21.思い出を抱きしめて
目を閉じると今でも微かに思い出す。
優しくて温かいミルクのような母の匂いを。
それは、縁側で抱きしめてもらっていた赤ちゃんの頃のような遠い記憶。それでも確かな間違いのない記憶。
そういう匂い。
母は私が十三の時にガンで亡くなった。
そんな母の私の強い思い出は、病院特有の真っ白い病室に横たわり「大丈夫だから」と笑う姿だった。手術もしてかなり辛かっただろうと思うのに、そんなことを微塵も感じさせない優しい笑みだった。
今思うと、とても強い人だった。弱さを、辛さを子に見せずに。あの頃の母の心境を考えると涙がとまらない。
だから病室の匂いよりも、温かな母の匂いの思い出が強かったのかも知れない。
病室で手を握り、頬にあてその匂いを焼き付けた。もしかしたら、自分自身無意識のうちに何かを感じ取っていたのかもしれない。
母を亡くしてからの父は再婚もせずに私と暮らしている。愛妻家だったのかといえば、そうだったのかもしれない。ただ表現方法が下手なだけで。それとも、その頃定期的に見舞いに行けなかった罪悪感からか……。もう定年も近いのに狂ったように残業をしながら。
お母さん、私結婚します。
相手はね、お母さんみたいな優しい匂いを感じさせる人。
私の弱さも強さも全て包み込んで、全てを許してくれる心の広い人です。目元がね、お母さんに似てるかな。
父は涙を流して喜んでくれました。私の思いを知っているのかも知れません。
ねぇ、お母さん。
ちょっと気が早いけど、私が結婚してもし子供を産む時が来たら、その子にも私の匂いを覚えてもらえるかしら?
お母さんみたいに強くいられるかしら。
私はねお母さん。抱きしめてあげるつもりよ、いつになっても。
お母さん、あなたのように。
あなたの娘ですもの、出来るわよね。私にも。
どうか、空から見守っていて。
【終】
優しい優しいお母さん、
私もっとたくさん思い出が欲しかった。
あなたの匂いの思い出を増やしたかった。
あまりにも悔しいから
自分の子供にしてあげるつもりよ。
別に構わないわよね?
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《収録一覧》
初出:ゲスト原稿(詳細不明)
2010年5月4日発行「ほのぼの」(個人誌初収録)




