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第16話『スープの味』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

ここまで一区切りです。プロットは完成しているため、随時続きも投稿します。

「この祭壇(さいだん)がララリウムさ。だいたいどこの家庭にも一つは置いてるんだけどね」


 イザナは驚いた。


「あなたたちの信心深さには恐れ入るけど、ここまで()ったものを用意するのが普通なの?」


「こいつは特別だね。本来はもっと簡素なものさ。だけど、ここにあるのは事情が違う」


 ソニアはリセルに目配せした。


 リセルはまだ抱いていたミリエルをキケルとプルクラに預け、こちらにやってくる。


「ご先祖様が貴族であったことは、以前お話しましたよね」


「ええ」


「実は当時、聖人(せいじん)様とも親交があったみたいなんです」


 リセルは手を胸元に添えている。


「聖人……アンテルスと知り合いだったの?」


「証はないんですが、両親からはそう教えられています」


 地下に隠すように、それも通常よりも作り込まれた祭壇が存在する理由がそこにあるのだろうか。だが、もし本当に知り合いであったのなら、子孫に何かを託すつもりでこの部屋を遺したのかもしれない。


「そういうわけだから、ネクロスの祠に行けないとなると、ここが一番聖人様に近い場所なのさ。さ、お祈りを始めるよ」


 ソニアが締めくくるように告げて、アンテルスと子供たちを招集した。


 だがイザナは考えが切り替わらず、この祭壇の意義を探していた。祈りに価値を感じない者からすると、別の意味があるのではないかと疑ってしまう。


「これは、何を表しているのかしら」


 ララリウムに手を這わせる。ざらりとした乾いた石の感触が返ってくる。


 聖人が祈る頭上、屋根の部分に掘られた人物たち。王とその家臣が群がる一方で、一人だけが別の部屋に隔離されている。その隔離された人物は丸い何かを壁に押し当てているような格好だった。


「ほら、あんたもこっち来な」


 ソニアの声に急かされ、渋々、イザナは祭壇の前から離れる。


 アンテルスや子供たちはすでに地面に膝をつき、祈りの準備を始めていた。





 礼拝が終わり地上へ戻ってからも、何かとソニアに付き合わされた。リセルたちはパンの配給に向かい、街中をあまりうろうろできないイザナとアンテルスは家事に追われた。


「なんであたしが……」


 という言葉を何度吐いたか。真冬よりはましだが、まだまだ冷たい井戸水に手を突っ込んで衣服をこすり合わせたり、付近の掃き掃除をさせられたりした。


 あれこれ動き回ってから、ようやくリセルの自宅での朝食を迎える頃には、リビングの椅子がずいぶんとありがたいものに感じられた。


 ぐったりとしているイザナとアンテルスの横で、リセルが皿を並べていく。


「大丈夫でしたか?」


 心配しているのだろうが、苦笑交じりだ。


「あなたたちいつもこんなことしているの?」


「ええ。でも、毎日少しずつですよ。あんなに一気にやることはないです」


 どうやらソニアにこき使われたらしい。


 顔に出ていたのか、リセルが慌てて手を降る。


「あ、でも無意味ってわけじゃ……病のときは悪い気が溜まっていると言いますから、浄化の意味もあったんじゃないでしょうか」


「……ならいいんだけど」


 たしかに淀んだ空気を一斉に拭い去ったような清涼感が室内には満ちている。隅々掃除をした成果と、汚れ物をすべて洗浄した結果だ。


「姉ちゃん、パン貰ってきた!」


 と帰宅したのはフェリクスだ。彼と一緒に出かけていたらしいプルクラは、部屋に入るなり勢いよくリセルに抱きつく。


「並ぶのつかれた!」


 と少し不機嫌な様子だ。すでに食卓にはミリエルとキケルがついていて、それを知ったプルクラは不満そうに彼らを指さした。


「なんにもしてない! ずるい!」


 ミリエルはよく分かっておらずただ笑っているだけだが、キケルの方は慌てている。


「ちがうよ、ちゃんとお手伝いしてたもん」


「うそだ! 座ってるじゃない」


「うそじゃない!」


 二人が喧嘩を始めると、それをフェリクスが取りなす。


 たったそれだけのやりとりが、イザナにはやけにこたえた。キンキンした声が行き交う度に、疲れた身体に追い打ちをかけてくる。


「……」


 ため息をつこうとしたが、イザナはすんでのところで口を閉じた。


 何気なくイザナが日頃行っているような行動は、子供たちを萎縮(いしゅく)させる。


 なんとも言い難い苦痛だ。疲労でも苛立ちでもない。だが心のどこかが削れていく。


 うんざりしていると、アンテルスが向かいの席で笑いを抑えているのが目に入った。


 こちらの状況を愉しんでいるのか。


「言いたいことがありそうね」


「いえ、ずいぶん複雑な表情をされているので。こういうのは初めてなんですね」


 苦悩がそのまま顔に出ているらしい。


 テーブルの下で一発蹴りを見舞ってやると、今度はソニアが台所から声をあげた。


「ほらほら、いい大人が先に休んでるんじゃないよ。配膳くらい手伝いな」


「あなたもここで食べるの?」


「当然だろ。あたしの快気祝いなんだから」


 自分で? という言葉が喉から出かかったが、リセルたちが気にしていないので、やめておいた。


 指示されるがままに皿やらパンやらを並べているうちに、リビングのテーブルにはパンとスープ、オムレツやチーズも添えられている。

 よくよく見ればスープには刻んだ豚肉まで入っている。


 帝国に来てもっとも豊かなメニューだった。


「さあ、食事にしよう」


 ソニアの号令で食前の短い祈りを捧げ終わると、子供たちは猛然と食材を口に運んでいく。


 それを横で眺めつつ、テーブルの端にいたソニアは改まった様子でアンテルスに向き直った。


「アントニウスといったね。ちゃんと礼を言わせておくれ。……ありがとう」


 アンテルスはきょとんとして、口をもごもごと動かしたあと飲み下した。起床後からあれこれ口うるさい注文をつけたうえで手伝わされてきたのだ。彼女が一転して神妙な態度になったので驚いたのだろう。


「急にどうされたのですか」


「あんたのおかげで、いまもこうして生きていられる。まさに奇跡だ」


 ソニアが眩しさを前にしたように、皺のある目元を細めた。


 アンテルスの隣にいたリセルまで居住まいを正して、彼に膝を向ける。


「わたしからも、改めてお礼を伝えさせてください。本当に、ありがとうございました」


 二人がそろって頭を下げる。すると、子供たちまで食事をとめて慌ててそれにならう。


 イザナ以外の全員から礼を示され、アンテルスは困ったように頬を指でかいた。


「嫌だなぁ、たまたまですよ」


「たまたまなもんかい」


 ソニアは首を振って否定し、探るようにトーンを落とした。


「ありゃあまさに、聖人様の所業だ」


「参りましたね」


「あんた、キケルの腕の怪我も治してくれたらしいじゃないか」


 初めて泊めてもらった晩、イザナが見間違いだと思った光。あれは実際に傷を癒やしていたのだろう。


「まだ成長著しい年頃ですから。傷の治りも早いだけですよ」


 明確な答えを避け続ける彼に対して、ソニアは諦めたように嘆息した。


「別にあたしゃ、あんたの正体に興味はないよ。感謝してるんだ。だが、周りはほっとかない」


「……でしょうね」


 アンテルスは自嘲気味に肩を竦めた。


「そりゃあそうさ。聖人アンテルス様の再来だ。祈りで傷を癒やすなんざ、伝説そのままじゃないか」


 ねえ、とソニアは離れた席からリセルに同意を求める。まさか目の前の男こそが本物だとは疑ってもない口ぶりだ。


 イザナもアンテルスもリセルの方に目を向けると、彼女は照れたように俯いた。


「そ、そうですよ。まるでアンテルス様がこの世に現れたかと思いました」


 ちらちらとアンテルスを窺うリセル。彼女の中では最高の賛辞なのかもしれない。


「あはは、おねえちゃん、顔赤いよ?」


「お熱?」


 キケルとプルクラがそれぞれ感想を漏らすと、リセルの方はさらに頬を上気させた。


「ああ、そういうこと」


 リセルはまるで憧れの人物に逢えたかのような感覚に陥っているのだろう。だから今朝から様子がおかしかったのだ。


「まあ見ての通りさ。あんたは変わらなくても、周りの意識が変わる」


 ソニアは深刻なトーンに戻って、宣言するように告げた。


「あんたは大勢に頼られることになる。信者だけじゃない。噂を聞きつけた連中がこぞってやってくるよ」


 室内に静寂が漂う。食卓に落ちる光の筋に、数え切れないほどのホコリが浮かんでいた。それはアンテルスという光を求めて群がる人々を思い起こさせた。


「あたしなんかを助けたばかりに、ここにいられなくなるのは夢見が悪いからね。なんでも頼っておくれよ」


 不吉さを払うようにソニアが破顔(はがん)した。


 アンテルスは再びため息をつくと、苦笑いを浮かべる。


「私を(おもんぱか)っていただけるのはありがたいですが、いまは食事を楽しみましょう。せっかくのスープが冷めてしまいますよ」


 話題の中心にいたアンテルスがちぎったパンを口に放り込むと、お預けを食らっていた子供たちも再び食事を再開した。


 まだ温かいスープを喉に流しながら、イザナは彼らとは違う世界にいることを思い知っていた。


 ――あたしは、歓迎されていないのではないか。


 昨晩からずっと心に広がっていたもやもやは、日差しの入る部屋の中でこそくっきりとその姿を浮き彫りにした気がする。


 アンテルスは人々に感謝と感動をもたらす。


 イザナは、恐怖と絶望を与える。


 ソニアのためだと理由で彼女に死を贈ろうとした発想こそが、もはや別世界の生き物なのだと自覚させられる。


 食欲が沸かずスープだけを口にしていたが、それすら無理かもしれない。


 その気配を察したかはわからないが、ソニアがそっと漏らした。


「それから、あんたにも感謝している」


 こちらを見つめるソニアと目が合う。


「リセルから聞いたよ。みんなを助けてくれたんだってね。特別な力があるそうじゃないか」


 イザナはテーブルに視線を落とし、「ええ」とだけ答えた。


「正直、魅力的だったよ。いや、心を読まれたんだと思った。殺してくれと何度も願ったんだからね」


 イザナは驚き、再びソニアを見た。


「本当に?」


「ああ、もしものときは逝かせてくれると思ったら、逆にこの世が名残惜しく思えてね。おかげで踏ん張れた」


「いいわよ、そんなお世辞なんか……」


 ソニアは周囲に気遣いができる人間だ。イザナの心理状態を察して元気づけようとしているのかもしれない。


「お世辞じゃありませんよ、イザナさん」


 はす向かいのリセルが、はっきりと肯定した。


「わたしも、イザナさんがかけた言葉は聞こえていました。そのほうがいいのかも、と思ったからこそ、あそこで何も言わなかったんです」


 イザナさんには助けられっぱなしですね、と微笑むリセルの姿が、少しだけ滲んだ。


 瞳がじんわりと潤んで、イザナはそれを隠すようにスープの器に唇をつけた。大丈夫。泣いてはいない。


 さきほどまで感じなかった空腹が込み上げ、スープの塩気がやけに旨い。


 その後は取り留めのない会話を交えながら、集団での食事が続いた。子供たちは食べながらも喧嘩をしたし、ソニアは豪快に笑っていた。リセルは長女らしく躾をして、アンテルスは飄々と道化を演じている。


 さきほどまで抱いていた疎外感は消えていた。


 イザナはただ静かに、ちぎったパンのかけらを口に放り込んだ。


 どこか遠くから、金属の擦れる足音が聞こえた気がしたが、いまは無視しておいた。


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