プロローグ
黒髪のラビット。エアリアルで最速と噂されるが、大きな大会には出ず表に出たがらない謎が多い選手で知られている。
これが初めて同じレースで駆けることになるが、次元がまるで違かった。
スタートしてからやつが駆けるまで20秒はあった。6人抜いたとアナウンスされても、目の前をやつが駆け抜けていくまでは信じられなかった。
思い出すだけで震える。
やつが横を抜けていくとき、一瞬目があった。黒髪のラビットは笑っていた。それはただ気ままに飛んでいるだけのような、ラフなスタイルで。両手を大きく広げ、あの速度ならかなりの風の抵抗を受けるはずだろうに、なんの苦もなく駆けていく。それは人ではなく、鳥に近い気がした。生まれたときから飛ぶことを許された種族。人間は、ただ真似事をしているに過ぎないと言わんばかりの。
「決勝への切符を手にしたのはアイアン・ヘクターだああ」
7組目が終わったようだ。
次の8組目が終われば、64名の中から勝ち上がった8名が決勝を行うことになる。
決勝は、休憩を挟んで2時間後の15時から開始を予定している。
「ラビットがいなけりゃ……」
いや、違う。俺は一番にならなくちゃいけない。大会で上位に入ろうが、優勝しなくては意味がない。
逆にラビットと同じレースに出れて、『ラビットは参考にならない』ことがわかっただけでもよかった。
飛び方には各々スタイルがある。真似るものもいれば、独自に生み出すものもいる。しかしラビットにはスタイルというものがそもそもなかった。
ピローピロロー。
「もしもし」
「はろーはろー。残念だったねー。うさぎさんがいたからしょうがなかったかなー」
「慰めの言葉はいらんぞ」
「そんなんじゃないさー。飯でもゆっくりどう?もうレースはないんだろ?」
「はいはい。じゃあいつもの店で」
通話を切る。そこらに並ぶ出店を無視して、約束の場所まで歩いていく。少し喉が渇いた。次の自販機でなにか買おうか。