22.幻のような現実
真夏の暑い日の出来事だった。
いつものように起きて、いつものように満員電車に乗って大学に行く僕は、電車の窓から僅かに見える景色を、その見慣れた景色を眺めつつ、つり革につかまっていた。
行き交う電車と時折すれ違い、ゆるやかに停車する。プシューというその音がまた熱気を入れ込む。クーラーはこの人数がいる中、何の役にも立ちはしない。せめて汗をおしとどめるだけマシか。
その中、一人のベビーカーを押して入ってきた人がいた。この時間珍しい。
(邪魔だな)
真っ先にそう思った。
暑いのに加えて狭くなる。
とそこへ優先席に座っていた女子高生が立ち上がった。
「よければどうぞ」
主婦は一瞬辺りを見渡して、自分だと気付きにっこりと微笑んだ。
「ありがとう」
僕は自分を恥じた。
一瞬でも『邪魔』だと感じた自分を恥じた。
この元気そうな、まあだから席を譲ったんだろうが、その子は何の躊躇いもなく立ち上がったのだ。
自分には出来ただろうか。
優先席であろうと、楽をしたいと思わなかっただろうか。
(君はすごいよ)
僕は視線で投げかけた。
もちろんそんなメッセージなど、友達と話している彼女には伝わるはずもない。
今度停車したら誰が入ってくるだろう。
僕は立ったままだけど、席を譲った人に敬意を表しよう。
まだまだ未熟な僕だけど、次座る機会があれば誰かに譲る日を目標として。
一時、暑さを忘れた瞬間だった。
【終】
《収録一覧》
初出:ゲスト原稿
2010年5月4日発行「ほのぼの」(個人誌初収録)




