2-1 魔法少女、高校生になりました
第二章開幕! 新キャラクター続々登場!
空は相も変わらず澄み切った青をしていた。綿菓子のような白雲が眠たそうに流れ、切れ間から暖かな陽光が覗く。
人が往来する道を風と木の葉が駆け抜け、僅かに緊張が混じる頬を撫でた。空気が気持ち良く、自然的に深呼吸をしてしまう。
城園市の住宅街の外れ、中央区にも若干近い丘の麓にそこはある。
────城虹学園。
暮傘澪は、その門前にて直立不動のまま停止していた。その表情は頬がひきつり気味の、苦笑い。
艶やかな黒髪を下げ、シュシュを使い背裏の辺りで一房に纏めている。粉雪のように儚げな白い肌。しかしそれでいて、日本人らしい顔立ちをしていた。
そんな“彼女”は、城虹学園の制服を隠すことなく身に付けていた。無論、女子用の。
(…………あれ? ボク、本当にこの学校通うの? 女子として?)
今更疑問が次々と溢れてくるが、時は既に遅かった。抵抗したが、それが無謀だったが故の現状。これが定めだとでもいうのか。
服装に関しても文句は腐るほどある。澪は女子ではあるが、それでもスカート等はあまり好む性格ではない。何で着ているんだか────あ、無理矢理着せられたんだった。
そして、澪は“一応”他校の高等課程の入学試験に合格しているのだ。しかし、その名義は『暮傘洸』という男性のものであり、澪ではない。
無理を通してそちらに通うことは難しくないが、それでは中学生時代の知り合い、友人に遭遇することは確実。
暮傘洸は、父親の実家に修行をしに行ったなどという馬鹿げた情報を流した母親もいたが、周りも友人ばかりだったのが幸運だった。
何はともあれ、『洸の妹、澪』という書類上ありはしない家族構図は綻びも混じって完成している。この学園に入学したであろう知り合いは、これでごまかす。
(ふん、何も問題ないよ。春休み中イメージトレーニングで鍛えた女子力。遂にその成果を見せる時。…………まずは淑女たる者、慎み深く──)
「澪、ニヤニヤしてるところ悪いけど…………何か目立ってるわよ?」
「え? え、あれ?」
付き添いと参観に来ていた母親の涼が背後で静かに教える。
狼狽える澪の周囲では、自分と同じような初々しい学生数名とその親がジロジロこちらを見ていた。
何かしたか。確かに立ち尽くしてはいたが、それでも始終全てを見ていたわけではあるまい。
今の自分に目立つ要素はないはず。では一体何故。澪は制服や鞄などに汚れでも付いていまいかと確認を始める。
「澪、皆見とれてるのよきっと。魅了する魔法無しでこれならきっと将来、お祖母ちゃんみたいな立派な魔女になれるわ」
「はい?」
この話題はこれで止めにしよう。さもなくば、いらぬことに首を突っ込むことになりそうだ。さりげなく、会ったこともない母方の祖母の話をカミングアウトされたが、それもまた。
澪は逃走するみたいにニコニコ笑う涼の手を掴みその場を去る。
折角の城虹学園名物、並木道も気分がスカスカのまま初見になった。これはいつか、時間がある時にでもと、心に誓う。
こうして、澪は城虹学園に足を踏み入れた。
☆★☆
体育館付近の玄関に設けられた保護者の待合室と、その出席確認のための受付。涼はそちらに向かうために一度別れる。
妹の結音が既に在籍している中等部とは違い、澪が向かうのは高等部の校舎である。
元々設置されている地図看板や、今日のための案内標識もあったので迷うことなく辿り着いた。
新築ながら古めかしく荘厳、高級感ある雰囲気を持つ校舎の姿に、つい息を呑みながら澪は玄関に入っていく。歩き方がぎこちなくなってないか心配だ。
────あっという間。
無意識に、機械的な判断で自分の教室に着く……どころか、与えられた座席らしき場所に座っていた。
(……お、落ち着け落ち着けッ! なんでガダガタ身体揺れてんの震えてんの!? ケータイさんですか、おかしいな電源切ったはずなのに!!)
『主、携帯電話ではなく主ご自身によるものです。緊張により筋肉が痙攣しているのです。女の子なら、発汗にも注意するべきかと』
(そ、ソウドさんッ!? 学校じゃお静かに! 念話通信でも一応!)
『了解です』
制服の内にて首から下げたアクセサリーが呼応する。だが、それは今はいい。あくまでも普遍的な編入生でいるのだ。
しかし、現在は冷静さを欠いている。今他人に話し掛けられればマトモな会話はできない。
頼む。こちらを誰も気にしないで。祈りを込めて周囲をこっそり見渡す。
数名の男子生徒が教室の角で屯している。また、一名を囲うように立つ女子達はおそらく中等部からの繰り上がりの方々。
では、教室の半数。澪と同じように机に閉じこもる弧狼の者共こそ編入生と見た。
──不意に、正面の女子生徒と目があった。拙い。
「……あなた、もしかして編入生?」
「へ? あ、はい、ボク……」
「え? ボク?」
(NO────────────!)
普段の一人称を口にしてしまい、澪は内心で絶叫した。
澪自身、自らを『ボク』などと呼称する者など会ったことも見たこともなく、通常からそれはつまり異端。何かを色々と間違っている。
ごまかすか。記憶をリライトすることで、先程の会話をリセットして、最初からリテイクするべきか。
「ボクって……、まるで男の子みたい」
「え、あ……あはは……。そうだよねー?」
言い得て妙だ。澪を男呼ばわりすることはある意味間違いではない。本人も気にはしないが、他人の眼前で大っぴらにはできない。
ほんわかと柔らかい雰囲気をした少女だ。茶味の混じる黒髪をリボンで纏め下げている。整った顔を緩ませ、穏やかな笑いを向けてきていた。
落ち着きっ振りから何となく直感する。彼女は中等部からの進級生だ。
「私は舟橋奈乃。中等部からここにいるの。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
澪は今頃になり、自分が“澪に戻ってから初めて赤の他人の女性と向き合う”ことを思い出す。この緊張感は想定外だった。これは本当に拙い。
家の女性達とは訳が違い、調子も狂う。これなら男子が相手の方が気も楽で、すんなり会話できるだろう。
「ぼ、ボク……じゃなくて、私は──」
「ふふっ。言い直さなくても良いと思うよ。カワイイし」
「か、か弱い!? 違う違う! カワイイ!?」
母や妹と違い、悪意の欠片も感じない純粋な笑顔。ニコニコとした表情の彼女に、体中が浄化されそうな気分だ。毒素を残して昇天してしまう。
澪は深呼吸した。一度目を閉じる。
焦るな。自分は暮傘澪だぞ。何がどう凄いのか全くわからないけど、暮傘澪なんだぞ。やってやる。
改めて開いた瞳には、芯のある強い輝きが宿っていた。
「ボク、暮傘澪です。よろしくねっ」
「うん。これで友達だね。私は奈乃って呼んでね、澪ちゃん」
「な、なな、奈乃………って、自分はちゃん付けで呼ぶんですかっ!?」
☆★☆
入学式。
有り余った元気のお陰で苦行にしか感じられない生徒諸君の中、澪は悠々と直立不動だった。
正確には、その思考は常に言葉を語りかけている。それに応えるのは凛とした機械音声。
(なるほど。そんな風に術式作ればいいかも。もしかすると、新技に使えるかな?)
『主の戦術や魔法は少々奇抜です。せめて作戦立案に従ってください。無茶で無謀が座右の銘ですか』
(可能な限りね。あ、そういえばこんな戦術も思い付いたんだけど)
『…………普遍的な女の子はこんなえげつない戦術を立案しません。あと点検の際にクシャミで部品を飛ばさないで』
(今時の男子なら戦闘方法くらい少しは知ってるよ。例えば、拳銃の組み方とか)
『そうでもないと思われます』
制服のインナーの内にて、首から下げたアクセサリーが呼応する。
安物の変哲無い指輪と、僅かにデザインの凝った刀剣の金具。その二つを通したゴム質の輪。
一見するとどこにでもある価値の低そうな代物のそれは、澪が“戦う”ために必須な無二の相棒。
通称をソウドと呼ばれる、魔力駆動の人工知性である。度々念話による通信を送る相棒は、意外と寂しがり屋。
現在もこうして他愛もない会話を繰り広げている。澪自身、暇潰しにも丁度よく、楽しく語っていた。
先程の会話はまともに取り合っていなかったが。
壇上では、高等部生徒会の会長が祝辞を読み上げるところだ。編入生と進級生を含めた一年生を歓迎する、通過儀礼。
『一年生の皆さん、ご機嫌よう。私が城虹生徒会の会長を務めております、天遊院珠麗ですわ』
(綺麗な人だね。二年生ってことは、一年生で会長に当選したんだよね? あの名物会長さま)
『主は未だに一人でセットやメイクもできませんから。まだまだ半人前なのです』
(それでいいの。“二人合わせて一人前”ってことだもん)
『流石です、主。わかっていらっしゃる』
理事長や生徒会長からの有り難いお言葉を頂戴し、それを華麗に受け流しながら澪は黙考する。
本日付けで澪の学校生活が幕を開けたわけだが、正直不安が大きい。それ自体は当然かもしれないが、何せ女子としては初だ。
勉学は大事。友達百人できるかな。
☆★☆
「やあ、奈乃。早速友達を増やしているようで何よりだ」
「千絵ちゃんもね。同じクラスなのに話し掛けてこないから心配したよ?」
「なに、私は私で編入生を探していたのだ。そして今、こうして交流に来ている」
話に付いていけない。
入学式や明日からの学校生活に関する説明など終え、あとは帰宅するのみになったはずだった。先生の名前、聴いてなかったな。
さあ帰ろうとする澪に、友達となった奈乃と、傍らに控えた女子二人が話し掛けてくる。途端に起きた展開に、澪は再び混乱に陥ろうとしていた。
「ほう、可愛らしい子だ。私の友達に是非なってほしい 」
「あ、ボクは暮傘澪です。よ、よろしく」
「ボクとな? ……ははは、これは逸材だ」
恐る恐る挨拶する澪に対し、その少女は心地良さそうに答える。
君臨する王の如く堂々とした態度を表情にも見せ、腕を組んだままバサリと扇子を開いた。扇子には、『唯我独尊』と達筆で記されている。
ニヒルな笑みを向け、少女は名乗った。
「申し遅れた。私は紫崎千絵。おそらく、この学級の委員長になる。他薦で」
「それは何故?」
「私の学校生活は学級委員と共にあったからだ。運命的に縛られているのだよ」
含み笑いが抜けない少女、千絵に澪は呆然としながらも、何とか苦笑いだけは浮かべる。随分と濃い人に友達認定された。
奈乃と千絵が友人関係にあることは先程の会話から察しがつく。
では、もう一人は。
千絵の脇に立つ、腰に手を当て直立不動の少女。威厳をだそうと強気な目つきと表情をしていた。
だが、彼女は澪よりも少し背が低い。妹の結音にギリギリで負けた身長の澪も平均的には低いが、彼女もある意味負けてはいなかった。
背伸びする子供にしか見えない。
「私は姉宮くるみ。編入生。奈乃に澪だね。よろしく!」
小動物を彷彿させる小顔な彼女は、前髪をドングリのヘアピンで留めていた。元気いっぱいなところは、結音と似通っている。
「と、いうわけだ。初日から四人も友達が集まったんだ。どうかな、我々で四人組とでもいこうか」
「あ、それ賛成で。なんかチームみたいだね」
「私も異論なし! いやー、最初から友達もいっぱいできてよかったー」
「あれ? え、その、……うん、そうだね。あはは……」
話に付いていけない。
これが俗に言う姦しいということなのか。物怖じ無い女子パワーに澪は振り回され気味。何というか、親密度高過ぎ。
これから始まるであろう学校生活に、澪は若干不安を抱かずにいられなかった。
『よかったですね、主。彼女らを使って実験や試験をして、女子力を磨きましょう。まだ女の子初心者なんですから』
(ソウドさん、お静かにッ!!)
澪の周りも暖かくなってきました
さて、次回は他の方も……?
(≧∇≦)b