27.憧れの人
私には憧れの人がいる。
会社の先輩で、仕事がとにかく出来る。私の仕事が出来る人のイメージは秘書なのだけれど、まさしくそんな感じ。長い髪はいつもきちっとアップにまとめている。凛々しさが漂う。白いシャツと七分丈のグレーのジャケットがキリリとした印象を与える。
気さくで皆とも打ち解けていて、私とは特に仲が良く、恋人の話などプライベートの話もする。先輩には社内恋愛している恋人がいるのもちゃんと知ってる。禁止されているから、それはたぶん私だけだ。三つ違うだけでこんなにも変わるものか。それはきっと、私と先輩の誕生日が一緒で雑誌の占いコーナーを見ては一喜一憂したり、ちょっとしたプレゼントを交換したりしてるからだと思う。
そんな先輩が最近元気がなかった。ここまで露骨にみせるのは珍しい。もちろん仕事にミスはないのだが。
どうしたんだろう。
気になって先輩のパソコンにメモを貼った。
「何かありましたか? ユイナ」
外出先から戻ってきた先輩は、それにちらっと目をやって驚いた表情をした。
そして社内メールで、
「仕事のあとちょっといいかしら?」
「いいですよ、もちろん」
即、メールを返した。
窓の外に目をやれば、もう茜色に陽が暮れようとしている。秋の半ば雲がちぎれて浮かんでいる。
仕事も終わりだ。
定時に上がって先輩を待つ。
三階から降りるエレベーターではスーツに身を包んだ人が、皆帰宅しようとしている。
一階のホールで待っていたら先輩が急いでこちらへ向かっている。ハイヒールの音がコツコツと響いていた。
「ごめんね。待たせちゃって」
「いいえ。大丈夫ですから」
「どっか、喫茶店入ろうか? 近くのとこの知ってる店でいい?」
「はい。かまいませんよ」
明るく言う。
人に聞かれたくない話だということは、予想がついていたからすぐに納得した。
五分も歩くか否か、コンクリートの道を右に曲がったところで古びた喫茶店が目に入った。茶色の看板でミセスと彫ってあるのが分かる。
本当に近いな。この辺は通らないから気付かなかった。先輩にも声をかけてもらったのは今日が初めてだ。いつも一人で来ていたのだろうか。
店に入って、年季の入ったソファに腰掛けて向かい合う。思いがけずソファは気持ちよく、またコーヒーも美味しいのに、店には閑古鳥が鳴いている。
「それで」
と、私が口を開いた。
「どうしたんですか?」
先輩はしばらく黙っていた。一瞬、ばれちゃったかという顔をした。先輩には大人なのに、子供っぽいそういうところがある。
しばらく無言で、もしかしたら急に言いたくなくなったのかもしれない。そう思ったくらいだった。
「うん……、恥ずかしいんだけどね。ユイナちゃんにこんな話するの。……実は彼氏とうまくいってなくてね」
そこでいったん区切る。表情に影がさす。
「実は二股かけられてたの。人を見る目は自信あったつもりだったんだけどね。全然ダメだったわ」
そんな。先輩は私よりずっと大人だから、プライベートでも上手くいってると思ってた。仕事でも人をまとめるのも上手だし、そのうえプレゼンに加わったりと、実力は皆知っている。
そんな先輩が?
そういえばお昼の休憩のとき彼氏の話を聞かなかったな。
でも。
「そんな、先輩は、先輩は私の憧れです。仕事も出来るしプライベートも充実して……」
「今でもそう思う?」
ぐっと言葉に詰まりながらも「思います」と言った。実際先輩は彼氏に依存しているわけではないから、そこまで落ち込むとは思わなかったのだ。
「私はユイナちゃんが憧れだわ」
へ?
「どうしてですか?」
あまりにも予想外の言葉に戸惑う。
「あなたは要領がいい。仕事も無理せず、でもきちんとスピードをもってまとめて企画書が読みやすい。それにあなたの方こそ、プライベートが充実してそう。彼氏とはうまくいってる?」
一応、と答えてから私は慌てて首を横に振る。
びっくりした。私が? 要領が良くて仕事ができる? そんなこと言われるなんて。想像もしていなかった。
「そんなことっ、そんなことないです。要領なんて全然よくないです仕事もいっぱいいっぱいです!」
「でも私にはそう見える。見えるだけでもすごいことよ」
そう言ったあと、先輩はくすりと笑った。
「それにしても、お互いがお互いを憧れてるなんて、そういうこともあるのね」
そう笑った先輩は、やっぱりステキで私の憧れの人だった。
隣の芝生は青く見える。
うまい言い方があったものだ。
私は心の中で苦笑した。
【終】
《初出》
2010年10月29日発行「本当の友達は輝ける宝石」収録




