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3日目 第一王子の悩みを解決する! 後半戦

「お仕事ご苦労様です。リーシェレイグ殿下にお取次ぎ願います」


「少々お待ち下さいませ」


 扉の前に立っていた護衛の兵士にレイエが声をかけると、彼は頷き「失礼致します」と部屋の中へ消えていった。

 ここはリーシェレイグ様の執務室。仕事の邪魔をするようで申し訳ないけれど、まさか夜に会うわけにもいかないし、無理を承知でお願いしたら、意外にも快諾してくれたのよね。


「今の兵士、表情が全くなかったわね」


「護衛というものはそういうものです。感情を面に出さず、口は岩のように堅いのが彼らの特徴です。私とは大違いですね」


 そう言ってレイエは、目を吊り上げて睨んでくる。


「レイエ、まだ怒ってるの?」


「あったりまえです! 私がどれだけ心配したと思っているんですか!」


 そんなに怒ったら可愛い顔が台無しよ、と言いたいけど、怒ってもレイエの顔は可愛いままだ。可愛いって得よね。今の彼女にそんなこと言っても火に油を注ぐだけだから言わないけど。

 彼女が怒っている理由。それは、私がお昼になっても部屋に帰らなかったから。

 城の中を彷徨ってたうえに、ジュリエラ様と話してたから帰るのが遅くなったわけだけど、それを知らないレイエは私に何かあったんじゃないかとあちこち探し回ったらしいのよ。

 ジュリエラ様に部屋に連れて行ってもらう途中で走る彼女を見かけて声をかけたら、泣き出しちゃって焦ったわ。人通りの多い廊下だったから周りの視線も痛かったしね。なにこいつ侍女泣かせてんの、みたいな。

 とりあえず謝って、ジュリエラ様にお礼を言って、部屋に戻る道すがら事情を説明したまではよかったんだけど、迷子になったって言った瞬間、それまで泣いてたのが嘘みたいに怒り出したのよね。もう、演技派女優もびっくりの変わりっぷりよ。せめて部屋に戻るまでは待って欲しかったわ。周りの視線が痛いのなんの。なにこいつ侍女怒らせてんの、みたいな。

 ええ、ええ、全部私が悪いですよ! で、何か? ってキレそうになったわ。かろうじて我慢したけど。

 ちょっと冷めたお昼ご飯を食べながら何度も謝ったから、機嫌直してくれたと思ってたんだけど……甘かったか。


「もう勝手に迷子になったりしないって約束するから、そろそろ機嫌直してよ、ね?」


 別になりたくてなったわけじゃないし、今後ならないって保証はどこにもないけど、レイエと別々に行動することは滅多にないから大丈夫でしょ。


「…………絶対ですよ?」


「ええ、約束するわ」 


「じゃあ許します」


 怒りの感情をさっと消して、レイエは満面の笑みで頷いた。ほんと、表情を切り替えが素早い子だわ。

 次迷子になったら三日くらいは口聞いてくれなくなりそうだから、気をつけないと。


「お待たせ致しました。どうぞお入りください」


 がちゃりと扉が開いて兵士が姿を見せる。偶然だとは思うけど、話を聞いてたのかと疑いたくなるような見事なタイミングね。


「ありがとうございます」


「私は控えの間におりますので」


 レイエの声を背中で聞きながら、私は扉をくぐる。入れ違いに無表情の兵士は出ていった。

 初めて入ったけれど、書棚がたくさんあるわね。絵画も飾られてるし、国王様の執務室とは大分違うわ。

 私は背筋を伸ばして部屋の中央まで歩く。リーシェレイグ様は正面の大きな窓の前にいらっしゃった。


「ご機嫌麗しゅうございます、リーシェレイグ殿下。お会いしたいなどとご無理を申しまして、誠に申し訳ございません」


 ドレスの裾をつまんで首を垂れる。今日のドレスは藍色で縁に銀の……って今そんなことどうでもいいわね。


「そんなにかしこまらないで、ライカさん。貴女はルークウェルの妻になる人なんだから」


 衣擦れと人が動く気配がして、ゆっくりと顔を上げると、ルークとよく似た人物が私の前に立っていた。

 マーレ=ボルジエ国第一王子リーシェレイグ・ナルス・ボルジエ。この国の次代の王となる人だ。

 肩まである滑らかな黒髪と知性の宿る黒い瞳。弟のルークと似てはいるけれど、リーシェレイグ様の方が優しい顔立ちをしている。


「ありがとうございます」


「礼も必要ないよ。貴女には感謝しているんだ」


「感謝、ですか?」


「毎日毎日、山のような書類に囲まれてうんざりしてたからね。気分転換したいと思っていたところだったんだよ」


 だから侍従も臣下も追い出したのだとリーシェレイグ様はにこやかに笑う。うん、ほんとルークとは全然違うわ。彼が笑うところを見たのなんて数えるほどしかないものね。


「それで、何の話かな? ルークウェルのいないときを狙って会いにくるんだから、彼のことだとは思うけど」


 さすがリーシェレイグ様、鋭くていらっしゃる。

 私が彼に会いたかった理由、それはルークのことをどう思っているのかが知りたかったから。

 ルークは兄のことを尊敬し、慕っている。でも、リーシェレイグ様は弟を避けている。その理由を教えてもらうためにね。

 だって、思いが一方通行のままっていうのは悲しいじゃない? 昔は仲が良かったみたいだし、何かきっかけとなる出来事があるに違いないと思って。余計なお世話かもしれないけど、力になってあげたかったのよ。

 ま、でも、今はそのことよりもジュリエラ様との仲をどうにかしなくちゃいけなくなったわけだけど。


「確かに昨日までは彼についてお訊きするつもりでした。けれど今は違います」


「じゃあ何だい?」


「単刀直入、かつ無礼を承知でお訊ねします。殿下は何故ジュリエラ様を避けられるのですか?」


「…………」


 穏やかだったリーシェレイグ様の眼がすっと細くなる。ルークと似ているだけあって、怒ると迫力あるわね。ま、ルークが本気で睨んだら、気の弱い人なら呼吸困難に陥るくらいの威力があるから、それに比べればまだまだだけど。

 

「それを訊く理由は?」


 国王様と取引したからです。って、正直に答えるのは問題ありよね。


「ジュリエラ様が哀しんでいらっしゃった、だけではいけませんか」


 嘘じゃないわよ。ジュリエラ様が一人で尖塔に行こうとしてたのは、綺麗な景色を見て気持ちを落ち着かせたかったからだったんだもの。リーシェレイグ様をお茶に誘ったら、仕事だからとにべもなく断られてしまったみたいなのよね。

 嫌われる理由に心当たりはないけど、わたくしが悪いんだろうってジュリエラ様はご自分を責めてた。すごく辛そうだったわ。それはそうよね、好きな相手に冷たくされたら誰だって辛いわよ。


「哀しい、か。私も同じ気持ちだよ。ジュリエラが想う相手が私じゃなくて哀しい」


「ジュリエラ様は殿下のことを本当に慕って……は?」


 え? あれ? 耳の調子が悪いのかしら。今ジュリエラ様の好きな相手がリーシェレイグ様じゃないって聞こえたような。気のせいよね、うん、気のせいに決まってるわ。


「ジュリエラはルークウェルが好きなんだ」


 気のせいじゃなかった。……って、何ですとぉ!? 

 ジュリエラ様がルークを好きいぃぃ!? 

 ないない、それはない。だって、ジュリエラ様は幼いときからリーシェレイグ様のことが好きだったのよ。さっき彼女と話したとき、こっちの顔が赤くなるくらい事細かに聞いたから、それは間違いないわ。

 ジュリエラ様が本当はルークを好きだなんてそんなことあるはずない。


「あの、殿下? なに馬鹿な……いえ、どうしてそのような勘違いをなさっておいでなのですか?」


 ふう、危ない危ない。なに馬鹿なこと言ってんの、って言いそうになっちゃったわ。


「勘違いなどではないよ。私は見たんだ。彼女が城に戻ってきたルークウェルに近づいて『素敵ですわ』と言っているのを」


 ……そういえば、言ってたわね。旅を終えた私たちが城に戻ってきてすぐのことだったはず。確か国王様と王妃様、それにリーシェレイグ様とジュリエラ様が揃って出迎えてくれたのよね。ものすごく緊張してたから、あのときのことはよく覚えてるわ。

 うん、間違いなくジュリエラ様はルークに『素敵ですわ』って言ってた。

 でもね、それはルークのことを言ったわけじゃないのよ、リーシェレイグ様。


「確かにジュリエラ様は『素敵ですわ』と仰っていました。で・す・が、あの方はルークを褒めていたわけではありません。彼のしていたチョーカーを素敵だと言っていたんです」


 そう、ジュリエラ様はルークが石のついたチョーカーをしていること、そしてその石が私のしていたペンダントと同じ色だと気付いて『素敵ですわ』と言ったのだ。『お揃いなのですね、素敵ですわ』と。

 リーシェレイグ様だって近くにいたのに、なんで後半部分しか聞いてないのよ! 記憶を改ざんするなー!


「……チョーカー? ルークウェルはそんなものつけていたかい?」


 初めて知ったと言わんばかりの表情をするリーシェレイグ様。毎日ずっと肌身離さず呪いのアイテムのようにつけてますよー。もう少し弟と接してあげて下さいねー。


「はい。彼が帰ってきたとき確かめてみて下さい。ところで、リーシェレイグ殿下、殿下はいま仰られたことをジュリエラ様にお話になられましたか?」


「いや……」


 ですよね。ちゃんと話してたらこんなしょうもない誤解は生まれなかったでしょうからね。


「誰に誓っても構いません。ジュリエラ様は昔からずっと貴方のことを慕っていますよ。一度、ジュリエラ様とちゃんとお話になって下さい」


「ほ、本当にジュリエラは私を……?」


 疑り深い人だなあ。もっと自分に自信を持ちなさいよ、ね……ん? ちょっと待てよ。


「もしかして、殿下がルークを避けられていた理由って、ご自分の方が彼より劣っていると思っているからではないですか?」


「な、なんでそれを。君は人の心が読めるのかい?」


 ぎょっとなってうろたえるリーシェレイグ様。

 はあ、やっぱり。彼は自分に自信がないんだわ。だからジュリエラ様の『素敵ですわ』発言で、自分よりも優れているルークの方が好きなんだと思い込んじゃったのね。

 まったく、為政者いせいしゃとして優れた才能を持ってるんだから、もっと自信を持てばいいのに。


「心なんて読まなくても分かりますよ。殿下は素晴らしいお方だと私は思います。だからもっとご自分に自信を持って下さい。そして、ルークやジュリエラ様が貴方を想う気持ちに気付いてあげて下さい。殿下が話をしたいと言えば、二人とも喜んで聞いてくれると思いますよ」


「……そう、かな」


「はい」


 私はキッパリと肯定する。だって、ルークとジュリエラ様がリーシェレイグ様を好きなのは間違いないもの。


「……分かった。話してみるよ」


 しばらく迷う素振りを見せていたリーシェレイグ様は、自信なさそうにしながらも私の眼を見てそう言ってくれた。

 良かった。早く子供を作って下さいって言いたいところだけど、それは我慢我慢。ま、でもこれで問題は解決ね。

 よーし、明日も頑張るわよー!

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