1-9 白銀纏う騎士の機械剣
眠気に負けるな、執筆魂よ!
ショッピングモールの玄関前、駐車場に面する広場は行われた戦闘により荒れ果てている。へし折れた街路樹や、人型に凹んだ看板。地面に点在するクレーター。
そして、廃棄物のように積み上げられた人形兵隊の残骸。それがたった今、彼女の魔力と共に爆散した。
ピクシードール・スレンナは、今頃になって気付く。相対する白の魔法少女の戦闘力を確実に見誤っていた。いや、違う。判断が及ばなかったのだ。
上から目線で実力を計れるようなレベルではない。確実に自分と同等以上の強さを持ち、得体の知れない魔法を操る。何を今まで余裕綽々としていたのか。
魔力の多い内に早急に叩き潰し蹂躙するべきだった。それでもまだ互角かもしれない。改めて考えるとそう思う。
形無き魔力へと還元され消滅する精鋭部隊だった山。その奥で、少女は花が綻ぶように明るく笑ってみせた。
スレンナは自他共に小悪魔を称するが、向こうも大概だろう。悪魔人形とも呼ばれる魔法兵隊の精鋭が分解されてしまった。
追い詰められた。常時ならば軽く捻っているヒーローチーム、ヴァリアント・フォースが現在は忌々しく感じる。彼等と遊ぶために召喚していた兵隊。その分の魔力が今は、惜しかった。
緊急事態。最近は鈍り掛けていた自身への危険信号を感じ、思考回路が急速に冷えていく。
そう。奥の手────スレンナの習得した魔法の中で最強の一角を担うジョーカーを切る覚悟をした。
この戦いに勝つにしろ負けるにしろ、無事に生還するためには切り札を使用するしかない。
────この敵を、倒す。
────この敵を、
「あなたをお持ち帰りするためにッッ!!」
「まだそんな気でいたの!?」
「当然ですわ。あなたのような最高の人材、テイクアウトしない理由がどこにありますか!? いえ、ありませんわ!!」
「力説!? 倫理的、法律的に問題あるでしょうが!!」
「悪役にそんなものはありませんわ!!」
「自覚あるなら自重しなさい! お母さんが悲しんでいますよー!」
羽織を被る和風な騎士姿の少女、ミュウ。精鋭を楽々と切り刻んだ彼女は、少々興奮気味に説法を説く。剣を持つ手が、ビシッとスレンナに指を差した。
なるほど、羞恥心からいたたまれなくなりテキトーに喚いているのか。正義を語る者として当たり前の反応か。
だが。
「お母様ですか? 私、母に憧れて悪役をしてますの! 泣いて喜んでおりましたわ。────『王家である以上、下々をどうしようが私達の勝手』だそうです」
「母親が歪み過ぎだぁぁぁあ!! 教育から間違ってると思いますッ!」
「あら、そうですか? あなたもいずれご教授して差し上げますわ」
「…………因みに、どういうもので?」
「それはもう、隅から隅々まであんなこともこんなことも教えますわ。…………鞭を片手に」
「勘弁してくださいッッ!!」
困惑と恐怖が滲み出した表情でミュウが慌てふためく。しかしながら、スレンナはあちらの都合などどうでもいい。
人形化させてしまえばこちらのものだ。文字通り。
少々多分に魔力を消費する人形化は、使用できるのは後一回ほど。つまり、確実に成功させる必要がある。
「参りますわ。ご覧なさい、私の【人形劇場】が誇る、大舞台の主役を」
☆★☆
それは獣だった。
綿と毛と布で織られたとは思えない、威圧感溢れる重厚な生命力が滲み出した。凶悪な牙の羅列からは血の混じる吐息が漏れだし、赤みのある垂涎が地に滴る。
蝙蝠に似た翼は、悪魔が生やすような刺々しい意匠が凝らされていた。蜥蜴らしき爬虫類に見られる太い尾が、叩きつけた大地を割り砕く。
熊、兎、犬、猫。今までのヌイグルミには見られない相貌。それでいて全ての特徴を兼ね備えた姿。混ぜ合わせたキメラにも見える。
「────かの者は、ウィルビナス。魔の大陸に住まわし悪魔の眷属。命を啜り、生き血を飲み干す醜悪なる魔物。ああ、数多の狩人を引き裂く爪よ、牙よ、まだ生贄を望むのか」
ドレスの袂を揺らし、仰々しくスレンナが美声で語る。舞台の中心に立つ踊り子のように、語り部のように熱のある感情を込めて。
物語を紡ぐ歌声が魔法の詠唱だと理解するには難くなく、だがミュウは呆然とその光景に見取れていた。
魅了するほど眩い魔力。予想外の切り札級の魔法に、ミュウの思考が石化し掛ける。
『作戦プランに撤退パターンを追加。主、敵対勢力を危険と判断しました。如何しますか』
ソウドの通信を耳にし、ミュウは機械剣を担いで跳躍。距離を取るために大幅に後退する。
赤紫色の毒々しい体毛をしたその存在は、生で見ることになるとは思わなかったモンスター。体長8メートルはあろう二足歩行の怪物が、腐り濁った両眼でミュウを見下ろしていた。
顎から漏れ出す、食欲に満ちた咆哮が盛大に喉を震わす。
(デカッ! ダンプカーの方がまだカワイイよ!)
『主、回避を』
「────のわあぁぁあああ!!」
ショッピングモール玄関前のタイルを踏み割りながら怪物は迫りくる。鈍重ではあるがその一歩は広く大きく、ミュウはそれらの圧迫感からまずは逃げ回ることにした。
気を抜けばプレスされてしまう。
初登場にて死亡など洒落にならない。
だがどうする。“対抗策がないわけではない”が、それを可能にする隙がない。しかも、失敗すれば餌食確定。
初戦闘でこれはヤバい。最低でも中ボス以上は強力な敵。レベルやら経験値その他諸々が不足し過ぎだ。
と、ここで。
ミュウは視界の隅、広場の一角にて戦闘体勢のまま硬直している集団を発見した。
「ブルー! あの怪物を放っておくのか!? あんなモノがここから出たら大変なことになるぞ!!」
「気持ちは分かります! だけど、ここはあの魔法少女を信じて耐えましょう! 我々の“専門外”ですよ!」
「“専門外”だあ? ブルー、そんなこと言ってるから俺達の中で最弱なんだぜ。気合いが足んねえんだよ!!」
「馬鹿兄貴の言う通り、僕達は……ヒーローなんだよ?」
城園市のヒーローチームは何やら口喧嘩の真っ最中だった。冷静沈着であろうとするブルーに、仲間の三人が怒声を込めて肩を揺さぶる。
正義の為に立ち上がろうとする姿勢は誇ってもいい。だが、及ばない力での蛮勇は足手纏いになるだけでなく、命を落とす危険性がある。
ブルーは、仲間の命を預かる作戦参謀として、戦闘の参加を容易に認めるわけにはいかなかったのだ。
ミュウは、何となく状況を察した。
「そこのヒーローさん! スレンナの相手は私が受け持ちます! 下がってください!!」
『作戦を撤退パターンに切り替えますか』
「うん。“私以外の全員を逃がす”方向でね」
『了解です。────主、迎撃を』
ソウドの言葉にミュウは視線を魔物に移す。目の前に、木があった。
魔物が投擲した小型の街路樹。根っ子から抜き取られたそれを機械剣で弾き、殺しきれない反動で地面に叩きつけられる。
ゴン。頭部強打。
「痛っ! 痛いけど目が、目が回る〜!」
『ピヨピヨ混乱状態です。主、前方危険です』
「ぜぜ前方ってどっち!? 目が、目がぁぁぁあああ!」
泥酔した飲んだくれのようにフラフラ徘徊するミュウ。グワングワンと視界が混濁する中、一面を赤黒い何かが覆った。
あれ?
「おーっほほほほほ!! 捕まえましたわ、ミュウ。余所見している暇はありませんのよ?」
「お、覚えておきます〜」
ガッチリと魔物の右手に掴まれ、胸元まで引き上げられる。圧倒的な体格差に、どちらか人形かわからなくなるシュールな光景。
あ、ヤバい。脳内に響く危険信号のあまり、頭部の痛みを忘れた。
「さあ、ウィルビナス。ミュウをこちらへ──」
「バーニングストラァァァァイクッ!!」
「サイクロンパンチッ!!」
「キャノン……フィストぉぉぉおお!!」
スレンナの勝利宣言を遮り、三人の男の叫びが舞い降りる。魔物自身を踏み台に天高く跳躍した彼等は、迸る気合いをそのまま絶叫した。
レッドの繰り出す、燃え盛る業火に発熱した右脚。
グリーンの打ち込む、自らまでもが回転する一撃。
イエローの放つ、空気すら穿たんとする唸る鉄拳。
轟音を巻き上げミュウを捕獲する右手に衝撃が炸裂し、怪物の口から悲鳴が吐き出される。驚く暇もなく、ミュウは怪物の手から宙へ投げ出された。
そこに跳ぶ、もう一つの影。
ミュウをその手に抱き止め、ブルーは安堵と緊張から溜め息を吐く。やれやれと首を力無く振った。
「女性一人を残して逃げるわけにはいきません。仕方ないですよ。私も馬鹿ですから」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、ヒーローとして当然のことをしたまでです」
狂ったように右手を押さえて吼える怪物。その泥水ような瞳からポロポロと涙が。よっぽど痛かったらしく、フーフーと息を吹いて腫れを冷やしていた。
今までのヌイグルミと違い、この怪物はより精巧に魔力を込めて造られている。つまり、その分だけ“現実的な存在”だ。
魔力を持たない専門外の戦士でも、通常の兵隊達より戦い易くなっている。強くし過ぎて干渉できる敵が増えるとは、皮肉なことだ。
「どうやら俺達の力も通用するようだな」
「私達も共に闘います。何か専門家として作戦のようなものはありますか?」
「……し、正直あまり詳しいことは言えないんですけど」
力強く拳を握り締め、ヒーロー達はミュウを見つめる。マスクの奥で爛々と輝く目が、とても頼もしく見えた。
ミュウは右手で機械剣を持ち直し、その各部機構改めて点検する。自身も大した怪我となく、問題あるまい。
「少し時間を稼いでください。私があのデカいのを何とかしてみせます」
「おし、任されたぜ。カワイイ子の前ぐらいカッコ付けんぞ」
「よし、わかった。皆いくぞ!!」
レッドの後に続いて仲間が突撃していく。彼等もヒーローなのだ。その戦闘力は多分に申し分ないはず。
怪物に向かっていくその後ろ姿を一度見つめ、ミュウは機械剣と自身の肉体に意識を集中させる。
網のように張り巡らされた神経。それと似た、自らの隅々まで走る魔力回路を探っていく。息を整え、肺や心臓まで通う魔力も漏らさずに。
洸だった頃、ゲームなどの趣味に熱中していた時のように。意識を一本化し、集中させていく。
「ウィルビナス、そんなものさっさと片づけなさい」
「「ぎゃあぁぁぁあああ!!」」
「「そんな馬鹿なぁぁぁああ!!」」
ヴァリアント・フォースが速攻であっさり撃破され、散り散りに吹き飛んでいく。断末魔の悲鳴だが、元気そうなので大した心配はしない。
ヒーローだし、耐久力も頑丈であることを祈る。
『撤退作戦は失敗です。しかし、良い時間稼ぎにはなりました』
「…………もうちょっと保ってほしかったけどなー」
苦笑いが漏れるばかり。
大見得を切った割には比較的短時間でサヨナラしてしまっていた。うむ、中々にしまらない男達だ。
そうこうしている内に、ミュウの試みは成功した。
────圧縮。
概念魔法を溜めるて集束させ、後は高圧な魔力で無理矢理にでも塗り固めたのだ。凝固しない精密な操作を以て、また別の魔法へ。
日本刀の鍛錬。玉鋼を打ち、伸ばし、より硬く、鋭くし、刃を磨き上げる。
その工程に似た、魔法の精密作業でもあった。これに関しては、洸も涼から『才能がある』と褒められたこともある。
ならば、その才能を活かすだけだ。
『残弾0。主、弾倉を交換してください』
「うむ。よっこらしょ」
機械剣の柄頭が明滅し、ロックが解除。こぼれ落ちる弾倉。ミュウは腰元に差してある新たな弾倉を、柄頭ごと交換する。
『再装填完了。残弾7。────続いて、術式の登録を開始します』
「────白銀に煌めく刃よ。恐怖と憎悪、御心を蝕む闇、その悉くを斬断せよ」
『登録完了。術式発動』
怪物に対峙するミュウの足元に、幾何学的な電子回路に似た紋章──瑠璃色の魔法陣が展開する。同色に発光するグラジオラスからは、機械の駆動音が鳴り出した。
怪物の重たい蹴りを避け、ミュウは右手────引き金を握る指に力を込める。
トリガーを七回引く。全弾撃発。
「いくよ────、必殺ッ!!」
『シルバーブレイド展開。フルドライブ』
瑠璃色に輝く刃が、爆発したように唸りを上げる。纏うは白銀の炎、『剣』の概念魔法。陽光のように激しく猛る白銀は、電撃みたいな火花まで立ち上げ、持ち手のミュウを呑み込まんとするほど鮮烈で巨大だった。
スレンナが異変に気づくが、手遅れ。
怪物から一度遠ざかり、ミュウはその銅に向けて飛び込んだ。両手に担ぐ白銀の剣が、醜悪な怪物を────ぶった斬る!
「────────白夜一閃ッッ!!」
☆★☆
刃はただあるがまま、その道を押し通る。障害は全て、切り裂いて。
刃の接触と同時に衝撃。怪物は声を上げる間もなく、その口腔の奥から魔力をぶちまける。
泣き別れた胴体に気づくこともなく下半身も崩れ落ち、怪物だった肉塊は盛大に爆発した。溢れた魔力が蛍火のように天に消える。
一刀両断。
脇で擦れ違う瞬間に叩き込んだ一撃は、重厚な銅をものともせずに真っ二つにしてしまった。まな板の上の大根を、包丁でサクッと切るみたいに。
「……………………そ、んな」
「フフン、やるねー相棒」
『えっへん、です。圧縮した概念魔法の術式、お見事です、主』
「いやー、何か照れるなー……」
必殺技を放った高揚感と興奮が治まらず、えへへとだらしない笑みが浮く。
そんなミュウの手の中で、グラジオラスからは概念の魔法が消え、瑠璃色の光も弱まっていった。放熱機構が展開し、空気口から蒸気が噴出する。
ミュウは機械剣を逆手に持ち替え、スレンナに視線を移した。
「やりますわねえ、ミュウ」
「あれ、ニコニコ? なんで?」
「何か問題でも?」
「いや、魔法破られて自信喪失してないかなー、って」
「心配してくださるの。ヒーロー様は優しいのですねえ。肩が凝りません?」
ショックで意気消沈しているかと思ったが、その心配は無用らしい。清々しいほど笑みが、青空の下で輝いていた。
どっちが勝ったのかわからなくなってきた。あれ、負けたんだっけ?
「今日のところはここまでにしておいて差し上げますわ。…………まさか、ウィルビナスまで倒すなんて、ますますアナタが欲しくなりましたわ」
「ご遠慮します。……って、逃げんの!?」
ウットリした表情で顔を赤くし、頬に両手を当て踵を返すスレンナ。その背に走り込んで飛びかかるミュウ。
だがしかし、回した両手は空振る。スイーッと宙に舞い上がるスレンナを見送りながら、ミュウはコンクリートの地面に顔面からダイブした。
飛行魔法は術式や起源が大分異なる多種多様な現代の魔法少女に於いて、ほぼ共通のステータスだ。
スレンナが撤退時に空の彼方へ去っていくのは、彼女だけではない当たり前のこと。
涙目で額をさするミュウの頭上で、スレンナは手首を口元に持ってきて語った。風にそよぐ煌びやかな金髪が揺れ、気品に満ちた笑顔が見下ろす。
「アナタをいつかお持ち帰りしてみせますわ。──それでは、また。次の舞台でお会いしましょう」
『敵、戦線を離脱。主、お顔は大丈夫ですか?』
額をさすりながら立ち上がるミュウの視線に、広場を飛び去っていくスレンナの姿が見えた。既にその姿は住宅街が建ち並ぶ方向へ、溶けるように消えていく。
ミュウは静かに、機械剣を腰元の鞘へと納刀した。
『主、追われないのですか』
「…………ソウド、飛べる機能って無い?」
『ありません。主は飛行魔法などは習得済みで?』
「……使えない、です」
戦場に吹いた緩やかな風が、落ち葉を軽く舞い上げる。一人の魔法少女とその武装は、寂しそうに沈黙するのだった。
決まりました。必殺技
(≧∇≦)b