さてと、今日で四日目ね。毎日いろんなことが起きて、私の心臓が忙しく活動してるわけだけど、今日は特に激しい動きをしそうだわ。七日間の中で一番辛い日になりそう……。

 

「ライカ様、本当に……本当に大丈夫ですか?」


 心配そうにレイエが訊いてくる。

 私たちが今いる場所は、城の一階にある回廊の片隅。やわらかな日差しが気持ちいい。この回廊を歩けば大体城を一周することが出来るから迷うことはないんだけど、どこへ行くにも遠回りになるから、あまり人通りは多くないわ。城の初心者向け廊下って感じね。なんて私にぴったりなのかしら。

 って、別に今日は迷うのがこわくてここにいるんじゃないわよ。人と待ち合わせしてるの。 


「大丈夫よ、レイエ。うん、大丈夫なはず。大丈夫……だと思う」


 だんだんと私の声は小さくなっていく。大丈夫だと思いたいけど、どうやることやら。


「お待たせしたようですな、ライカ殿。準備はよろしいか」 


 突然後ろから声をかけられ、私は反射的に背筋をぴんと伸ばして勢いよく振り返った。

 立っていたのは、立派な衣装を身に纏った金髪の壮年の男性。年齢は、訊いたことがないから正確には分からないけれど、多分五十歳くらいだと思う。顔も声も渋くて、若いころはさぞモテたに違いない。

 彼の名前はダジュニ・ザハーノ。ルークと同じ特務騎士の一人。そしてレイエの父親でもある。

 無意識にやっているのかもしれないけど、気配を消して近づいて来ないでほしいわ。心臓に悪いったらありゃしない。


「は、はい、ダジュニさん。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。彼には大分無理を言って今日のことを許可してもらったからね。感謝してもしきれない。


「お父様、絶対にライカ様に無茶なことはさせないで下さいね」


「言われなくとも分かっておる。お前は部屋で大人しく待っていればよい。さ、ライカ殿、ついて参られよ」


「はい。じゃあ行ってくるわね」


「行ってらっしゃいませ、ライカ様。くれぐれもお気を付けて」


 レイエの声を背中に受けながら、私はダジュニさんの後ろについて歩き出した。

 向かう先は城の裏側、騎士の鍛錬場があるところだ。

 騎士の鍛錬を見学するのかって? そんなのだったらレイエが本当に大丈夫だなんて訊いてきたりしないでしょ。違うわよ。見学じゃなくて一緒に鍛錬するの。服だって今日はドレスじゃなくて、シャツとズボンなんだから。

 彼らが普段どんなことをしてるのか興味あって……じゃなくて、彼らと仲良くなるためにね。興味があるっていうのもあながち嘘ではないけど。

 騎士というのは、前にも言ったように特に優れた人しかなれない特別な地位。簡単に言えばエリートね。その中でも特に優れた騎士だけがなれるのが特務騎士。つまり超エリートよ。

 特務騎士には上限も下限もない。今は四人いるけれど、時代によっては五人だったことも、一人だったことも、ゼロだったこともある。ただ強くても、ただ心が清くても駄目。視野が広く常に中立で何事にも動じない人でなければ特務騎士にはなれない。

 その特務騎士に、ルークは王子という立場でありながらなってるわけ。王子で特務騎士。特別に特別を重ねてるようなものね。

 だからか知らないけど、彼、騎士たちからすごい慕われてるのよ。眼つきも愛想も絶望的に悪いのにね。ほんと不思議だわ。

 で、そのルークが近々妻をめとる、と。当然、騎士の間では一体どこの誰だって話題騒然となったわけ。スーパースペシャルなルークなのだから、そりゃあ相手もスペシャルに違いないだろうってね。

 ところがところが、ふたを開けてみればあらびっくり。王子の相手はどこの馬の骨とも知れない胡散臭い女じゃありませんか。

 ……悪かったわね、胡散臭くて。

 とまあ、そんな感じで一部の騎士たちから敵視されてるのよ。お前みたいな女、認めないってね。

 別に認めてもらわなくても結婚は出来るけど、ずっと睨まれるのも嫌じゃない? だから、私という人間を知ってもらおうと、ダジュニさんに騎士の鍛錬に参加させてほしいってお願いしたの。同じ釜の飯を食った仲になりたいとまでは言わないけど、少しは関係を改善出来たらいいなと思ってね。


「ライカ殿、手助けは一切不要とのことだったが、本当によろしいのか?」


 ふいに、ダジュニさんが足を止めて訊いてきた。


「はい、ダジュニさんに助けてもらったら鍛錬になりませんから」


「……意思は固いようですな。分かりました、これ以上は何も言いますまい。ただし、貴女の身に危険が及びそうになったときは問答無用でお助けしますからな」


「え、でも」


 それも手助けになると反論しようとした私を手で制し、ダジュニさんは言葉を続けた。


「怪我の理由を殿下に訊ねられたくはありますまい?」


「それは、確かに……」


 多少の怪我なんてどうということはないけれど、この七日間のことは全てルークには内緒だ。私の身体に傷があったら、彼はその理由をしつこく訊いてくるに違いない。そうなったら全部話さないといけなくなる。

 ……それは困る。


「ありがとうございます、ダジュニさん」


 私が礼を言うとダジュニさんは、ふっと微笑んで「礼には及びませんぞ」と言って歩き出した。

 うーん、格好いいわ。

 鍛錬場に着くと、すでに結構な人数の騎士が集まっていた。五十人くらいかな。騎士は全員で三百人ちょっとらしいから六分の一ってとこね。

 近づいていくと一斉に視線を向けられた。そのうちの半分くらいは、まあ鋭いこと。


「おはようございます、ダジュニ様、ライカさん」


 騎士の一人が駆け寄ってきて爽やかな笑みを私に向ける。

 彼の名前はエルクローレン・ディナム。私が養女になったディナム侯爵家の三男。色々な事情と偶然が重なって、彼とは仲良くなった。ルークを人間に戻す旅にも一緒に来てくれたし、友人というより仲間だと私は思ってる。私の素性を知る数少ない人物の一人でもあるしね。

 エルクローレン……エルさんもルークを慕ってはいるけど、敵意を向けられたことは一度もないわ。彼に睨まれたらショックで立ち直れないかもしれない。それくらい、いい人だ。

 うん、彼の笑顔を見るとほっとするわね。


「おはようございます、エルさん。今日はよろしくお願いします」 

 

「こちらこそ。では行きましょうか」


 エルさんに連れられて私は翼竜よくりゅうの前まで移動した。

 翼竜というのは、騎士が使う移動用の生き物で、見た目は巨大な空飛ぶトカゲって言えばいいかな。といっても、トカゲみたいな可愛らしさは微塵もないけどね。顔も体もイカツイのなんのって。初めて見たとき、「食われる!」って本気で思ったし。翼竜を相棒のように可愛がっているエルさんには内緒だけど。


「よっ、いっしょっと」


 翼竜の岩みたいに硬い身体をよじ登って背中にまたがる。もちろんこんな騎乗の仕方をするのは私だけだ。騎士たちは皆、華麗に跳躍して乗っている。

 べ、別に羨ましくなんかないわよ……ぐすん。


「私に掴まって構いませんぞ。落ちでもしたら大変ですからな」


 私の前に乗ったダジュニさんがそう言ってくる。ほんと、気遣いが素敵だわ。

 空から落ちるとか洒落にならないから、ありがたくダジュニさんの申し出を受け入れて、彼の服をしかっりと掴む。

 翼竜には最大五人まで乗れる。私が乗ってるエルさんの翼竜にも二人、騎士がまたがってるんだけど、二人とも緊張してるみたい。特務騎士が近くにいるというのは、そんなに緊張するものなのかしらね。


「では出発します」


 エルさんの声とともに、翼竜が翼を広げ、ふわりとその巨体を空中に浮かせる。周りでも他の翼竜たちが次々と飛び立ち始めた。

 びゅうびゅう風を切って翼竜は空を駆けていく。眼下に広がる景色をじっくり堪能したいところだけど、そんな余裕があるはずもなく、私はひたすら落ちませんようにと祈り続けた。

 

「着きました」


 十分くらい経ったころ、翼竜は目的地に降り立った。はあ、落ちなくて良かった。

 どこに行くのか知らなかったのだけど、どうやら山のふもとみたいね。


「まずは準備運動からだ。いつものように、ここからあの木までを十往復。始め!」


 騎士たちは一斉に駆け出していく。どうやら、いま合図を出した人がリーダーみたいね。騎士のリーダーって何て言うのかしら。隊長? 団長? かしら? ……頭はないわね。盗賊の親分みたいだもの。


「ライカさんは五往復でいいですから。無理をしないで下さいね」


「はい、ありがとうございます」


 エルさんはちょっと心配そうな顔をしながら走っていった。よーし、頑張るわよ!


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