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第6話『触れられぬ右手』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

「すみません、お待たせしてしまって」


 十歳くらいの男児と女児の手を繋いで、リセルは戻ってきた。その子供たちより年上らしい少年が少し後ろに控えている。


「プルクラとキケルです。それとこっちの子はフェリクス」


 プルクラは赤い三つ編みをした女の子で、意志の強そうな瞳をしている。

 キケルと呼ばれた男の子は前髪が鼻先まで長く、リセルにくっついて半身を隠していた。

 一番年上の少年がこざっぱりとした短髪のフェリクスだ。


「もう一人、末っ子のミリエルがいるんですけど、部屋で寝かせています」


 兵士に蹴り上げられていた幼女のことだ。おそらく大事なかったのだろう。


「夜分にすみません、お邪魔してしまって」


 アンテルスが立ち上がり、軽く頭を下げる。彼の変わり身の速さには呆れてしまう。しかしよく観察すると、かすかに口端が引きつっていた。

 

 三人も出てきたことがよほどショックだったのだろう。


 イザナはといえば、どう接したらいいか分からなかった。

 下手に動けば怯えさせるようで、近づかないほうがいい気がした。


「この子たちには、辺りの様子を見に行ってもらっていたんです」


 最年長のフェリクスが、勇気を出す感じで一歩前へ出てくる。


「兵士たちは、今夜はもうこの辺りにはいません。(へい)の外とか、丘のほうの見回りを強化していたみたいなので」


 その口ぶりは年齢の割にしっかりとしていて、信用に足る情報に思える。先程付近で暴れていた酔っ払い連中は、室内で大人しくしていればやりすごせるので、数に含めていないのだろう。


 イザナはふっと力みを抜いた。警戒を持続させるのは、確実に神経をすり減らす。精神を休めることができるのはありがたい。


 背もたれに身を預ける。その反動か、傍らのネクロスの鎌がバランスを崩して床に倒れた。


 ばたん、と重たい響き。


 ランプの炎が揺らぐ。


 誰もが固まっていた。


「……ごめんなさい」


 彼らの細い首などひと()ぎで刈り取れそうな分厚い刀身が、(にら)みを利かせている。まだ幼いキケルとプルクラは、リセルの服にしがみついていた。


 ばつが悪い思いで鎌を元の位置に戻すも、嫌な静寂は広がったままだ。


 椅子がさきほどより小さく感じる。この場を和らげなければならない気がする。だが、どうしたらいいのか分からない。


「怪我ですか?」


 アンテルスが何かに気づき、あっけらかんと声をかける。


「え、ええ。様子を見に行ったときに負わされたみたいで……」


 沈痛そうに話すリセルの物腰は、母親のように大人びている。リセルの影に隠れるキケルの腕には、使い古された布が巻かれていた。


 いまや全員の視線はアンテルスに向かい、イザナが張ってしまった緊張の糸などぷっつりと消えてしまっていた。


 なぜか惨めな思いが心を塗りつぶしていく。


「あいつら、オレらにはすぐ手を上げるんだ。兵士だからって偉そうに。今日だって面白がって、パンやるからってだまして、キケルを殴りつけたんだ」


 年長のフェリクスが憮然とする。だが感情を爆発させるようなことはしない。リセルが言っていたように、似たような理不尽に何度も晒されているのだろう。


「治療はオリーブ油を?」


「そうです。アロエとか、そういう高い薬草があるといいんですけど」


 アンテルスはリセルたちに近づくと、そっと布の巻かれたキケルの腕を掴んだ。


「まだ、痛みますか?」


 無言でキケルがうなずく。


「ではとっておきの法術を授けましょう」


 アンテルスは片手を患部に当てたまま、もう一方の手で空を払った。


「痛いの痛いの、飛んでいけー」


 アンテルス以外の人間が、全員ぽかんとした。


 まだ小さいとはいえ、キケルも気まずそうだ。しかしアンテルスは全く構わない。一緒にやるよう促している。


「さあ、恥ずかしがらずに。効果は私が保証します。痛いの痛いの、飛んでいけー」


 ずっと同じ動作を続ける大人が面白いのか、キケルはくすくすと笑い出していた。繰り返すアンテルスの動きにあわせて、同じように声を上げている。


「痛いの痛いの、飛んでいけー」


 するとわずかにだが、布越しの患部が青白い光を纏った。


「え……」


 ネクロスの祠の中で遭遇したあの淡い明かりとよく似ている。


 目をこすり、イザナはしっかりと確認し直した。


 しかし、光などどこにも無い。


 イザナ以外はただ二人のやりとりを微笑ましく眺めているだけだ。


 気のせいだろうか。疲れているのかもしれない。


「どうです、痛みも和らいだでしょう?」


「ほんとだ! 痛くない!」


 キケルの無邪気な反応に、リセルもフェリクスも安堵した様子だ。


 だが同じ年嵩のプルクラだけが、ふくれっ面をしている。


「ウソだ、そんなので治るわけない」


「ほんとに治ったんだもん!」


 と言い争う二人をいなして、フェリクスがその小さな手を取る。


「ほら、もう寝るぞ。喧嘩するなよ」


 フェリクスが二人を引き連れ、三人の子供が自分たちの部屋に消えていく。去り際にキケルはアンテルスに手を振っていた。


 その様子を見て、イザナは唇を固くした。


 アンテルスは常識を知っていて、彼らとうまく打ち解けている。イザナが引き起こした後ろめたい雰囲気も、彼が蹴散らしたのだ。


「そういうわけなので、今日は安心してぐっすりお休みください」


 微笑むリセル。子供たちの見回りを信用するなら、今晩は兵士たちに恐れなくていい。そのことが彼女の不安を払ったのだろう。


 だが、イザナはネクロスの鎌を肩にして、席を立った。


「あたしは、やっぱりここには居られない」


「ど、どうしてですか」


 引き留めようとするリセルにつま先を向け、まっすぐに見返した。


「さっきも言ったでしょう、あたしは死神。まだ覚えているわよね? この右手で触れれば、誰もが死を迎える」


 イザナはあえて右手でリセルの肩に触れた。


 リセルの華奢(きゃしゃ)な身体が震える。彼女は頬を強張らせていた。


「怖がるのも無理ないわ。あたしは、このネクロスの鎌ですら死ねなかった。人間じゃないんだもの」


「ちがっ――」


「その反応が全てよ。表面は取り繕えても、本能は嘘をつけない」


 踵を返す。


 背中を向けたイザナに、アンテルスの穏やかな声が迫ってきた。


「本能は嘘をつけない。その通りですね」


 振り返るつもりはないが、彼は続けた。


「イザナさん、あなたが寂しいと顔に書いてあるのも、人間の本能ですよ」


 ふいに心臓を掴まれたように、息苦しくなる。


 ――あたしが、寂しい?


 考えたこともなかった。だが一笑に付すことも、なぜか出来ない。


「そんなわけ、ないでしょう?」


「ここで我々と寝食をともにすれば、きっとわかりますよ」


 ここで暮らすなど、冗談ではない。


「必要ないわ」


 問答は終わりだと廊下へ向かおうとしたが、アンテルスの言葉が追いすがる。


「それに、おそらくあなたの死に方を知っているのは、世界で私だけですよ」


 ――死に方を知っている?


 たまらず首だけで後ろを窺う。


 アンテルスはにんまりとした笑みを浮かべ、リセルははらはらと成り行きを見守っていた。


「……本当なんでしょうね」


 餌に食いつく猟犬のようで(しゃく)だったが、背に腹は変えられなかった。


 死ぬためには、このふざけた聖人から情報を聞き出すしかない。





 熱気が前方から漂ってくる。


 円形に群がる人々の中心では、男が椅子に固定されていた。


 処刑場だ。


 鎧姿の兵士たちが陰惨な笑みを浮かべる。赤熱で変色した鉄塊(てっかい)窯炉(ようろ)から取り出していた。


 その灼熱(しゃくねつ)の塊が椅子に座る男に運ばれる。男の眼前で見せつけたあと、剥き出しのふとももに容赦なく押し当てた。


 地の底から響くような声。


 焼けただれる独特の臭みが広がり、眺めていた人々は顔をしかめる。


 なんだこれは。


 現実ではないと疑いたいのに、空気も音も、内側から吹き上げるような怒りと悲しみの感情が、夢ではないと訴えてくる。


 膝が震えていた。なぜこうなったのか。


 男への容赦ない折檻(せっかん)は続く。火で(あぶ)られ、耳を突かれ、喉を()っ切られた。爪を強引に剥がされ、腹部を抉られた。


 男は何度も死んだ。


 何度死んでも、蘇る。


 蘇り続ける限り、処刑は終わらない。


 身体は無事でも、彼の目からはあの快活だった光は消えていた。


 不死ゆえの苦痛と運命。


 ああ、そうだ。自分の力の役目を初めて知った。


 彼を救い出せるのは、自分だけだ。


 衆人を押しのけ、兵士の反抗をかいくぐり、彼の下へと向かう。


 いつもそうしていたように、背中から優しく抱きしめる。


「あなたを殺してあげる」


 兵士たちが増援を呼び、囲い出した。自分の特殊な力を使っても、勝てない人数。


 だが同じこと。


 二人でずっと、この地で眠り続けるのだから。


 身体が冷たく、細く、研ぎ澄まされていく。変容を感じる。だが誰にも邪魔はさせない。この意思だけは何百年経とうとも、絶やしはしない。




 イザナは跳ねるように目を覚ました。


 ベッドの上で半身を起こし、額に手を当てて唸る。


 じっとりと汗ばんでいた。


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