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第1話『死を祀る祠』

オーバーラップWEB小説賞、応募作です。よろしくお願いいたします

 ここで死ぬことができるかもしれない。


 がらんどうの暗い入口を前にして、イザナは(つば)を飲んだ。


 ――ネクロスの(ほこら)


 神殿(しんでん)のような造りでありながら、なぜか祠と呼ばれている。


 死を(まつ)るという(うわさ)だけを頼りに、東方(とうほう)から足を伸ばしてきた。確証はなかった。だが、答えがある気がしたのだ。


「ちょ、ちょっと離しなさい、あたしはこの祠に用があるのよ」



 ぐい、と腕を引っ張られ、イザナは思わずたたらを踏んだ。神妙な気持ちが一息に吹っ飛ぶ。


 右腕に少女がしがみついていた。


「ですからこうして案内してるじゃないですか」


 彼女は人懐こい笑みを浮かべている。


 イザナは擦り切れた外套(がいとう)目深(まぶか)に被っていた。そんな相手に対して、よくそこまで無邪気に振る舞えるものだと感心する。


 彼女は道案内を頼んだだけの町娘だ。尋ねてもいないのにリセルと名乗っていた。


 ネクロス祠のことを尋ねたとき、リセルの瞳の奥にはなぜか期待が転がっていたが――いまなら理由が分かる。


「ほら、みんなも待ってますよ」


 振り返ると、三十人ほどが手製の数珠(じゅず)や神像らしきものを抱え、列をなし始めている。


 彼らの身なりは質素で、粗悪な羊毛などで縫製(ほうせい)した服ばかり。ほつれや汚れも気にしていない。ほとんどが老人だった。


「これから聖人様(せいじんさま)への礼拝(れいはい)があるんですから。そのためにいらっしゃったのでしょう?」


 育ちの良さを感じさせる彼女の服装もまた、貧相な足首丈の亜麻(あま)のチュニックだった。同じような格好でも、リセルの存在はこの集団においてどこかアンバランスな印象を受ける。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 問題は勝手に集団の列まで連れていかれていることだ。


「あたしは信者じゃないの」


 集団の端っこあたりに来ると、イザナはぞんざいに腕を払った。


 その拍子に外套の端がめくれる。


 しまった、と思ったときには遅かった。リセルが気遣わしげに眉をひそめている。


「怪我……されていたんですか?」


 露出したイザナの右腕には、手のひらから二の腕へ水墨が伝ったような模様がある。白い肌に際立つ異様な刻印。何も知らないリセルは、これを傷か(あざ)だとでも思ったらしい。


 イザナは舌打ちして、外套の内側に右腕を隠した。


「あたしはネクロスの鎌に用があるのよ」


 腕のことについては触れず、目的を伝える。


 すると一転して、リセルは声を潜めた。不安を抑えるように、胸元に両手を重ねている。


「……伝承を知ってのことですか?」


「もちろんよ。不死の聖人さえも眠らせる、死の鎌なんでしょう?」


「辞めたほうがいいです。兵士も貴族様も他国の方も、強力な武器になると考えて引き抜こうとされましたが……」


 口をつぐんだ彼女のあとを、イザナは引き取ってやった。


「全員死んだわけね」


 まぶたを伏せ、リセルは俯く。


 その反応はイザナを満足させた。わざわざ足を棒にしてやってきた甲斐があるというものだ。


「それを聞いて安心したわ」


 無意識に、唇の端に笑みが浮かぶ。


「あたしは、死ににきたのよ」


「え……いま――」


 面を上げた彼女の言葉は、そこでかき消された。


「全員その場から動くな!」


 硬い足音が広場にこだました。鼻を刺すような油の匂いが風に乗って流れてくる。


 帝国の兵士たちがこちらに向かってきていた。その数、七人。

 身体に沿って湾曲させた板金鎧に、短い目庇(まびさし)のついた兜。匂いの原因は、鎧に使われる獣脂(じゅうし)だろう。


 彼らは無感情に、まっすぐ虚空(こくう)を見据えている。


『こんなところに兵士?』『奴ら、何の用だ?』などと、イザナの周囲にいた信者たちはしかめっ面で囁き合っている。


「リセルお姉ちゃん!」


 ざわつきの中で子供の声が耳を叩いた。

 五、六歳くらいの幼女が走ってくる。その子は隣にいたリセルに勢いのまま抱きついた。


「ミリエル? 今日はソニアおばさまのお手伝いじゃなかったの?」


 リセルからは動揺が伝わってくる。兵士たちの不穏さを思えば無理はない。


 だが幼女の方は、悪戯(いたずら)が成功したように得意げに笑っている。その無邪気さは、周囲の戸惑いの中で危うく浮いていた。


(ひざまづ)け! これより皇帝マルクス様からの勅令(ちょくれい)を申し渡す!」


 兵士たちに辺りを取り囲まれ、イザナを含めた信者たちの集団は恐る恐る身をかがめた。

 やがて兵士の一人が厳かに前に出た。威圧するようにこちらを睥睨(へいげい)している。

 彼だけは脛当(すねあ)てを付け、兜にも横向きのトサカ飾りが生えている。一団の指揮役だろう。


 嫌な感じだ。


 深く被り直したフードの下で、イザナは舌を打った。どうしてこうも邪魔が入るのか。


 思わず拳を握り込むと、黒い(もや)が冬の吐息のように立ち上る。


「……?」


 その現象に気づいたのか、隣のリセルだけが目を瞬いていた。


「以前より触れがあった通り、国教以外の信仰は禁じられている!」


 ネクロスの祠を背にして、指揮役の兵士が木簡(もっかん)を手に大声を張り上げる。


 それを口火に高圧的な演説が始まった。王への忠誠、教義の内容、民はどうあるべきかなどなど……


 少し視線をずらして信者たちの様子を窺えば、彼らは表情を硬くしたまま見守っていた。無理もない。この物騒な雰囲気の中では、身の危険を感じるのが普通だ。


 なのだが。


(早く終わらないかしら)


 イザナはといえば、白けた気分で眺めていた。


 回りくどい勅令など聞くまでもない。礼拝中の信者たちの下へ怒鳴り込んできたのだ。帝国側の意図は明白だった。


 他教は排除。それも手っ取り早く不要な人間を排除する方法は一つだろう。


「つまり、貴様らは何の役にも立たん虫けらよ、せめて己の神に(じゅん)じて逝くがいい。聖人様とやらの下へな」


 その結びを聞いて、イザナは確信した。


 ここにいる『人間』は、全員殺される。


 木簡が投げ捨てられ、兵士たちの(さや)からグラディウスが抜き放たれた。


「そ、そんなもの横暴だ! 勝手なことばかり言いおって! 儂らが何をしたというんじゃ!」


 最前列にいた老人が指揮役の兵士に詰め寄った。腰の曲がった姿勢で、相手の胸元を小突いている。


「そうだ! おれたちが何したって言うんだ!」


 後方からも兵士たちを非難する声が上がる。剣を構えた兵士たちにも臆することなく、信者たちは結束していた。騒々しく勢いは増していく。


 そんな中にあっても老人に詰め寄られた兵士は、微動だにしなかった。


 彼は憐れむような眼差しで老人を見下ろし、ゆっくりと剣を両手に持った。その刃先は晴れた上空へ突き出される。


「? なんじゃ……」


 あまりに緩やかな動作。その様子を呆けたように老人は追う。


 その顔めがけて、兵士は一気に剣を振り下ろした。


 鮮血が地面にぶちまけられる。


 すぐ後ろの老婆はその大量の血を引っ被った。事態の衝撃に耐えられず、彼女は天を仰いで背中から昏倒(こんとう)した。


「いやあああああ!」


 誰かの金切り声が開始の合図になった。


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