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剣姫のラスターエッジ  作者: 玄弓くない
2篇 青春!? ヒロインカルテット
16/18

2-5 仲良くしようよ鬼退治 その2


 断末魔の絶叫を上げた鬼は、尻を両手で押さえるという奇特なポーズのまま爆散した。命の灯火か、細かな粒子が風に流され、やがて消えていく。そこには涙の雫も込められていた。


 同時に、周囲の景色が波を打ってぐにゃりと歪む。本来あるべき空間へと戻っていくのだと、ミュウは最近の似た経験からも悟った。


 そこは、菫ヶ丘の小さな公園。街頭の光は月明かりに溶け込み、視界に慣れる頃には何の変哲もない深夜の風景だった。鬼に追い詰められた少女が、最後にたどり着いた場所がここだった。


 さて。


 この場には魔法少女ミュウと、一般から逸脱した装備のくるみ、気絶して寝息を上げ始めた被害者の少女。遅い時間のお陰か周囲に人気ひとけはなく、この説明が困難過ぎる異様な光景を目撃する者はいない。


 機械剣グラジオラスを鞘へ納め、くるみに向き直る。友達の重大な秘密を知ってしまい、次に学校で会った時は如何なる顔をすればいいのか。


 勿論ミュウの正体は知られるわけにはいかず、この場合に於いても情報漏洩だけは避けなければならない。故に、初めて顔を合わせたように淡白な態度を取ることにする。


 まずは、状況を把握するとしよう。



「……というワケで、説明をしてくれませんか。あの鬼みたいなのは一体何ですか?」


「他人行儀だね澪」


「脈絡もなくバレてるしッッ!!??」



 予想外な衝撃のあまりに自分からもカミングアウトしてしまい、ミュウは絶望の表情で崩れ落ちる。駄目だ終わった何もかも。


 だが何故だ。


 澪がミュウへと変身する際、認識齟齬を起こす魔法が自動で発動する仕掛けになっている。これにより、どれだけミュウが人々の集まる広い場所で、厚顔無恥な秘密を大声で暴露しようとも澪だとは誰も気付くことはない。


 うるうると、涙目でくるみを見上げるミュウ。何でー、何で気付いちゃうのー?


 くるみは腕を腰に当て胸を張る。えへん、それはそれはね!



「こそこそしてるの最初から見えてたし、変身するとこバッチリ見たし。飛び込む時に叫び過ぎだしー」


「NO──────!」


「澪が噂の魔法少女ミュウちゃんだとはねえ。あのヴァリアント・フォースに混じって対等に戦うヒーローさんだもんね。私びっくり。泣かない泣かない」


「うー……」



 よしよしと頭を優しく撫でるくるみは満面の笑みで、ミュウはショックからシクシクと涙するしかない。


 あれ。何で慰められてんの。立場は同じ筈。



「それにしてもこっちの方が女の子みたい。いつもの澪なら多分、あんな悲鳴上げないし、あの瞬間に変態野郎は八つ裂きだったと思うし。まさか性格も変身するの? …………何かおもしろーい!」


「ぐはっ」



 咄嗟に漏れ出た反応があのか弱い悲鳴だったのであり、意図的に叫んだわけではない。断じてないったらないのだ。“男子”としての気持ちからそれだけは全力で否定する。


 あれ。何で虐められてんの。立場は同じ筈。


 気を取り直して。


 立ち上がった澪は腕を組んで、むうと唸る。今度はこちらの質問タイムだとこの暢気な友達に思い知らせるのだ。



「くるみこそ、その厳つい装備は何? どーいうことか説明してよ」


「私はしがない武芸者だよ。──ただ、実家が昔から妖怪とか悪魔とかを撃滅する退治屋でね、色々と厄介事に巻き込まれがちなんだよなー。……だから澪みたいに魔法使えるわけじゃないんよ」


「生身であの動き」



 ────超越者アル・エヴォリューション


 近代、発現を確認されてきたオーバースペックの領域に到達した人類。


 ソウドの分析通り、くるみは特殊能力など一切持たない市民その一にも数えられる通常の人間だ。しかしながらその生まれ、その育ち、その人生の歩き方により人外な存在へと化していた。


 つまり、昔から当たり前のようにとんでもないことしている内、気付けば自身もぶっ飛んだやつになりました。という。


 ならば先程の戦い。



「……その退治屋ってのに、さっきの鬼に関係してくるのかな?」


「半分正解。負の感情がエッセンスになってあーいう鬼は生まれる。実体のない怪異だけど意志はある。…………私は退治屋に誇りを持ってるわけじゃないけど“友達が狙われんなら上等だよ”」



 一瞬だが、首元をかっ切るような鋭い感覚を帯びた。ミュウはそれを、くるみがさらけ出した殺気と判断する。


 冷や汗が背筋を伝い、ミュウは言い知れない戦慄を感じて苦笑いした。今の出来事を軽く流せそうにない。



「…………って、え? 友達?」


「鬼は死んでないよ、あれでも。あの野郎、何でかわかんないけど奈乃と千絵を標的にしてんの。ぜってーぶちのめす」


「……………………」



 標的云々にも驚愕だが、くるみの豹変にミュウは遂にビクビクし始めた。広大なお化け屋敷の中に一人取り残されたような冷めた恐怖。


 くるみさん。アナタはどこへいこうとしているのか。



「……は、半分とは?」


「幼女じゃないもん」



 ゴウッ! 爆発的に膨れ上がる殺気にミュウの心は耐えきれない。何故だ、今まで繰り広げたどの戦闘より余程緊張を強いるぞ。


 そもそもの元凶が未だにミュウの中では漠然としている。


 鋼鉄の肉体を持つ機甲の鬼。


 シルバーブレイドを展開した剣が掠り傷しか負わせられなかったことは、ここ数日の戦闘では一度もなかった。かの者は、それらより群を抜いて強力であることがわかっている。



「あの鬼は何なの? 因縁がありそうだけど」


「あれは少し前に一度戦って、そして私が負けた相手。取り逃がして泣く泣く諦めてたけどこの間、食事後のアイツを発見したの」


「食事?」


「言わなくてもわかるでしょ」



 まさか。


 今までの感覚とは次元が違う戦慄がミュウの心中を駆け巡る。振り向いた先で、鬼に追われていた少女が青白い顔色でうなされていた。


 鬼。それは上位の捕食者。獲物はただ、生贄と化して身を差し出すしかない。食欲と涎を滴らせた鋭い牙の羅列が、人の柔肌に食らいつくイメージが走った。


 自然と拳を握り締める。獰猛な怒りが湧き上がり、ミュウは強く歯軋りをした。許せない。ただ平凡で平和に生きる少女を鬼は平然と喰らうのだ。


 今、ミュウはくるみと同等以上の殺気を放っている。これは分かち合う怒りだ。











「あれは押さえきれない思春期の劣情が形を成した哀しきケダモノ。気に入った獲物を粘着質に付け狙って追い詰め、最後にはその身を夢の世界に引きずり込んで美味しく舌でペロペロする正真正銘のバケモノ。…………夢魔なんか目じゃないくらいの性欲を吐き出すモンスター」


「ただの変態だぁぁぁあああああああああーーーー!!!!」











 殺気が粉微塵に吹き飛んだ。


 説明を聞いた限り恐ろしい存在だが、要するに超強敵の変態。


 未来ある若者達の理性にて抑えた欲望が、腐敗した存在となってこの世に顕現化したのだ。とてもやるせない。


 と、つい声を荒げてしまったせいか周囲に雑音が聞こえてくる。人が集まるとそれはもう大変だ。



「しまった。澪、また学校でね」


「置いてかないで!?」



 バヒュンと暴風と共に影も残さず消えるくるみ。待ってそんな高速移動できないし空も飛べないしこんな目立つ格好してるし。


 ちらっと、眠り続ける少女を見る。


 パチッと、目を開いた少女が体を起こす。



「あ」


「あ」











   ☆★☆











 それは、無だった。


 光があれば影があるように、表裏が一体でしかないように。


 無でしかなかったそれは、この有の世界で形を得る。実体はなく、物質化して顕現する力を持たない意志の塊。


 だが、確かにそこには再び存在が生まれた。


 それが形を失ったのは初めてのことで、それ自身が意図してここに再生したわけではない。それそもそも、形を無くした程度で消える存在ではない。


 それの素材とする負の感情というものは、心が通う場に必ず形なきものとして現れる。


 人が人を疑えば、それは疑心となる。そこには疑心の鬼が潜んでいて、人は“仕方無く”疑心を抱くのだ。と、古くから言われている。


 故に、この鬼は思うのだ。


 自身の抱く鬼とは則ち、何かと問うのだ。


 答えはどこにもなく、答える者は誰一人としていない。なればこそ、誕生し、そこに自我が芽吹いたその瞬間に得た思いこそ真実だったのだ。


 そして、この鬼は汚れた欲望を司っていた。その欲こそ鬼の心であり、始まりであり、全てだった。


 ────この新たな感情もまた、鬼の一部に過ぎない。


 だからこそそれは儚く尊く、鬼中でも輝かしい真実。


 想いに浮かぶは、とある少女の顔。名も知らず、されどその心に食い込みを残した結果がこれだ。


 鬼はただそうする。選択の余地などなく、ただ動く。





 そう、この感情は──────



『ふふっ、ふははは……! はははははははははははは!! はーっはっはっはっはー!! はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ──』



 衝動が爆発して我慢できそうにない。ただの変態がそこにいた。











   ☆★☆











「おはよーっ!」


「あ……お、おはようございます、くるみちゃん」


「おはよう、くるみ。だがそのまま迅速に引き返した方が己の身の為だぞ」


「へ?」



 平々凡々な日常の一風景。全くの不審さを滲ませることもなく、普段通りに登校したくるみは自分の教室へと飛び込んだ。


 廊下は決して走ってなどいないが、それでも教室に入った瞬間には友達グループの集団を発見して加速、ブレーキしながら立ち止まる。


 挨拶の返答は、奈乃の苦笑いと千絵の不敵な笑み。対照的ではあるが、両人は暗に『逃げろ』と伝えている。


 何から。それはすぐそこにいた。


 そそくさと奈乃が後退し、千絵が扇を仰ぎながらくるみの前から離脱する。果たして、そこには般若の形相がのこのこと顔を出した獲物に目をを光らせていた。愉悦、今こそ鬼となりて喰らおうぞ。



「澪…………え?」


「く、る、みぃぃぃ…………」



 休日に入る前に公園で邂逅した際の殺気。ミュウもとい澪のそれは微塵も薄れる事なく、くるみへと矛先を向けていた。その呻くような呼び掛けが、百獣の王たる獅子の唸り声によく似ていた。普段の猫さんみたいな澪さんは何処へ。


 ギラギラと、昏い瞳がくるみを射抜く。



「あ、えーと……私何かしたかな? あ、ああ……! わかったわかってるよ、あの後ね、取り敢えず私としては澪は大好きだからねそんな友達とこれからも仲良くしたいと全力でお願いする所存でありつきましては此度のことを寛大なお心で水に流して頂きたいとごめんなさい図に乗りましたすみません許してください怖い怖いよやめて睨まないで澪さん澪様」


「必殺……」


「ヘルプヘルプ! 奈乃、千絵ぇー!」


「触らぬ鬼に祟りなし」


「仏様どこ!?」



 ぐわし。澪らしかぬ強烈な握力がくるみの頭部を万力のように締め上げる。これは違う、巷の魔法少女ミュウの華麗なる戦いとは思えない、世紀末的な必殺技が飛び出しそうな予感がした。


 兎も角、くるみは自分の揺るがない友情としっかりとした意志を言葉にして伝えることにする。


 届け、この思い。



「おはようございます」


「さようなら」


「ぐああああああああああああ!!」



 あっさり斬り捨てられる。挨拶は心を込めて。





 ────と、そんな一幕があった朝。





 澪は先日の夜のことを執念深く引きずっていた。


 囮とばかりに見捨てられた結果、助けた少女は何を理解したのかミュウがミュウがーと黄色い声援。聞きつけた老若男女の野次馬が殺到し、何の変哲もない住宅街の公園は大混乱になった。


 携帯電話のカメラが狙うは、どさくさに紛れて触ってこようとする不埒な輩も紛れに紛れ────逃走手段が跳躍とダッシュという原始的なものしかないミュウは、涙目で脱出した。


 市民の一部にはこのように猛烈なファンがおり、ヒーロー達をアイドル化させて祭り上げることは珍しくもない。ミュウの場合、長期の間存在しなかった城園市を拠点としたヒロインであった為、それが如実に現れたのだ。


 インターネットにて自分を検索して時、澪は魔法少女を本気で止めそうになった。それはもう大抵のサイトは優しい言葉を交わしてくれるが、“裏のサイトは絶望しか生まない”。


 閑話休題。


 時は放課後である。


 下校中の生徒達に溶け込むように、澪とくるみは行動を開始した。というのも、澪に縋り付く形でくるみが懇願してきたのが理由だ。


 奈乃と千絵の両名を尾行し、のこのこと現れた鬼を不意打ちで瞬殺する。この非ヒーロー的な上等手段こそ、くるみが提案した作戦。


 澪としては、鬼がそうも簡単に釣れるものかと半信半疑。加えて、何故友達二名があの変態に付け狙われているか検討がつかない。くるみ曰わく、ただペロペロしたいだけではないらしいが──



「入学式の夜、私が鬼を発見して尾行した時にアイツは奈乃達の写真をガン見してたんだ」


「やっぱり変態なんじゃないの?」


「でもその時の顔。まるで殺し屋みたいに真剣そのもので黙考してたし。それが不安でさ」


「でも、昨日はあの女の子が襲われてたよね? やっぱり考えが変わったんじゃ」


「千絵に悪いけど。昨日千絵を追っかけていた鬼が、指咥えて通り掛かりの女の子を摘まみ食いしようとしたのを追跡中に見つけてさ。──見失った時、マジで焦った」



 あの鬼やっぱり消す。澪の中で決意が固まった。


 兎も角、くるみの話では二人が鬼に標的とされていることが理解できる。結果がどうであれ、試してみることに澪はヒーローらしかぬ判断で了承した。


 二人の少女を餌に、追跡者ヒーロー達の戦いが始まる。


 

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