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32.振り返れば幻


 それは年が明けて最初の朝のことだった。

 大晦日から雪が降り、道路ではまっ白い雪をこびりつけたまま手袋をしている子供たちが、雪だるまを作っている。かと思えば雪合戦をしている子たちもいる。車通りの少ない住宅地の利点だろう。

 ふと、昔を思い出す。

(私もよくやったなあ……)

 遠い子供の頃の幻を見る。

(私は羽子板もしたけど)

 近所の女の子と、羽を追いかけていたのが鮮明に頭に浮かんだ。

「愛ー」

 聞きなれた声に名前を呼ばれて、振り返った。夫だ。そして、視線を戻す。

「ああ、雪か。ずいぶん降ったな」

 私の視線の先の子供たちを見て呟いた。

 お互いダウンジャケットを着ているから、それほど寒くない。寒くなくても、自然に小刻みに体は動く。

「ねえ、あなた何して遊んだ?」

「雪でってこと?」

「うん、そう」

「やっぱり雪合戦かな、男だから」

「そうかあ、男子と女子は違うのね」

 彼は不思議そうに首を傾げ、ポンと手を叩いた。

「そうだ。かまくらも作ったなあ」

 懐かしいな、と呟く彼を見ながら私は微笑む。

「道の真ん中に雪を集めちゃってさ、まだ完成しないうちに車でペチゃっと潰された」

 言って苦笑する。苦笑すると彼は、額に皺がよる。そのまま彼は言葉を紡ぐ。

「悔しくて、翌日残り少ない雪を集めて、完成させたけどね」

「あなたらしいわね」

 彼の姿が容易に想像できた。

「あの時からだよ、一回くらいでは諦めなくなったのは」

 私は頷く。そして地面から雪を取り、ポンポンと手の上で転がす。それからにっこりと皮肉るように言う。

「負けず嫌いはそこからきたか」

 あははと、声をたてて笑った彼は、ひとつの提案をした。

「あのさ、雪合戦今やらない?」

「今?」

「そ。体が温まるよ」

 そうして子供たちから少し離れた場所で始める雪合戦。

 当たらないようによけつつ、ボールを丸く作りながら夫に向って投げる。

 よけてるはずなのに、足にぶつかり小さく悲鳴を上げる。

「おかしい。何で当たるの」

 二人で笑い合った。

 やっぱり体がなまっているのかもしれないと思う。

 でも、そのおかげで思い出したことがあった。

 童心に返れた。

 幼き頃に見た夢、熱中していたと、許せないと思っていたこと、こんな大人にはならないと誓ったこと。

 幻に終わってないだろうか。

 ゆっくり夫の方に振り返る。

「いいな、たまには。あの頃を思い出すよ」

 どうやら似たようなことを考えていたようだ。私の頬が緩む。

 そう、たまには思い出そう。

 どんな過去だって、私たちの足跡だ。雪に残った足跡のように。

 そして新しい一歩を踏み出すんだ。

 輝かしい未来に向けて。

 自分がまた、成長できるように。




   【終】



 ※ 収録不明

 2010年12月8日執筆

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