10.祈りをこめた千羽鶴
十月の放課後、もう夕日が傾いて、茜色に教室を染めている。
私たち三人の中学に入ってすぐに出来たグループは、入院している友達、明美のために千羽鶴を折っている。折り始めて、もう一ヶ月近くになっていた。机には、橙色、朱色、黄色、緑色、青色と色とりどりの千羽鶴。
折りながらも私たちの口が休まることはない。様々なことを話す。年頃のせいもあるだろうが。
今日の授業のこと、先生のこと、好きな人のこと、観ているドラマの続きのこと、そして入院している明美の心配を口にする。
「ねぇ」
器用な手つきで三角にオレンジ色の折り紙を折りつつ、秋子が言う。いつも不平不満を口に出しやすい子だ。
「これって私たちの自己満足じゃないのかなあ」
「なんで?」
すぐさま問い返したのは切れ長の瞳が印象的な、貴理子。彼女はいつもさばさばと、はっきりと物を言う。
「だって、こう言っちゃなんだけど、明美の病気ってかなり悪いんでしょう? それなのにこんな風に折って効き目あるのかな?」
「治るか分からないから、祈る気持ちで折るんじゃないの?」
そう反論したのは私だ。決して穏やかな声ではなかったと思う。
確かに明美の病気は悪いらしい。手術する話もとうに出てきている。
けれど、内心怒っていた。
そんな気持ちで折っていたのか。
たとえ、たとえ彼女の病気がこれ以上悪化していったとしても、『自分は出来ることをしたから』と自らを正当化させたいがために。
それは違う。
私たちは純粋に、明美が良くなることだけを祈って折るのだ。
それが、自己満足だというのか。
「確かにね」
静かに話を聞いていた貴理子が口を開く。
「これで彼女を救おうと思うのは、傲慢かもしれない。けど、救おうという気持ちと救いたいという気持ちは違う気がする」
私と秋子は顔を見合わせ、次の言葉を待つ。
「人が人を救えるはずなんてないって、何かの本に書いてあった。その受け売りだけど、けど、救いたいっていうのは、心の問題。傲慢じゃないと思うよ」
人が人を救う。
人が人を救いたいと願う。
その心の違いは大きいのだろうか。
「でもさ」
さらに貴理子が言葉を紡ぐ。
「彼女は、明美は救われてると思っていると思うよ、きっと。たぶん、きっと」
繰り返して貴理子は言った。たぶん、ときっとを強調して。
夕日のオレンジが、窓際から反射して彼女の横顔を照らす。
「そうだね」
呟くように、私は言った。
だって、今、中学二年。あと一年もすれば受験だ。
その合間をぬって、昼休み、休み時間、放課後と折り紙を折る。
彼女の弱い心臓が、良くなることを祈って。もう一ヶ月近くも。
あの優しい笑顔を横たわっている病室以外でも見れるように。
しっかり者の貴理子に、愚痴ばっかり言う秋子、おっとりした声で話す明美に、笑う私。もう一度、あの頃へ。これからもまた、笑い合って。出掛けて話して、泣いて怒って……。なぜなら私たちは、最高のグループ、友達なのだから。
もともと折り紙を折ろうと言い出したのは、貴理子で、私がすぐに賛成し、秋子がそれに続いた。
二日に一度は必ず病室にお見舞いに行き、その日の出来事を話す。
横たわり、時折羨ましそうな表情で明美は話を聞く。
ほっそりとした彼女の姿が痛々しく、私たちは出来るだけ明るく出来るだけオーバーに話をする。
結局皆、明美のことが大好きで心配でたまらないのだ。
だからその行為を傲慢、と言われるとすごく辛いのかもしれない。
だけど私は信じてる。
私たち三人が、明美を傲慢とかじゃなく、本当に救ってあげられるものなら救ってあげたいと、心から思っていることに気がついていることに。明美自身が。
だから、今日も明日も、あなたを救いたいと千羽鶴を折り続けるのだ。
私も貴理子も、もちろん秋子も。
夕焼けに染まりつつある教室の中で。
【終】
《収録一覧》
2005年5月5日「祈りをこめた千羽鶴」(初出)
2010年5月4日「ほのぼの」(再録)




