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 さすがに騒然とする生徒たち。

 今の今まで地獄のような時間を課していた相手が突如息絶えた。


 ”嘘だろ?”


 何かの演技ではないか?

 自分たちは出し抜かれているのではないか?


 懐疑心に包まれながらも、教室内は徐々に安堵の空気に変わった。


「俺たち自由になれるのか?」


 最初に声を上げたのは、広川純也(ひろかわじゅんや)

 サッカー部の主将を務める褐色に焼けた肌の男子。


 しかし無情にもその希望の声はすぐにかき消されることとなる。


 ――目を見開いたままのエミルの遺体を魔法陣が覆うと同時に遺体が粒子のように拡散し、残った魔方陣に再び人影が現れた。


「ふう。あの子ったら全く使えませんでしたね……」


 生徒一同は驚愕した。

 再びエミルが現れたからだ。


「皆さん、驚かせてしまいごめんなさいね。あの子が使えないばかりに……即死がレジスト出来るからって調子に乗ったつけね」


「あなたはエミルなの?」


 たまらず正田瑠美が質問を投げつけた。


「わたしはアリシアと申します。エミルは言うなれば侍女ですね。彼女は変装の『パトス』が使えるので、一応は使ってあげていたのですが。ここからはわたしがこの場を引き取ります。ここで一つ余興をしましょう。エミルを殺した犯人捜しです。あなた方の中に犯人がいるのですが、あなた方も殺人鬼が仲間の中にいたら不安ですよね? それもエミルのように気付かれずに確実に人を殺せる『パトス』を犯人は身に付けています。それを排除しようと思うのです」


「アリシアさん、待ってください! 代表者を名乗ったエミルさんが亡くなった今、勇者試験は中止になるのではないのですか?」


 相沢美香がやや狼狽した様子で口を出した。


「そうですね~。ですがわたしも勇者擁立する責務を預かっているのです。エミルを出し抜くほどの方がいらっしゃるこのクラスであれば、少しは期待できるのではないでしょうか? ですのでこのまま進行させて頂きます。どうしようかしら? わたしは相手の目を見れば、その方の所持パトスが分かってしまいますので、お一人ずつローラー作戦でいきましょうか?」


「そんなことをしなくても、犯人が名乗り出て、クラスメイトは殺害しないと誓ってもらえれば済む話ではないのですか?」


 村木紗枝が口を挟んだ。

 これには一同も納得したようで、あちらこちらでざわつきが出始めた。


「あら? そんな楽観的ではないようですよ? この犯人、取り逃がしたら必ずあなた方全員を殺す事になります。自分が勇者になる事が最高の結果なのですから」


「そんな自分勝手な……」


「俺たちの中にそんなやつが……」


 あちこちで声が上がる中、ついに……


「ではこの教卓にある出席簿の順で名前をお呼び致しますので、読み上げられた方はこちらにおいでください。あ……」


 ――その刹那、唐突に相沢美香が立ち上がり、教室後部へ駆け出した。

 誰が見ても生気のない顔色だ。


 そして教室後部の廊下側のドアにたどりついた瞬間、副担任の佐伯麻衣に肩を掴まれた。華奢な身体からは信じられないような力で制されていた。


「相沢さん、待って! ここから逃げてはだめ!」


「く! 離して!! あと20秒切ったのに!!」


「何があと20秒なのでしょう? あら? もしかしてわたしの命があと20秒って事でしょうか? ではカウントダウンしましょうか? 10……9……8……7……」


 空しく続くカウントダウン。相沢美香の表情がおぞましいほどの恐怖に染まる。アリシアが1を数えると同時に、腕を振り上げ拳を握った。


 佐伯の腕を振りほどこうともがいていた相沢美香の首から上が、捻りあがると同時に弾け飛んだ。


「あら? 出席簿の順ではつまらないので最後の方から順にしようと思っていたのですが……興覚めでしたね。相沢美香さんでしたね。そのまま黙っていればわたしの負けでしたのに。佐伯先生でしたか。犯人を捕らえて頂きありがとうございました」


 すると佐伯はすぐさま気絶した。あらかじめ洗脳のような事をされていたようだった。


「どうやら犯人が死んだのでわたしは死なずにすんだようですね。皆さん余興は楽しんでいただけましたか?」


 一度はエミルの死亡で安堵していた状況が一転、アリシアの更に凄惨な行動で生徒たちは、地獄でも生ぬるいような心情だった。


 ”こいつには何をしても勝てない”……生徒たちにそんな空気が流れた。


「ここで相沢美香の『パトス』の種明かしをしておきましょう。パトス名は【死の宣告】。これを発動し半径30メートル以内で名前を呼ばれた相手はその1分後必ず死亡する。質問ついでにエミルの名前を織り込んだのはまあ誰でも思いつく方法ではありますが、その辺彼女は勇気自体はあったようですね。解除方法は使用者の死亡のみ。まさか伝説のパトスの一つが彼女の身に降りようとは、わたしも少し迂闊でした。このパトスであれば彼女さえ冷静であればわたしにも通用していたでしょう。なお佐伯先生にかけた魔法は”教室から外に出たら死亡する”という簡単な思考誘導です。実際わたしは彼女に外に逃れられたらアウトでしたからね。生徒を守るはずの先生が生徒を殺す幇助をするなんて。あはは。面白いでしょう?」


 アリシアはまるで遊び半分で命をもてあそんでいたようだった。


「それでは、改めて勇者試験の説明を致します。本試験は大変シンプルなものです。この部屋を出たらスタート。10日以内に王都の王城にたどり着くことで合格となります。

 現在あなた方は総勢35名いらっしゃいます。

 この教卓には、王都までの地図を1枚、並びに支度金、この人数では5日分相当になる水と食料を準備してあります。

 では、10日後、城のホールにて再開できる事を楽しみにしております」


 そういうとアリシアは早々と姿を消した。


 皆誰もに余裕がない状態だった。

 誰もが生命線となる水食糧を5日分としたところにアリシアの残虐さを思い知らされた。まるで奪い合えと言われているかのようだ。

 そんな中、まずこの場で意思を持たない2名、眠ったままの如月英多、そして気絶したままの佐伯麻衣。この二人がまず盤上一致の元、教室に取り残されることが決まった。期限は10日間、ゴールとなる王城までの距離は地図通りだと200㌔㍍はある、しかも配給された水食糧も5日分のみ。おそらくは足りなくなる。だからこそ早急に出立することが誰の眼にも上策だと感じられたのだ。


 そして無情にも意識のない2人は1人は生徒を守るのが責務の教師だし、もう1人はクラスカーストでも最下層にいるようなやつだから……そのような考えで少なからず2人を見殺しにしたという罪悪感はクラスメート達から薄まる事になったのが決定打だ。


 その言いにくい決定を明確に言葉に表した人物がいた。

 新見直人(にいみなおと)、このクラスではクラスカーストのトップに君臨する男子。顔面偏差値はクラスばかりか学校内でもおそらくトップのようなイケメン、髪はサラサラなブラウン、成績は常時学年3位以内、運動神経まで卓越し、見てくれだけでなく性格までケチをつけられないくらいの爽やかさでクラス内の決め事はいつもイニシアチブをとっている。

 その新見をしてその無情な決定になるほど状況は切迫していた。


「悪いけど、寝ている如月は問題外だろう、こんな非常時に寝ていれば皆の決定に異を唱える資格なんかないし。それと佐伯先生は生徒を守るのが仕事の教師だからね。この決定に不服はないはずさ。僕は皆の無事を一番に確保したいんだ。地球に帰れない以上、ここで幸せを見つけるしかないんだ。それには勇者になって活躍することが必要なんだろう」


 その勇者が正義なのか悪なのかは別として、有限な時間の中、動き出すのが遅ければ遅いほど不利になるという状況が彼の後押しをした。


 2人が起きるのを待つ必要はない、そして起こす必要もない、生命線の水食糧は元々十分じゃない。2人を起こしてわざわざ食い扶持を増やす必要は全くないのだから。


 村木紗枝だけは、


「こんなのってない……せめて公平に……」


 その言葉に耳を傾ける者ももちろん、なく。


「時間がないんだ。2人はおいていくべきだ。待てば待つほど不利になるじゃないか」


 そんな声が多数だった。アリシアの策略に見事に落ちてしまっている。


「そんなの納得できない! いいです。わたしも残ります」


 村木紗枝に反論するものは誰もいなかった。


 ”わたし、馬鹿なのかな...…。でもこんな自分勝手な人たちと一緒にいるなんて嫌だ……もういい。自分の命を諦めて、如月君、佐伯先生と一緒に添え遂げよう”


 そしてクラスメート達は各々、手荷物を持ち教室を出て行った。誰も村木紗枝には振り返らずに。そして意識のある村木紗枝だけが取り残された。


 誰も彼も余裕がない。出ていくクラスメートには少しでも水食糧を残る村木紗枝に置いていくくらいの思いやりのある者は誰もいなかった。


 ――空虚の時間が過ぎていく。どうして皆こんなに薄情なの? 一緒の仲間じゃないの? ひどいよ……


 そしてある程度心が落ち着いたところで気持ちを切り替えた。


 まだ生きている。まだ終わりじゃない。1人じゃない。2人が生きていれば希望はある。

 3人寄れば文殊の知恵……


 まず二人を起こさなきゃ。

 ただ佐伯先生は、相沢美香の凄惨な場に立ち会ってしまい。起きた途端パニックを起こしかねない。

 先に如月英多の方だろう。


 そう彼女は考え、声をかけようと……


 ――その刹那だった。

 かなり汚れてはいるが、水色のドレスを着た美少女イリアが教室の前の扉から姿を現した。

 何かから逃げてきたような表情、そして満身創痍の美少女の登場に、村木紗枝も狼狽した。


「す……すみません。ここは……」


「あなたは? あのここは教室で……」


 村木紗枝が状況を答えようとしたが、イリヤは見つけてしまった。

 細田と、相沢の惨たらしい遺体を。


「……っ」


 声が出ないようだった。まるで村木紗枝が殺人鬼のように見えたのかもしれない。


「ごめんなさい。びっくりしましたよね。説明すると長くなるのだけど、ここで酷い事がありました。でもあなたも相当具合悪そうじゃないですか? 大丈夫ですか?」


 村木紗枝はイリアへ駆け寄った。

 村木が可愛らしい少女だったのが幸いしたか、イリアはやや警戒を解いたようだった。

 そして村木紗枝は順を追って、イリアに状況を説明した。


 2人とも落ち着いたところで、村木は改めて行動を起こすことにした。


「ねえ、如月君! 如月英多(きさらぎえいた)君ってば! 起きて! 起きなさいよ!」



 ――これが俺の目が目覚めるまでに起こった事の顛末だった。


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