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スペインの雨は主に平野に降る

作者: クローバー
掲載日:2012/10/14


 孤独は夢を食べて育っていく。若い時も年をとってからもそれは同じだ。ただ、年をとればとるほど、夢の輪郭がうまく描けなくなるだけだ。


 そもそもできごとは出会い頭の事故のようなものだった。何100分の1の確率。だから、流れの中ですんなり誘えたのかもしれない。これがもし、予知能力かなにかが僕にあって、前もって心の準備が出来ていたなら、なにもかもうまくいっていなかったに違いない。僕は元来臆病なたちだ。だから、断られても言い訳が出来る状況を必ず自分の中に準備している。しかしながら「必ず伺います」と美香は言った。一瞬、耳を疑いたくなる言葉だったが、本心だと信じて待つことにした。窓の外は、生暖かい4月の大気に先ほど振り出した細かい雨が混じって視界がぼやけている。うっすらではあるが、傘を持たないサラリーマンやOLが頭に手をやりながら走っているのがわかる。昨年の冬のボーナスで買ったバーバリーのコートを店の入口で預け、店員に後からもう一人来ると伝えてみたものの、心の中では来なければこの心理的な呪縛から逃れられるのにと思ったりもした。とりあえず席につき、落ち着きなく携帯電話のメールをチェックしたり、煙草を一本取り出して火をつけてみたりした。約束の時間はもう過ぎている。正直なところ、これから先の計画は何も考えていない。というか、今日限りで終わってしまうことは目に見えていたので、余り期待は抱いていないというほうが正確な表現かもしれない。ウエイターが飲み物はどうするのか確認にやってきた。連れが来てからよぶからと短くぶっきらぼうに返す。それから、慌てて待たせてしまってすいませんと言い訳がましく言葉を添える。心のゆとりがなくなると、誰にでも気弱にすいませんと言い添えるいつもの癖がここでも出てきてしまう。こんな胸の高まりは、何年ぶりだろうと思う。会社とマンションとの往復が日課の自分にとって、寄り道という概念はずっと他人事だと思っていた。“アラフォー”という流行語が巷で流れるようになって、少しだけ勇気をもらった気がした。こんな自分でも主役になれるかもしれないという何の裏づけもない漠然とした期待感だ。でも結局は、流行を仕掛けるクリエイターなる職業の人達が商売のために作り出した虚構にすぎないと割り切っていたのも確かだ。映画や小説の中の出来事は、現実にはまずありえないからフィクションとして成り立つのであって、逆に平凡な日常は映画や小説を構成しえない。何かいいことないかなあなどと一人あてもなく期待しながら過ごす年齢は既に超えてしまっている。ついてないことを人生ってこんなものだと割り切って受入れながら、ずるずると流していく毎日。せめて、このマンネリ化した職場環境だけでも変えたいと漠然と思っていたが、結局今回の4月の社内異動でも昇格はおろか、部署すら変わらないことが判明し、家族や子供のいない自分にとっては、何のために頑張って働いているのだろうと思い悩み、そのうち悩んだっていつも何も解決していないと結論づけて、結局ため息一つで無理やり日常の生活に自分を押し戻そうとしていた。そんな矢先にあのようなことが起こったのだ。それからというもの自分の生活にほんの少しの“刺激”というスパイスが加わり、自分でも夢を見ているような変な感覚に捉われるようになった。もう一度携帯の画面を眺めてみる。特に新しいメールが入っている痕跡はどこにもない。約束の時間よりもうすでに10分経っていることだけが、確認できただけだった。余り期待しないことだ。期待した分、その倍になって失望がやってくる。よくあることじゃないか。そう自分に言い聞かせて、何気なく店の入口に目をやった瞬間胸がドキリとした。店内を見渡して自分を探している美香の姿が目に入ったのだ。安堵と不安の交錯した気持ちを無理やり抑えつけて、右手を軽く振ってみせた。彼女はすぐにそれに気付き、会釈をしてこちらに向かってやってくる。すまなそうな表情と少しばかりの笑みが交互に垣間見えている。「モトガミさん。遅れてごめんなさい」僕の正面に立った彼女は、開口一番に言った。



 あれは、4月4日の木曜日のことだった。僕は、北千住の最新設備の整ったインテリジェンスビルの25Fにある自分の職場から家に帰るために、地上に降りるエレベータを待っていた。夜の9時を回っており、最後に誰もいないオフィスに鍵をかけて廊下に出てきたところだった。周囲は静寂に包まれ、同じ階にある別の事務所から照明は洩れてきているものの、人の気配は全く感じられない。ほどなく、この30階建てのビルの25階にエレベータは停止して、ドアが開いた。経験則からこの時間には誰も乗っていないだろうという予想に反し、エレベータの中にはひとりの女性が乗っていた。若くて髪の長い彼女は、上下とも濃紺のスーツを着ており、テニスやエステに通っていそうな活発で健康そうな女性に見えた。そういえば電車の中でたまに見かける子だなと咄嗟に思ったが、結局は赤の他人だと、目の前の存在を疲れた頭のどこかに封印した。彼女は、ずっと床の一点を見つめていたが、焦点が定まっていない感じだった。少し疲れているんだなとなんとなく思い、目が合わないように彼女に背を向けて立った。僕達を乗せたこの限られた空間は、そのままあと10秒もすれば、1階のメインエントランスに到着するはずだった。それは日常生活の中のよくある1ページに過ぎなかったはずだった。突然、大きな振動が起こった。瞬間何が起こったのだと思ったときには、エレベータは止まっていた。勿論扉は閉じたままだ。現在の位置を示す階の表示は15Fを現していた。突然不幸の入口に立たされた僕は、いやな予感を胸に自分を消そうとしていた。勿論そんな忍術など使えるはずもない。「ええ~。うそ」と先に大きな声を発したのは彼女のほうだ。咄嗟に思ったのは、エレベータがこのまま落下しないかということだった。それから数秒が経ったが、僕達を乗せたこの箱は、頑なに停止したままだった。「停まっちゃったみたいですね」と仕方なく僕は言ってみた。そのとき、初めて彼女と目があった。「どうしよう」とひとりごとのように言う彼女に向かって、「非常用ボタンを押して、とりあえず下の管理センターと連絡をとりましょう」とおだやかに言った。僕は、とりみだしていらいらしている女性が苦手だった。そういう女性のいらいらは、対応を謝ると必ず攻撃の矛先をこちらに向けてくる。だいたい僕のようなさえない中年はとんだとばっちりを受ける相場となっている。心の中で早く動けと箱全体に適当な呪文をかけてみたが、もちろん無益に終わった。非常用ボタンを押すと、機械的な尖った声が聴こえてきた。まるで、世界の裏側から聞こえてくるようだ。はっきり何を言っているかわからなかったが、どうやら状況を説明したほうがよさそうだった。「エレベータが停まっちゃったんだ」と大声を張り上げて呼びかけてみたが、はたしてその声の主に伝わっているのだろうかわからなかった。暫く間があり、少しお待ちくださいとその尖った無機質な声が言った。「早く出してください」と今度は彼女が悲痛に叫んだ。けど、それに対する応答は何もないようだった。僕は、彼女に近付かないように気をつけながら、こまめに頭を働かせていた。何かの映画で、箱の上のハッチが空いて外に出る場面を見たことがあった。でも、天井は高く一人では、とても手が届きそうにない。2分ほど経ったとき、箱の中の照明が落ち、かろうじて非常灯のようなものだけが灯っている状況に変わった。彼女は、ずっと下を向いて押し黙っていた。自分の中ではこの先の事故に対する恐怖感もあったが、そんなことよりも彼女に対する気まずさのほうが勝っていた。密室に見知らぬ若い女性と二人きりでいるこの状況など数分前までは予想だにしていなかったのだ。「あの」と仕方なく彼女に話しかけた。「停電かもしれないけど大丈夫だと思う。下に状況は伝わったと思うから、救助に来てくれるはずだよ。今は待つしかないよ」その言葉に呼応するように、彼女が顔を上げた。そして、「あ~あ。ついてないなあ」とまたひとりごとのように言った。なんだ、この女勝手なことばかり言ってと思いながら、「ついてないのは、俺も同じだよ」と開き直ってひとりごとのように呟いた。「仕事でくたびれて、やっと終わって帰ろうとした途端今度はこれだもの。まったく」やけくそのように言うと、彼女が突然微笑みながら話しかけてきたで驚いた。「MK物産の方ですよね」「なぜわかるの」「そのバッチ」そう言って、背広の衿についている社章を指差す。「有名なの」「有名ですよ。天下のMK物産ですもん。私の会社なんか所詮二流だし。給料も低いし、おまけに上司のレベルも低い」「差し支えなければ、会社の名前聞いてもいいかな」「いいですよ。西川製鉄って会社知ってます」確かこのビルの28Fに入っている会社だ。知っていると言うと、「今日も低脳な上司に仕事を押し付けられて、仕方なく残業して、ちょっとむしゃくしゃしていたんです。そしたら今度はこれ」とあきらめたように笑ってみせた。なんだ、案外ひとなつっこいじゃないかと思い、その時点でさきほどまでの気まずさは少し緩和され、それから暫く、薄暗いエレベータの中で二人の会話が続いたのである。疲れたから床に坐りませんと言ってきたのは、彼女のほうからであった。僕達は、鉄製の冷たく固い床に並んで腰掛け、SOSそっちのけで話し続けた。「そういえば、朝よく電車の中で見るんだけど」「知ってますよ。私もなんとなく顔に見覚えあると思ってました」「でも、顔を知っていても話す機会なんて普通ないよな」「こんなことでもなければね」「怖くないの」「少しは怖いですよ。でも、怯えてもしょうがないし。こうして話していると少し気が紛れてきました」「どこに住んでいるの」「千葉県の松戸です。JRの駅から5分位のところ」「じゃ、北千住まで近いよね」「おじさんはどこから来てるんですか」おじさんと言われたことに、少し抵抗を覚えながら、柏だよと答える。僕の表情を敏感に読みとったのか「ごめんなさい。おじさんじゃ失礼ですね」と彼女は慌てて付け加えた。「いいよ。本当におじさんなんだから」「同じ常磐線ですね。ええと、せっかくだから名前教えてください」「名前」「だって、やっぱり名前で呼ぶのがビジネスマナーだと思うんです。おじさんじゃまずいから」「元神といいます。元気のゲンに神様の神」「元気の神様ですね。本当に少し元気になってきました」そう言って少し笑みを浮かべた。「あなたの名前を聞いていいかな」「私は、石井です。石井美香。以後、お見知りおきを」「覚えておきます。君と普通に話せてよかった。ここに見知らぬ人と二人きりでいる気まずさが幾分解消された」このとき、いきなり明かりがついて、暫くして何事もなかったようにエレベータが動きだした。お互いの自己紹介が終わるのを待って動かすといったビル設備側の演出のようにも思えた。「よかった。これで帰れますね」「なにはともあれよかった。でも、一体何だったんだろう」「不思議ですね」エレベータが1Fに着くと、みけんに皺を寄せた警備会社の制服を着た年配の男が二人で僕達を出迎えた。「大丈夫でしたか」「まあ何とかね。停電したの」「電気回路の障害のようです。とんだ災難でしたね」男達はそれ以上は話したがらず、黙って僕達の出方を伺っているようだった。場合によってはクレームに発展しかねないと思っているようだ。僕は、済んだことだからと言って、彼らに向けて手を挙げてビルの出口に向った。実際もうすんだことだ。それに無事だったのだ。あれこれ言ってもはじまらない。僕は、早足で駅に向かって歩き出したが、気がつくと彼女が追ってきている。意外な展開だった。「何事もなくてよかったです」と、美香は僕の横に並んで話しかけた。「本当に」と僕は言った。千代田線の北千住の駅の改札まで、僕達は並んだまま無言で歩いた。何か話さなければと思ったが、頭が上手く回転しない。仕方なく黙って歩いた。地下鉄の駅の構内に入ったとき、僕はトイレに寄るからと言った。彼女は「はい」と答えた。ここでお別れだと思った。でも口には出さず、彼女のほうから自然に消えくれるのを望んでいた。しかしながら、用を足して出てくると、律儀に彼女は待っていたのだった。成り行き上仕方なく、僕達は並んで電車を待った。なんとなく落ち着かない。「元神さんって、ご結婚は」と彼女が聞いてきた。とりあえず何か話さなきゃと思ったのだろう。「いや。恥かしい話だけど、未だに独身なんだ」「そうなんですか。きっと、縁がなかったんですね」「見ての通り、ぱっとしないから」「そんなことないですよ。すごく優しいし、いい人だし。私くらいの年になると、少なくとも年齢や容姿とかだけでは左右されなくなります。もっと自信もってください」「ありがとう」誉められたことがすごく照れくさくて、かろうじてそれだけ言った。電車が来て、僕達は乗った。時計を見ると、10時だった。電車の中はすごく混んでいて、僕達はかろうじて、窓際の手すりにつかまって立った。「MK物産の中で、具体的にはどういうお仕事をしているんですか。すごい沢山の部署がありますよね」「保険の代理店のようなこと。生保も損保も扱うけど、一番多いのは自動車の任意保険かな」「そうなんですか。実は私最近車の免許をとったんです。でも、自賠責しか入っていない。まずいですよね」「それはまずいよね。相手の車にぶつけちゃった場合の対物保証がないから」「そうかあ。私運転下手だから必要ですよね。じゃ、今度少しご相談に乗ってもらえません。近いうちにお願いします」そのとき、僕はなんだか幸運の女神が微笑んだような気がして、いい気分になっていた。その言葉が社交辞令だとしてもだ。こんないい刺激は何年ぶりのことだろう。僕は駄目元で誘い水を向けてみた。「わかりました。どうせだったら日にちを決めちゃおうか。どう」「本当ですか。じゃ、来週の金曜日とかはどうですか。せっかくだから、どこかで食事でもしながらゆっくりとお話を聞かせてもらうっていうのはどうでしょう」もとより、私用が入っているわけがない。僕は、極力冷静を装いながら、いいよと答え、具体的な店と時間を決めた。彼女は、その後も、愛想を振りまきながら、自分の趣味のことを話し出した。JAZZを聞くことについては、僕と同じ趣味だった。少し彼女との距離が狭まったように感じた。久し振りに僕も饒舌になっていた。しかし、時間的制約は突然やってくる。電車は、松戸駅で停車し、彼女は駅に降り立ち、最後におやすみなさいと言って頭を下げた。彼女の姿が見えなくなっても、その愛想のいい可愛い笑顔は脳裏にずっと張り付いたままだった。



 「仕事が少し長引いちゃって」そう言いながら、美香はカーディガンを脱いで丸め、隣の椅子の上に置いた。淡い藍色の膝丈のワンピースを彼女は着ていた。僕達は、向かい合って坐り、ぎこちなく挨拶を交わした。「あれから何度か朝の通勤電車でお見かけしました」「僕は気付かなかった。少し気になって周囲を見渡したりしたんだけど」「本当ですか。でも、いつも元神さんシートに座って寝ていますよ」そういって、おかしそうに笑う。本当は、目が合うのが照れくさくて、乗っていることがわかった時点から、寝たふりをするのが常だった。「何か飲む」「じゃ、私はワインをいただきます」僕は、ウエイターを呼んで、赤ワインを一本注文した。「何か食べようか」ととりあえず言ってみる。「そうだなあ。私は、白味魚のコースメニューにします。元神さんは」「えっと。じゃあ、サ―ロインステーキのコースで」堅苦しさがまだ残っている。ウエイターがメニューを復誦して、立ち去ってしまうと、また二人だけになってしまった。何か話さなければと思った。「保険の相談は。先にやっちゃう」「後でいいじゃないですか。元神さん、いがいとせっかち」そう言って彼女は可愛い笑顔を僕に向けた。「ねえ。JAZZってどういうのが好きなんですか」今日の彼女は凄く会話に貪欲だ。「えっと。そうだなあ。いろいろ聴くけど」「ヘビー・ローテーションっていうのですか。今はまっている曲とかは」「そうだなあ。今良く聞いているのは、ウイントン・マルサリスとかフレディ・ハバードとか」「トランペットの人でしたっけ。何かすごくマニアですね。余り聴いたことないなあ」「美香さんは」とそこで、さりげなく彼女の名前を入れてみた。「チックコリアの“スペイン”が一番好きかなあ。あと、ノラ・ジョーンズとかボブ・ジェームズは好きですね」「ノラ・ジョーンズは知らないなあ。最近の人」「割りと最近ですね。最近の人のCDは聞かないんですか」「そうだね。どちらかというと死んじゃった人が多いかな。僕達の世代はそういう人が多い。セロニアス・モンクとかコルトレーンとかマイルス・デイビスとか」「ジェネレーションギャップってやつですかね。最近のジャズもすごくいいですよ。貸しますから、是非今度聞いてください。コンサートとかは行ったりします」「たまに一人で行くかな。年に一度のジャズフェスみたいなやつ」「いいなあ。今度連れて行ってくださいよ」何かいい感じじゃないか、と僕は内心思った。彼女のほうから積極的にモーションをかけてきている印象を持った。ただ心のどこかで、疑心暗鬼という四文字の細胞が心の高ぶりに冷静にブレーキをかけている。素直になれない自分の気持ちがもどかしくて、心の底で自分の過去を恨んだ。


 その日は、いろいろと話をして、おまけとして自動車保険の相談にも乗って、それから場所を変えて、更にホテルのラウンジで飲み直した。レストランの料金もラウンジのチャージ料も、彼女は割り勘でと言ったが、僕が押し切る形で、勘定を総て持った。なんせ、曲りなりにも一流企業で、ずっと独身生活を続けているのだ。お金には余裕がある。この位の出費は痛くも痒くもなかった。それにしても夢のような時間だった。彼女は、可愛く明るくおまけにいい子で、僕にとっては日常の中の何にも勝る極上のスパイスだった。女性と二人で飲んでこんなにも楽しかったのはいつぶりだろう。たまに会社の飲み会なんかで、たまたま若い女性社員が横の席についても、会話は盛り上がらず、そのうち女性社員のほうから席を立ってどこかへ行ってしまうのが常であった。そうだよな、こんな中年の独身男性と話していてもおもしろいわけないよな、と自分の中で妙に納得させて、翌日にはすぐに気持ちをリセットできるのが逆に自分のいいところだと勝手に思い込んでいるようなところがあった。今夜は、その永続的な諦めのスタンスは、どこかに置き去りにしてきたようだ。二人きりという設定もよかった。もしこの場にもうひとり別の若い男でもいようものなら、最初から赤旗を上げて降参する準備をしていたに違いない。過去に置き去りにされた自信が、目の前の彼女と酒によって再び蘇ってきたといっても過言ではなかった。ただし、まだ自分のほうから次の約束をとりつけるような積極性までは、持ち合わせていなかった。そこまでの勇気を出すのは無理だった。結果、僕はホテルの前でタクシーを拾い、彼女にタクシ一代としてのお金を持たせた上で、別れるという失態を演じてしまった。終電間近とはいえ、何故一緒の電車で帰らなかったのか。あるいは、何故タクシーに一緒に乗って帰らなかったのか。そうすれば、何かのきっかけがあって、次の約束が出来たかもしれないのに。もっと言えば、松戸の彼女のアパートに上がることだってあったかもしれなかったのに。でも、結局そんな大胆なことは出来ない性分なのだ。その根底には、無闇に傷つきたくないという防衛本能が身に染みついていた。いい人を演じて、彼女からのアプローチを待つしかない。それだけの男。それは、動かしようのない事実なのだった。


 ところが、またしても僥倖が僕の味気ない日常に飛びこんできた。翌週の水曜日の夜に、美香から自宅に電話があり、先日説明してもらった自動車保険に入りたいので、会ってもらえないかというのだ。またしても、彼女との関係がまたつながった。一度ならず二度も。これは、たんなる偶然ではない。ずっと疑心暗鬼にさいなまれてきた僕の心も、ようやく彼女の好意を信じてみる気になった。その週の金曜日に僕は、待ち合わせ場所のルノアールの喫茶店に出向いて、彼女を待った。会社には、保険契約の締結をするため客に会うと言ってある。彼女からは、携帯に何度か連絡が入った。ごめんなさい。得意先とのトラブルにつかまってしまって、少し遅れます。そのようなことを、悲壮感を漂わせながら言った。いいよ。こちらは、仕事だから何時間でも待つよ。本当にごめんなさい。と彼女は30分おきに謝った。2時間後に彼女はやって来た。時計の針は19時30分を回っていた。サーモンピンクのブラウスに、グレーの膝丈のスカートといういでたちで彼女は店に入ってきた。申し訳なさそうに何度も頭を下げた後、少しだけ笑った。客観的に見ると、若い女性のする普通の着こなしだったが、僕には凄く眩しく映った。彼女の周りの景色がぼやけて見えた。「本当にごめんなさい」「ぜんぜん大丈夫だよ。平気でもっと待たす客だってたくさんいる。それより先食事にする」「はい」「お腹がすいたって顔に書いてあるよ」「ばれました」少し舌を出した彼女の仕草がとても可愛く思えた。僕達は、並んでルノアールを出た。「何が食べたい」「何でも。元神さんが決めてください」僕は、この界隈の少し小洒落たイタリアンレストランを思い出し、先に立って歩き出した。彼女は黙って後をついてきた。僕は、まともに彼女の顔を見られなかった。これが恋なのかいっときの情熱にすぎないのかはわからなかった。優しい気持ちに満たされていたが、持て余し気味だった。店に入った僕達は、ハイネケン2本と2千円のコース料理を注文した。「何はともあれ、仕事お疲れさま」僕達は乾杯し、暫く彼女の仕事の愚痴に耳を傾けた。途中で、こんな話退屈ですよねと言いながら少しはにかんだ表情を見せた。「あ、そうそう。ジャズのCD持ってきたわ。聞いてみてください」僕は、ノラ・ジョーンズとキャンディ・ダルファーのCDを受け取りながら考えた。ということは、また返すときに彼女に会うのだな。また、これで次につながったんだと思った。食事が終わり、デザートのアイスクリームが運ばれてきた。僕は、保険契約の申込書を広げた。「今日は預かるだけでもいいですか」と彼女が言った。「二三日中に届けますから。それより今日はせっかく時間があるから、場所を変えませんか」なんだか凄いことになってきたぞと思った。胸が高鳴った。彼女の真意を測りかね「どこに行きたい」と彼女に水を向けてみた。映画と彼女は即座に答えた。「いやですか」「いいね。でも最近何の映画が面白いのかわからない」「錦糸町の映画館でオードリーヘップバーンの映画のリバイバル上映をやっているんです。もしよければ行きたいのですが」「いいよ。でも若いのに古い映画が好きなんだね」「実は最近ヘップバーンにはまっているの。元神さんも、昔彼女と見たとか」「そこまで、年とってないよ。おそらく、僕の生まれる前の映画だよ。でも、ローマの休日とかは見たことあるけど」「じゃ。きまり」エスプレッソのコーヒーを飲みながら、最近レトロなものの中にもいいものが沢山あることに気付いたのと彼女が言った。最近見た中では、“望郷”が良かったという。「望郷って、ジャン・ギャバンの」「そうです。アルジェリアの港町が舞台になっている映画」「それまた古いなあ」「あと、“第三の男”とかフェリーニの“道“もよかったなあ」「そういうのって、DVDのレンタル」「たいていはそうですね。でも、うちのテレビ映りが悪いから。一度映画館のスクリーンで見たかったの」食事が終わって、僕が映画館に電話を入れ、上映時間を調べた。20時50分から“マイ・フェア・レディ”をやっていると録音されたテープが案内していた。その旨を僕が伝えると、「じゃあ、それにしましょう」と美香が納得した。伝票を持って僕が立ち上がると、ここは私が払いますとそれを制した。「だって、すごく待たしたから。せめてもの償いです」「でも、これは仕事の一環だよ。会社の経費で落とさせてもらうからいい」と押し切って僕が先に立って歩きだす。すいませんと美香。なんていい子なのだろうと改めて彼女の良さを再認識する。僕達は、東武伊勢崎線で錦糸町に移動し、映画館に駆け込んだ。ちょうど、映画は始まったばかりだった。スクリーンいっぱいに広がる花売り娘のヘップバーンの顔。きたない身なりにみにくいスラングでしゃべっている。そこへ、レックス・ハリソン演じる教授がやってきて・・・。席はガラガラでどこに坐るか迷うほどだった。最近の若者のカップルは、金曜のレイトロードショウなんかに出かけないのだろう。しかも、40年前に封切られた映画のリバイバルときている。ところどころ、中年の男が一人でぽつんと坐っているのが見えた。若い女性の姿は皆無といってよかった。何年ぶりだろうこんな優越感に浸れるのは。ちらっと美香のほうを見た。目があったそのときだった。彼女がなんと、僕の肩に頭を預けてきたのだった。「こうすれば楽ちんなんだもん」とおどけて言う彼女の肩に僕は恐る恐る腕を回した。



 「いい映画でしたね」映画館を出た彼女は大きく一つ伸びをしながら言った。「とくに“踊りあかそう”の歌のシーン。あと、競馬場での社交デビューのシーンもよかったわ」「日本の競馬事情とは随分違うね」「ほんとに」「ヘップバーンって気品があって素敵ね。私もあんな女性になりたいなあ」君のほうが何倍も素敵だよという言葉を飲み込んで、僕はさりげなく尋ねた。「まだ、終電もあるけど、タクシー乗っちゃう」「そうね」前回と同じ轍を踏むまいと、今度はとりあえず僕も同じ車に乗り込んだ。後は出たとこ勝負だった。明治通りから水戸街道へと入ったあたりで彼女は僕の肩に頭を預けて眠りだした。無防備な彼女の甘え方に幸せな気分になる。今日一日で何度彼女には驚かされたろう。彼女の中には、僕に対する警戒心は露ほども見当たらなかった。睡魔に勝てない彼女とは反対に僕の頭の中は興奮で冴えわたっている。時計はすでに、12時半を回っていた。江戸川に差し掛かると、車は渋滞に巻き込まれた。「事故みたいです」と運転手が言った。そのとき、彼女が目を覚ました。どうしたんですかと、眠そうな目を擦りながら尋ねる。なんか事故渋滞みたいだと説明する。「私随分寝ていたみたいね」「疲れているんだよ」「元神さんは元気ね。飲み足りないんじゃない」「少しね」何かを期待して出た言葉だった。彼女ともう少し繋がっていたいという気持ちの表れだったかもしれない。でも、それ以上答えは返ってこなかった。「もう少し寝ていてもいいよ。家に近付いたら起こすから」間を埋めるように出た言葉だった。「ありがとうございます。ではそうします」そう言って、再び目を閉じた美香を近くに感じながら、何とかもう少し彼女と一緒にいれないものだろうかと思った。それから30分かかって、僕達を乗せたタクシーは彼女の住むマンションに着いた。彼女のマンションに上がりたい気持ちが、言葉として咽喉まで出掛かっていたが、どう伝えたらいいのかがわからなかった。「今日はご馳走さまでした。また連絡します」と言って車を降りる彼女に向かって、おやすみなさいと声をかけながら、出かかったため息を咽喉の奥で押し殺した。


自宅に着いて、後悔が嵐のように襲ってきた。なんで勇気を出して、もう少し飲まないかって言えなかったのだろう。もしかしたらタクシーに乗り込んだ時点で失敗だったのかもしれない。そうした恋愛のかけひきが出来ない自分が無償に腹立たしかった。その夜は、なかなか寝付けなかった。仕方なくベッドから這い出し、ウイスキーを氷で薄めて、一人台所でちびちびと飲んだ。これから、僕と彼女はどうなっていくのだろう。ここは、恥をかいてもいいから今度は自分から誘ってみなければと酔いにまかせて思ったりもした。それから、最後に恋愛をしたのはいつだったか考えてみた。磯山洋子の面影が突然浮かんだ。あれは、自分が25歳頃の話だ。ぽちゃりとした目の大きな女の子だった。当時は、僕も会社のテニス部に入っていて、新人の彼女と部の飲み会で意気投合したのだった。それから、暫くは、僕と僕の同僚とその彼女と洋子の4人でよく遊びにいった。僕の同僚が僕達はお似合いだと思うというようなことを僕達の前で言ったことを覚えている。知らず知らずのうちに、僕は洋子と付き合いはじめていた。付き合いはじめて4箇月目の夏に、僕達は鎌倉に旅行に行き、ホテルでエッチをした。抱き終えたあと、彼女が僕の耳元で大好きと言った。当時の僕は、幸せの絶頂で、そのうち彼女と結婚するんだなあと漠然と思っていた。それ以降どこからおかしくなってしまったのか。彼女はある時期から僕を避けるようになった。何度電話しても、用事があるからと断られるようになった。断られる原因の心あたりは全くなかった。彼女に別の男が出来たと知ったのは、それから2箇月してからだった。僕は、電話越しに彼女を責め立てた。売る言葉に買い言葉。勝手だなと言うと、あなたこそ身勝手だわ、それに加えてすごく鈍感と反論された。髪形を変えても、新しい洋服を着てきても何にも気付かないでしょ。それと、誘って欲しいそぶりをしても全然誘ってくれないし。そういう空気が読めないところが嫌なの。電話を切ったあと、自己嫌悪に陥った。それから、恋愛恐怖症になったのだった。自分で自分に恋愛下手のレッテルを貼っていた。何か今回の流れもあのときと似ているなという実感があった。ここ一番の押しがない自分。彼女の気持ちに鈍感な自分。若かりし頃でもそうだったのだ。万年独身の自分には魅力がないのはわかりきったことだ。それなのに美香は何故、僕と会ったりしているのだろうと考えてみた。僕が彼女のタイプ?いやそれは絶対にありえない。むしろ、タイプじゃないから気兼ねなく会えるのではないだろうか。あれでも彼女自身僕に対し優位に立っているつもりなのかもしれない。だからあれだけ奔放に振舞えるのかもしれない。逆に、こちらから強引に行くと、あっさり引いてしまうかもしれない。もう少し様子を見てみよう。結局そういう結論に落ち着いた。


それから2週間経ったが、彼女からの連絡はなかった。その間に、彼女からの封筒が一通会社に届いた。保険の契約書だった。手紙は一切なし。事務的で、暖かみがまるで感じられない。ただ機械的に送ってきたという感じだった。数十年前の洋子との出来事がオーバーラップする。さあどうしたものかと思った。少なくとも自分の中の宙ぶらりんな状況にケリをつける必要はありそうだ。でもどうやって・・・。

家に帰って、机の上に積まれた三枚のCDに気がついた。一つは美香から借りたままのノラ・ジョーンズのCD。一つは、同じくキャンディー・ダルフィーのCD。それから、自分で無意識のうちに買っていた“マイ・フェア・レディー”のオルジナルサウンドトラックのCD。ノラ・ジョーンズのCDをプレイヤーで聞きながら、これだと思った。前から借りていたCDを返すので会えないだろうかといって彼女に電話するのだ。これは、一応会うための口実になる。そこで一か八かの賭けをすることになるだろう。つまり、美香と会えて嬉しいのだが、僕達は年が離れすぎているし、自分はもう先の見えている将来性のない人間だということを正直に言って、君の将来を考えるとこれ以上は会わないほうがいいと話を切り出してみるのだ。そこで、あっさりとわかりましたと言えば、全くの脈なし。残念だが、非常に明快な結末と言える。そこで、彼女が悲しむような状況であれば、これは一応脈ありだ。そこで始めて、実は僕も君と会えなくなるのは辛いと本心を曝け出す。もしかしたら、そこから二人はずっと繋がっていけるかもしれない。可能性は低いが、そうなれば最高のハッピーエンドだ。姑息なやり方だとは思いながらも、そういう手段しか思いつかない自分が正直情けない。でも、ともかくシロかクロかはっきりさせる必要がある。少なくともこのような宙ぶらりんな状態は、耐えられないと思った。CDをマイ・フェア・レディーのサウンド・トラックに変えた。暫く、あの夜の余韻に浸りながら、“君住む街角”を聴いた。イライザは、社交界に向けて生まれつきの訛りを失くすための訓練をした。教授の家にあるテープレコーダーのようなものに向かって涙ぐみながら何度も何度も話す練習をした。何度も「スペインの雨は主に平野に降る」というフレーズの発生練習したのだ。レックス・ハリソン演じる教授とイライザの年の差は、今の僕と美香のようなものだったのではないだろうか。それにもかかわらず、あの映画では、二人の間の優位性は全く僕達と真逆である。しかも、イライザを演じるのはあのオードリー・ヘップバーン。僕にとって、あの教授のあの立場は、今の僕にとっては垂涎の的なんだなとつい思ってしまう。男女の間の優位性って何で決まってしまうのだろう。どちらの方が、より社会的に地位があるか。違う。どちらの方が、お金持ちか。それも違う。どちらの方がより相手に惹かれているか。思いの強さ。きっとそれだと納得する。洋子との交際のときも、洋子が段々僕のことを嫌いになっていく過程の中で、二人の間の優位性は逆転していったのだ。そして、悲劇の結末。未だにその過去の呪縛が、僕を孤独なひとりきりの場所に閉じ込めている。今回で、その呪縛を断ち切るのだ。



 彼女の携帯に夜遅く電話を入れた。あのレイト・ロードショーの夜から、すでに20日経った夜のことである。何度か発信音が聞こえてから、留守番電話サービスに繋がった。半ば自暴自棄になりながら、借りていたCDを返したいと思っています、一度お会いできませんか、と吹き込んでみた。あとは待つしかない。30分後に家の電話が鳴った。記憶の奥底に刻み込まれた声が、受話器越にもしもしと鳴り響く。「モトガミさんですね。美香です。ご無沙汰しています」とその声は切り出した。丁寧だが、淡白かつ抑揚のない口調で、彼女は僕に話しかける。その声の調子で、僕には二人の距離がどのくらい隔たってしまったのかを瞬時に悟った。「ご無沙汰してます。先日は保険の契約書送付いただきありがとうございました。その節はお礼の電話もせずに失礼しました」と距離を意識した話し方で慇懃に僕が返す。「いいえ。こちらこそ、その節はいろいろと相談に乗っていただきありがとうございました」それから、少し間があった。二人の間で会話の弾んでいたころの間ではなかった。「CD長く借りていてすいません。お返ししなきゃいけないと思いつつ、今日の電話になってしまいました」と僕が、間を埋めるために言う。「いえいえ。私のほうは、全然気にしていません。返って気を使わせてしまってすいません。急ぎませんが、もし出来れば、着払いの郵便で送っていただければ助かるのですが」と即座に回答がきた。まるで、目の前に原稿があってそれを少し抑揚を着けて読んでいるような、洗練されていて、事務的で、澱みない語り口だった。受話器の向こうで、マイフェアレディのイライザよろしく「スペインの雨は主に平野に降る」というセリフをたどたどしく言ってくれないだろうかと思ったが、そもそもがナンセンスな妄想でしかなかった。それ以上、何を話せばよいのだろう。僕には見当もつかなかった。未来につながる架け橋は完全に分断されてしまっている。しかたなく、「お元気でしたか」と言ってみる。「はい。元気にしていました」と彼女。そこでまた少し間があった。言うか言うまいか悩んでいるといった状況が電話線の向こうで伝わってきた。今度は何かを期待させる間のような気がした。「実は・・・」と彼女の声。やはり何かを伝えようとしているようだ。少し前の愛嬌のある彼女に戻ったような気がした。「会社を辞めたんです。しんどくなってしまって、思い切りました」そこまで一気に告げると、また沈黙が訪れた。「そうだったのか。どうりで最近電車にも乗っていなかったわけだ」同情するように言った。「はい」話したことを少し後悔したような雰囲気があった。「それで、これからどうするの」知りたい気持ちが勝って、興味本位で尋ねている。「故郷で再就職しようと思っています」「田舎はどこなの」「山形県です」初めて明かされる意外な出身地を見事なまでの標準語で彼女が答える。訛りのかけらさえ見出すことは出来なかった。彼女は、すでに完成されたイライザだった。「そうですか。お元気で」もうこれ以上何も言うべきことはないと悟った。「モトガミさんも、お元気で」電話は音もなく切れた。僕と彼女の優位性をそのままにしたままで。後には、いつもと変わらぬ中途半端な自分が残された。


 もう少し寝たいよ。駄々をこねるモトガミをもう一人のモトガミが嗜める。おい、起きろ。会社に行く時間だぞ。背広に着替えて、ネクタイを締めて、今日もいやいや電車に揺られ天下のMK物産のオフィスへ向かう。我儘な顧客のクレームと冷ややかな女子社員の視線と嫌味な上司の待つMK物産のオフィスに。何もいいことなどあるわけもない。でもわかっていても、仕事はやめられない。転職なんかいまさら出来っこない。日本のサラリーマンはみんなそうやって年をとっていく宿命なのだ。休日には、別のオードリー・ヘップバーン主演のビデオを借りてみようと思う。今度は何がいいだろうか。“シャレード”にしようか“昼下がりの情事”にしようか。映画には、夢と希望が満ち溢れている。現実の世界とは大違い。夜遅く、誰もいないオフィスの鍵を閉めながら、そんなことを考えている。今日は、下りのエレベーターに誰も乗っていない。そして、エレベーターは何事もなかったように1階のフロアまでモトガミを運ぶ。お疲れさまでしたと、管理人室の守衛が暖かく声をかけてくる。一日の中で一番の暖かみのこもった言葉。そうして、冷え切った都会の雑踏に足を踏み入れる。間もなく、モトガミの一日は終わるのだ。








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