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第4話『不実な聖人と恩返しの少女』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

 (いぶか)しむイザナの前で、青白い光が生まれていく。つい先刻の大きな光の玉が再現されようとしていた。


「まさか……」


 光は男の遺体を中心に成長し、丸々飲み込むほどの大きさになると、やがて弾けるように霧散(むさん)した。


 死んだはずの男が、むくりと起き上がる。


「いきなり殺すなんて、ひどいじゃないか」


 土の上であぐらをかき、非難がましくこちらを見てくる。さきほどまでの大人びた雰囲気は鳴りを潜め、少し子供っぽいくらいだ。こちらが本来の姿なのだろうか。


 いや、そんなことはどうでもいい。


「あなた、確実に死んだはずよ」


 ネクロスの鎌を相手に突きつける。力を使って死ななかった人間など、初めてだ。


「死んださ」


「こうして生きているでしょう」


「勘が悪いな、本当は気づいているんだろ君も」


 そうだ。分かっていながら、問いを投げた。

 

 不死の男の話など、与太話だとしか捉えていなかったのだ。


「……本物の聖人アンテルスとでも言うわけ?」


「ご明答。死ななかったわけじゃない。生き返ったのさ」


「ありえないわ」


「君の力も同じようなもんだろ、死神さん」


 無意識にぴくりと眉が動いた。呼称への不快さではなく、男――アンテルスの物言いが既知の存在に対してのものだったからだ。


「この力について、何か知ってるの?」


「まあ知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば知らないな」


 イザナは舌打ちした。


「その言い方、不愉快ね」


「得るためにはまず与えよ、ってことさ。この世の真理だな」


「回りくどい男ね。はっきり欲しいものがあると言えないの?」


「あ、そう? じゃあまずは酒かな。それと食事。あとは可愛い女の子を何人か連れてきてくれれば申し分ないな」


「……」


「ああ、君が相手してくれるならそれでもいい。美人はどんな子でも大歓迎さ」


 すっとイザナの血の気が引いた。


 ぱんっ、と小気味の良い音が祠の中に響く。


 気づけばアンテルスの横っ面を、右手で叩いていた。その指先から黒い(もや)が煙のようにたなびく。


 絶命するアンテルス。


 しかし光が収束し、再び復活を果たした。


「いきなり殺すかよ、普通!?」


「ほんとに死なないのね。本気で殺すつもりだったのに」


「冗談の一つも通じないのかよ?」


「反省の色が見えないようね」


 イザナがこれみよがしに右手をかざすと、アンテルスは張られた左頬を両手で抑えた。


「とんでもない女だな君は」


「どうせ痛みも傷も回復してるんでしょ、被害者ぶらないで」


「気分の問題なんだよ!」


「だいたいあなた、本物なら聖人だったんでしょう? なによその欲まみれの交換条件は」


「俺が聖人だなんて自分から訴えたわけないだろ、周りが勝手に呼び始めたんだよ」


 大昔にどんな事情があったか知らないが、こんな男を聖人などと称した人間はよっぽど頭が狂っていたのだろう。


 ただ、彼の迷惑そうな口ぶりと、蘇る力、伝承の通りネクロスの鎌を解いてから出現したことを考えると、本人であることは疑いようがなかった。


「それより、あたしの力について何か知っているなら教えなさい」


「知ってどうする」


「あたしは、ここへ死にに来たのよ」


 アンテルスの目元が細く尖る。


「……へえ?」


「このネクロスの鎌で何人も死んでいるわ。あなた自身、その身を以て味わっているでしょう? でも、あたしは死ねなかった」


 こんなに口を動かしたのは久しぶりだ。だがアンテルスと名乗るこの男から聞き出さなければ、また何十年と世界を放浪しなければならない。それどころか、永遠に生き続けるかもしれないのだ。それだけは避けたかった。


 どん、と強めにドアをノックするような振動が響く。


 振り返ると、入口に人影があった。逆光だが、その影の形から追い払ったリセルだと分かった。


 法術(ほうじゅつ)の壁を叩いているのだ。離れていても、彼女の焦りは伝わってくる。


「あの娘、なにしているの」


 イザナがぼやき終えるよりも早く、アンテルスは駆け出していた。


「ちょっと、待ちなさい!」


 追いすがるものの、なかなか距離が縮まらない。ネクロスの鎌を抱えているせいもある。

 ただ彼が本物なら二百年眠っていたはずだが、その身のこなしからは封印による身体機能の衰えなど窺えなかった。


 結局、二人とも祠を飛び出してしまう。法術による抵抗は少しもなかった。


「え、えぇっ!?」


 二人を前にしてリセルが悲鳴を上げる。


 彼女もアンテルスが裸と分かるや否や、顔を背けた。


「驚かないで、お嬢さん。怪しい者ではありません」


 アンテルスは貴族のような振る舞いで優雅に片膝をつき、そのままリセルの手を取って軽く口づけた。


 信じられないことだが、それだけでリセルの反応が変化した。あたふたしながらも、まんざらでもないように目を泳がせている。


 アンテルスの図抜けた美しさに魅了されたか。


 おそらく、リセルはこういった手合の免疫がないのだろう。


 イザナはアンテルスを押しのけ、彼女の前に立った。


「あなたには、帰れといったはずよ」


 浮かれた空気を吹き消すように告げる。


 リセルは我に返り、イザナを認めてぎょっとした。原因は肩に担いだネクロスの鎌だろう。


 しかしすぐに思い直すように、リセルは再び焦燥を露わにした。


「あなたを探しにきたんです、早く逃げないと!」


「どうしたっていうの」


「兵士たちがあなたを探してるんです! 異端だからって。……きっと酷い目に合わされます」


「返り討ちにするだけよ」


 鼻で笑ったが、後ろに控えていたアンテルスが穏やかに反論してくる。


「そう簡単には行かないと思いますよ」


「あなたは知らないでしょうけど、さっきだって全部で七人、綺麗に片付け……」


 その証拠を示そうと広場を窺うが、兵士たちの死体はなくなっていた。


 信者たちの遺体も消え、代わりに不規則な位置に花が添えてある。種類はまちまちで、その辺で摘んできたような質素さだ。


「あのままじゃ可哀想でしたから。みんなで運んで、共同の墓地に埋葬しました。兵士の遺体は帝国の方々が……」


 説明するリセルの額には影が差していた。


「あの花は、献花というわけ」


 彼女は小さくうなずく。


 イザナは自分が立っていたあたりにも花が置かれていたことに気づいた。


「まさか、兵士の分まで花を……?」


 リセルは気まずそうに視線を逸らした。


「命は……みんな平等ですから」


 言い知れぬ危うさをリセルから感じた。


 彼女は命を救ったからとイザナに感謝を示した一方で、敵だった兵士のことも弔い、哀しんでいる。


 ひとりで生きてきたイザナからすれば、彼女の行動は欺瞞そのものだった。


『いい人』を取り繕う代償は大きい。何もかも奪われ、利用されるのがこの世の理だ。


「あまり長話はできないんじゃないですか?」


 イザナとリセルの間に漂うどこか気まずい雰囲気を壊すように、アンテルスが促してきた。


「七人の兵士が返り討ちにされたとあっては、向こうも放っておけないでしょう。より多くの兵士を投入してくるのは明白ではありませんか?」


「そ、そうなんです、たくさんの兵士が街で探していて……いくらあなたでも、あんなに多くの人たちを相手にするなんて、無茶です」


「なら逃げるわ、あたしひとりなら簡単よ」


 アンテルスが唸る。


「それも厳しいでしょう。城門の番兵はいますし、敷地の外まで警戒が及んでいるかもしれません」


 寝起きのくせにアンテルスは見てきたように語る。


「じゃあどうしろって言うのよ」


 嫌味のつもりで返したのだが、その答えを待っていたかのように、リセルが勢い込んで顔を寄せてきた。


「わたしの家に来ませんか? そのために探していたんです」


「匿うってこと? そんなことをすればあなたも危うくなるわ」


「救われた命です。わたしに恩返しの機会を与えてくださいませんか?」


 リセルはじっと熱のこもった眼差しで見上げてくる。

 

 案内を頼んだときといい、献花のことといい、この少女はどこまでお人好しなのだろうか。恩が必ず恩で返ってくるとは限らないのに。


 ただ彼らの言う通り、兵士たちから逃げるのはひと苦労だろう。


 イザナが彼女の住処で身を隠したとして、不都合が生じるのはリセルのほうだ。

 彼女が構わないのなら、申し出を断る理由はない。


「……わかったわ。巻き添えになっても知らないから」


 ぱあ、とリセルの表情が明るくなる。


「急ぎましょう」


 と言ったのはアンテルスだ。


「あなたも来る気?」


 非難がましく肩越しに睨みつけたが、アンテルスは朗らかな笑みを浮かべるだけだった。


「私に聞きたいことがあるんじゃないですか?」


 嫌な奴だ。リセルの前だからか、口調も表情も紳士風で猫を被っている。祠の中での不遜な態度を知っていると、その外面が余計に腹立たしい。


「大丈夫なの、こんなのも連れていって」


「お知り合いなら、構いません」


 金属の甲高い音や、馬が駆けるようないななきが遠方から近づいてきている。


 アンテルスの本性を諭してやりたいが、その時間はくれそうにない。


 イザナは広場の中に入り、花を踏まないように気をつけ、脱ぎ捨てた外套(がいとう)を拾い上げた。戻ってくると、そのままアンテルスに投げて渡す。


「とりあえずこれでも羽織ってなさい」


 アンテルスが外套を身につけると、その裾は足首付近に留まった。イザナの全身をすっぽり覆った大きさだったのだが、その不格好さが素足とあいまって、スラムの人間のような出で立ちになる。


「ちょうどいいわね」


 アンテルスは微妙な顔をしていたが、鼻をひくつかせたあとは満面の微笑みを浮かべた。


「いい匂いがします」


 横っ腹を拳で殴りつける。「ぐふっ」とくぐもった声が漏れてきたが、無視してリセルに声をかけた。


「どこに行けばいいの?」


「こちらです。後をついてきてください」


 リセルはすぐに走り出した。家屋の間の狭い小路に入っていく。


 イザナとアンテルスも続き、黄昏に紛れるように三人は広場を後にした。


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