表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣姫のラスターエッジ  作者: 玄弓くない
1篇 爆誕!! 銀剣の魔法少女
7/18

1-6 暮傘澪

刮目せよ。少女の葛藤、そして決意を


みたいなカッコイイ台詞を言ってみたり

 


 菫ヶ丘ショッピングモール。客の移動のために設置されている歩道橋。駐車場と繋がっており、客の多くが頻繁に利用している。


 “彼ら”は、その雨除けの屋根の上にいた。計五人の影が、一列に並んで結音達を見下ろしている。


 ある者はキャップの帽子で顔を隠し、衣服のフードを目深に被り、丁度手に入れたのかビニール袋にて頭から覆っていた。


 五人の少年少女が、その成長期の体格や背丈から闘志をみなぎらす。代表として中心の少年が、スレンナに威風堂々と語り掛けた。



「スレンナ、その人達から離れろ! お前の趣味あくじも、俺達が来たからにはこれまでだッ!」


「あらあら……、中々に遅いご出勤なことですわね。先程まで悪い方々がいたというのに」



 少年の忠告に、スレンナはクスクスと笑いながら返答する。彼らとのやり取りを何度も経験し、今日もまたその普段通りの一件に過ぎないのだ。



「…………こっちにも色々事情があるんだ」


「何が事情ですか。イエローが遅れた昼食をコンビニに行って済ましたと、そう言えば良いんです」


「馬鹿野郎ッ! 腹が減っては戦はできねえんだよ! それに気合いが足りねえと戦いにすらなんねえよ!」


「だからといって、悪の組織を後回しにするのですか? ……まあ、よしとしましょう」


「だろ? ブルーもさり気なくヨーグルトがぶ飲みしてたし」


「………………ブルー、イエロー……、少しは自重しよう」



 中心の並んだ三人の少年がガヤガヤと騒ぎ出す。顔を隠したままでも身振り手振りを大きくしていることは、素直に賞賛したくなる。


 端に位置する二人は、少し出遅れて会話に加わった。紅一点、スカートを身につけた少女は、少々焦りから怒っていた。



「馬鹿三人! 今日だけは真面目にね。……結音が危ないから」


「そうそう。そこの女の子に何かあったら僕達……今年からマトモに戦えなくなるぜ」


「……後輩の方が立派だな」



 リーダー格の少年が肩を落としてげんなりする。自分の役割や立つ瀬がなくなりそうである。


 暢気に日常風景の会話を繰り広げる彼ら。だが、ピクシードール・スレンナは存外に目立ち始めた彼らに、怒りを募らせていた。


 この舞台は自分が主役である。脇役としか見ていない彼らがあまりにも中心になりかけている。スレンナは今、ご機嫌斜め。



「……初仕事ですわ。黒服人形よ、やっておしまい!」


「「「「はっ! ご命令ありがとうございます!!」」」」



 先程、人形化してボディガード軍団となった名も無き悪の組織の構成員達は、怒号や下劣な悪口を叫びながら少年達に向かっていく。頭の悪い小学生みたいだ。


 ────少年達は、未だ暢気に準備体操を終えたところだった。



「……やれやれだな。皆、いくぞ!」


「気合い充分! 牛丼弁当五百円、ごちそうさまでした!」


「おっと……、眼鏡を外すの忘れてました」


「兄貴……僕の五百円、後で返してくれよ?」


「待っててね結音、今すぐ助けるからね」


「…………そこは、『おう』とか『了解』とか、揃えてくれると嬉しいな!」



 五人は思い思いの仰々しい構えを、各々取る。自らが思い描く、“正義の象徴”を大々的に大雑把に、敵や人々、そして自分達に刻みつけるために。


 そして、高まった気合いが、思いの力を顕現させる。





「「「「「──超変身ソウルイグニッションッ!!!」」」」」







   ☆★☆







 光の中から現れた戦士達は、曇天の中でも輝きを絶やさない、鮮烈な色合いをしていた。系統色とのツートンカラーに彩られた五色の鎧に身を包み、風の中に立つ。


 騎士を彷彿させる特徴的なシルエットは、彼らが何者かを立ち塞がる敵に再度記憶させた。


 この五人共通の特徴として、西洋の兜に見られる髪飾りが、まるで長い尾のように頭部から流れ、風に棚引いている。


 解放された力と身体能力を以て、悪を倒す魂を燃え上がらせた。



「──もう長い名乗りはいらないな、スレンナ。……俺達は、人々を守護する戦士。この街を、悪党の好きにはさせない。我ら──」



 リーダーの少年、レッドの言葉を皮切りに全員が改めて変身のポーズを構える。そして、高らかに名乗りを上げた。──その記憶に、この名を刻めと。





「「「「「ヴァリアント・フォースッ!!」」」」」





 その力の名は、【ソウルイグニッション】。通称【超変身】。【ヒーロー協会】内での正式名称としては、第三世代型装着変身フレームと呼ばれている。


 生身の肉体にただの仮装を施していた第一世代、使用可能者が少数だった第二世代型装着変身フレーム。


 それらと違い、心の熱さや魂の高ぶりを起爆剤に“力”を爆発させ、個人の性格、身体的特徴、そして強いイメージによりアーマースーツを顕現させる異能だ。


 そんな才能と正義を信じる心、そして何より“気合い”があれば変身できる。そのため、今現在最も普及率の高い、ヒーローである。


 ヴァリアント・フォース。彼らも、その第三世代ヒーローの一つだ。



「いくぞ、……とうっ!」



 天高く跳躍したヒーローに、黒服人形が唖然とした表情で見上げる。真上に。


 サングラスに、迫り来る足裏が映し出された。


 悲鳴を上げる間もなく、黒服五人は着地用のクッションにされ地面に沈む。スレンナの魔法により上昇した耐久力を信じ、レッド達は、他の黒服に殴りかかった。



「……もう壊れちゃいましたの。執事とか、家の警護とかして貰おうと思ってましたのに」



 人形化しても素体は普通の人間。ヒーローとは戦闘力か違う。数える時間の余裕すらある。


 黒服達は次々と地面に沈んでいった。殴る蹴る投げ飛ばす。



「──我が元に来たれ、眷族達よ。……さあ、開演の時間ですわッ!」


「むっ。皆急ぐぞ! このままではいつものジリ貧だ!」


「「言われなくても──」」


「「──わかってらぁ!」」



 聞き慣れたスレンナの一言。これは古くからの魔術思想にもある詠唱。


 言葉に宿る言霊の魔力を発現するため、口にする。だが、これらは現代の魔法少女が既に改造していた──。


 スレンナがドレスの腰に鞭を備え、両手を正面に翳す。同時に、光を放つ地面から妖術のごとく影が現れた。


 それらは全て、“ヌイグルミ”。柔らかい生地と硬質な部品。魔力の糸と綿で作られたスレンナの私兵部隊。


 魔力である以上、アーマースーツでも破壊は可能だが何分なにぶん、時間が掛かる。その上、数が多い。


 ヴァリアント・フォースはいつもこれらに苦戦し、持久戦に入る。最後はスレンナが飽きるか、魔力温存のために撤退するか。



「くっそぉぉおおお!! また、こんなカワイイ存在を、私に殴れって言うの!?」


「ピンク、落ち着けぇ!!」







   ☆★☆







『テレビの前の皆様、ご覧ください! ヴァリアント・フォースが現れました! 見てください、我らが黒服部隊に叩き込む一撃の重さを。まさに、悪魔の所業!


 それに比べ、ピクシードール・スレンナ様はヌイグルミ部隊を召還なされました。流石でございます、スレンナお嬢様! その知的な──』



 スレンナの魔法により従者の一人と化したリポーターメイドが、ヌイグルミ達に苦戦するヴァリアント・フォースの罵る。


 リポーターの魂は悪魔スレンナに売ってしまったのだろうか。それにしても正気なはずの他のクルーが撮影を続行しているところを見ると、中々に根性がある。


 フォース達に敗れ去った黒服の面々は気絶しており、全滅。周囲の安全が取れ次第、速やかに捕縛される。







   ☆★☆







 暮傘澪は、若干混戦模様の戦場を焦った様子で見下ろしていた。荒れ果てていく玄関口と駐車場を、オロオロ慌てながら視線を動かす。



『ほら、見なさい。これが戦いよ』


「……………………、お母さんは今どこにいるの?」


『ふふ。それより、結音は見つかった?』


「……可愛い人形に埋もれて見失った」



 ショッピングモールに向かった筈の母が何故か“自宅の電話”から連絡してきた時は、危うくケータイを握り潰しそうになった。


 悪の組織が襲撃したと聞いて心配したが、母親の涼は元魔法少女。名も知れぬ悪の組織にそう易々と捕まりはしない。


 ショッピングモールの三階のテラスに駆けつけたが、無駄になった────と思った束の間のことだった。


 結音がいた。


 戦場の真っ只中に。


 しかも、見失った。


 なんてこった。



「た、助けに……」


『…………澪、あなたはヒーロー達の足手まといよ。結音のことは彼らに任せなさい。わかった?』


「………………いや、わかりません」



 確かに、生身の澪では魔法や異能といった超常の力に抵抗することはできない。だが、結音の命が掛かっているかもしれない状況でジッと黙すのは、無理だ。


 今すぐにでも飛び出したい。


 澪の動きを止めるのは、家族の存在。自分の蛮勇が惨事を起こした時、悲しみに暮れる家族の顔が目に浮かぶ。


 自分の命は、自分だけのものではない。それは、結音も一緒のはずなのに。


 “命を捨てる覚悟なんか、あるわけない”。


 行き場を失った感情が自然と手を動かし、首から下げたアクセサリーを握る。



「……澪、答えて。あなたは澪なの?」


「え? あ、いや、……ボクは……」


「暮傘澪なら、“結音を助けられる”」



 急に何を言っているのか、さっぱりわからない。ただ、緊急時とも言えるこの状況で妙に冷静沈着な涼に、まともに返答できなかった。


 ならば、答えればいい。自分は──



「……ボク、は……………………」


『答えれないのね』


「………………」


『でもね、私が答えるだけじゃあ駄目』



 誰だ。


 “ボク”は、こんなに弱気な少女を知らない。


 こうは、普遍的な少年だった。それなりに持ち合わせた身体能力と、それなりに理解していた学問に通ずる、暮傘家の長男。


 じぶんは、みおを知らない。記憶の中に、過去の自分はいない。


 自分は、自分は。



『…………首のアクセサリー。それには、澪が澪じゃなくなったあの日、私が回収した“澪の魔力”が込めてある』


「え? ボクって、魔力が少ないって……」



 母親が魔法少女だと知っている息子が、自分も使いたいと思っても不思議ではない。しかし、洸は魔力の保有量が少なく、ロクに魔法を使えたことがない。


 澪はよく覚えていた。それでも、使えただけで満足していたのだが。



『洸はね。でも小さかった澪はそれなりに魔力があった。呪いを受けて爆散したけど、まだ残っていたのよ』


「爆散って…………」


『魔力があるなら、対抗できる。もう、わかるわね?』



 いよいよ、涼の言葉の意味を理解した澪は顔色を蒼白に変える。ブワッと緊張から汗が吹き出た。


 え?───冗談でしょ?



『アクセサリーには魔法少女としての変身情報も入力インプット済みよ。……後は、魔力を戻すだけ』


「いや足りないから! 覚悟とか決意とかその他諸々! 嘘だよね、ね!?」


『結音を助けたくないの?』


「くっそぉぉお! そうきたかッ!」



 涼の提案は、断じて受け入れがたい。これはつまり、洸の尊厳を確実に完膚無きまでに破壊する所業だ。


 涼こそ、自分の息女なのだし、助けに行けばいいのに。理不尽だ、と叫びそうになり、手に力が篭もった。


 アクセサリーを強く握る。ふと思い出した。──え?



「あ…………。そう言えば、お母さん戦えないんだっけ……」


『澪……!? 思い出した!?』


「あ、いや、なんとなく…………その」



 いつだっただろうか。髪を優しく梳く、柔らかい手つきの感覚も覚えている。鏡台に映る、澪と母親。澪の背丈は今よりも──


 思考の海に浸かっていた意識を戻し、澪は手に持つアクセサリーを見つめた。


 金属製の鎖。魔力を凝固させる形で封印の彫金が施されたそれに、ヒビが入る。それは、あるべき場所へと魔力が還ったことを意味する。


 まだだ。まだ、一部だけだ。


 澪は直感する。魔力の帰還が行われ、同時に何が起きたか。


 記憶。


 呪いなどくだらない。澪という本来の少女が潜在的に保有していた魔力は、気合い一つでそれを打ち破る。


 現に、魔力は戻るついでに呪いの欠片を粉砕せしめた。母親は、これも狙いだったらしい。


 ──魔力があれば、自分は今度こそ完全な澪に戻る。洸の存在は、澪に戻ってしまう。


 自分がどうかるか。それもわからない。



『澪、これから先はあなたが決めなさい。私は、どんな選択でもあなたの味方だからね』


「……………………ん」



 ……どうしてだろう。澪は自分が何故、あんなにも洸に拘ったのか、わからなくなっていた。


 今なら断言できる。洸は残っている。


 その洸であり、過去の記憶を喪失していた自分は、本当に澪なのか。


 そんな自分自身に疑心暗鬼していた澪を、母親も、妹も、自分を澪だと言ってくれた。──本当は嬉しかった。


 でも、澪は記憶を無くしていて、自分が澪だと信じられなくて。必死にしがみついたのは、洸の記憶。洸の心が変わっても、その存在は、紛れもなく自分に残っていた。


 そして、いざ澪の一部が偶然にも戻り、自分が何者かを問う。今なら、洸は、澪は、即答してしまう。


 ────涙が流れた。もう、少しだけ戻ってしまった。今の自分は…………。



「…………ふ、フフフッ……フフフフフフッ……」


『…………………澪?』



 電話の奥で、涼は心底困った顔をしているだろう。洸は、彼女にそんな表情をさせることが最後までできなかった。


 澪はこれでも、必死に声を押し殺そうとしている。


 だが、頬を伝う涙も、不敵な笑いも止まらない。ようやく解き放たれた、眠りから覚めた“悪魔”のように。悲哀の中に、嗤い続ける“誰か”がいた。





 洸。


 ありがとう。あなたのお陰で、今のボクはいます。ボクボクだけど、ボクは決意のために、お礼を言います。


 澪が洸になって、洸は澪に戻る。


 例えそれでも、洸が消えていなくなりはしない。洸は、これからも生きていく。


 性格も心も、最早別人だけど。でも、ボクはやっぱりボクなんだと思う。


 好きなモノも、考え方も、少し変わる。それでも、洸の記憶がある限り、ボクは洸。


 別れは言わない。これからも、ずっと一緒だよ。だから。だから────





「ボクの家族を、助けに行こう。うんっ」







   ☆★☆







「うおぉぉお! 正拳突きぃ!」


「マズいですね。この前と同じ展開です」


「ピンク! 援護射撃をッ!」


「駄目、そのクマちゃんは撃てない!!」


「何しに来たんだお前ぇぇぇえ!!」



 尚も苦戦を強いられるヴァリアント・フォース。いくら倒してもスレンナが魔力を送ればすぐに復活する。不死の軍団を相手にしているに等しい。


 また持久戦になる。そう彼らは覚悟した。



「見つけましたわ。子猫ちゃん」


「うぉわぁ! バレたぁあぁあぁあ!!」



 ヌイグルミに紛れ、さり気なくレッド達の方へ向かっていた結音。圧死しそうなその柔らかい海を抜け出た先に、小悪魔の笑みを浮かべるスレンナがいた。


 逃げているつもりが誘導されていたことに気づき、結音は驚愕から飛び上がる。スレンナは、普段通りに魔法を行使した。


 現代魔法の発現。魔法陣とでも言うべき光が顕れ、その円が結音に牙を剥く。



(…………終わった……?)


「させるかぁあぁあぁあぁあ!!」



 スレンナと結音の間に飛び出してきた影は、ピンクだ。桃色の髪飾りを二房下げ、猛然と悪の魔法少女に銃を向ける。


 だが、それは遅い。


 結音の盾にも、魔法を迎撃する矛にもなり得ない。



「もう遅いですわッ! 二人揃って人形になってしまいなさいな!!」


「へ、ヘルプミーッ!!」



 絶叫した。目の前の不条理と、身勝手な悪の魔法少女。そしてそんな現実から目を逸らす。


 回避不能の悪夢まほうに、結音はただ顔を覆うことしかできなかった。







   ☆★☆







 ────手に握る銀色の指輪を確かに感じ、少女は噛み締めるように淡々と沈黙する。


 静かに目を閉じ、少し深呼吸。


 暗雲に埋め尽くされていた空に切れ目が入り、燦然と輝く光が差し込む。同様に、自らの心の中が晴れていく気分だった。



「…………久しぶり。お母さん」


『澪………………っ』



 一応、言っておく。ここ数日は随分と心配を掛けた──かどうかはよくわからないが、母親は自分の帰還を喜んでいるようだし。


 そう言えば、戻り立ての弱気で怯えていた澪を、涼は事ある毎に弄っていた。それが涼なのだが、それでも“この澪”は、母親が大好きである。



『私が言うのもなんだけど。澪、本当に良かったの……? あんなヒヨッコ、私が影から闇討ちしても良かったのよ』


「ダメ。お母さん、“指名手配みたいなものなんだから”」


『……まあ言い方は兎も角、そうね。……本当に思い出しちゃったのね』



 涼は元“悪の”魔法少女。秘密組織の一員として悪事を働いていたが、とあることをきっかけに離反。最終的に、その組織を壊滅させた元々は悪役側のヒロイン。


 この話は、洸は聴かされていない。そんな事実までも、今の澪は覚えていた。


 ほとぼりが冷めつつあるとは言え、母親は未だに狂信者のような集団に崇められている。少したりとも、世間に知られてはいけない。


 今は明朗快活、元気が取り柄の妹。昔は姉に引っ付きがちの控えめで泣き虫な少女だった。


 父親は母には頭が上がらない。でも、澪や洸には隔たりなく接してくれる。そして、その正体は──



「最初から無理矢理二代目にする気だったんでしょ。通りで昔のボクに、自分達の武勇伝語るわけだよね」


『褒めなくていいわよ。それに、あなたも乗り気だったじゃない』



 褒めてないし。小さい子供の『自分も正義の味方になる』という言葉、真に受けるな。


 溜め息を吐きながらヤレヤレと、手を上げて首を振る。呆れてものが言えない。


 だが。



「さて、結音を助けに行きますかね。うん」


『……澪、その指輪は魔法少女として戦う気のある人が使うべきなの。成り行きに誓いとは言え、覚悟はあるの?』


「……お母さん」


『澪…………』



 ショッピングモール三階のテラスから下界を見下ろす。吹き上がる風に耐え、目を開いた。


 そろそろ、結音がマズいようだ。悪の魔法少女に発見され慌てふためく姿が、そこにある。戦況も、正義の味方が押されに押され、やられ放題。


 仕方あるまい。


 澪は、ケータイ越しに涼へ伝える。





真剣シリアスに話しても騙されないよ」


『澪、あなたはなんでそんな人を疑うような子になってしまったの? ねえ?』





 あなたの教育の賜物です。


 澪は少しばかり吹き出してしまった。涼自身気づいていないだろうが、焦りで声が若干震えている。


 息女に疑われたことがそこまで動揺したか。逆に、澪は涼が今まで本気、真剣だったことがわかって良かった。


 ……状況が状況なだけに、無理矢理感が僅かに拭えないが。



「ありがとう、お母さん。元気出たよ。こうなったらなるようになれだ。テンション上げていこう!」



 後ろ髪を一房に纏めていたゴムを外す。染色の魔法により艶やかな漆黒に姿を変えている長髪が、風に流れて棚引く。


 澪は笑顔だった。


 いつも通り、全くぶれる気配のない母親に心から安心する。今彼女が、家にいることを思い出し、澪はちゃっかりお願いした。



「今日の夜ご飯、特製のカレーライスで。……“私”はあれが大好き」


『ええ、わかってるわ。だから、早くそこで調子に乗ってるヒヨッコを懲らしめて帰ってきなさい』


「結音を連れて、だね」


『そうそう、折角だし私が“名前”を考えてあげる。魔法にとって名前は大事なんだからね』


「はいはい、わかりました。それで、何て名前なの────?」



 澪の姿は、テラスの柵の上にあった。越えないために設置されている柵を、越えるために使用する。なんと皮肉な。


 通常時なら澪も、このような危険はおかさい。だが今は非常時で、しかも結音が魔法少女に襲われている。


 妹を助けるため、姉は立ち上がる。母親の妙な説得や口車に乗せられたら気がしなくもないが、構わない。


 今この場で、助けられるのは、自分だけなのだろう。自分がやらなくては、誰がやるというのだ。



「いってきます、お母さん。夜ご飯、約束だよ?」


「ええ。いってらっしゃい、“澪”」


「────うんっ」



 洸だとか洸じゃないとか。そんな拘りはもう知らない。洸はグダグダしたネガティブ思考が大の苦手だったのだし。


 澪はケータイをしまい込み、眼下を鋭く睨む。恐怖はない。あるのは研ぎ澄まされた闘志。


 さながら、鍛え上げられた剣のように。


 その力を、意志を、戦場を駆けることで表現する。語るべき敵や味方に自分は誰なのかを、その戦いにて教えるのだ。


 銀色の指輪を握り締め、目を見開く。決意に満ちたその表情は、みなぎる熱い思いが溢れていた。


 そして、遂に、澪は柵から飛び降りる。






 ────高らかに叫べ、その言葉を。思いのままに解放しろ、熱くたぎる鼓動を。


 叩きつける風を一身に受けても尚、澪は大きく息を吸った。そして、心のままに叫ぶ、身を焦がす魂を解放する。


 聞け。刮目せよ。これが、新生した暮傘澪だ。





「────変身ッ!!!」



 



ヒーローと言ったらこれですよね

「変身!」

☆乂-д-)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ