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「すまないな。イリア。かなりの重労働になるけれど」
温泉を掘り当てるとなると、それなりの技術が通常は必要になるだろう。イリアは土魔法は行使できるものの、本来の土魔法は温泉を掘り当てる為の用途はない。
「いえ、如月様の判断は合っていると思います。ここで今日、水を確保しておかなければ明日以降の気力も落ちていく一方ですから。動けるうちにやっておくのが正解ですよね?」
イリアは飲み込みが早い。マリアンヌも聡明だが、イリアも元々は王女だ。魔法の知識またはパトスの理などにも博識なのだろう。自分なりにどうすれば源泉にたどりつくが試案しているようだ。
「時間は待ってくれません。あとこの教室? ですか。そこの転移エネルギーでわたくしの土魔法にブーストがかけられるのなら、やってみたいことがあります」
「なるべく深めの地中内を思い切り削り空洞をつくり、噴泉爆発を起こさせるとか?」
「やっぱり如月様には脱帽します。その通りです。無策で掘り当てるよりは効率的になるので、それにこの空間のエネルギーであれば……」
村木さんは静観していたが、この状況でもまさかの温泉にありつける期待が分かった途端、目の色が変わっている。佐伯先生は意外と冷静で、『鑑定』のパトスを自分なりに復習しているようだ。
「如月英多君、わたしの『鑑定』の能力、フレーバーテキスト通りだと最初に紹介した通り素材の価値や、薬草の選別、飲食可能かどうかの見極め、魔物の特性を見抜く、パトスの解析だったはずなんだけど、さっきキングタイガーを鑑定にかけたら、収集部位:牙、売値:5000エリス ってそんな情報まで分かったの。これもこの教室から『鑑定』を使ったからなのかな?」
「この教室内でパトスを使うとその効果が強化されるだけでなく派生した効果まで現れたってことじゃないかな? 元々教室自体が時空転移を実現したエネルギーの塊だからね。マリアンヌの『現状維持』で制限はあっても永続的に恩恵を受けられるのは強みだね」
「そうしたら~さ~、わたしの『現状維持』も表示が変わってるわけ。当初は対象に設定出来るのは一度に3つまでってことだったけど、今この建物内でフレーバーテキストみると、対象数に制限なしってなっているの。これすごくね? ねえこれすごいよね~。めっちゃやばやばじゃない?」
「それは良い情報だね。マリアンヌの『現状維持』は生命線だから更に施行できる事が増えそうだ。佐伯先生の『鑑定』ももしや女の子に対象設定するとスリーサイズ辺りまで分かっちゃうんじゃないの?」
「クズ! 変態!!」
村木さんは聞いてないようで聞いていた。
「うん、どうもそうみたいなんだ。村木さんに練習で『鑑定』かけてたのだけど、種族、パトスなんかは良いとして健康状態:やや劣悪、スリーサイズは81、59……」
「あああああああああああああ!!!!」
「佐伯先生、グッジョブ」
パシーン!!
「変態!! 死んじゃえ!!」
いったー! 思い切り村木さんに頬を張られた。何で俺だけ……
「如月様!! きましたきました!! 地中にすごい熱反応です」
「イリア、すごいぞ」
「えっ!! ついに温泉に入れるの?」
村木さんは切り替えが早い。
「今から地中を掘削して源泉の直上に空洞を作ります」
イリアは、眼をつむり見えない何かと戦っているように綿密な操作をしているようだ。
「暖められた地中内の空気が膨張して、直上の地面を吹き飛ばして噴泉が起こるはずだ」
「しかも神水ですよ~。これで身体を清めるなんてなんて贅沢なんでしょう」
教室の外を見ると、10時の方向、30㍍ほど先の地面がこんもり盛り上がったと同時に噴泉が起こる。
想定以上の勢い、こんなものがこの貧そな土地にあったとは誰も思わないだろう。
「イリア、立て続けにすまないけど、多分女性陣の要望があるだろうから……」
俺はあらかじめノートに走り書きしたスケッチをイリアに見せた。
露天風呂の絵だ。
イリアとマリアンヌは、話しぶりから温泉を知らない。だから言うより絵で示した方が早い。
「これは? こういうふうな造りのものにお湯を張るのですね」
「うん、整地で出来そうかい?」
「はい! 必要そうな石や岩も間欠泉の辺りから拝借できますし、この教室内からの操作であれば……」
噴泉はずっと起きっぱなしだ。もったいないと思いきや、これはマリアンヌの『現状維持』で永続的に湧き続けると言う特性を獲得している。チートと言うかズルに近いが。
イリアがもくもくとイメージを作り上げ、それを魔法に投影して整地作業に入ったようだ。
こんなもの女4人、ひ弱な男1人で力作業でやったら、完成する前に死んでいるだろう。
そして、出来上がった。
直径30㍍ほどの露天風呂。
「ちょっとでかすぎないか?」
「プール並みだよね」
「でもこういう高級ホテルみたいな温泉ってやっぱりいいわよね?」
佐伯先生、ここは異世界の魔境ですぞ。
「イリア、ついでに防護塀を作れるか?」
「はい、今やっています」
それは通じるようで、苦も無くのぞき防止用の遮蔽用の壁、更にその外に、万が一の為、魔物侵入を遮る為の壁を設置している。やはりなんと聡明な王女。
「ねえ、のぞき防止用の壁って、如月君のためだけだよね?」
村木さん、よけいな事は言わなくていいよ。
「そんな事ないだろ? ほら。もしかしたら女性の裸に猛烈に執着を見せる魔物とかが、神水ももろともせず来るかもしれないだろ?」
「それが如月君って事でしょ?」
ちげーわ。
「いらなかったでしょうか?」
「う~ん、いるんじゃない? 安心の為に。やっぱ魔物とかもしかしたら覗きに来るかもしれないしね。まあそもそもそこまで侵入は不可だけど。じゃあやっぱ如月さん対策かな~?」
「如月英多君、わたしは悲しいです。如月英多君がそう言った年頃だというのは重々承知しているつもりです。でも、そこで実行に移してしまったら元も子もありません。わたしが何をあなたに伝えたいかと言うと、のぞきは犯罪で実行に移してしまったらあなただけでなくご家族にまで迷惑がかかり、はたまたあなた自身の行く末にも……」
佐伯先生、俺まだ何もしてない……
そんなこんなで転移初日は、もしかしたら勇者試験なんぞに臨むよりは教室に残った方が正解だったと言えるくらいの収穫だった。




