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13.アケミさん


   プロローグ


 お蕎麦が大好き。

 それだけでお店を出した人がいる。

 そんな人とそんな人にまつわる人の話をしよう。

 温かく、それでいてちょっと切ない話。



           一



 夜十時、看板を閉める。下町の細い路地の中、明かりがまた一つ消え……はしない。中ではこれからも友人知人が集まり、むしろこれからがお店の始まりのような予感。

(はあ~、終わるんだか始まるんだか)

 ため息はつくものの私はこの時間がたまらなく好き。だって、普通の高校二年生には味わえない世界がきらきらとしているんだもの。

「店長~、看板閉めたよ」

「ああ、ありがと。時間過ぎたからアケミさんでいいわよ」

 そう。

 店長は女の人らしき声、ううん見た目も女の人。でも私の叔父さん。そうなのだ、店長は知られていないけどオカマなのだ。この世界じゃ珍しいよね。だけどその昔、オカマバーで働いていたこともある本物のオカマさん。オカマバーって言っても、ゲイバーではなく、ホストクラブの異色版みたいな感じだったらしい。その時の源氏名がアケミだったという。オカマって言うとアケミさんに「それは差別語よっ」って怒られちゃうんだけど、今の私のボキャブラリーにはほかに言い方を知らないから、仕方ないよって言って、オカマと言ってしまう。ごめんなさい。

 当時、好きでお蕎麦を作って仲間に食べさせていたら意外や意外、やたら好評で「お店を出せば?」の声に背中を押され本当に店を出しちゃったらしい。ある種、単純。借金は返したのか疑問だけどあえて訊かない。

 その店の仲間が常連客でやってくる。仕事帰りに愚痴を言いつつ来る人や、仕事前に来る人。そして純粋にお客さん。

 今は八月。夏休みだから私はお手伝いとしてバイトをしている。部活にも入っていないしいい身分だ。

 やることは比較的簡単。

 店の接客に、近くだったら出前も行く。遠い出前はアケミさんが行くけど店長だとは思われていないと思う。

 女の私から見ても、羨ましいくらいすらっとした足にボリュームのある胸。あれ、本物かな。怖くて聞けない。背中まである髪はアップでまとめて、口紅は薄いオレンジ。この暑さで化粧なんてすぐ落ちるのにぱぱっと直して。だけどお蕎麦をうっているから腕はムキムキ。ちょっと面白い。今は夏だから半袖で隠しようが無いしね。

 そうだな、顔はもともと女顔だったのかも知れないけど、なんでそっちの道に入ったのかは教えてくれない。「刺激が強い」んだって。なんだろう?

 私の両親は私とお兄ちゃんが小学生の頃、事故で亡くなった。

 始めは祖父母に育てられていたものの、今は六歳年上のお兄ちゃんと二人で暮らしている。お兄ちゃんは妙に責任感が強くて「いつまでも迷惑をかけていられない。自立しなければ」などとさらりと言うのだ。単に自分が自由になりたいだけじゃないのか?と意地の悪い私は突っ込んだりする。サラリーマン二年目だしね。

 アケミさんは父の弟だ。

 特に仲が良かったらしく「兄に申し訳ない」と言って私たち兄弟の面倒をよく見てくれている。お兄ちゃんはお兄ちゃんで、そんなアケミさんのことを実の兄のように接しているから、私のこともまかせっきりだ。

 話がずれた。

 とにかくうちの(っていうのも変だけど)アケミさんのお店は毎日赤字だ。

 無理もない。下町の人情家だけが食べに来る程度だし、バイトは雇えない。雇っても大抵二日で辞めていくから。

 まあ、アケミさんを見ていたら当然といえば当然かも。

 女の顔をしながら、ちょっとハスキーな声を出して腕をまくって「うりゃあ」とお蕎麦をあげて「あがったよー」とかなんとか言って「ふぁー」なんてため息ついたりしているんだから。そして思いっきりの笑顔を見せる。

 だけど美味しいんだ、このお蕎麦が。

 それを知っている人だけが食べに来るのだ。



          ニ



「アケ、じゃないや店長。所商事の出前、行ってきます」

 思いっきり大声を出してアケミさんに言う。

 所商事はアケミさんがほとんど出前しないから、正体に気付いてないと思う。

 ピチピチTシャツの半袖に、出前のカツ丼二つとざる蕎麦二つを持つのはかなり重い。ざる蕎麦は軽いけど、カツ丼がね。あと重いのは汁物。

 カンカンカン、この踏み切りを渡れば所商事はもう目の前。にしても暑い。殺人的な暑さだ。ピチピチTシャツだから余計汗が体にまとわりつく。気持ち悪い。ショートカットだから毛先が首にこびりつくし。

 踏み切りを渡って、

「お待たせしました~。アケニ八です。お蕎麦お持ちしましたー」

 中に入った途端、クーラーの涼しさに癒される。ああ、涼しい。お金を受け取りながら、でもお昼の休憩のときは近くの公園に行きたいんだけど最近休憩ないんだよなあ、と頭を悩ます。

 店に戻って人の混み具合に息をはく。やれやれ。お昼時はさすがに人が来る。この店でも。今の時期は冷やしたぬき、冷やしきつね、冷やし中華が主に出る。サラリーマンにはセットメニュー。Aセットが親子丼、Bセットがカレーライス、Cセットがカツ丼にそれぞれもり蕎麦、もしくはかけ蕎麦がつく。ボリュームがあるから人気が高い。

 こういう時だけ、あと一人人手が欲しいんだけどなー。

(アケミさんも一人でよく頑張ってるよ)

 心の中の呟きも彼女には届かない。

 店の中の四席と二つの座敷。少し広め、ゆったりめ。

 だけどお昼は戦争だ。私一人では。

「Aセットもり蕎麦で一つ、あとCセットももり二つ、一つはうどんで」

「了~解」

 アケミさんの声が響く。

 のれんをくぐって厨房に入ってお皿だけ出してあげる。やれる時は私がカレーをよそったり。でも今はカレーの注文はない。

 わさびをお皿につけて細かく切った葱をのせて(たっぷりと。赤字のくせにこういうとこはせこい真似を嫌うのだ)、そしてもり蕎麦のおつゆを入れる。

 お客さんに出しても終わりじゃなく頃合を見計らって蕎麦湯を出す。そこまでちゃんとやる。

 アケミさんの性格って出てると思う。面倒みの良いところとか、責任感の強いトコ、お兄ちゃんに似てる。それなのにどうしてオカマになったのかは分からないけど。あ、また差別語って怒られちゃうな、アケミさんに。

「もう時間だから上がっていいわよ」

 そんな風に言われつつ、アケミさんの店に一時間いすわって、そこへお兄ちゃんが来た。いわゆる迎えってやつだ。お兄ちゃん心配性なんだから。

「いつもすいません、連れて帰ります」

「ああ、いいのよ透ちゃん。一杯やってく?」

 なーんて誘うもんだからお兄ちゃんも断わりきれずにビールを一杯付き合って。透っていうのはお兄ちゃんの名前ね。

「ついでになんか食べる?」

「いいんですか?」

「もちろん、余ったもんでしか作れないけど。お蕎麦とかきあげ丼くらいならあるしいいわよ」

「……頂きます」

 珍しく素直にお兄ちゃんが言って、私はトイレに立ったお兄ちゃんのビールを一口飲んでみる。うっ、まずい。これのどこがおいしいんだろう。

 トイレから帰ったお兄ちゃんを前に私は慌てて手を隠した。意味はないのに。

「ねぇね、透ちゃんって彼女いないの? 私に似て面構えいいのに」

 アケミさんが興味津々に聞いてくる。

「う~ん。この時間フリーだからいないんじゃない?」

 呑気に私は答える。いや、呑気なふりをする。

 お兄ちゃんに彼女なんてなんか嫌だ。だってそしたら私の居場所はどうなるの? なくなっちゃうじゃん。

 そんな思いを知らずに、お兄ちゃんはかきあげ丼をおいしそうに平らげる。

 夜十一時半、下町はもう真っ暗だ。でもお兄ちゃんがいるから心強い。夜風がやたら気持ちいい。お兄ちゃんは暑いだろう。背広を着て。ちょっとかわいそう。

「ねぇお兄ちゃん」

「何だ?」

 ぶっきらぼうの中に優しさがある口調。ぶつけてみよう。

「恋人いないの?」

「何だよ、急に」

 まじまじと私を見て言うお兄ちゃんに対してちょっと照れて顔をそらす。

「別に。なんとなく」

「いねーよ」

 そして私の頭をくしゃくしゃっとして。また子ども扱いだ。

 私は唇を尖らせた。



         三



 火・水のみ午前中は勉強して午後四時からアルバイト。他の日は午前十一時から夜十時まで、丸十二時間。

 凛とした雰囲気を醸し出しているアケミさんのところに行くのは大好きだ。何より楽しい。

 夏の陽射しが降り注ぐ中、私はひとつの異変に気がついた。

 毎日、ほとんどじゃなくて、ホントに毎日お店に顔を見せて冷やしたたぬきを注文する、二十代前半の男の人がいるのだ。時間は七時台。

 割と端正な顔立ちでもてそうな感じの人。体の線が細く笑顔がくしゃっとしている。好感がもてそうな人だ。その人はしきりに厨房を気にしている。

 ピキーン。

 いくら私でも気がつく。

 アケミさんが好きなんだ!

 そっかあ、そうなのかあ。

 アケミさん目当ての人は今までにもいたけれど、そのうち来なくなったりして。

 あの人はどうするのかなあ……?

 冷やしたぬきを持っていきながら、私はアケミさんの方を窺う。

 アケミさんは気付いていない。当然だ。店に顔を出すときは常連客の親しい人の時くらいだから、こんな時は来たって無駄なのだ。

 あ、一回表から出前に行ったことあったな。そのときに見たのかな。あーあ。うかつなことを。アケミさんてば。

「あの……」

 はい? 何か出し忘れたっけ? と思いつつ、私はその片思いの君に耳を傾ける。

「あの奥の人……。お手伝いの人?」

 いや、違うって。他にいないじゃん! あの人が店長じゃなければ。まぁいいや。

「店長ですよ」

「女の人が?」

 いや、男なんですけど。なんて心の中で苦笑しつつ「ええ、そうなんです」と答える。

「恋人いるのかな?」

「はい?」

「いや、なんでもない。ごめんね、ありがとう」

 恋人いるのかなって聞こえたんですけど! 思いっきり気持ちバレバレなんですけど!

 もどかしいなあ、もう。

「好きなんですか?」

 いきなり顔をひきつらせる片思いの君。いやだってさ、一か八かでぶつかればいいじゃん。と思う私。

 私って積極的なほうらしくて、いつもそういうアドバイスをしちゃう。「早く告白すれば」って。

「好きといえば好きなんだけど……」

 まぎらわしい言い方。どうしてストレートに言えないのかな。恋をしたら臆病になるって本当なんだな。

 でもこの人の気持ちも分かる。

 アケミさんの外見だけじゃなく、いっつも笑顔を絶やさない性格は好感を持たれるだろう。赤字なのにね。

「また来て下さいね。ありがとうございました!」

 いっそ代わりに言ってあげたいくらいだけど、これで当分一人のお客さんは確保だ。

 やった! これで少なくとも七百円は儲かる。毎日来てくれるかな。

 ひどいと思うかもしれないけど、これも私の一面。仕方ないじゃない?

 そう思ってその日はるんるん気分で仕事を終えた。

 そして彼は本当に毎日来てくれた。雨の日も、強い夏風が吹く日も。欠かすことなく必ず。

 その彼の名前もさり気なく聞き出し、岡本さんと言うことも知った。

 他のお客さんが来てる時も岡本さんに笑顔で接してアケミさんの声も重なって。一度アケミさんに聞いたことがある。

「ねぇ、アケミさんてどんな人がタイプ?」

「なによ、やぶからぼうに」

 よいしょっと言いつつお蕎麦をあげる。

「そうねぇ、がしっとした男前の人」

 ガーン……。ダメじゃん、この時点で。たぶんアケミさんから見たら、なよなよしたもやしみたいな人(失礼)とか思うんだよ、きっと。

 これってキツイなあ。

 毎日来て、しかもアケミさんのことちゃんと見れてるわけでもないのに食べてくれて、それなのにタイプじゃないんだよ、辛いなあ。

「はい、蕎麦あがったよー。のりお願い」

「はーい」

 落ち込み気味に返事をして、のりをお蕎麦にさあーとかける。これもたっぷりと。そしてそのお蕎麦を持っていくとき。店のドアが開いて、

「いらっしゃいま……」

 岡本さんだった。

 なんでなんで? 今まだ六時半だよ? 七時になってないのに。

 アケミさんの言葉が蘇り、ひきつる笑顔。

「早いですね、今日。いらっしゃいませ」

「ああ、マキちゃん。いつもお疲れ様」

 思わず噴き出す私。サラリーマンにお疲れ様って言われちゃった。

「今日も冷やしきつね?」

「そう、よろしく」

「はい。店長。冷やしきつねうどん一つお願いしまーす」

「はいよー」

 ついでに店の爪楊枝の補充とソース加えて、ナプキン添えて。

 あっという間に一日は終わる。

 今日はまともに岡本さんの顔見れなくて反省。

 やがて八月も半ばに入る。そしてこの三日後に意外な事件がおきるんだけど、それは私はもちろんアケミさんにとっても重大なことだった。

 岡本さんにとっても。



         四



 八月十三日金曜日。朝八時まで寝て起きた私は、すでにお兄ちゃんが一人で朝食をとって会社に行ったことに気付いた。

 私はトーストを焼いて目玉焼きを作る。目玉焼きにはやっぱり醤油だよね~、という変な歌を作って唄いながら。

 朝からカーテン越しに伝わるしとしととした雨模様。どうやら今日一日雨っぽい。むしむしして嫌だなあ、と軽い愚痴をこぼす。

 アケミさん出前大変だな、カッパ着るかな。

 うちからアケミさんの店まで自転車で十分。アケミさんが気を遣って探し出してくれた物件だ。

 十時からのバイトに九時半に家を出る。

 水溜りをゆらゆらと避けながら自転車をこいで……。

 あれ?

 あの人は? 岡本さんだ! 黒に近い紺色の傘をさしているけれど横顔で分かる。

 どうしてこの時間にいるんだろう。会社はどうしたのかな。店の前でうろうろして。

「おはようございますー」

 自転車からちゃかっと降りて、明るく声をかける。はじかれたように私を見て、戸惑ったような表情をする。

「あ、ああ。マキちゃん。おはよう。早いね」

「店、十時からですし。それより今日会社休みなんですか?」

 そう訊くとあちゃーというような、いかにも困った顔をして、

「今日は有給をとったよ。あの人、アケミさんに想いを伝えたくて……」

 頭の中が真っ白になるってこういうことをいうのかな。何も考えられない。

 数秒後、

「ええーっ」

 という奇声を発した私だったけれど、店が始まる少しの間「じゃ、じゃあちょっと待って!」と言い残しドアを開けるなり「アケミさん!」と叫んだ。文字通り叫んだのだ。

「あ、おはよ。なあにー、そんな声出して」

「ちょっとちょっと外まで来て!」

「雨降ってるのに? 何でどうしてよ?」

 不満そうに、明らかに嫌な顔をするアケミさんの腕をつかんで引っ張る。

 あ、雨か。そうか。岡本さんを中に入れればいいのか。すっかりパニクってる私は、外にいる岡本さんを手招きして店に入れる。

「あ、あの開店前すみません。はじめまして、岡本と言います」

 なに真面目に挨拶してんだか。

「ええ、何かしら?」

 とアケミさん。準備中だからイラついてるみたい。

「実はいつもここで食べているんですが……」

「そりゃどうも」

 ポリポリと頭を掻きながら言って、で?という顔をして私の方を見る。

 この顔は『だから何?』って言ってるよね……。うわー。

「好きなんです! あなたが」

 パチパチパチ! 心の中で拍手。良くぞ言った。

 きょとんとしているのはアケミさんのほうだ。

「僕と付き合ってもらえませんか?」

「ううーん。私、もっと男らしくてムキムキの人が好みなのよね。あなた、力なさそうじゃない?」

 みるみる顔色が変わる岡本さん。告白のために有給までとったのにね……。

 つうか、居づらいんですけど私。

「そうですか、ダメですか」

「ごめんねー」

 悪びれた様子もなくアケミさんは言って、じゃなんて厨房に入る。

 カラカラカラ……。店の扉が切なく淋しく心に響いた。

 岡本さん、もう店に来ないのかな。

 むしむしした一日が雨によって幕を閉じていった。

 一人の恋の終わりと共に。



          五



 想いを告白されてもアケミさんはやっぱりオカマ。態度が変わらない。これって偏見?

 何も気にせず気合を入れてお蕎麦をゆでる。どこにも負けない愛情がこもった美味しいお蕎麦。

 岡本さんはあれから店に一度も来ていない。もう五日経つ。

 七時からのお客さんはほとんどざる蕎麦にビールを頼む。顔を赤くしてほろ酔い気分になって、外の夜風に当たるのが気持ちいいらしい。冷酒も良く出る。

 仲良くなった人が来なくなったという淋しさと、お客さんが一人減ったという図々しい考えが私の思考をとらえていた。

 蝉の声がやけにうるさくて、何かに八つ当たりしたくなった。

 何に?

 分からないけど何かに。

 岡本さんをあんなにつっけんどんに振ったアケミさんに対しても少し腹を立てていた。

 どうしようもないことって分かっていたけれど。

 だってアケミさんの方が年上で三十二歳だもんね。

 そして何のフォローも出来なかった自分自身に対しても情けなく感じていた。 

 どうすれば良かったのかな。

 また来てくれるかな。

 店の仕事をこなしながら、私はまた岡本さんに会いたいと、なんとなく思った。



 エピローグ


 

 夏休みも残り僅か、一週間を切ったところだった。

 昼間、駅の近くまで出前に行った時、帰りに偶然岡本さんに会ったのだ。 

 二週間ぶりかな、と頭の隅で思いながらも嬉しくて声高らかに挨拶した。

「岡本さーん。お久しぶりですー」

「ああ、マキちゃん。久しぶり」

 あのくしゃっとした笑顔で言って、言いづらそうにでもはっきりと訊いてくる。

「アケミさんは元気?」

「元気ですよー、いつも通り」

 いいことなのか、でもアケミさんはホントに元気なんだから仕方ない。

「そっか。それは良かった。……実は僕、今ジム行ってるんだ」

「ジム?」

「そう、少しでも力をつけてムキムキになりたいと思ってね。そしてもう一回チャレンジするんだ、彼女に」

 そ、そうなのか。

 それでアケミさんとはどうなるのかさっぱり分からないけど、落ちこまないで前向きに対処しているのはいいことかも。

「また振られるかもしれないけど後悔しないようにね」

 ちょっと感動した。

 そうだね。

 落ちこんでも前に進めないのなら出来ることからまたはじめよう。

 それはきっと誰にでも当てはまるんだ。

「じゃ、私出前の帰りなんで。アケミさんには内緒にしときますね!」

口に人差し指を当てて笑う。

 岡本さんは軽く手を上げて「ありがとう」と言って、駅の階段をのぼって行った。

 心に温かい風が吹く。

 人の想いって捨てたもんじゃない。

 強い想いほど大切にしたい。

 そんなあったかい想いを知った、短い夏の休みだった。




   【終】



《収録一覧》

 2006年8月27日発行「アケミさん」(初出)

 2012年8月12日発行「宝箱」(再録)

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