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記憶をなくした俺を、銀髪彼女が全力で甘やかしてくる。〜「1からやり直そ?」から始まる二度目の初恋〜  作者: 比津磁界


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第10話:両親不在の夜。エプロン姿の銀髪美少女

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今回は湊の視点からお届けします。

月曜日の昼下がり。

両親は隣の工場で仕事をしており、同級生たちは当然、学校に行っている時間だ。

一人きりになった家の中は、時計の秒針の音が聞こえるほど、しんと静まり返っていた。


俺は自室のベッドに腰掛け、クローゼットにかかっている高校のブレザーや、本棚に並んだ参考書を順番に手に取っていた。

指先で生地の感触を確かめたり、パラパラとページをめくってみたりする。


「……やっぱり、何も思い出せないな」


ブレザーの袖を通してみても、どこか他人の服を借りているような、ちぐはぐな感覚にしかならない。

決定的な記憶のフックになるようなものは見つからず、俺は小さく息を吐いて参考書を机に置いた。


過去を無理に引っ張り出すのは、一旦諦めよう。

俺は気持ちを切り替え、昨日結愛と一緒に広げた数学のノートを再び開いた。


「えっと……昨日はここの公式まで教わったんだよな」


シャーペンを握り、真新しいノートに数式を書き写していく。

すると、不思議なことが起きた。

昨日、彼女から一度基礎を教わっただけなのに、複雑に見えた高校の数式が、パズルのピースがはまるようにスルスルと理解できるのだ。


「あ、なるほど。ここでこの式を代入すれば、綺麗にまとまるのか」


自分でも驚くほど、ペンが止まらない。

まるで、頭のずっと奥底にある勉強の引き出しの開け方だけを思い出したような感覚だった。

これなら、明日から学校に行っても、授業についていけなくてパニックになるようなことはなさそうだ。


少しだけホッとして、俺はひたすらノートと向き合い続けた。



集中していると、時間はあっという間に過ぎていく。

ふと顔を上げると、窓の外はすでに薄暗くなり始めていた。

首の後ろを揉みながら伸びをしていると、机の上に置いていたスマホが『ブブッ』と短く震えた。


画面を見ると、母さんからのLINEだ。


『湊、ごめん! 取引先から急ぎの発注が入っちゃって、お父さんと夜まで工場から出られなくなったの!』


うちの工場は小規模だが、昔から付き合いのある取引先の無茶振りに応えることで信頼を得ているようなところがある。

こういう突発的な残業は、中学時代にも時々あったことだ。


『夕飯なんだけど……結愛ちゃんが作りに来てくれるって言うから、思いっきり甘えちゃった! よろしくね!』


「……えっ」


続くメッセージを読んで、俺は思わず変な声を出してしまった。


いくら仲が良いとはいえ、同級生の女の子に、二日連続で夕飯を作りに来させるなんて。

しかも、今日は平日だ。

学校が終わって疲れているだろうに、わざわざ俺のために買い出しをして、家まで来てくれるというのか。


(いくらなんでも、甘えすぎだろ……)


自分の不甲斐なさと、彼女への申し訳なさで胸がチクチクと痛む。

断りの連絡を入れようかとスマホを握り直した、ちょうどその時だった。


『ピンポーン』


一階から、控えめなインターホンの音が聞こえてきた。


「は、はい! 今行きます!」


慌てて階段を駆け下り、玄関のドアを勢いよく開ける。


「あ……湊くん。こんばんは」


冬の冷たい空気と一緒に、そこに立っていたのは結愛だった。

制服のブレザーの上にダッフルコートを羽織り、昨日と同じように、両手にはスーパーの買い物袋をしっかりと提げている。

寒さのせいか、それとも急いで来てくれたのか、彼女の白い頬はほんのりと赤く染まっていた。


「いらっしゃい……って、本当にごめん! うちの親が、また無理を言ったんじゃ……」


俺が慌てて頭を下げると、結愛は目を丸くした後、ふふっと柔らかく吹き出した。


「ううん、違うよ。おばさんから残業になりそうって連絡をもらって、私から『行ってもいいですか』ってお願いしたの」

「結愛が……?」

「うん。だって、昨日……私の作ったご飯、美味しいって言ってくれたから」


彼女は少しだけ恥ずかしそうに視線を落とし、上目遣いで俺を見た。


「それに……私が、湊くんと一緒にご飯を食べたかっただけ、だから」


言い訳なんて一切ない、真っ直ぐで純粋な言葉。

そのストレスフリーな優しさに触れて、俺の胸の奥で、またあの温かいものがジワリと広がっていく。


「……そっか。ありがとう。外、寒かっただろ。早く入って」

「うん、お邪魔します」


俺が道を空けると、結愛は嬉しそうな笑顔を浮かべて、靴を脱いで上がってきた。


「今日はね、寒かったから、温かいクリームシチューにしようと思って。湊くん、シチュー好きだよね?」

「あ、うん。好きだよ」


本当に、この人は俺の好物を熟知している。

彼女が作ってくれるなら、絶対に俺の一番好きな味になるという確信があった。


結愛は昨日と同じように、迷うことなくキッチンへと向かい、壁に掛かっていたエプロンを手際よく身につける。


その後ろ姿を見つめながら、俺は静かに息を吐き出した。


(明日からの学校……俺、上手くやれるかな)


記憶のない教室に足を踏み入れるのは、正直に言ってすごく怖い。

でも、俺には親友の涼がいて、そして何より、こうして無条件の優しさで隣に寄り添ってくれる彼女がいる。


包丁がまな板を叩くトントンという心地よい音を聞きながら。

俺は、明日からの学校生活に向けて、静かな勇気が湧いてくるのを感じていた。

第10話をお読みいただき、ありがとうございました。


両親が不在だからといって、迷わず結愛ちゃんに夕飯をお願いしているあたり、彼女がどれほど湊の家族から信頼され、愛されているのかが伝わってきますね。

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