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入り婿が連れてきた余命一年の第二夫人~絶対にダメでチュー! 信じないでチュー!~

作者: 赤林檎
掲載日:2026/07/23

「そこをお退きなさい」

 わたくしは入り婿が実家から連れてきた侍女に命じた。

 その若い侍女は、館の離れへと通じる通路に立ち、わたくしを阻んでいる。


「ラウール様から、絶対に奥様をお通しするなと言われているのです!」

 侍女は両腕を広げた。

「この家の主人は、このわたくしよ。侍女ごときが、女伯爵を阻もうというの?」

「奥様がどのようなお方であるか、わたくしも存じております。たとえクビにされても、ここをお通しすることはできません!」

 わたくしは一体、どんな人物だと思われているのだろう……。

 この侍女は我が家をクビになったところで、ラウール様の実家に戻るだけ。痛くも痒くもないはずよ。


 わたくしは、没落しかけている我がリュミエール伯爵家のために、裕福なクラルテ子爵家の三男と政略結婚した。


 クラルテ子爵家は、三代前までは平民の宝石商だった。

 ラウール様のお祖父様が、宝石の欠片で大儲けしたの。

 それで、当時の国王陛下から子爵位を賜ったのよ。

 当時の王妃殿下が、クラルテ商会の『パヴェ』というアクセサリーを、とても気に入ったらしいのよね。


『パヴェ』というのは、石畳から着想を得て、宝石の欠片を地金に敷き詰めたもの。

 ラウール様のお祖父様は、それまで売り物にならなかった宝石の欠片を、キラキラして綺麗なアクセサリーに変えたのよ。


「力づくで排除されては?」

 わたくしの斜め後ろから、護衛騎士のジャンが、ぼそりと提案してきた。

「それもいいわね」

 わたくしは侍女を冷たい目で見つめる。

 ジャンは我が家の私兵団長の息子で、幼い頃から共に育った仲。わたくしの忠実な配下よ。


「暴力はいけません」

 執事見習いのユリスが、冷静に止めてくる。

 ユリスはデスタン侯爵家の四男で、お父上は宰相をなさっているの。


「奥様、いけません!」

 近づいてくる足音と共に、侍女長の声がした。

 侍女長までもが、すでにラウール様に取り込まれていたなんてね……。

 結婚して、まだ二か月足らずだというのに……。


「わたくしどもは、奥様のために言っているのです!」

 侍女長が、ラウール様の侍女の隣に立った。


「この家の主人は、このわたくし。退きなさい」

「エミリー様は、まだ奥様とお会いになる準備ができていません! ですから、どうか……!」

 侍女長は、わたくしの夫が連れてきた女のためにひざまずいた。


「その『エミリー様』は、余命一年だったかしら? それはお気の毒だこと。だけど、それが、このわたくしと、なんの関係があるというの?」

 わたくしは持っていた扇を広げ、口元に浮かぶ冷笑を隠した。


 伯爵家当主のわたくしが、侍女長にまで軽んじられるなんてね。

 これではエミリー嬢は、ラウール様の愛人というより、第二夫人では?

 いいえ、むしろ、エミリー嬢の方が正妻みたいではないの。


「わたくしは女伯爵、アデル・リュミエール。ここは我が館であり、わたくしに通れない通路などない」

 わたくしは立ちはだかる二人の女の前で、優雅に扇を閉じた。


「奥様、ご命令を」

 護衛騎士のジャンが、わたくしの横に並んだ。


 わたくしは黙って二人を見る。

 二人は顔を見合わせると、静かに壁際へと移動した。


「使用人の教育……、やり直さなければなりませんね」

 執事見習いのユリスが、冷ややかに言った。

「その通りね」

 わたくしはユリスにうなずいた。


 ◇


 エミリー嬢は今、離れにあるティールームの一つにいるようだった。

 その部屋の窓からは、この時期だと庭園の薔薇が見えるはず。

 一番美しい景色の見える部屋に、その女はいるのだ。


 わたくしは自分の胸元に垂れる金髪を見た。アッシュブロンドと呼べば聞こえは良いが、くすんだ地味な色だ。青い瞳も、貴族ではありがちな色。


 エミリー嬢は、どうやら平民にありがちな焦げ茶色の髪と瞳であるらしい。


 ラウール様を夢中にさせたのは、どんな女なのだろう……。

 わたくしはティールームの扉の前に立った。

 ユリスが扉を開けてくれる。


 ティールームからは、不思議な香りが漂ってきた。

 おそらくエミリー嬢の纏う香水だろう。


 わたくしはティールームに足を踏み入れた。

 予想では、愛らしい平民娘が立っているはずだった。


 けれど……。


 ティールームには、誰もいない。

 猫足の白いテーブルの上に、木箱に針金を組み合わせた籠が、一つあるだけ……。

 わたくしは震える足で、奇妙な籠に一歩だけ近寄った。


 ――余命、一年……?


 ジャンガリアンハムスターの寿命は二年ほど。

 エミリー嬢は、針金にしがみつき、必死で脱出を試みていた。


「ダッ、ダメでチュー!」

 わたくしは籠に駆け寄る。

 エミリー嬢は、わたくしを平然と無視した。


「「奥様……!?」」

 ジャンとユリスが呼ぶけれど、今それどころではない。


「それは絶対にダメでチュー! 針金をかじると、歯が曲がってしまうでチュー! 不正咬合になるでチュー……!」

 わたくしはエミリー嬢をたしなめた。


 ああ、なんということなの……!

 これだから金網ケージは……!


 わたくしは室内を見まわした。

 だいたい、この部屋は、今、何度なの!?

 ハムスターにとっての適温は、二十度代前半。


「誰か、この部屋に温度計を持ってきて」

 侍女の一人が「はい」という返事を残し、ティールームを小走りで出ていく。


「ラウール様は、今どちらに行っているの!?」


 たしかに金網ケージは、ハムスターの飼育箱として多く流通している。

 だけど、エミリー嬢のように針金をかじってしまうタイプの子の場合、他の飼育箱を用意しなくてはならないの。


「遅くなった!」

 ラウール様の声がした。


 わたくしがふり返ると、ラウール様が従者二人を連れて、ティールームに入ってくるところだった。

 ラウール様の従者たちは、半透明の衣装ケースを運んで来ていた。

 この衣装ケースは、我ら『ハムチュタ推し』の間では、ハムスターの飼育箱として利用されている。

 箱の程よい広さと深さ、半透明であること、軽量で掃除しやすいこと……。

 わたくしはこの衣装ケースよりも理想的なハムスターの飼育箱を、今のところ知らない。


「アデル、すまない」

 ラウール様は、まっすぐに、わたくしのところに来てくれた。

 陽光のようなゴールデンブロンドに、明るい青の瞳。

 細身で知的な雰囲気の入り婿は、わたくしを抱きしめてくれた。


「ラウール様……。エミリー嬢が余命一年だなんて……」

「今ちょうど一歳なのだ」

 エミリー嬢は、もう大人だものね……。


 ――余命一年……。


 そんなこと信じないでチュー!

 エミリー嬢には、もっと長生きしてもらうでチュー!

 一年三か月、いいえ、一年半を目指すのよ……!

 二歳半ほどまで生きる子だって、いるらしいもの!


「せめてエミリー嬢がケージの針金を噛まなくなってから、君に引き合わせたかった……。やさしいアデル……、君はきっと、エミリー嬢のために心を痛めるから……」

 ラウール様の方が、ずっとずっとやさしいわ……。


「エミリー嬢は、どちらにいたのですか?」

「『ホムセン』という店のペットコーナーだ」

「まあ」


 最近になって王都にも進出してきた『ホムセン』は、元は地方の職人ギルド御用達の店だった。様々な職人たちの使う道具から、平民の女性たちのための化粧品、文房具、菓子や酒まで売っている。いわゆる、なんでも屋だ。

 その一角にペットコーナーもあって、エミリー嬢はそこで売られていた、ということだろう。


「アデルの許可を得て連れてくるべきだったと思う。だが……、もう一秒だって、エミリー嬢をあの場所に置いておけなかった。エミリー嬢には、餌と、水と、敷材、それに傾いた子ハム用の回し車しかなかったのだ。エミリー嬢が大きな身体を丸めて、回し車の裏に隠れている姿を見たら……。私の前には……、『エミリー嬢を連れて帰る』以外の道はなかった」


「それでこそ、わたくしの愛するラウール様です。わたくしは、ラウール様を誇らしく思いますわ」

 ああ、ラウール様と結婚できて良かった。


 ――ハムチュタの幸せこそが、我ら『ハムチュタ推し』の幸せですもの!


 ラウール様のやさしさは、きっとお祖父様から受け継いだのね。

 宝石の欠片にまで愛を注いだ、宝石好きの先代子爵……。

 なにからなにまで全部大好き、その気持ち、わかるわ!


 わたくしは、ラウール様の胸から顔を上げた。


「エミリー嬢を、新しい家に移しましょう」

「そうだね」


 ラウール様は、わたくしの頬に流れる涙を、そっと指先で拭ってくれた。

 ラウール様とは政略結婚の相手として出会ったけれど……。

 きっとハムチュタの神様が、わたくしたちを引き合わせてくれたのよ。

 だって、こんなにも、わたくしたちはハムチュタを愛しているのですもの。


「では、窓の警備は、この私が! 何者も通しません! まずは網戸かっ!」

 護衛騎士のジャンが、窓からカラスや猫が入り込まないよう、網戸の注文をしに走って行った。


「私は実家に戻って、貿易の様子を探ってきます。ヤマタイ帝国からの豆とニガリが途絶えては、エミリー嬢におやつの豆腐を出せませんからね」

 執事見習いのユリスもまた、足早にティールームを出ていった。


 少量の豆腐は、ハムチュタのヘルシーなおやつ。

 遠くで「お豆腐ペロペロしてほしいでチュー!」と叫ぶユリスの声が聞こえた。

 そうね、お豆腐ペロペロは、とても大事なことだわ!


 ユリスには、これからもこの調子で父親に甘えてもらうつもりよ。

 そして、宰相閣下には、いつかペット屋への法律を変えてもらうの。

 そのためにユリスを――宰相閣下の溺愛する末っ子を、我が家で雇ったのですもの。


「侍女長、そこにいるわね」

 わたくしは部屋の外に呼びかけた。

「はい、奥様」

「使用人たちを集めてちょうだい。みんなに話があるの」


 この後、わたくしは、女伯爵アデル・リュミエールの名において宣言する。

 エミリー嬢を、我が家の第二夫人として扱う、と。

 わたくしを生暖かい目で見るような者は、この館にはいない。


 ――イエス、ハムチュタ!


 これから一年、いいえ、それ以上の時間。

 エミリー嬢には、我が家で幸せに暮らしていただきますわ!

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パンに挟んでハムサンド(殴)
作品一覧のあらすじを読んだら… オチまでしっかり書かれていて本編を読む前からネタバラシされて泣きました。
モルモットは2匹、共に暮らしていたことがありました。(*'▽'*) しかし、ハムスターの方が外見は愛らしいんですよね。 コメディー調で楽しく読めました! チュの使い方が絶妙でございました❤︎ʕ•ᴥ•ʔ…
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