シロエさん日誌 ~転換編~
本作は橙乃ままれ先生著「ログ・ホライズン」の二次創作小説です。
また本作には、性転換、独自解釈といった要素が含まれております。
こういった要素が苦手な方はご注意ください。
昏々と意識が昏む。
天は地に。右は左に。陰は陽に。
反転し入れ替わり、精神が改竄される。
鏡よ鏡、鏡さん。
合わせ鏡のその先に、素敵な世界をくださいな――。
〇AM8:30
「……んあ?」
「起きたか、主君」
ぼんやりとした意識の中で、抑揚のないテノールが響く。
身体が重い。
……なんだ、これは。
全身にかかる違和感の鎖。
眩む意識の中で、目の前の鏡に映る自分の姿を見た。
目つきの悪い、寝癖だらけのだらしない女の姿がそこにはあった。
魔法のように思考が透明になる。
ずれた眼鏡をかけなおしながら、私は改めて断片的な情報を整理した。
確か私は、天秤祭における流通関係のルールの検討をしていて、クラリス……〈D.D.D〉の陰険眼鏡だ……と深夜になるまで話をしていたのは覚えている。
その後、クラリスから押し付けられた書類に目を通して、それで……
「……そして、書類の海で溺死したというわけだな。今月だけで3度目だぞ、主君」
幾分クリアになった視界が、隣で佇む少年の姿を捉える。燕を思わせる小柄な少年、〈暗殺者〉アカツキ。
妙な経緯で私を『主君』として仕えてくれている男の子だった。
声変わりすらしていないようなテノールに、小さな背。けれどこう見えて、彼は私より幾つか年下なだけだというから驚きである。
本人はそのあたりを盛大に気にしているようだが、それも含めて微笑ましい。
「あと、アレだ。……もう少し主君は部屋を片付けるべきだと思う」
ぼそぼそと呟いて、アカツキがちらちらと目をやる先には、雑然と脱ぎ捨てられた私の抜け殻……というか、上着やら下着やらエトセトラ。
ぐぬぬ。何をしているのか数日前の私!
はっきりいって私は寝起きが壊滅的に弱い。
普段は親友の直子やにゃん子娘々、トウカたち女性陣が起こしに来てくれるが、アカツキやミノルが入ってくることだってあるのに。
どうしても、私は一つことにのめりこむと自分の細かなことに意識が向かなくなってしまう悪癖があるのだった。
一昔に流行った女子力とかいう指標で偏差値をつけるとすれば、たぶん40とか30とかなのだと思う。
「ご、ごめん。それは可及的速やかに前向きな検討をするから、ちょっと席を外してもらえる?」
「う、うむ。にゃん子娘々の味噌汁が冷める前に降りてくることを勧めるぞ、主君」
「ありがと」
「え、ええい、私は子供ではないっ。先に降りているぞっ!」
ちょうどよい高さにある艶やかな髪を撫でると、すり抜けるようにしてアカツキは部屋を出て行った。
右手で刀の柄を掴んで逃げるように走っていく。緊張すると刀の柄を握りしめるのはアカツキの癖だ。多分本人は気づいていないだろうけれど。
――あれ? 何か、今少しだけ、引っかかったような。
可愛いいなあ。弟がいればあんな感じかもしれない。
大きく伸びをしてカーテンを開ける。
……ぐ、ちょっと汗臭いぞ。そういや昨日もお風呂さぼったっけ。
ほかほかの味噌汁と、なけなしの女子力とを天秤にかけて、私は食堂ではなく風呂場へと重たい足を進めていった。
◇ ◇ ◇
〇AM9:00
「おーう、シロエも風呂か」
女性用の浴場には既に先客がいた。直子。私とは昔から付き合いのある親友だ。
右腕の盾用バンドの跡をさすりながら、直子は体中を泡だらけにしていた。
――まただ。何かが、噛み合わない。
泡越しでも、無駄のない筋肉質の身体と抜群のスタイルがよくわかる。
〈エルダー・テイル〉の世界に巻き込まれてから、皆の身体は全般的に理想の体型には近づいているが、直子のそれは現実世界の頃のものが反映されている気がする。
インドア派の私と違って昔からアクティブな直子は、特別にスポーツをやっている訳でもないのにアスリートめいた引き締まった体をしていた。
思わず私はじっと自分の身体を見る。……誰が言ったか自堕落な肉。略して堕肉。ぐぬぬ。
「直子はいつもこの時間に入ってるの?」
「ああ。朝練の後汗だくのままじゃあ、たまらないだろ?」
なるほど。
直子が後輩の女の子たちに戦い方を教えているのは聞いていた。
〈円卓会議〉が機能しているとはいえ、この物騒なご時世、女であるというだけでPKの被害に合う可能性は高まる。
そんな中で、女こそ最低限の戦闘力は身に着けるべしというのが直子の持論だった。
同じギルドの〈武士〉のトウカや〈妖術師〉のルディアだけでなく、〈三日月同盟〉の三人娘こと竜舌蘭と紅燕、アイも、彼女の訓練に参加しているらしい。
さばさばとした姐御肌の直子は、後輩たちに慕われるのだろう。
「直子は偉いね」
「へへ、なんだよ。褒めても何もでないぞ? シロエはまた徹夜?」
「うん。ちょっとね」
「昨晩は腹黒眼鏡vs陰険眼鏡、眼鏡大決戦だったからなあ」
「……私はこんなに素直で素朴な娘さんなのに」
「素朴ってーか朴念仁だな。アカツキとミノルは可哀そうになー」
「……なんのこと?」
「……そんなとこだよ」
直子はたまに思わせぶりなことを言う。
社会人経験がない分、自分がおこちゃまであることは否めないのだけれど、少しもやもやする部分ではある。
「ほら、ぼやぼやしてると食べ盛りの二人に朝食食べられちまうぜ?」
からからと笑うと、直子はタオルですぱんと背中を叩くおっさんムーブを残し、先に風呂から出て行った。
◇ ◇ ◇
〇AM9:45
「あ、おはようこざいます、シロエさん!」
風呂上りでほこほこの私を元気な挨拶で出迎えてくれたのは、ギルド最年少の男の子、ミノル。
アカツキが凛々しいシベリアンハスキーだとすれば、ミノルは愛嬌のある芝犬というイメージだ。
「おはよう、ミノル。寝坊してごめんね、朝ご飯残ってる?」
「はい。お味噌汁と鮭、今温めますね」
「ありがと」
今時そんなのいるかとでも言わんばかりの新妻ムーブでとてとてと台所へ向かう彼は、アカツキとは別の意味で保護欲を誘う雰囲気がある。
快活で天真爛漫な彼の双子の妹とは対照的な、年の割に思慮深い少年だった。
「おやおや、シロエちは昨日も徹夜ですかにゃあ?」
入れ替わりにでてくるのは、ぴこぴことしたネコ耳が愛らしい妙齢の女性。
私にとっては頭の上がらない恩人、このギルドの最年長者であるにゃん子班長であった。
ギルドの料理番であるとともに、物理的にのみならず精神的な意味でもメンバー中で最も大人の女性である。
「……う、わかります? 汗は流してきたんですけど」
「目の下にくまさんができていますにゃ。乙女に夜更かしは大敵ですにゃん?」
「うぐ。……善処します」
コンシーラーか何かでとりあえず隠しておくかなあ……。
「……とりあえず塗って隠せばいいやって顔に出ていますにゃー」
「ぎく」
「まったく。シロエちは素材の持ち腐れですにゃあ」
……なんだか、色々ごめんなさい。
にゃん子班長のあらあらまあまあお姉さんオーラには、ギルドの誰にも逆らえない。
にゃん子班長はくすりと笑うと、私の目じりからこめかみをゆるゆると押してきた。じんわりとした圧迫感が気持ちいい。
「……今のラインで優しくマッサージ。即効性はないけれど、続けていればクマに効くという話ですにゃん。あと、食後までに蒸しタオルと冷たいタオルを持ってきますにゃ。交互に目に当てると血行がよくなって少しはマシになるはずですにゃあ」
「うう、恩に着ます」
「塗って隠すのは忙しいときの最後の手段。此方のような年寄になって後悔する前に、大事にケアすることをお勧めするにゃ」
妙に近い距離で嫣然と笑うにゃん子班長。私に百合の花的なアレやソレはないのだが、なんだかどぎまぎしてしまう。
「シロエさん、ごはん温めまし……」
そんな絶妙のタイミングで、ミノル君が戻ってきて……硬直した。
ちょっと待ってなんでこの子はこんなベタなタイミングで帰ってくるかな!?
「あ……その……僕……その、そういうつもりじゃ……お、お邪魔しましたーっ!」
「ちょっと待ってー!? 誤解だよ!? 盛大に誤解だってばーっ」
「……青春ですにゃあ」
「班長も笑ってないで誤解を解いてくださいっ!!」
◇ ◇ ◇
〇PM3:00
ギルド会館に休日出勤。また案の定陰険眼鏡のクラリスがレネイス卿をからかっているのを横目でスルーする。
世慣れていないレネイス卿が妖怪サトリメガネにいぢられているのは不憫だが、下手につついて自分に矛先が向くのは御免こうむる。
隣にブレーキ役の高山三佐がいないクラリスは、淑女の仮面をかぶった悪質なトリックスターなのだ。くわばらくわばら。
昨日のクラリスやミチカさんとの打ち合わせ結果の復命書を回覧に放り投げ、ヘロヘロになりながらギルドホールへと戻ると、中から聞こえてきたのは……
「ええい、やめないか! 私は主君の護衛だ! こんな目立つ格好など!」
「いやいや、よく似合っているよアカツキ君。やはり君の浮世離れした雰囲気はゴシックの死のイメージにぴったりだ!」
「……なあ、マリオさん。ヘンリーさんって、あんなキャラクターだったっけか」
「すまんなあ、弟系の男の子にゴス着せるのがヘンリーの数少ない趣味なんよ」
「……すごいニッチな趣味ですねそれ」
「そやねえ。せっかく男として生まれたからには、おっぱいとかおっぱいとか他にもおっぱいとかに興味があってもいいと思うんよ!」
「ひゃう!?」
「って、やめんかマリオ! 直子さんが困ってるだろうがーっ!」
「ぐあーっ!? でた梅夫必殺の黄金の左! っていうか持ってる本で殴るだけ!」
――まただ。喉に刺さる魚の骨のよう。何を、気にしている? 何が、引っかかっている?
すぱーん。
響く炸裂音。
……うん。ちょっと寄り道して帰ろうそうしよう。
アカツキ、直子。がんばれ。超がんばれ。
◇ ◇ ◇
〇PM5:00
賑やかな街並。〈三日月同盟〉の乱入を避けてアキバの街をうろつく。
天秤祭の成功以降、アキバの街は確実にその活気を取り戻している。
その動力源のほんの一部分にでも、自分が関わっていると思えることは、単純に嬉しかった。
――けれど、違う。街も。人も。喉元まで出かかっている答え。靴の内側を掻くようなもどかしさ。
「シロ先輩。少々お時間よろしいでしょうか?」
感情を押し殺した言葉が、背中にかけられた。振り返らずともわかる。
蒼花。〈西風の旅団〉の逆ハーレムマスターとして有名な少女で、同じプレイグループの後輩にあたる。
いつもの彼女は、能天気なほどに明るく無邪気な女の子だ。
だが、その声に今は全く遊びがない。
彼女に「そういう側面」があることは私も知っている。
人にはわかりずらいスイッチが彼女には存在していて、それを踏み抜かれた瞬間から彼女は全く容赦も慈悲もなく目的を遂行するモノになるのだ。
ならば。今は何がそのスイッチを押したのか。
「……何かあったの?」
「……何もないことが、問題です」
蒼花は淡々と口にする。刀を抜きはらう音が響く。振り返ることはできない。
街の中で彼女が発することなどないはずの、臨戦態勢の気配が全身を刺していたからだ。
「思い出してください。シロ先輩。今日、朝起きてから、今まで。何の違和感も覚えずにいましたか?」
何を言っているのか、私にはわからなかった。
――そんなはずはない。この世界は。僕の知っている世界じゃない。
「ちょっと待って蒼花。アキバの街で戦闘行動は……」
「ここはアキバじゃない。思い出してください。シロ先輩。ここがどこなのか」
視界の端から、白刃が伸びる。
神刀・孤鴉丸。〈放蕩者の茶会〉時代に、蒼花が手にした幻想級武具の一つ。
鏡のように磨かれたその刀身に目をやる。
そこには、私の背後に立っている、後輩の少女、蒼花……の姿は映っていなかった。
そこにいたのは、蒼花とよく似た、少年だった。
そんなはずはない。蒼花は少女のはずだ。
だって。蒼花は、私と同性のはずなのだから。
――違う。そんなはずはない、なんてはずはない。
――厳然たる視覚的なイメージに、思考が冷却されていく。
――問い。なぜ僕は自分を主君と慕う〈暗殺者〉の剣の持ち手の位置が妙だと考えたのか。回答。彼女は腰に下げた短刀を左手で抜き払うからだ。
――問い。なぜ僕は親友の〈守護戦士〉の盾用のバンドが右腕に存在したことに違和感を覚えたのか。回答。彼は盾を左で構えるからだ。
――問い。なぜ僕は〈三日月同盟〉の〈吟遊詩人〉の行動が変だと感じたのか。回答。彼女は本を右で持つ癖があるからだ。
――問い。なぜ。寝起きが悪いはずの自分が鏡を見ることで、あれほど意識が明晰になったのか。推測。鏡こそが暗示の「引き金」だったからだ。
――違和感は正しかった。この世界は、確かに間違っている。
――これは暗示。あるいは呪詛。性質は反転。左右を。性別を。反転させてそれが当然だと認識させる意味。
――神刀・孤鴉丸。孤り空にも海にも染まぬ鴉の化身という出自を持つ刀身は、使用者に精神的不調への耐性を付与する。その効果が、暗示下の僕に真実を見せたのだろう。
「……ソウジロウ、状況を」
私の口から、私の知らない名前が飛び出した。
その言葉を聞き、蒼花は満足そうに微笑んだ。
「攻略中の「鏡の迷宮」のイベントが発動しました。現実化に伴い「侵入者は幻の世界が日常だと思い込まされ、鏡の世界に閉じ込められる」というダンジョンのフレーバーが現実化し、「鏡の中の世界」のトラップ下で認識の錯誤が起きているようです。精神耐性武具の所持者及び、「肉体と精神は同じ性別であるはずだ」という暗示が効果を持たないメンバーは暗示を跳ね除け活動が可能でしたので、彼らを指揮して脱出フラグはほとんど回収済みですね」
「あと必要なフラグは?」
「〈破幻の合わせ鏡〉のみです」
「それで、僕から真っ先に声をかけに来たってわけだ」
――〈破幻の合わせ鏡〉。広域に仕掛けられた魔術的なトラップを解除するイベント限定のアイテムだ。
――だが、このアイテムがなくとも、高位の〈付与術師〉であれば、特技でもって同様の効果を発揮することができる。
――いわゆる不人気職である〈付与術師〉に出番を、という意図の仕様が、今は素直にありがたかった。
ちょっと待て。私は何を口にしているのか。
この平和な一日が暗示?
アカツキ君がいて、ミノル君がいて、直子とバカやって、〈三日月同盟〉の二人が引っ掻き回して……それが、全部偽物だってこと?
それを、今、蒼花と私が終わらせるってこと?
――そうなるね。君とその日常は、「鏡の迷宮」の〈灰色魔女の鏡〉の生み出したイベント。虚像だ。
知っている。
大規模戦闘イベント、「鏡の迷宮」。
とある魔女の魔力の源であった、魔法の鏡の収められたダンジョンを攻略する戦闘系のイベントだ。
このダンジョンを中盤まで踏破すると、〈鏡の間〉と呼ばれる場所に出る。
〈鏡の間〉に到達したメンバーは、あらゆる現象があべこべになった「鏡の中の世界」に跳ばされ、幾つかの脱出フラグを集めないと元のダンジョンへと戻れなくなる。
つまり。この世界は。私の日常は。その「鏡の中の世界」ということか。
言葉が出てこない。
――ごめん。でも僕は僕の物語の続きが見たいんだ。多分、君がそうであるのと同じように。
――君がそれを望まないとしても、僕はソウジロウに頼んで、別の手段でもってこの世界を壊して、元の日常を取り戻すと思う。
――そもそも「鏡の中の世界」はトラップイベントだ。この世界にいるだけで、少しずつHPとMPが削られていく。僕のHPが0になったら、君の日常はじきに覚めてしまうんだ。
意地っぱりで、理屈っぽくて、頑固で率直。
返ってきた思考はあまりに私らしくて、笑うことしかできなかった。
「……最善がないなら嘆くより先に最悪から二番目の手を打つ。それが、腹黒眼鏡の考え方よね。どうせ私の物語には続きがないなら。あなたによりよい続きがあるようにするわよ」
――ありがとう。
「続きは任せたわ。だからせめて、あなたは精一杯、素敵な物語の続きを紡いでよね。何もかもがあべこべのかりそめの私のお話より、もっと素敵な」
――努力はする。でも、保証はしない。
「保証しなければついてこないようなヤツは、"臆病者"であって、"仲間"ではないから?」
――うん。だから。僕は"仲間"になって欲しい相手に保証はしない。
「なら、あなたの仲間である私は、どうすればいいの?」
――力を、貸して。君のいる世界を、壊してしまう力を。
「……うん」
大きく息をつき、私はスロットの中から魔術特技を選択する。
奥伝、〈ディスペル・エリア〉。
広域に展開する、魔術解除魔法。
私の日常を、大規模戦闘イベント「鏡の迷宮」の生み出した偽りの世界を粉砕する、おしまいの魔法。
「じゃあね。主人公。気合入れて生きてかないと、許してあげないんだから」
孤鴉丸の刀身に映る、やせぎすの目つきの悪いメガネ男子に笑いかけ、私はその特技を発動した。
◇ ◇ ◇
〇??:??
「いやー、まさかあんな風にフレーバーが作用するとは思わなかったでゴザルな!」
「実際MAJIDEが正気じゃなければオレらゆるふわガールズトークな日常をぶっ続けてたかと思うと……あれ? それはそれで幸せだったんじゃねとか全俺視聴者からブーイング!」
「MAJIDE!?」
「でも、女の子のソウ様も可愛かったなあ」
「むー。でもゆりゆりするのは趣味じゃないっす!」
「……そ、その、直継やん、ほんまごめんな。ウチ、あんなすけべえやないねんで?」
報酬を山分けし、がやがやと騒ぎながら〈円卓会議〉の選抜メンバーは解散していく。
結局のところ無事、〈円卓会議〉先遣隊は「鏡の迷宮」を攻略した。
クエストの難易度査定のために選抜メンバーで臨んだのは正解だった。
「鏡の中の世界」にいる間は徐々にHPとMPが消耗していく。単独ギルドの戦闘班だけでは、全滅もあり得たかもしれない。
まあ、僕と同じように参加したみんながあの性転換日常を経験させられた訳で、心の傷やらを考えればまったく無事の成功とは言えないと思うけれど。
「どうした、主君。複雑な顔をして」
「アカツキは、そんなに気にしてないの?」
「そんなことはない。気にはしている。……具体的には、女であった主君のスタイルとか……なんだあのけしからんものは……」
左手で刀の柄を掴みつつ頬を膨らませる相棒に、僕はほっとするものを感じていた。
あちらの世界の「彼女」には悪かったけれど、これが僕の日常だ。
「ともあれ、すまない主君。私は、ここでもほとんど役に立てなかった。〈D.D.D〉や〈黒剣〉のメンバーと比べると、私など……」
「……僕も今日は似たようなものだったよ。ソウジロウがいなかったら、もっと気づくのは遅かったはずだし」
「むう……」
「……帰ろうか。反転した世界も興味深くはあったけど、どうせ体を休めるなら、本当の日常の中での方がいいね」
「ああ。同感だ」
かくて、賑やかで良かれ悪しかれ夢のようだった一日が終わる。
どうか、明日も胸を張って生きられる日でありますように。
断ち切ってしまった「彼女」に、君を犠牲にした物語の続きはとても素敵だったのだと、言い張れるように。
本作はmay様企画のままれアンソロ企画(http://mmranthology.web.fc2.com/index.html)応援SSでございます。
アンソロ内で性転換したログホラキャラのアイテム募集企画があったので便乗した形。
素敵な本になりそうで、こっそり参加させていただいている身としても楽しみです!