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第15話『生還は死よりも』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

 足音で悟られないよう慎重に外階段を駆け上がり、二階のリセルの自宅に身を隠した。


 入口の戸を閉め、(かんぬき)をかけたところで、イザナは一息ついた。


 アンテルスはというと、さっさと割り当てられた部屋に引っ込もうとする。


「ちょっと待ちなさい」


 子供たちが眠っていることを考慮して、イザナは小声で制した。


「君も下の彼らと同じか? 疲れたから、早く眠りたいんだけどな」


「説明ぐらいしなさい。あれはどういうことよ」


「どうもこうもないよ。見たまんまさ」


 わざとらしくあくびをかますアンテルス。


 安い挑発だが、いまは余計に腹立たしかった。なぜこんなに怒りが湧き起こるのか、イザナ自身、不思議だった。


「あんな力を持っていて、隠してたの? その気になればいつでもソニアを治せたのに、リセルを不安にして、ソニアを苦しめて、自分は英雄気取りってわけ?」


「……」


 アンテルスは口を閉ざした。呆れたようにこちらを窺ってくる。


 なんでこんなに自分が興奮しているのかも、よく分からない。


「事実でしょう。あなたは死の間際で懊悩(おうのう)している彼らを嘲笑(あざわら)っていただけよ」


「違う」


「違わないわ」


 アンテルスはゆっくりとこちらに近寄った。腕っぷしではイザナの方が上なのに、妙な迫力に気圧されそうになる。一歩、二歩と下がると入口の扉に背中がぶつかった。


 それでもアンテルスは止まらず、イザナに覆いかぶさるように腕を扉に預けて至近距離で見下ろしてくる。


「君はなんでその力を正義に使わない」


 彼が指しているのはイザナの死の力であることは明白だった。


「質問しているのはこっちよ」


「なら俺が答えよう。不自然だからだろう?」


「不自然……」


「君はある意味で生物の頂点だ。その気になれば誰だって(ひざまず)く。どんな悪どい連中も。だがそれをやらない。ぎりぎりまで、殺すべき相手か見極めている」


 イザナは無意識につばを飲んだ。彼はさすがというべきか、ほとんどイザナの信条を言い当てていた。代償によって苦しむことを除けば、人を殺すことに躊躇するのは大義の有無だ。


「俺もそうさ。本当に生かすべき相手か見極める必要がある」


 ソニアもリセルも善人だ。迷うことなど何もないのではないか? そう考えたイザナを先回りするように、アンテルスは続けた。


「生還は死よりも不自然だ」


 イザナは階下の人々の反応を思い出す。重病にかかったことはすんなり受け入れていた彼らだが、回復したことについてはその理由を探していた。


「いずれ生物は死ぬ。だが癒やしの力はその摂理に(もと)る。法術は俺が眠ったあとも未知の力とされているようだが、連中の様子からすると、治癒の法術は生まれなかったんだろう」


「自然ではない禁忌の力だから、あなたは使わなかったというの」


 理由を追求すると、アンテルスは一瞬だけ言い淀み、イザナから離れた。


「ま、そんなところだ。それに、この力は争いを生む。面倒事はもう御免なんだ」


 背を向けて、自室へ向かう。面倒事という言い回しが引っかかったが、その背中に、イザナは別の問いを投げた。


「じゃあなんでここにきて、治そうなんて思ったわけ?」


「……気まぐれさ」


 アンテルスは振り返らなかった。部屋に続く薄い扉は、静かに閉じられた。


 イザナはすぐ側の玄関扉に身体を預け、天井を仰ぐ。


 階下からはまだ人の声が響いていた。アンテルスの起こした奇跡に沸いているのだろう。


 彼はああ言ったが、治癒の力は人々が望むものだ。かつて聖人と呼ばれた頃も、きっと同じように彼は人々を癒やしたのではないだろうか。いやきっとそうだろう。むしろ聖人の俗称(ぞくしょう)に納得がいった。


 イザナは右手を握り込んだ。


 ソニアを楽にしていたら、どうなっていただろう。いま頃、哀しみに暮れる声が闇に呑まれていたのではないだろうか。


 握った拳をどこかに叩きつけたい衝動が襲う。だがその根源にあるものが何なのか分からず、イザナは力なく腕を下ろした。





 翌朝、イザナは未明の暗がりの中で毛布を剥ぎ取られた。


「いつまで寝てんだい、朝だよ」


 まどろみから無理やり引っ張り上げるような大声だ。不快げにまぶたを上げると、すっかり元気になったソニアが見下ろしていた。


「ソニア……あなた、もういいの?」


 アンテルスの治癒の力は、かなり強力なようだ。


「見ての通り、ぴんぴんしてるよ。病気になる前より元気なくらいさ」


 袖口をまくり上げた腕を組んで、微笑んでくる。


「それより、礼拝に行くよ」


「礼拝……?」


 兵士たちを屠ったネクロスの祠が頭をよぎる。


「そんな嫌な顔をするもんじゃないよ。アンテルス様にお礼を言わなくちゃならないんだから」


「あなたは知らないかもしれないけど、祠は兵士たちが規制していると思うわ」


 ソニアは頭を振った。


「知ってるよ。だからうちのララリウムでやるのさ。ネクロスの祠で直接お礼を伝えたいところだがね」


「ララリウム?」


 聞き慣れない言葉に首を捻っていると、ソニアが急かすように肩を叩いてくる。


「来りゃ分かるよ。そんな格好じゃ風邪引くから、さっさと支度しな」


 ソニアはイザナを待たずして他の部屋に向かった。


 言われてはっとしたが、イザナは起き抜けで下着姿だった。恥ずかしいわけではないが、他人に肌を晒すのは落ち着かない。


 ベッドから立ち上がってさっさと着替えてしまうと、布で包んだネクロスの鎌を肩に抱えた。


 廊下に出ると、ちょうどリセルが部屋から出てくるところだった。彼女は寝ぼけ眼のミリエルを抱っこしている。


 彼女はこちらに気づくなり、「おはようございます、イザナさん」と微笑んでくる。


「ほんと早いわ。まだ当分寝ている頃よ」


 不機嫌を(あら)わにするが、リセルの方は楽しげだった。彼女はソニアに起こされたわけではなさそうだ。いつもこのくらいに起床しているのかもしれない。


「でももうじき日も昇りますから」


 リセルが戸を開けて外に出たので、イザナもそれに続いた。


 すっと眠気の引くような外気が身を包む。たしかに、日は昇りつつある。室内よりよっぽど明るい。石造りの建物が居並ぶ街中も、遠くに広がる山々も、青っぽい薄膜を張ったような景色の中に沈んでいる。


「気持ち良いですよね」


「……そうね」


 イザナは素直にうなずいた。


 朝一の澄んだ空気のおかげか、視界も呼吸も明瞭だ。気分が良い。山奥で暮らしているときも似たような環境だったが、そんな風に考えたことはなかった。


 隣のリセルを横目で追うが、彼女はただ穏やかに街路を眺めている。


 起床から一息ついたいま、イザナは昨夜のことを反芻していた。


 少しだけ落ち着かない。


 アンテルスがいなければ、ソニアを殺していた。リセルもソニアも、死を提案した自分をどう思っているのだろうか。


「ほら、ぐずぐずしないっ」


 叱りつけるような声が後ろから響く。


「まだ(にわとり)だって起きていませんよぅ」


 無粋な闖入者はソニアと、泣き言を漏らすアンテルスだった。首根っこを掴んで、ソニアが入口まで引きずってくる。


 イザナとリセルは顔を見合わせた。リセルはすぐに笑顔を浮かべ、イザナは肩をすくめてみせた。お互いに静寂に浸っていたところを邪魔された形だ。


 ほんの短いやりとりだが、共犯者のような気持ちを両者とも抱いたことを確信している。不思議な感覚だが、悪い気分ではなかった。


「おはようございます。アントニウス様」


 リセルはまだ半分寝ているミリエルを抱えたまま、改まってアンテルスに挨拶をする。少し声が上擦っているようだ。


 アンテルスの方も肩越しにリセルを確認するや、素早く立ち上がってきざな仕草で髪をかきあげた。


「良い朝ですね、リセルさん、イザナさん」


 昨日からの口論などもあって忘れていたが、彼はいまだに自身を繕う。イザナが「そうね」と露骨に面倒なニュアンスで返答したことに対し、リセルは顔を伏せていた。


「え、ええ、とっても、良い朝です」


 リセルは自分から声をかけたときは平然としていたくせに、真正面からアンテルスに見据えられて視線を逸らしているようだ。


 奇妙な間。


 二人の間に何かあったのか、とイザナもソニアも不審げに二人を見比べた。具体的には、男女間特有のコミュニケーションがあったのではないかと疑った。


 イザナとソニアの視線に弁明を示したのはアンテルスだ。慌てて首をぶんぶん左右に振っている。


「ま、仕方ないかもね」


 ソニアがため息をつく。彼女には思い当たることがあるらしい。


「それよりほら、行くよ。子供たちのほうがよっぽど優秀なんだから」


 ソニアがイザナの脇を抜け、階下に向かう。イザナ、リセル、アンテルスの順でその後を追った。


 ソニアの自宅に入り、廊下を突き進む。リビングに近い部屋に入ってから、イザナは驚かされた。


「これは何?」


 よく使い込まれた木製の床。それが一部だけせり上がって、大きく口を開けていた。人ひとりがなんとか通れるくらいの幅で、地下へと石階段が続いている。


「地下室なんです。ここが建てられたときから作られていたことは、伝わっています」


「なんでわざわざ……」


 最初に説明を受けた話では、貴族だったリセルの先祖が、使用人たちのために建てた住宅と聞いている。地下室を用意するような事情でもあったのだろうか。


 ソニアがついてくるよう促し、ランプを片手に地下への階段を降りていく。湿気と、一段低い気温を肌に感じながらイザナたちも続いた。


「あ、きた!」


 折り返す形状の階段を下ってしまうと、一部屋分くらいの空間に子供たちが待っていた。フェリクスがキケルとプルクラの面倒を引き受けていたらしい。


「いやあ、実に興味深いですねえ」


 アンテルスはしげしげと地下室を確認して回っている。触ったり、軽く叩いてみたり、まるで学者のようだ。


 彼の様子を窺ってしまうのは、昨夜のことが影響していた。


 アンテルスに対しての苛立ちはまだ尾を引いている。何かまだ隠していることがあるのではないかと疑いが止まない。


「こっちだよ」


 ソニアに導かれた部屋の奥には、神殿を模したレリーフが壁に設えられていた。太い柱と三角形の屋根。ご丁寧に、屋根の部分には実際の神殿にあるような彫刻も表現されている。


 そして神殿の中には、一人の男性が跪いて祈りを捧げていた。顔立ちは判然としない。石彫(せきちょう)なうえ、両手と思しき部分に隠れてしまっている。


 だがそれでも、アンテルスだと言われれば、彼に似ているような気がしてくる。


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