第28話:ポケットの中の少し寂しい温もり
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
甘さと切なさが入り混じる映画館デート、ぜひお楽しみください!
隣町にある大型ショッピングモールへ向かう道中。
俺の右腕には、銀色の綺麗な髪を揺らす結愛の腕が、ごく自然な形で絡みついていた。
「えへへ。そのコート、本当にかっこいい。着てくれてすごく嬉しいな」
結愛は俺の腕にギュッと抱きつきながら、何度も俺の顔を見上げて微笑む。
大げさな言葉じゃない、心底嬉しそうなその真っ直ぐな言葉と笑顔に、俺の心臓は家を出てからずっと鳴りっぱなしだ。
「ありがとな。これ、すごく体にフィットするというか……着ててしっくりくる感じがするんだ」
「ほんと? よかったぁ。サイズ選ぶ時、すっごく迷ったんだよ」
えへん、と少し得意げに胸を張る結愛が可愛くて、俺は自然と口元を緩めた。
ふと気になって、彼女に尋ねてみる。
「このコート以外にも、何か服ってプレゼントしてくれたことあるのか?」
「うん、あるよ! 夏用のTシャツとかもあげてるからね。だから、家に帰ったらクローゼット見て、どれか当ててみて?」
「当てたらなんかあるのか?」
「ふふっ。もし全部当てられたら……私から、ご褒美をあげましょう!」
結愛は悪戯っぽくウインクをして、俺の腕にすり寄ってきた。
「ご褒美って、何かくれるの?」
「それは秘密です!」
「わかった。じゃあ頑張って当てるよ。……案外、一番早くわかるかもしれないな」
「えっ、なんで?」
「結愛がくれた服って、たぶん俺、一番着てると思うからさ。今日みたいに一番体にフィットするというか……なんか、懐かしい感じがすると思うんだよね。だから、たぶんすぐわかると思う」
記憶がなくても、体が覚えている感覚がある。
そう素直に伝えたつもりだった。
しかし、結愛は俺の言葉を聞いてパッと嬉しそうに笑った後――ほんの一瞬だけ、どこか寂しそうな、遠くを見るような瞳になった。
(……あ)
自分の言葉が、彼女に過去の思い出を強く意識させてしまったのだと気づく。
俺は少しだけ胸が痛くなり、腕に抱きつく彼女に聞こえないくらい小さな声で、ボソッと呟いた。
「……ごめんな」
記憶がない自分の不甲斐なさが、今はただ悔しかった。
映画館に到着し、発券機でアクション映画のチケットを発券する。
そのまま甘い香りが漂う売店へ向かい、俺はメニューのパネルを見上げた。
「ポップコーン、俺は一番大きいやつ買うけど、結愛はどのサイズにする?」
「あ、私もいつも大きいやつ頼むよ。だから、一番大きいのを半分こずつしよう!」
「わかった、そうしよう。味は塩バターとキャラメルでいいか?」
「うんっ! それがいい!」
俺が財布を出して支払いを済ませると、結愛は嬉しそうにジュースのトレイと、大きなポップコーンのバケツを持ってくれた。
「いいの? ありがとう、湊くん!」
「これくらい普通だろ。行こうぜ」
館内の照明が落ち、大スクリーンでド派手なアクション映画が始まった。
俺たちが座っているのは、少し奥まった見えやすい席。
暗闇と大音響に包まれた空間の中、隣からは結愛のシャンプーの甘い香りがふわりと漂ってくる。
「……湊くん」
銃撃戦のシーンが一段落した静かなタイミングで、耳元で小さな声がした。
横を向くと、結愛がキャラメル味のポップコーンを一つ摘んで、俺の口元へ差し出していた。
「あーん」
「っ……」
暗闇とはいえ、隣の席でこれをやるのはなかなかに心臓に悪い。
周囲の目を少し気にしつつも、俺が少し口を開けてパクッと咥えると、結愛は満足そうに目を細めた。
「美味しい?」
「……おう。甘くて美味い。……結愛も、食うか?」
「うんっ、食べる」
今度は俺が塩バター味のポップコーンを摘み、結愛の口元へ運ぶ。
彼女は嬉しそうに「あーん」と口を開けて、俺の指先からポップコーンを受け取った。
その後も、アクションに見入りながらポップコーンをシェアし合う。
腕の密着と、暗がりでの気遣い。
こんなに可愛くて俺を真っ直ぐに見てくれる子を、好きにならない男なんて絶対にいないだろう。
俺は素直な幸福感に包まれながら、映画の時間を堪能した。
映画を見終わり、館外へ出ると、時刻はお昼を少し過ぎた一時半頃だった。
外の光が差し込むモール内を、遅めの昼ご飯を食べるためにフードコートへと向かって歩く。
「いやー、あのアクションすごかったな! 最後の爆発のところとか」
「うんうん! 車のシーンもすっごくハラハラしたねー!」
映画の興奮冷めやらぬまま、感想を言い合いながら並んで歩く。
まだ少し気持ちが高ぶっているせいか、二人の距離は自然と近づいていた。
その時だった。
歩きながら、結愛がごく自然な動作で、突然俺のコートの右ポケットに自分の左手をスッと入れてきたのだ。
「……っ!?」
予想もしていなかった手の感触に、俺はビクッと大きく肩を揺らしてしまった。
「あっ……!」
俺の驚いた反応に、結愛はハッと息を呑む。
「ご、ごめん! 昔の癖で、つい……!」
結愛は慌ててポケットから手を引き抜き、一歩距離を置いた。
その顔には、自分が無意識に過去の当たり前を押し付けてしまったことへの後悔と、はっきりとした寂しさが浮かんでいる。
(……しまった。驚きすぎた)
俺は彼女を傷つけてしまったことに焦り、慌てて言葉を探した。
「いや、ちょっとびっくりしたから……。よく、やってたのか?」
「うん……冬はたまに、こうやってコートの中で手を繋いだことがあって。無意識にやっちゃった、ごめんね……」
結愛は俯き、自分の左手をギュッと握りしめた。
その姿を見ていると、胸の奥がひどく締め付けられる。
俺は少しだけ口ごもった後、意を決して彼女に向き直った。
「いや、謝らないでくれ。……じゃあ、どうやって繋いでたか、今教えてくれるか?好きだったんだろ?その繋ぎ方」
「えっ……でも、嫌じゃないの……?」
不安そうに見上げてくる彼女の銀色の瞳を、俺は真っ直ぐに見つめ返した。
「もし、《《今の俺》》とでよければ、昔と同じ繋ぎ方をさせてほしい」
過去の記憶がない自分だけど、今、君と触れ合いたいと思っている。
その思いが伝わるように少しだけ言葉に力を込めると、結愛は驚いたように目を見開いた後、少し潤んだ瞳で優しく微笑んだ。
「……うんっ」
結愛は嬉しそうに頷き、ゆっくりと再び俺のポケットの中に手を入れてきた。
コートのポケットの中で、俺の右手に結愛の左手が重なり、指が絡められる。
伝わってくる温もりと、恋人繋ぎの感触。
俺自身はそれがとても嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
けれど、ふと隣を歩く結愛の横顔を見た時。
彼女はちゃんと嬉しそうに笑ってはいるのに――やっぱりどこか、その笑顔の奥には過去を懐かしむような影が落ちていることに気がついてしまった。
(昔と同じことをしているはずなのに)
ポケットの中の温もりとは裏腹に、俺の胸に冷たいものが落ちる。
やっぱり、結愛の今の寂しさを本当の意味で埋められるのは……『過去の俺』だけなのか。
そんな無力感に苛まれながら、俺は繋いだ手を少しだけ強く握り返した。
第28話をお読みいただき、ありがとうございました。
前半の映画館の甘い雰囲気から一転、後半は少し胸がギュッと締め付けられる展開でした。
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