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剣姫のラスターエッジ  作者: 玄弓くない
2篇 青春!? ヒロインカルテット
18/18

2-7 仲良くしようよ鬼退治 その4

 


 ゲームセンターから飛び出した祐一は、活気が失われ殺風景と化した通りに愕然とした。一人たりともいない、交通路には車両はなく、ただ太陽の光だけが世界を寂しく照らす。


 この結界に巻き込まれた人間は祐一達のみである。


 では、この男は何者か。


 祐一達の後、悠々と足音を立て大男が迫ってくる。全身の膨れ上がった筋肉がタンクトップをはち切れんとばかりに伸ばし、足に穿いたジャージもパンパンに張っていた。丸太のように太い首に乗る頭部は岩石のようで、スキンヘッドがキラリと照り返す。


 ニヤリと、口元に笑み。



「ここは出口の無い迷宮だ。少女達よ、諦めて従うがいい」


「どうやら復活したようだな。お前の股間には隕石でも入っているのか? 賢者の石には程遠い外見だが」


「くふはははっ! 見事な蹴撃だったことは誉めよう。だがやはり常人、筋肉の質が我とは比べる程もない。中々のソフトタッチであった」



 股間の激痛に悶え苦しんでいた軟派男と同一人物である。


 “予想通りに再起してきた筋肉達磨に、千絵は余裕綽々の表情で悪態をつく”。一歩前へ出て、扇を懐へしまった。


 くるみは学生鞄から巨大な風呂敷を取り出して身を包む。瞬間的な超速の早着替えにより、退治屋の装備を身に纏った。


 拘束具に似た黒塗りの革と鋼の防具に、各所に仕込まれたダガーナイフや暗器の類い。突然の装着に、祐一達は皆ポカンと間抜けな顔で立ち尽くした。


 視線に気付くことなく、くるみは腰に巻いたホルダーから剣を抜く。重なり合っていた四つの剣が展開し、十字型へ変形を遂げた。


 ステアスクラル。くるみの武器である大型の手裏剣。



「さっきは気付かなかった……! お前、まさか!!」


「ふ」



 くるみが千絵を庇うように躍り出る。


 男は軽く笑い、突如咆哮を上げた。溢れる異様極まりない気配と、男から吹き上がる強烈な火花。肉が瞬時に鉄へと変わり、筋肉質なその身体が鋭角的なフォルムを取る。


 その変貌を、予期していた。


 現れる、鮮血のように赤黒い装甲を持った鬼。鎧の奥で、黄色い目に光が灯る。



「いたのか幼女よ。小さ過ぎて気配を感じなかったぞ。そこまでして愛でて欲しいのならば武具を捨て、その身を差し出せ」


「…………また死にたい? 大丈夫、すぐに地獄に送り返すから」



 ステアスクラルを振りかぶり、戦闘を開始するくるみ。置いて行かれた祐一達が復帰したところで、奈乃が千絵の背中に問う。



「澪ちゃんは……」


「恐らく襲撃されているところだ。至急、捜索するとしよう」


「俺に任せろ」



 臆さず割り込む祐一。事情はまるで様相を理解させないが、かの少女に危機が迫っていると聞いては黙って見過ごすわけがない。


 装甲の鬼を前に随分と落ち着いた様子の祐一に千絵は驚くも、そこは的確に指摘を告げる。千絵自身、こんな悪条件に舌打ちを隠せない気分でいたのだ。



「だが少年、澪の居場所が不明な以上、お前を一人で行かせるわけにはいかん。ここで守られていろ。予測不能な状況だ。私が動く」


「千絵ちゃん、私が行くよ! くるみちゃんを──」


「そりゃあ違うぜ。司令官、奈乃ねーちゃん。祐一はやる時はやる男だ。────なっ?」



 ニヤニヤと笑いながら話に切り込む頼人。その信用しているという目に、祐一は強く頷いて答える。


 当然、千絵が不機嫌そうに口を出そうとしたが、祐一の決意ある眼差しについ怯んでしまった。



「暮傘の……、俺の名前を呼ぶアイツの声が俺にはいつも聞こえる。授業中も休み時間も、そして今この時も」


「ああ、わかった。行け祐一」


「うおぉぉぉぉおお、暮傘ぁぁぁぁぁああ────!!」


「待て、尚更お前を行かせるわけには────」


「速いね、もう見えなくなっちゃったよ~」



 コンクリートの歩道だというのに土煙を巻き上げて走り去る祐一に、千絵の伸ばした細腕は到底追いつかなかった。彼方のビル群へ姿を消した男の背中に、頼人は親指を立てた拳を翳す。


 崩壊していく作戦プランに、千絵が腕を組んで子供らしくプンプンと煙を吹いた。どうなっても知らんぞと、だが馬鹿のパワーをさり気なく信じて澪を頼んだ。


 そこで、くるみの悲鳴。



「やっぱり援護なんて無いよね──うわあっ!?」


「おっと」



 鬼の拳がくるみを軽々しく吹き飛ばす。十字型の剣にて防ぐも、衝撃に小柄な身体は耐えきれなかった。


 その身体を、頼人は当然のように受け止める。地面への激突を堪えようとしていたくるみは、軽く笑う頼人に目を丸くした。


 ──くるみを下ろし、頼人が鬼へと突撃する。


 急展開に、少女達三人が停止を呼び掛けるが無謀過ぎる馬鹿の耳には届かなかった。頼人はあっという間に鬼へと到達し、正拳突きを放つ。


 鬼にもその攻撃は予想外の事態ではあったものの、くるみの高速移動程ではなく、腕を組んで待ち構える。むさ苦しい男に用はなく、蹴散らして肉塊にでも変えれば少女達の美しい悲鳴でも聞けるか。


 鬼は楽観的に判断していた。



「…………なに?」



 その拳は当然ながら装甲を越えることなく、鈍い打撃音のみ悲しく響く。


 しかし、“衝撃波で持ち上がる自らの巨体に鬼は驚愕した”。同時、悲鳴を上げる少女達の妄想ビジョンも拳に打ち砕かれる。


 拳を突き出した体勢のまま、頼人は舌打ち。その顔色は、微塵も滲んでいない。



「ちっ。やっぱ硬かったか……、いってえー」


「…………小僧、何者か答えよ」


「街一番のパワーファイターだ。筋肉野郎」











   ☆★☆











 ──────こうして、祐一は間一髪の所で間に合ったのだった。


 標的ターゲットは美青年。テレビ等で見掛けるようなスター性を醸し出す長身の男は、その胸に少女を抱き締めて今にも整った顔を近付けていた。


 待て。何を。して。



「させるかぁぁあああ!!」


「────」



 ビル入口に設置されて小さな電工看板を踏み台に、青年の顔面目掛け空中回し蹴りという荒技を叩き込む。衝突の瞬間、青年の冷ややかな目が開かれ、最短の動きで受け流された。


 場所は若干廃れ気味のビル街。そこら中のR18に見向きもせず、祐一は殺気全開で青年の視線と交錯する。


 スライディングで勢いを減衰させながら距離を置き、素早く戦闘体勢を構えた。御託を交わす必要などなく、ただこの不届き者の“化け物”を速攻で叩きのめすだけなのだ。


 そう。


 祐一の直感に加え、先程遭遇した赤い装甲の鬼とくれば、この展開予想はほぼ外しはしない。



「……てめえ」


「…………君は、誰だ?」



 瞬間。青年が言葉を発し、空気の様相が一変する。


 単なる軟派野郎が出せる代物ではない、まるで巨大な獣と相対してしまったような『魔』の感覚。一方的に狩る側である強者が、絶怒を以てして全力で塵を破砕せんという凶事。


 祐一はただ、気付かないフリをして冷や汗で耐える。あ、死亡フラグが立ちました。



「俺は…………そう、その子を捜してたんだ。この変にヤバいのが彷徨いているらしくて、その子友達グループからはぐれてて。…………さ、帰ろうぜ?」


「成程」



 闘志を漲らせるだけが戦術ではなく、一度気持ちをリセットして交渉に当たる。熱くなり過ぎて冷静さを欠いていた祐一は、敵の殺気で逆に落ち着いた。


 だが恐らく、化け物の仲間であろう青年が簡単に獲物を帰すわけもなく、戦闘は避けられない。


 祐一の狙いは、命の危機を避けるギリギリで騒ぎを起こし、対処できる可能性が高い千絵達に地点を知らせること。加えて頼人が駆けつければ、この場をどうにか切り抜けれると、僅かな希望を持つ。


 時間を稼ぐのだ。



「どうする、澪ちゃん」


「────澪、ちゃん、だと」



 不敵にも青年は含み笑いを浮かべ、その身に抱えた澪に問う。


 獲物に答えを求める所など余裕綽々な所が、祐一の心中に火花を散らす。何よりも、青年が口にした名前呼び──俺ですらまだできてないのに畜生が。


 怒りが再燃を始めるが、それにより回転した思考が新たな疑問点を発見する。澪を助けにきたのだが先程から一言も口にせず、何よりこの青年に対し怯えた様子もない。


 答えは、はたして。



「あの、つ、続き…………。続きしてっ」


「わかってるよ。でも少しだけ我慢してね。この邪魔者を成敗してから、ゆっくり唇を貰うねっ」


「……う、ん」



 眼中にすら入ってなかった。


 その薄く白い頬を恥ずかしげに赤く染めた澪が、緊張しながらも必死に言葉を紡ぐ。青年に対する超好意的な姿に、祐一は一瞬だが心臓の鼓動を停止させた。


 その肢体を青年に密着させて強請ねだる様子は愛玩風の子猫みたいに見え、宝石の瞳は純粋な眼差しを向けて潤んでいる。そのたどたどしく、いつもより女の子らしい澪を祐一は見たことなどない。


 何が起きているかは明白だが、敢えて問いたくなる。一体、何が起きた。


 ここにいるのは暮傘澪であり、恋する乙女そのもの──



「……そうか。てめえ、暮傘に何か」


「あ、日鞠君。……どうしたの? 何か、悪者みたいに恐い顔してるよ? ねえ?」


「ああ、彼が僕達の邪魔者さ。待っててね、すぐに終わるから」


「ふ、ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふはははははははははははははッッ!!」



 祐一はどこからどう見ても恋人の逢瀬を妨害する凶悪人でしかない。馬に蹴られて地獄に堕ちろとでも。否────この青年こそ、正々堂々と恋をするクラスの同胞達を侮辱する不届き者だと、確信した。


 祐一には、わかる。



「正体を現せ、化け物野郎。この日鞠祐一が、暮傘のゲテモノ趣味が間違っていることを証明してやる」


「僕はただ、澪ちゃんと一緒にいたいだけさ」



 ────来た。


 青年から溢れる異様な気配に、周囲の空間が歪んでいく。姿が映像のようにぶれ、長身痩躯の引き締まった背丈が鋭角的な別物へと変わった。肉は鉄へと転じ、その柔らかかった髪も、ザワザワと逆立つ。


 青へ変わり、黒を纏い、その姿は群青色の装甲へと変貌する。青鬼──やはり先程の筋肉達磨と同族の、怪物の類いだった。



「シュロウだ。僕の名前を、冥土の土産に」


「…………ヒーローの台詞取りやがって」



 更なる殺気に祐一は、武者震いをしながら“自らの勝利を確信した”。


 何故なら美青年が化けの皮を剥いだ事で、それを密着状態で目撃した澪のショックは計り知れない。一気に夢も覚め、自らの状態を確認して化け物から離れることだろう。


 問題はショックが大き過ぎて気絶してしまうことだが、祐一は勝利に震えながらも澪の動きを対処できるよう万全の構えを取る。



「あ…………あなたは鬼、なの?」


「ごめんね澪ちゃん、君にこの姿は見せたくなかった。……でも、君が僕を嫌いになっても、僕は」


「ま、待って……、言わないで!」


「澪ちゃん……」


「あなたが……、シュロウ君が鬼でも……ボクは──」


「ありがとう、澪ちゃん」


「ふざけんな何だこの茶番劇はぁぁああああああああああああああああーーーーッッ!!!!」



 絶対おかしい! 絶対おかしい!


 頭を抱えて絶叫を上げる祐一をよそに、鬼と少女がシュールな桃色の花畑を咲かせる。これは駄目だ、直接澪を力業で説得するしかない。



「そのポジションをよこせ、餓鬼……!!」



 祐一が若干間違った方向に燃え上がっている事を無視し、シュロウは澪の首に下げるアクセサリーをそっと外す。祐一はどういう意味のある行動か知らないが、警戒して身構える。



『────ハッキング開始!』


「ッッ!? これは」


『体内魔力回路分析微弱な反応確認プロテクト失敗──異常力場確認ウィルス起動抗体生成確認ウィルス分解──駄目です、この魔法は私には使えない!』


「…………澪ちゃんの魔力を食い物にしてた寄生虫はコイツか」



 指で軽く弾き、刀剣のアクセサリーが祐一の足元まで投げ捨てられた。夢中だった澪も困惑の様子を見せるが、青年が優しく頬を撫でると力無くその胸に身を寄せる。


 今の様子。澪の心は、絶対に何かしらされたのだと祐一にはわかった。


 そうでなければ、澪自身の心の向いた先がアクセサリーから鬼に簡単に切り替わる筈がない。アクセサリーを外された時の、澪の寂しそうな暗い表情が、鬼の手で無理矢理に乙女の顔に変えられたと────、祐一には感じた。



「久々に切れたぜ──」



 こうなれば、“奥の手”を見せてやる。


 祐一は地面に捨てられた刀剣のアクセサリーを拾い、握り締める。これは形見にも等しい、澪からの助けを求めるサインに違いない。祐一はこのアクセサリーに誓う。


 いくぞ。一緒に暮傘を──澪の心を取り戻すんだ。



『その言葉待ってました私の希望、救世主様ぁぁぁあああああああああッッ!!』


「ぐ、ぐおおぉぉぁぁああああ!! 頭がぁ、頭が割れるぅぅううう!!!!」



 脳内で爆発したような絶叫に、救世主様は悲鳴で口腔から火を吹く。戦闘前に瀕死状態になりかけた精神を、澪の笑顔写真を脳内イメージで現像して回復させた。


 今の何。



『主、暮傘澪のご学友、日鞠祐一殿とお見受けします。私の声が聞こえましたら、アクセサリーを首に掛けてください』


「………………暮傘の、暮傘のアクセサリー」


『本当に掛けたよこの人。私は澪様の剣、グラジオラスことソウドと申します。緊急時の為詳細は省かせて頂きますが、簡略して現状を説明致します』



 その中性的で情緒に満ちた機械音声は、祐一の聴覚を介さず頭の中に現実感のあるイメージとして届く。何が何だかわからず、それでも祐一はヤケクソ気味に声へと対応した。


 暮傘澪を主と呼ぶ謎のアクセサリーは、祐一に現在我々がどんなピンチに陥っているかを伝える。祐一としては澪が幻惑の術に掛けられたと聞き、眉間の皺が血を吹きそうになった。



『全力で補佐します故、主を宜しくお願い致します』


「当然だ。俺とお前のハート、必ず暮傘に届ける!」


『うわ、かっこいい。では早速────VRサイト起動』



 祐一の中でのみ世界が一度明滅し、そのデータを魔法AIソウドが分析を開始。視覚情報にアクセスし、視界へ各パラメーターやステータスを順次映像化していく。


 HP《体力》ゲージなどゲーム画面さながらになった視界に、祐一は興奮した童心を隠せなかった。その視線とソウドの注目が、分析していた“あるゲージ”へと向けられる。


 気合い(テンション)ゲージなるそれは、当然とばかりに既に満タンとなり点滅していた。まるで急かすように小刻みな点滅は、視界の邪魔をワザとらしくする。



『分析不能。日鞠殿、この力は……?』


「うーん? ……あ、そうか。これ──」


『敵、高速接近! 日鞠殿!!』



 はっ、とソウドの慌てた声に祐一が反応する頃には、青鬼が砲弾のように突進してきていた。この間合いに入り、躱すことが絶望的な距離へと迫った鬼が冷酷に笑う。


 祐一は押し返す。いや、弾き返さんと五指を立てた手をシュロウの鋼鉄の鎧、その顔面へと突き出した。鬼の防御力を理解できていない無能を嗤い、頭部の角で串刺しにせんと────


 “見抜かれたらしい”。


 シュロウが祐一の、人間の攻撃を首を逸らして回避する。


 ────唸る紅蓮。


 バンッ! 大量の火薬が炸裂したかのような衝撃を伴う爆発が、先程まで鬼の顔があった場所にて発生。炎を纏い、右腕が頬を掠めて通過していく。


 隙に祐一は後退。炎が逆巻く右手にて拳を握り、開き、その調子を確かめる。慣れた様子に鬼は祐一に対し、初めて警戒を見せた。



『この力が例の……?』


「……火炎能力パイロキネシス、炎を自在に操る力。異能者だったのか」


「大層なもんじゃない。俺のこいつは単なる人体発火現象だよ、ほら」



 燃やす対象を選別することができない。


 右の掌の炎が風に煽られ、制服の袖へと燃え移る。祐一は左手でやがて灰になるであろう制服等を脱ぎ捨て、中に着用していたスポーツTシャツだけになった。


 右手の炎を鎮火。一度、深呼吸。


 ──小さな体に、大きな一歩を踏み出す勇気を。


 正面に突き出す両腕を交差させ、静かに目を閉じた。心に灯った闘志よ、今こそ爆発せよ。



「シュロウ君、頑張って!」


「ぐはっ」



 がく。


 祐一は全身で崩れ落ちた。体中の筋肉が、澪による敵への黄色い応援の度に弛緩していく。心には何故か罪悪感が重圧となって、押し潰さんと祐一に苦しみを与えた。


 馬鹿な──!



気合い(テンション)ゲージ急激に低下。日鞠殿、立ってください! このままでは、このままでは──!』


「ぬうぅぅ……! 暮傘ぁ、やめろ、やめてくれぇぇぇ……!!」


「…………人間を哀れに思うとは」


「シュロウ君、………………素敵」


「ごめん澪ちゃん。僕気付いたよ」


「……………………あっ」



 シュロウから殺気が失せ、ソウドは警戒レベルを下げる。祐一が呻く中、澪も何かに漸く気付いたような態度を取った。


 いつの間にか退いたシュロウは、澪の頭を優しく撫でる。



「そこの少年に構ってる暇すら惜しい。さ、いこう」


「ま、待て……っ!」


「……止めてみるがいいさ。人間」



 澪の身体に腕を通し、俗に言うお姫様抱っこをしてシュロウは祐一に背を向ける。目的の向かう先、正面のビル(R18)へ歩き出す鬼に祐一は手を伸ばす。


 だが届かない。指先にしか火がつかない。このままでは、取り返しのつかない事態に──



「あ、あの…………待って」


「なんだい澪ちゃん」


「やっぱりこんなの早いっていうか、その…………駄目。まずは、お友達から始めたい…………かな?」


「澪ちゃん……」


「…………………………ダメ?」


「いいよ。僕が間違ってた」


「うんっ」


「『止まった!!??』」



 自分に出来なかったことを人質という立場でやり遂げる澪に、祐一は心底打ちのめされた。助けに来たのに、この仕打ちは祐一の心に皹を入れそうだ。


 ソウドは決して焦らず、この好機を逃さんと祐一へ澪を連れ戻すように指示を出す。──この男、完全に戦意が喪失している、だと。消滅した気合い(テンション)ゲージが全てを物語る。


 つゆ知らず。


 バイバイと手を振りながら澪がこちらへ歩いてくる。この笑顔を守るため、一人の男は魂を燃やし散らした。


 シュロウは、ビルの入口にて、大仰に宣言した。



「澪ちゃん、後で迎えに行くよ」



 ────そして世界は、元に。











   ☆★☆











 くるみの予想以上に、この件は最悪な展開へ向かっていた。


 背中を合わせ、互いを庇いながら立つ三人の少女。その全員の視線の先で、装甲を纏った災厄がそれぞれの戦闘体勢を取っている。


 則ち。


 総計、十体は越える装甲の鬼達が少女を各自で検分していた。


 舐る下卑たものや、その体型を数値化せんと目測するもの、何やら既に妄想を始めたもの。凶悪無比な変態共の襲来に、冷や汗と苦笑が止まらない。


 ズンズンと、鈍い音を立て赤黒い装甲が迫る。オレンジ色の髪をした少年──頼人が満身創痍で倒れ伏し、鬼の背後に瀕死で放置された。


 ────そして、世界は元に。


 打ち合わせたようなタイミングで世界は溶け、鬼達だけがこの異空間に置いていかれる。今頃になって我慢できんと飛びかかる鬼もいたが、既に干渉できる時間はない。


 ひとまず、死線は切り抜けたか。


 捻れる空を大地で大の字になって見上げながら、頼人は弱々しく力無い声を零す。



「腹、……減った………………」


 


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