7
「いいかい。誰かが死をかけて挑まなければ誰も助からない。俺だって毛頭死ぬつもりはない。俺が死んだら誰も助からないという事も分かるから。つまり俺が生きれば皆が生きられるって事だ。分かって欲しい」
「……如月君ってやっぱり変わってるよね? 大した自信家だよね。いいわ。あなたに賭けてみる。でも一つ疑問。どうしてわたしの弓矢は教室から狙い撃つの? 確度を上げるなら、わたしも如月君の近くに潜んでいて魔物を狙い撃った方がいいんじゃないかな?」
「リスクは最小限にしたい。魔物が狡猾でもし先に決定打が放てるのが村木さんだって分かったら、村木さんが標的になってしまう。そして何故教室からの射弓についてなんだけど、さっき言った通り確信はあるけど確定じゃない要素がある。それに村木さんならおそらくだけど大丈夫じゃないかと思う」
「如月英多君。今日今からじゃないとそれはダメなの? もう少し皆で話し合って決めた方が。わたしは皆を失いたくない……」
佐伯先生の言う通り何もしなくても今日は乗り切れるかもしれない、だが、日が立てば立つほど、体力も気力も削がれていく。だから今日やらなければならない。
「佐伯先生、ごめん。やはりこれは俺じゃないと多分ダメだ。それに日が落ちる前に食料は確保したい。魔物でも何でも……。村木さん、俺がハンドサインで射弓の合図を出すから構えていてくれ」
俺はそう言い残して、教室を出る。
平原をひたすら走る。日はまだ高い位置だ。これならいける! ってかいけないと困る。皆死ぬ。
正味500㍍ほどで平原が途切れ、いよいよ魔獣の森に差し掛かった。そしてモップについた血液のにおいにつられた一匹の獰猛なトラが現れた。5㍍ほどの体躯。でかいな。大きな牙を誇らしいくらいに輝かせた大きな肢体。敏捷性は高いだろう。空腹だったのかもしれない。教室から500㍍辺りまでは比較的安全だと俺は踏んでいたがテリトリー内へ侵入してきた。テリトリーへの入りづらさより空腹が勝っていたのだろう。よく見ると俺が教室内から見ていた個体より大きい。個体差があるのだろう。おそらくキラータイガーとか呼ばれているトラだろう。
さぁ~て、そろそろ逃げるか。
――俺はモップの血液が含まれた替え糸の部分は捨てて、全速で柄を持って走る。教室方面へ。
だが足は勿論キラータイガーの方が速い。
教室から300㍍ほどの距離で追いつかれる。
くっ! 想定より遠くなってしまったか。
俺はキラータイガーに向き直り、対峙した。モップの柄を正眼に構える。
キラータイガーのやつも警戒はしたようだけど、やはり空腹。ややいきり立った様子で飛びかかってきた。単純な横凪ぎ。逃げて焦らしより怒らせた甲斐があった。動きが単調だ。
俺は最初の飛びかかりは瞬時にサイドステップで躱す。ギリギリにはなるがそれは態勢を崩さない為。
宙を凪ぎ着地したキラータイガーは、更に右爪でサイドに回った俺に横凪ぎをかける。
飛びかかった勢いが加わった初撃を受け止めるのは愚策だが、2撃目の横なぎであればモップの柄でも耐えられる。
俺は柄でガードし、態勢を崩したキラータイガーが腕を引くと同時にスナップを利かせ、袈裟切りでキラータイガーの鼻先を強打し、更に強靭な手首のスナップでツバメ返し。キラータイガーは後方に飛び去るが、そこに更に踏み込んでの唐竹割り。キラータイガーの頭蓋を叩きつける。
勿論、それでは脳震盪程にもならないだろう。だけど、キラータイガーはそれでも果敢にも頭を突き出し噛みつきに出る。俺は咄嗟にバックステップを取る。前足を封じておけば噛みつきしかないだろう。予想はついていた分だけ、反撃が出来る。今度はモップの柄を開いた口の中目掛けて強烈な刺突。動きは完全に止まった。
俺はそのままキラータイガーに対峙しつつ、後手でハンドサインを出した。
――今だ。射抜け!
弓道の弓矢の射程距離は遠的でも60㍍だと聞く。村木さんのパトス『ウルトラエイミング』が上手く発動したとしても命中はいけても距離は4倍がいい所だろうと予想した。だから本来ならせめて200㍍ほどまでおびき寄せたがったが、思っていた個体よりおびき出したキラータイガーはでかかった。その分余裕はとれず教室までは300㍍。だが、ここで俺の確信はしたが確定はしていない要素が試される。
教室室内からの射弓。いけるか?
キラータイガーに対峙しつつ、すぅ~と息を吐いたと同時だった。
後方より空気を凪ぐ音。いや、音など後から聞こえるであろう程の空気の流れが変わった感触。
――後頭部に威圧感。ん? まずい、これ俺、射線めっちゃ入ってんじゃん。俺が悪いと言えば悪いのか。
気配で分かった。後方を振り返る事もなく上体を折りたたむ。
その瞬間、俺の頭蓋のあった位置を矢が通過した。
恐ろしいほどの速度で矢はキラータイガーの頭蓋を貫き、勢いを殺すことなく森の中に消えていった。
驚く間もなく倒れこみ事切れたキラータイガー。
なるほど。矢速はもはや300とか400キロは出てないか?
空気抵抗を無視したような射弓。目視だが、射程も1000㍍以上ってところだろう。想定以上の効果に息を飲む。
「如月君!! すっごーーい!! びっくり!! 何なのあの身のこなし。見た目は華奢っぽいのに」
村木さんの弓矢の方が俺は驚いたぞ。俺が射線にいたのにもかからわず放つ強心臓ぶりにも。
「如月英多君、びっくりです。そのトラ、『鑑定』によるとキングタイガーっていう戦車みたいな名前ですが、キラータイガーの高異種のようです。食用OKです! それよりあなたのその流れるような身のこなし。運動神経の塊みたいです。何かやっていたのですか?」
「書道とピアノを少々やってました」
「何処までが本当なのか分からないけど、とにかく実際に如月君は隠していた実力があったことが分かったわ。でもどうして今まで運動にしても勉強にしても本気を出さなかったの?」
村木さんに問われる。
「そういえば、この前の中間試験も全科目綺麗に揃えたように70点でしたね。平均点や難易度に関わらず。おかしいと思ってはいたのです」
佐伯先生にも疑われた。でも今はそれどころではないんじゃないか?
「テストはたまたまじゃないですかね。それに俺だって時と場合によっては本気出す事だってありますよ」
今がその時だった……ような気がする。
「英多様、おとり役お見事です。でも紗枝様のエイミングの方がわたくしはびっくりしました」
「村木さんの弓すごかったよね? あたしマジびっくりだよ。これで食料は一応確保できたよね? 魔物だから味とかは度外視だけど。あとは水をどうにかしたいよね?」
「そう、あとは水なんだけどさ、イリアに頑張ってもらう必要があるんだ」
俺の勘が正しければあるはずだ。あれが。




