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第11話『近衛隊長ドミティウス』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

 無意識に息を呑んだ。列に並んだまま、改めて集団を窺う。


 よくよく観察してみれば、中心にいる人物は皇帝の名に恥じない貫禄がある。

 精悍(せいかん)な顔立ちで、眉間に(しわ)を寄せた油断のない目つきをしている。ゆったりとした服装だが、(そで)から伸びる腕や首筋からも、節制(せっせい)の行き届いた体つきであることは明らかだった。


 商人たちも帝国市民も外国人も、一様に敬意を表して(こうべ)()れている。


「おい貴様。不敬(ふけい)だぞ」


 先導していた兵士は三人。

 その一人が、イザナを見咎(みとが)めた。皇帝たちの様子をまじまじと見過ぎたせいだろう。


 昨日といい、この国の兵士たちの横柄(おうへい)さに呆れてくる。


 仕方なくイザナは周囲に倣って頭を垂れたのだが、遅かった。


「なんだその態度は」

 反発心が滲み出ていたのだろう。兵士がいきり立って腰のグラディウスを抜いた。

 まだ若いせいか、妙に力んでいる。


 皇帝の先導役で神経過敏だったのかもしれない。


 おかげで、周りがにわかにざわつき出す。隣ではアンテルスが「何やってるんだ」と言わんばかりに顔をしかめていた。


 舌打ちしたい気持ちを抑える。どうしたものか。


 戦闘になるのは得策ではないが、黙って斬られるわけにもいかない。


 考えあぐねていると、アンテルスがイザナの前にずい、と割り込んだ。


「申し訳ありません。彼女はまだこの国に来て日が浅く、礼の尽くし方も知らないのです」


「なんだ貴様は」


「夫です」


 さらりと言ってのける。


 ぎょっとしたのはイザナの方だ。場を取り(つくろ)うための嘘だとは分かるが、作り話でも夫婦として扱われるのは抵抗がある。


 アンテルスの動じない態度から、兵士はまるっきり信じ込んでいるようだった。


「奥方の教育がなっていないようだ。その責任は旦那の貴様にあるのではないか?」


「そうかもしれません」


「ならば、わかるな?」


 グラディウスの切っ先がアンテルスの額へ突きつけられる。今度こそ周りから悲鳴が上がる。


 だがアンテルスは泰然自若(たいぜんじじゃく)としたまま、鷹揚(おうよう)に手を広げた。


「責任は私にあります。妻にはよく言って聞かせましょう。叶うことならその罰も進んで受けるべきですが、見たところ、御前(ごぜん)は儀式に(おもむ)かれるのではないですか? 御足(みあし)を私のような下賤(げせん)の血で汚したくはありません」


 よくぺらぺらと口が回るものだ。アンテルスは、皇帝を盾にして事態を収めようとしている。


 だが兵士の方は頬を強張(こわば)らせていく。理路整然とした説明だけに、自身の非を指摘された心地かもしれない。


「貴様が気を回すところではない。礼節がなってないのは夫婦揃ってか」


 剣呑(けんのん)な空気。先導していた残り二人の兵士もこちらに注意を向けている。もし戦闘になったら、三人同時に相手をしなければならないだろう。


「何をしている」


 腹に響く重たい声。立ち止まっている皇帝たちの方角から、大男が歩いてくる。


 役職付きの位だろう。すぐに判断がついた。男の格好は明らかに兵士たちと違っている。


 その男が着込んだ甲冑(かっちゅう)は金色に輝き、兜には馬毛の装飾が立ち上がっていた。胸当てには獅子の意匠(いしょう)があしらわれている。歩を進めるたび、赤いマントの(すそ)が向かい風を受けて踊った。


「こ、近衛(このえ)隊長」


 居丈高だった兵士が顔面を青くして、やってくる大男に向き合う。


「何をしているのか、と尋ねている」


 近衛隊長と呼ばれた男は悠然とした動作で、兵士の前に立ち止まった。イザナも女の中では背丈が高い方だったが、さらに半身分くらい相手の方が高い。腕や足回りも大樹(たいじゅ)のような太さだ。それでいて、鈍重(どんじゅう)な雰囲気はない。


 おそらく、強い。


 イザナがこれまで対峙(たいじ)した男たちとは、次元の違う雰囲気を纏っていた。


「こ、この者たちが不敬にも、棒立ちのまま皇帝陛下を不躾(ぶしつけ)に観察しておりまして」


「なぜ斬らん」


 しどろもどろに伝える兵士に、静かに、だが有無を言わさぬ口調でその近衛隊長は告げた。


「……は」


「なぜ斬らんのかと聞いている」


「あ、いえ、しかし、たったいま事情を」


「無能は好かぬ」


 近衛隊長は腰の剣――グラディウスよりも刃渡りのある長剣を鞘から引き抜くと、無造作(むぞうさ)に横()ぎに払った。


 流れるような動作。


 イザナは一瞬、その標的が自分と分からないほどだった。


 白刃(はくじん)が迫る。


 だめだ。避けきれない。


「っ……!」


 視界が反転する。


 (ほこり)っぽい景色から青空に切り替わる。

 首を斬られたのだろう、とおぼろげにイザナは感じた。


 黒い影が宙に浮いている。これはイメージだろうか。

 

 その(かたまり)はやがて音を立てて地面に飛び散った。

 ああ、自分の頭蓋(ずがい)は粉々になり、脳漿(のうしょう)()き散らしたに違いない。


「奥方を(かば)ったか」


 近衛隊長の声がはっきりと耳に届く。


「……?」


 予想していたような痛みはない。背中と、みぞおちの辺りが圧迫されたような感触はある。


 身を起こすと、アンテルスも側で倒れていた。


 イザナが自分の首かと思った物体は小壺(こつぼ)だった。

 散らばっているのは陶器の欠片と、赤紫の液体だ。くらくらするような酒の匂いが立ち込めている。


「いやぁ、申し訳ありません。怖くて足ががたがたで。倒れてしまいました」


 アンテルスはゆっくり立ち上がると、いつものように飄々(ひょうひょう)と言い訳をする。近衛隊長に背中を向けながら、こちらに手を差し出す。


 その手を取ると、引っ張り上げられるようにしてイザナは立ち上がった。


 なぜか鼓動(こどう)が早い。彼はいつも通りの軽薄な笑みを浮かべているだけだ。握った右手が、力の発動とは違う熱の帯び方をしている。


 その感覚を知らないわけではない。遠い昔に置いてきた感情だ。


 だが、こんなことで? 庇われたくらいで?


 頬の上気を実感しながらも、凶刃(きょうじん)を逃れた緊張と安堵が一気に押し寄せたせいで興奮しているのだ、とイザナは解釈した。


 アンテルスはこちらの心の動きなど知る由もなく、すでに兵士たちのほうに向き直っていた。


 近衛隊長の後ろでは、兵士が蒼白(そうはく)になって震えていた。彼の首には赤い筋が一つ入っている。


 あのひと振りで、イザナと、この兵士の首を飛ばすことができたのだろう。兵士の様子からすると本気ではなかったのかもしれないが。


 とっさに動けたのはアンテルスだけだ。


 そのことを近衛隊長も看破しているようだった。彼はアンテルスをまっすぐに見下ろしている。


「……名はなんと言う」


「アントニウスと申します。そちらは?」


 近衛隊長は鉄面皮(てつめんぴ)の口端を、ほんの少しだけ曲げた。


「礼節がなってないとは本当のようだな。お前のような小男が私と対等に話をするか」


「なにぶん世間知らずなもので」


 ふ、と近衛隊長は息を吐いた。はらはらと周囲が見守る様子を彼も察しているようだった。


「ドミティウスだ。お前の名前、覚えておくぞ」


 近衛隊長ドミティウスは踵を返すと兵士たちに前に進むよう指示を出した。マントを(ひるがえ)して、皇帝のもとへと戻っていく。


 先導の兵士が歩きだすと、後方の動きも再開された。ドミティウスは皇帝たちのすぐ後ろに控え、他の近衛兵とともに集団の警護に努めていた。再び目を合わせることはなかった。


 彼らの姿が通りを曲がって消えていくと、タイミングを示し合わせたかのように、商人たちはほぼ同時に呼び込みを始めた。


 商魂たくましい彼らの姿勢に、張り詰めたような緊張は解け、市場は元の喧騒(けんそう)を取り戻していく。


 ざわめきが再び辺りに満ちると、老夫婦がイザナたちのもとへ寄ってきた。


「あんたら、大丈夫だったかい」


 夫の方が語りかけてくる。一連の成り行きを見ていたのだろう。


「ええ、別に。なんともないわ」


 ざわめきに会話が紛れぬよう、イザナは少し声を張った。こちらへの興味を無くさせるつもりで突き放したのだ。


 だが、アンテルスがこちらに気づき、会話に加わってくる。


「さきほどはご迷惑おかけしました」


「いやいや、(わし)らは別に。あんたらも怪我がなくて何よりだ」


 老婆心(ろうばしん)という奴だろう。老人たちの中には若者の世話を焼きたがる者が稀にいる。実年齢で言えば、彼らは()()()()()()()だろうが。


 その優しさにつけ込むように、アンテルスはこれ幸いといった調子で質問を投げた。


「さっきのは何だったんですか? 何かの儀式かと思いましたが」


「ありゃあ、たぶん、神殿の奉献式(ほうけんしき)だろう」


 皇帝が消えていった方角に、老人が首を向ける。


「奉献式……新しく神殿が建つのですか? いや、それよりフォルムは逆方向のはずでは?」


 彼は怪訝(けげん)そうに(あご)に手をやる。イザナにはさっぱり分からない内容だ。


 後で聞いたことだが、フォルムというのは公共の広場で、政治施設なども建ち並ぶ場所らしい。そこには祭事で使用される神殿もあるという。


「おぬしが言っているのはフォルトゥナ様の神殿じゃろう。儂らからすると、それだけあれば十分なんだが」


 老人は嘆息(たんそく)した。


「陛下は、別の神をこの国にお迎えしたいそうでな」


「別の神?」


「ここ三年くらいか。クレスト教とかいう新しい教えが入ってきてな」


「クレスト教……」


 老人はうなずく。


「帝国の中じゃあ、市民以外にもいろんな人種がいるから、教えなんて人それぞれだったんじゃが……クレスト教は他の神はまやかしだと断じておるそうでな」


 後半は潜めるように、老人は口元に手を添えていた。


「しかし、そんな教えを元老院(げんろういん)が許すのですか?」


「そこまでは儂ら市民にゃわからんよ」


 あまり公に話せる内容ではないのか、隣で黙っていた婦人が「その辺にしとかないと……」と口を挟んできた。


「ま、とにかくあんたらはまだ若い。奥方も意地があるかもしれんが、あまり無理はせんほうがええぞ」


 そう告げて、老夫妻は雑踏(ざっとう)に消えていった。


「奥方……」


 ぞわりと背筋が総毛立つ。手を取られたときのようなほのかな陶酔は、鳴りを潜めていた。やはり戦闘の高揚(こうよう)だったのだろう。


 アンテルスは夫妻がいなくなるまで手を振っていた。夫婦と呼ばれたことに何の感慨(かんがい)もないようだ。


「さて、ワインの買い直しと行きましょうか」


 何事もなかったように提案してくるアンテルス。


 もやもやとした気持ちが首をもたげてくる。人の金だと思って簡単に言ってくる。それだけではない。先程の会話や、庇われたこと、アンテルスの咄嗟(とっさ)の判断、自分の気持ち。分からないことが(あふ)れていた。


 それらが複合的に絡み合った結果、イザナはアンテルスの足を思い切り踏みつけた。


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