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「ねえ、如月君! 如月英多(きさらぎえいた)君ってば! 起きて! 起きなさいよ!」


 唐突に身体を揺さぶられ、俺は、目を覚ました。


 ……ここは……教室だよな?

 あっ! とえ〜と、この子……誰だっけ?


「もう! 如月君ったら! やっと起きた。よくこんな緊急事態に悠々とのんびり寝ていられたわね」


「そう? だって今授業中だったろ? いつもの日常じゃないか……」


「そうね。授業中だったのよね。そりゃあ、普通は寝るわよね。 ……って普通そんなに堂々と寝ないから!」


 え〜と、さっきから俺を問い詰めているこの子は確か……思い出したかも。


「俺にとっては日常なんだよ。わかるよね? クラスメートの木村さん」


「村木! 村木紗枝(むらきさえ)よ! 授業中にクラス丸ごとこんな事になっているんだから、クラスメートに決まっているでしょ! まあ、とは言ってもあなたとは、今までほとんど話した事がなかったけどね」


 やっと寝惚けから開放され、周囲の状況が目に入ってきた。

 心配な眼差しをこちらへ向ける村木さん、そしてその隣にはこちらもそわそわした感じの少女が立っていた。

 こちらを見つめる瞳は透き通るようなブルー。そして流れるような美しいこれまた透き通るようなブルーの髪色。実際透き通っているわけじゃないが言うなればプライズ品ではない精巧なスケールフィギュアのような美少女だ。歳は14とか15くらいか? 更に極めつけはこれまたブルーの透き通るような美しいドレスを着ている。美しい体躯に美しい髪、美しい顔、美しいドレス、何処を切っても美しいが噴き出す美少女だ。


 ん~。これ誰だっけ? 初見かもしれないなぁ。でも会った事があった気もする。


「それとこっちは……ああ思い出した。君は小さい頃コロラドの断崖絶壁で不幸にも雷に打たれて記憶を失ったという帰国子女のステファニー!」


「えっ? ええと……」


 ステファニーが首をかしげこちらに真剣な眼差しを向けてきた。何か言いたいのだろうか?


「ちょっとちょっと、どっからそんな変な設定持ってきてるのよ!? この子はステファニーなんて名前じゃないし、雷に打たれてなんかないわ、如月君、あなたはまだ初対面でしょ? 紹介するわ。この子の名前はええと……イリア・アレフ・シャリオット・ファンデンブルグ・シャーディーちゃん」


 ほう、変わった名前だな。ミドルネームが3つか。ちょっと傲慢じゃないか?


「じゃあ、親しみを込めて君はステファニーって事で」


「めっ!! イリアって言ったでしょ? 全くどういう神経してるのよ」


 村木さんに怒られた。駄目らしい。


「す、すみません。突然お邪魔してしまって……わたくしはイリア・アルフ・シャリオット・フォンデンブルグ・シャーディーと申します」


 村木さんも間違ってるじゃん。


「俺は如月英多って言うんだ。英多って呼んでもらえれば。以後よろしく」


「分かりました。では英多様、こちらこそよろしくお願い致します。わたくしの事はステファニーで結構でございます。わたくしはもうシャーディー王家から追放されましたので」


 シャーディー王家? この子は中世イギリスかどっかから時空転移でもしてきたのだろうか。


「ダメよ! イリアちゃん! 親からつけてもらった大切な名前を勝手にステファニーなんかに……」


 村木さんは世話好きというか、お節介なのかもしれない。まあそれがいい所でも悪い所でもあるのだけど。


「村木さん、その言い方世界中のステファニーに失礼じゃないか。世界中のステファニー、ごめんなさいって謝りなよ。じゃあイリアでいいか。イリア、君の紹介をそのまま受け取ると君はシャーディー王国という国の王女だったということになるんだけど」


「えっ!? イリアちゃんが王女様? そうなの? わたしたち王女様の前でこんな頭が高くてもいいの?」


「あの……お二人ともおやめください。もうわたしは王女ではありませんし、わたくしの名前などもうどうでもよい事なので」


 イリアがうつむき加減に赤面している。


「村木さん、イリアもこう言ってる事だし、いつまでも名前なんかで不毛な論争は止めようよ」


「ちょっと待って。元々あなたがイリアちゃんをステファニーなんかにしちゃったから始まったんじゃない……」


 村木さんも意地っ張りだな。でもムキになった所も意外に可愛い。


「じゃあそろそろ状況を整理しようか? いいかい? 二人とも。ここは教室内。まずは今分かっている事を確認しようか?」


 俺はいつも通り惰眠を貪っていたわけだけど、その間に教室内は信じられない状況になっていたようだ。 


 鼻を突く鉄の臭い。


 教壇近くに一目で絶命していると分かる担任教師、細田の遺体が横たわっている。

 首から上が消失している。

 頭を捻り潰されたような強引な印象を受けた。


 そして、教室後部の出口付近に同じく首から上がない女生徒の死体が仰向けに横たわっていた。


 更にその隣には……こちらは気絶でもしているのだろうか、泡を吹いて白目を剥いて倒れている、新卒教師で副担任の佐伯麻衣(さえきまい)の姿があった。23歳で美形だが、童顔な上に壊滅的に背が小さい為、生徒達になめられている傾向があった。絵面的にもう少し切れ者でいて欲しかった。


 ……と言うわけで、どう見ても異常事態だった。


 そして、授業中にも関わらず、いたはずのクラスメートは、村木さん一人になっていた。彼女は少しばかり童顔だが、栗色の髪が綺麗でとても可愛らしい顔立ちをしている。確か弓道部だったかな?

 そしてパーティーにでも行きそうな可愛らしい装い、この教室に似つかわしくない出で立ちの美少女イリアがいる。


「まあ……比較的異常事態だね」


「うん、そうね。 って何でそんな冷静でいられるの?」


「多分、今の今まで一悶着あって落ち着いたところだろ? 俺眠っていたし、どうしようもないわけだから」


「命の危機に言える言葉じゃないわよね。あなたちょっと変わった人だとは思っていたけど」


「英多様は変わった方なのですか? わたくしには優しい方のように思えます」


 イリアは俺を正当に評価してくれたのだろうか。ちょっと嬉しい。


「何鼻の下伸ばしてるのよ! 可愛い子、それも王女様に言われたから分からないでもないけれど」


 そう眉をひそめられて言われてもなぁ。


 気を取り直して、見たところ教室の外は見渡す限り広大な平原。元々俺達2年C組の教室は、校舎の3階にあるはずなので、通常であれば俺の机の位置からは、空の色以外何も見えないはずだ。だが実際には平原が見えている。


 廊下側も、同じ景色が続いていた。


「村木さん、ちょっと聞くけど、俺が寝ている間に教室丸ごとごっそり引っ越したの?」


「まあ、あながち間違ってはいないわ。ここは異世界だそうよ。ただそんな事より先に、わたし達にはやるべき事があるの。分かる?」


「うん、頭を潰されてしまった細田先生と相沢さんの処理だよね? このまま教室ごと地球に戻ったりすると、確実に俺達が犯人になるしな」


 実際は首だけ捻りつぶされているという死体の状況から俺達には無理だと判断されるだろうけど。今更死んでしまったものは仕方ないしな。


「そりゃあ、2人の遺体もそのままにはしないつもりだけど、それよりもね、わたし達も危ないのよ。

 ん? サラッとスルーしちゃったけど、どうしてあの死体が相沢さんだって分かったの?」


「胸の膨らみ具合かな~? 彼女はCカップの下くらいだったからまあまあいい線だったんだ」


「変態め」


「いや冗談だって。彼女は相沢美香(あいざわみか)さん……出席番号が1番だろ? 大概1番は何かの実験台だとか、見せしめに使われてしまうからね。

 この状況だと何かあったんじゃない? 彼女は何かにかけて1番だから、最初に名前を呼ばれる事をひどく懸念していた。細田先生が簡単に、あんな姿にさせられてしまった状況を目の当たりにしていた彼女は、パニックを起こしてその場から逃げ出そうとしていたんじゃないかな?

 そこを攻撃され、彼女を押し留めようと動いた佐伯先生が、目の前で相沢さんの頭が破裂したのを見て気絶した」


「そこまで頭が働くなら、この状況どうにかしてよ! わたし達ね。この教室に閉じ込められちゃったのよ」


「閉じ込められた? もし外に出たら、相沢さんのようになるって事?」


「……多分」


「入ってはこれるけれど出たら、死んでしまう?」


 俺はイリアに一瞬視線を向けて、村木さんに向き直った。イリアは実際に外から入ってきている。


「ちょっと違うわ。そもそもイリアちゃんはクラスメートじゃないし、この世界の住人だったの。それがこの子も緊急な為、訳も分からずこちらに入って来ちゃったの」


 村木さんも必死に説明してくれるが、何となく事情は読めてきた。


「本当に申し訳ございません。わたくしがここへ来たばかりにややこしい事になってしまって」


 俯くイリア。


「イリアちゃん、違うの。あなたを責めているわけじゃないの。っていうかあなただって相当、つらい状況だったじゃない」


「…………」


 追放されたって事はこの子が何か重大な過失を王家にはたらいたということか?

 まあイリアが異分子だって事は分かった。だがまず先に見極めるべきなのは……


「……って事は、村木さんありがとう。大体は状況が掴めたよ。君は俺と佐伯先生の為に残ってくれたんだろ?」


 村木さんが目を見開いた。

 なかなか可愛らしい目をする子だな。


「いや……そんな事はあると言うか、ないと言うか……どうしてそこまで分かっちゃうの?」


「犯人にここに3人生贄を置けば、教室から出られるとでも言われたかな? その時点で意思を示せない人間……つまり眠っていた俺と気絶していた佐伯先生で2人。それとここに君がいるって事は、それで3人になるだろ?」


 ……そんな悲しい目をしないでくれ。


「……まあ実際はそこまではされていないけど。わたし達残りの3人はね、地図と水食糧が全くないの。だからまず如月君と佐伯先生が生贄にされた事に関してはその通りよ、わたしには、どうにもならなかった。皆盤上一致で2人を生贄に決定してしまったの。あとはクラスの中で一番不要な人間がわたしだから」


 彼女は明らかな嘘をついている。とても気概があって器量良しだ。クラスではかなり有能な方だから不要なんてありえない。


「村木さんなら、せめてここに残る人間は公平にくじ引きで決めようとか、提案したんじゃないか? でも恐怖に駆られた皆を説得するのは無理だった。

 それで、皆疑心暗鬼に囚われるくらいなら、わたしが残ると、そう言ったんじゃないか?」


「……」


 村木さんは泣き出してしまった。

 教室内は2体の凄惨な遺体、そして、何も返事をしない2人の人間。どれだけ心細かった事だろう。


 ただし、そこへこちらも満身創痍というか、心をすり減らし絶望したイリアが平原の中、謎の建物の教室を発見して入ってきた。イリアが来た事で皮肉にも村木さんは心を持ち直したってところか。絶望したのはこの子も一緒なんだって事が分かって。イリアが事情を話したのかもな。


 今更ながら、眠りっぱなしは良くなかったなと反省した。村木さんは自分の判断で自分が残ると言ってしまったばかりに、ここで餓死を待つばかりになってしまったのだ。


 ――俺は決心した。村木さん……マジで優しい心の持ち主だ。


 彼女の判断は、最高のものだったと絶対気付かせてみせる。こんな判断が出来た優しい村木さんだけは、絶対地球に還してみせないとな。俺はこの時点で密かに成り行きに優先順位をつけていた。


 ……そして、彼女は切々と語っていった。

 俺が目を覚ますまで、教室内で何があったのかを。

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