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15.不器用な幸せ


 それは真夏のある日のことだった。

 大手ジュエリーショップに勤める直美の所に一人の男のお客がやって来た。直美は勤めて七年目のベテランだが、そのお客の風貌からして大よそ同じくらいと感じられた。三十代ギリギリラインのこの男の髪はやっと、この店に合うくらいのセットで服はいかにも無理して作られているスーツだった。はっきり言ってしまえば着慣れていない。しかもネクタイまでして暑くはないのだろうか。大手とはいっても、そこまで気合を入れる必要はないのだが。

 けれどお客はお客。

 直美は得意の営業スマイルで声をかけた。

「何かお探しですか?」

 ちょっとキーの高い声。ビク、とその男は萎縮するように振り向いた。

 紺のベストに同じ色のタイトスカート。白のブラウス。直美のスタイルは二十代のまま、保たれている。

「あ、あの指輪を……」

「はい、どういったものを? プラチナやゴールドなど取り揃えておりますが」

「あ、あ! いいものを……」

「そうですね、どれも物はいいのですが……。石などはおつけしますか? 誕生石など……」

「知らなくて……」

「そうですか……」

 一般的にはどれを勧めてもいいのだろう。

 だけど直美はそこまでしなくてもいいと思った。分からないで無理して売っても、それが彼にとっていいかどうか分からなかったからだ。

「お急ぎなんですか?」

 先ほどから宝石ケースを見ながら、もじもじと体を動かしている彼に彼女は優しく問いかけた。

「いえ、特に……」

「ダイヤは一粒ネックレスと合わせて買っていかれる方も多いのですけれど…」

「ダイヤはダメです!」

 急に男は勢いよく言って、直美を驚かせた。

(何かしら? いきなり。まずい事でも言ったかな)

 慌てて男が取り繕って頭を下げ、一通り宝石ケースに並べられているジュエリーの数々を見て去って行った。

 直美はしばらくダイヤのことが、頭から離れなかった。

 それから毎週彼は店に来るようになった。

 前回訊かれたのはWG(ホワイトゴールド)とプラチナの違い。

 今回訊かれたのは指輪のサイズ。指の太さによってそんなに変わるのかと大袈裟に驚いていたのが、直美には可笑しかった。

 気のせいか、スーツ姿も様になっているような気がする。

 フロア担当のせいか、必ず毎回顔を合わせる。

 周りの後輩たちは「直美先輩目当てじゃないですかー?」などとからかわれる始末だ。

 その度に直美はいけないと思いつつ、笑ってごまかしていた。

(ただのお客じゃない)

 そう自分に言い聞かせながらも悪い気がしない、不思議な感覚だった。

 また来店した時にはダイヤとキュービックの違いも説明した。見た目が似てるだけに分かりにくいらしい。ダイヤの輝きは永遠だけどキュービックは褪せてくることなどと説明する。

 お昼休み、後輩たちの会話が自然と耳に入ってくる。

「あの男の人、よく店来るね。何も買わないのに」

「何を迷うんだろうね」

「でも最近、カッコよくなってきてない?」

「恋人の存在なのかなあ……」

「どうだろうね、だけど。イメージ的に特定の人とつきあってる感じはしないねー」

 そんなやりとりを聞きながら直美は好意を持ちはじめていく自分の心に、平常心を保っていくのは少しの努力が必要だった。いくら、毎回世間話も兼ねて話していたとしても、彼にはプレゼントする相手がいるのだから。胸が切なくなる気持ちを抱いた。

 そうして、やっと目的のもの、指輪を買った。五週目のことだった。

 プラチナにピンクのサファイアのグラデーション。緩やかなカーブが特徴的だ。十三号。

 銀色の包装紙を手馴れた手つきでラッピングする。

「ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げた。シニヨンにまとめられた黒髪が上品に直美を見させる。

 しかし翌日、

「サイズが合わないから七号にしてほしい」

 と来店した。

(随分と違うものね……)

 そう思いながら、いつも通りの口調で接する。

「一週間はみていただきたいのですが……」

「かまいません」

 穏やかな口調の男性に対し、直美はもう会えない気がして残念な寂しい思いをした。

 もう、季節は秋に入っていた。まだ生暖かい風が吹くものの、夏の雲は見えない。

 そんな頃サイズ直しが出来、電話で携帯に知らせた。

 昼間だったのにも関わらず、彼は飛ぶように来店し、とても嬉しそうな表情を見せた。

 直美はこういう時、幸せを感じる。

 誰かを喜ばすからこそ、そのプレゼントを選び相手を喜ばせる。そのことに少しでも関われるなんて、と思うのだ。

(相手はどんな人なのかしら?)

 一人でこっそり想像してしまい、軽い嫉妬に近い感覚に陥る。

 閉店の時刻。店は終わっても、後片付け、明日への準備をして店を出る。都心だから街灯のネオンの灯りで十分に明るい。

 突然、背後に気配を感じた。

 声を聞くまではその人が昼間の男性だとは気付かなかった。

 驚きつつ振り返ったその先には、両手いっぱいに伸ばした直美の店のラッピングの袋がそのままに。

「どうぞ」

 頭と手で差し出され、直美は困惑した。しかし、どうしていいかも分からずそのまま受け取る。

「開けて見てください」

 言われるままにしてみる。

 そうしたら、昼間自分がラッピングしてリボンをつけた、あのピンクサファイアの指輪だった。プラチナの。

「一目惚れです。見た瞬間、ピンクが似合うって思いました。でも、どうしてもあなたに会いたくて口実をみつけてました。サイズも大きめに言いました。ごめんなさい。ストーカーみたいで。でも友達からでもいいので、付き合ってもらえませんか……?」

 頭の中が真っ白になった。思考停止。

「ちょっ、ちょっと待ってください。え? じゃあ、あの指輪のサイズはどうやって知ったんですか?」

「あ、あれはネイルアートしている妹が以前、あなたを見に行ってるはずです。その時に。あいつ、そういうのだけは分かるから」

 記憶を辿ってみる。

(あっ、もしかして)

 確かに若い女の子が店に来たことがあった。あまりにも若かったから一時期話題にもなった。

(あの時の……)

「それじゃ、最初から私に渡す予定だったんですか? えっと、じゃあ、ダイヤがダメなのはどうして……?」

 欲しい訳じゃないけど、と付け加えて言う。

 男性は凛々しい顔つきで言った。

「あれはエンゲージリングに渡すものだからです。まだあなたの返事も聞いていない」

 直美はくすっと笑った。

「返事も何も…いきなり指輪をプレゼントされたら……」

「されたら?」

 今度はいたずらっ子のような口調で問われる。直美は箱を丁寧に持ちながら頬を染めた。

「断れません」

(まさか、全部仕組まれていたなんて)

 夏と秋をつなぐものは、想いのこもった一つの指輪だった。

 直美は心の中に小さな幸せを感じた。

 男性の不器用な告白に。  




   【終】



《収録一覧》

 2008年5月11日発行「不器用な幸せ」(初出)

 2010年5月 4日発行「ほのぼの」(再録)

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