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18.失恋記念日

※ オムニバス作品です

   

   1.美沙の場合



 私は結構もてる。

 秋田生まれのせいか、白い肌に自慢の長い爪。爪には週に一度ネイルサロンに通っているほど、気合をいれている。運よく身長もあって、黒髪は背中まで達する。バイトは時給のいいところを選び曜日も変更が利く所にし、バイト代で好きな洋服を買えるし、宝石類は男がプレゼントしてくれる。足元には多少きつくても綺麗に見える七センチヒールを欠かさずに。


 そんな私が二十一年と七か月生きてて、初めて失恋した。

 いや、失恋というより相手に元から彼女がいたのに気付かなかった私の疎さが問題だったんだけど。

 不思議とショックはあまりなかった。

 夢を見てる感覚に近かったからかもしれない。

 小学校・中学校では「かわいい」と言われ、高校・大学では「きれい」と言われていたのに。

 見栄とプライドもあったのかもしれない。

 レストランのバイト仲間の男の人だった。厨房で洗い物をしていた。次から次に来るお皿を手際よく洗っていた。そんな所を覗くように見るのが好きだった。

 どきどきとかするほどではなかったけど、私の恋だと思った。何でだろう。落ち着いてはいた。はしゃいだりする気持ちを抑えてはいたけど。

 だけど悔しいけれど、多分その彼女はその男の人を虜にする何かがあったんだろう。この私よりも。

 失恋記念日。

 記念日ということにかこつけて、よべるだけの友達をよんで合コンをした。

 みんな、当たり前だけど私に夢中だった。

 私は美人だから。

 当然のごとく、女の子の嫉妬らしきものはあった。

 食事の途中に友達に肘をつつかれ、男性陣に「失礼しまーす」とにこやかな笑顔を見せながら化粧室に呼びだされ、

「美沙、ちょっとあれはなんなの?」

「何が?」

「私が目をつけていたのに、田中君」

「平凡な名前だよねー」

 と、言ったら殴られた。しかも、グーで。なによ、痛いじゃない。しかめっ面をしていたら、

「名前はカンケーないじゃない」

 と言われた。

 そりゃそうだ。

 まあ仕方ない。

 にっこりスマイル。美人は顔の作りも変えられない。

 メイクもくずれないよう、ファンデでばっちり直して、そして私は食い意地に走る。今日はお酒、サワー、カクテル飲み放題だ。

「花より団子」

 ちょっと違うか。

 とにかく失恋という、ありがたくも貴重な経験をしたのは、私にとっては珍しく世界の三大珍味と言っても良い位だった。

 みんなは言う。

「美人を鼻にかけて」

 でも悲しいかな、それってひがみにしか聞こえない。大体どうして鼻にかけるといけないのよ?

 まあ、女の嫉妬は後味悪いからね。そして簡単にあしらうから邪魔者扱いみたい。

 だけど思い通りにいかないことも痛感したし、さあ次はどんな男の人? 




   【終】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


   2.由利の場合



 十年一緒に学校に通っている政人君に相談された。

「あのさ、茜ちゃんのことが好きなんだけど、彼女好きな男子いるのかな?」

 政人君、私の気持ちに気付いてないね。気付いてたら、そんな残酷なこと訊けないもん。

 でも私は必死に笑顔を作って一緒に考えるふりをした。

 彼女も政人君のことを好きだって知っていたから、噂で軽く流れていて少し自信があったから政人君もそんなこと訊いたんでしょう。

 しょうがないね。

 茜ちゃんは長い三つ編みがよく似合うおしとやかな女の子で、政人君は明るいリーダー的男の子。私はといえばホントに平凡な女の子。

 だから私はきちんと茜ちゃんに伝えた。

 プールの時間、手招きしてこっそりと。誰かがジャンプした水飛沫が水着にかかった。

「ねえ、茜ちゃん。前から噂があったあの話、ホント?」

「あの話?」

 あどけない表情を残し、彼女は首を傾げる。

 私ははっきりと自分の胸にナイフを立てる覚悟で切り出す。

「政人君のこと、好きだっていう……噂」

 ああ、とちょっと俯いて茜ちゃんが口を開いた。

「うん、好きだな政人君。明るいし、面白いし優しいし。……ごめんね、由利ちゃん」

 両手で慌てて手を振って謝られたのに、正直腹が立った。

「何で? 何で茜ちゃんが謝るの? だって政人君だって茜ちゃんのことが好きなんだからいいじゃない。何で私に謝るの?」

「え? そうなの? だっていつも一緒にいるから、好きなんだと思って……」

「幼なじみだよ、私はただの」

 普通の声のように私は話した。

 何でよ。

 何で私が訊くのよ。

「よかったね、茜ちゃん」

 うそ。

 そんな言葉言いたくない。

 ナイフが胸に突き刺さる。

 振られた。間接的に。いつかは告白しようと思っていたのに、こんな形で振られるなんて。ちゃんと本人に伝えたかった。悔しい。でも出来なかった。幼なじみの関係が壊れるのが何より辛かった。でも今の方がたぶん、もっと辛い。

 ダッシュでシャワールームに行く。思いっきり水を最大に出す。それを頭から被る。

 小さかった声が、だんだんと大きな泣き声になる。

 人を好きにならなきゃよかった。

 でもここでしっかり泣いて、帰りに政人君に教えてあげなきゃ。

 私ってお人よしだなあ、失恋したのに。

 あと何回、一緒に帰れるのか分からないのに。

 何て憂鬱。

 帰りは明るく笑顔で、政人君を祝ってあげよう。

 私の心は悟られないようにして。



   【終】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


   3.博美の場合 side:a



 今日彼の栄転が決まった。

 付き合い始めて二年半。同棲も二年したある冬の出来事だった。

 真面目に仕事する姿が認められたのだろう、アメリカの本社の栄転だった。

「博美、ついてきてくれないか」

 二十五歳の私、ちょうど今、仕事が面白くなってきているところで日本を離れるなんて考えてもなかった。

「私、今は行けないよ……。仕事がやっと面白くなってきたの」

 炬燵の中でぬくぬくとしながら、ぼそっと答える。

「本当に無理か?」

 長い間。

 彼の言いたいことが伝わる。

 一緒に行けばたぶん結婚……。

 でも行かなければ、私たちは……。

 泣きたくなった。

 これは私の人生だ。

 答えるのにしばらく時間がかかった。

「うん……」

 その長い間に、私はゆっくりと頷いた。

 その一晩は、彼の胸の中にいた。もう一生会えなくなるような気がして。

 これが別れだと、自分でも何度も言い聞かせて。

 乗り切れ、私。

 幸い、仕事の忙しさが私を慰めてくれた。

 泣き出す心を抑えてくれた。

 彼がアメリカへ行く荷物をまとめてる時、私は後ろから彼の首にしがみついた。彼は手を握りしめ、まだ残るシャンプーの髪ごと、私を優しく包んでくれた。そこに唇をあてた。

「さようなら」

 さようなら、武史。

 私の愛した人。

 部屋を引っ越すことに決めて、時間を見つけて空港まで行った。

 彼は一通の茶封筒を差し出し言った。

「僕が行った後、開けて」

 その言葉は、どこか何かを決意した言葉のように聞こえた。

 彼が去った後、ゲートに入ったのを確認してから私はその封筒を開けた。

 ゴソゴソと何やら薄い紙のようなものが入っている。

 何だろう? 手紙かな?

 思わず、目を疑った。

[婚姻届]

 だった。

 彼の名前が記入してある。懐かしい角ばった癖のあるその字がそのままに。そして付箋に張られた言葉には、

『三年後の君が、まだ一人だったなら一度迎えに来る』

 ペタンとその場に座り込んでしまった。

 嘘みたい。

 三年後の私を、武史は考えてくれていたんだ。

 三年間で、私の気持ちはどう変わるのだろう。

 ゆっくり心を温めていきたい。




   【終】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


   4.武史の場合  side:b



 どうしようかと思った。栄転だ、本来ならこんなに嬉しいことはない。行き先はアメリカ本社。通信教育での英語が役に立つ時が来た。

 でも。

 同棲している博美を連れて行きたい。一緒に向こうでも住みたい。

 どう切り出そうか丸三日悩みに悩んだ。

 その結果ストレートに言うことしか出来なかった。

「一緒についてきてくれないか?」

 無言の静けさが、部屋を包んだ。

 怖い。この静けさが答えを表してるような気がした。

「私、今は行けないよ……。仕事がやっと面白くなってきたの」

 呟くように言った言葉は、何よりも鋭い刃物だった。

 向こうに行ったら結婚も考えていたのに……。

 分かるか? 男が結婚をどれほど大きなものとして捉えているのか、君は知っているのか?

 もう戻れないかも知れないんだぞ?

 今の状態にはもう二度と戻れないんだぞ。

「本当に無理か?」

 優しく、強く問いかけた。長い間がまた訪れた。

「うん……」

 彼女も相当な覚悟をしたのだろう。

 その日からお互いの時間がすれ違い、荷物をまとめている時、彼女が後ろからしがみついてきた。

 華奢な白い腕、僕がいなかったらこの腕は誰が掴むんだ? セミロングの少しウェーブのかかった髪。まだシャンプーの残りが微かにする。ぼくはその髪の毛を手ぐしですく。次にこの髪をすくのは誰になる?

 僕じゃなくなるんだな。

 僕は彼女のその全てを抱きしめた。その無骨の手に彼女の唇が触れた。柔らかな、この世のものとは思えないほど、愛しいものだった。

「さようなら」

 彼女はそう呟いた。

 一番聞きたくない言葉だった。望んでいない言葉。

 その日、僕たちは地球最後のように愛し合った。これで割り切ろうとした僕が馬鹿だった。

 離れられない。いや、離してなるものか。

 翌日、仕事の合間をぬって、[婚姻届]をもらってきた。自分の欄をこれ以上ないほど丁寧に書いた。

 博美のことを想うと、すぐに誰かのモノになりそうで怖かった。四つ折りにして、茶封筒に入れた。

『三年後の君が、まだ一人だったなら、一度迎えに来る』と書いた付箋をつけて。

 博美、僕はたぶんずっと君に囚われているよ。だからこれを渡す。

 空港で、君はどんな反応をするのだろう。

 せめて、破られないことを祈っているよ。

 君の健康と、三年後の恋心に期待して。




   【終】



《初出》

 2008年12月30日発行「失恋記念日」

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