プロローグ<黒髪のラビット>
「オン・ユア・マーク!」
晴天の下に響き渡る声。渓谷を拓いて作られたレース場を、覗き込むような形でたくさんの人々がひしめき合う。後ろにいる人々にも様子がわかるように、巨大なスクリーンが至る所に配置されている。
スクリーンに映る八人が各自状態を整えた。
「レディ――」
八人が構えた。その迫力に場内が一瞬静まり・・・。
「ゴオオオオオオオオオオオ!!!」
彼らの身体は音もなく大地を離れ大気へと舞った。一人の少女を残して。
「さあさあ、やって参りました!月に一度開かれるベルテッド大会!優勝を手にするのは誰だああああ!!?」
司会が場内を盛り上げる。
「この地球に隕石が落ち、我々は空を飛ぶことを許された!それから早十年。この大会も記念すべき五十回目だぜお前らああ!!」
選手たちの間にはすでに差ができはじめていた。
「先頭を駆けるは十六歳の少年!ユキトだ!今回で四度目の出場で、初参加こそ最下位だったが徐々に成績を伸ばし、現在はご覧のとおりトップを行くまでに成長した注目の選手だああ!!」
ユキトのコールが起こる。空中を駆ける競技エアリアルはスポーツとして広くひろがったが、賭け事としての顔も持つ。そのため、観客たちもいっそう熱くなる。競技中は何が起こるかはわからない。一流の選手でも事故に遭うことがあり、最悪命を落とす危険もある。そういう不運を狙って、下位ランカーに投資して一か八か大金を手に入れようとする輩も少なくない。
「おおおおっとおお!!!」
全員の注目がユキトから未だスタート地点に残っている少女へと向けられた。
「どおおやら準備が整ったようだああ!!」
下はスパッツにスカート、上はフードに兎の耳を生やした特徴的な格好をした少女が、手足首を入念に回しながら数歩前へ歩いて、そして、消えた。
「速いい!!!速すぎるぜ!!!」
少女は司会どおり速すぎた。気づけばすでに通り過ぎているそのスピードに、カメラがレンズに留めようと忙しく反応する。その間も少女はどんどん加速しどんどん距離を詰めていき、すぐに一人を捉えた。
「まずは一人目を抜いたああ!!」
司会が、少女が七位になったことを告げたときには、更に二人を追い越し五位に順位が上がっていた。少女はまだ加速を続け、一人、また一人と抜いていく。少女に越された選手の顔に悔しさの色はない。最初から少女のことなど違う意味で眼中にないのだ。
「あっという間に残すはユキトひとりとなってしまったああ!!逃げ切れるのかああ!!?」
こんな言葉はただの煽りに過ぎない。会場にいる人はみんなわかっている。少女が
「抜いたあああああああ!!!!」
一位になることを。
少女はそのまま残りを駆け抜け、ゴールを切った。
ピューピューと口笛混じりの歓声が上がる。結果はわかっていても、そのスピードに人々は拍手喝采を送る。
「最初にゴールを切ったのは圧倒的な速さを見せてくれた“黒髪のラビット”だあああああああ!!!!!!」
黒髪のラビッットは他の選手が来る前にゴール地点をあとにした。