第6話 魔王様大ピンチ?呪いの名画が襲い掛かる!
「ラブリア、外は完璧だ」
魔導通信機からガルドの力強い声が聞こえた。彼の声には達成感と安堵が滲んでいる。
「お疲れ様、ガルド。あなたのおかげで魔王様は無事に美術館へ到着されたわ」
私、ラブリア=ヴェルミリオンは、魔王サリオンの後ろを数歩下がって歩きながら通信機に小さく応えた。
美術館の扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、白い大理石の床と天井まで続く柱、そして壁一面を覆う芸術作品の数々だった。
(さすが自由都市連盟……文化的にも洗練されているわね)
ヴェルディア自由都市連盟は、六つの異なる種族の都市が集まって形成された連盟だ。獣人族、魔族、エルフ、小人族、ドワーフ、そして人間――それぞれの都市が独立性を保ちながらも、協力して一つの連盟を作り上げている。
種族の多様性を認め、実力で評価する――その点において、魔王サリオンの治めるアークデモニア帝国と価値観を共有している。だからこそ、両国は友好的な関係を築いてきたのだ。
美術館のエントランスホールには、すでに自由都市連盟の評議会メンバーが待機していた。
その先頭で一歩進み出たのは、陽光を受けて金糸のように輝く長髪をなびかせたハイエルフのセレウィン・ヴァリオンド。
碧眼は静かに笑い、手を胸に当てて恭しく一礼する。
「魔王サリオン殿下。我ら自由都市連盟を代表し、心よりご来臨を歓迎いたします」
その声はよく通り、澄んだ鈴のようだ。
(……さすがハイエルフ!美しくて声まで高貴だわ。でも魔王様の前では霞んじゃう!罪深い魔王様〜〜!)
セレウィンの背後には、各種族の代表たちが控えている。
銀狼の耳を揺らす獣人族代表フェンリーナ・グレイハウルは、穏やかな笑みの奥に獣の警戒心を光らせ、ねじれた角を持つ魔族代表バルグロス・ラガーンは、筋肉質な体をぴったり包んだスーツ姿で腕を組む。
彼の背後に立つ小人族代表ドビー・アンダーフットは、緊張のあまり帽子を抱えたまま震えていたが、隣のドワーフ代表ブリュンヒルダ・フロストフォージが、太い腕でぽんと肩を叩き、喝を入れている。
最後列には、きらびやかな羽飾りをゆらめかせるヒューマン代表、マダム・グランディオーザがいた。
サリオンと同じくらいの長身、どう見ても男のがたいだが、紫色のドレスに宝石を散りばめた姿は、ひとりだけパーティー会場から抜け出して……いや見世物小屋の看板が歩いて来たようで異質極まりない。
(派手さで言えば一位ね。しかしこのオカマ……すごいオーラ、ただものじゃないわ!!!)
六つの種族を束ねる評議会の面々を前に、魔王はひとり、優雅に微笑んだ。
「歓迎に感謝する、セレウィン殿。美しい美術館だ。……まるで俺の銅像を飾るために造られたようだ」
(はい、キタァァァー!!!魔王様のナルシストジョーク!!!いや、自己陶酔なの!?魔王様なら何でも許されるぅぅぅ〜〜〜!総じて尊いぃぃぃ!!!)
私は指で眉間を押さえながら、必死に冷静を装った。
議長が一歩前に出て手を差し出す。
「では、記念の撮影を」
サリオンが議長と握手を交わす。その瞬間、私は大勢の記者の間に割り込み素早くカメラを構えた。
(この構図……完璧!)
銀髪と金髪、赤い瞳と碧眼。二人の美しい男性が並び立つ姿は、まるで絵画のようだ。
シャッター音が響く。一枚、二枚、三枚------私は様々な角度から合計30枚ほど撮影した。
(これは公式記録……これはFC用……これは個人コレクション♥)
撮影が終わると、議長が他の評議会メンバーたちを紹介した。サリオンは一人一人と握手を交わし、簡単な会話を交わす。
「魔王様の公演会は素晴らしいと、獣人の街でも噂になっているんですよ」
フェンリーナが穏やかに微笑む。
「あたしは鍛冶職人として、魔王様の武具を一度作ってみたいもんだねぇ」
ブリュンヒルダが豪快に笑う。
そこに大きな声のマダム・グランディオーザが割って入る。
「は〜〜〜ん♥魔王様、やっぱり生で見ると圧倒的だわ!!!セレウィンちゃんと並ぶと白と黒の対比した色男が引き立て合って、最ッ高ッッ!!!まとめて持って帰りたいぃぃぃ!!!」
全く同じことを考え、さらに口に出しているオカマを見て、私はメガネを指で上げた。
(こいつ……同士!!!わかっている!この後語りたいぃぃぃ〜〜〜!!!)
「それでは、本日のメインイベントへとご案内いたします」
議長に導かれ、私たちは美術館の奥へと進んだ。広い廊下の両側には、様々な芸術作品が展示されている。
やがて、大きなホールに辿り着いた。そこには既に多くの招待客が集まっていた。貴族や商人、芸術家たちが、今日のセレモニーを心待ちにしている。
ホールの中央には、大きな布に覆われた何かが置かれていた。明らかに人の形をしている――魔王サリオンの銅像だ。
「まず最初に、銅像の除幕式を執り行いたいと思います」
議長がそう言って、布で覆われた像の前へと案内した。
「両国の友好の証として、銅像は美術館メインホールに設置させていただきます」
「ふむ、楽しみだな」
サリオンが口角を上げる。その自信に満ちた表情に、私の心臓が高鳴る。
(魔王様が期待されてるぅぅぅうう!私が本気出した銅像にぃぃいいい!!!)
議長が合図をすると、係員が布を引いた。その瞬間――
「おおおおお!」
ホール中から感嘆の声が上がった。
現れたのは、玉座に座る魔王サリオンの姿。片手を肘掛けに置き、もう片方の手は軽く拳を握って膝の上に。脚を組み、僅かに顎を上げた、まさに支配者の貫禄を示すポーズだ。
銅像は細部まで精巧に作られていた。髪の一本一本、マントの襞、そして赤い瞳に埋め込まれたルビー、すべてが完璧だった。
(やばい、尊い、死ぬぅぅぅ〜〜!!!何度も何度も確認した甲斐があったわ!!!泣きそうぅぅ……)
私は以前、この銅像の製作過程を監修するために何度もこの都市を訪れた。彫刻家に細かい指示を出し、魔王様の美しさを余すことなく再現させたのだ。
「見事なものだ」
魔王サリオンが銅像の前に立つ。本物と銅像――二つのサリオンが並び立つ姿に、招待客たちが息を呑んだ。
(魔王様×魔王様!!!逃せないぃぃぃ〜〜〜!!!この瞬間を切り取れ私!!!)
私はスマホのカメラを構え、アラクネのように魔王様の周囲を這い回りながら連写した。
そして即座に、魔王様公式FCのサイトにアクセスする。
『速報!ヴェルディア自由都市連盟の美術館に、魔王様の銅像が設置されました!本物と銅像の並び立つ姿、圧巻です!』
写真と共に投稿ボタンを押す。今頃ファンたちは歓喜しているだろう。
そうしているうちにセレモニーは次の段階へと進んだ。
「さて、次は本日のもう一つの目玉でございます」
議長は私たちを促し、美術館の一番奥へと案内する。厳重な扉を抜けると、そこには特別展示室があった。
部屋の中央には、入念に封印を施した特別な布で覆われた四角い何かが置かれている。
「名画『自由への渇望』――数百年前、我が連盟の建国期に描かれた作品です。この絵には……呪いが宿っております」
招待客たちがざわめき、不安そうに顔を見合わせる。
「作者の強い念が絵に宿り、見る者の心の奥底に眠る『渇望』を刺激します。抑え込んでいた感情や欲望が、解き放たれ表に出てしまう……そのような呪いの効果がございます」
(呪いの絵画!恐ろしいわね……私にとっては特に……。魔王様にあんなこと♥や、こんなこと♥をしてしまうかもしれない……)
「この絵は長らく我が連盟で厳重に保管されておりましたが、三十年前に盗まれました。そしてその五年後、グランディール聖王国で発見され、長年の交渉を経て、ようやく返還されたのです」
聖王国――人族至上主義を掲げる国だ。魔族や他種族を差別し、聖王への信仰を絶対とする。我がアークデモニア帝国とは、価値観が真逆の国である。
(聖王国が、この呪いの絵をどう扱っていたのか……気になるわね)
「そして本日、魔王サリオン様に、この絵画に込められた呪いを封印する魔術を施していただきます。魔王様の圧倒的な魔力と魔術知識があれば、安全に鑑賞できる状態にしていただけると確信しております」
議長が深々とお辞儀をする。
「光栄だ。任せてくれ」
サリオンが頷くと、招待客たちから拍手が起こった。
「それでは、除幕いたします」
議長の合図で、係員が布を引いた。
その瞬間――
私の目に、美しくも哀しい絵画が飛び込んできた。
絵の中央には、美しい男が描かれていた。ぼろぼろの服を纏い、鎖に繋がれたその男は、涙を流しながら絵の右から差し込む光へと手を差し伸ばしている。
その表情は、苦しみと渇望が入り混じっていた。自由を求め、光を求め、しかし決して届かない――そんな絶望が、絵の中に満ちていた。
絵を見た瞬間、私の心の奥底に押し込めていた、様々な感情が浮かび上がってくる。
(魔王様と×××したい!!魔王様が▼▲▼で○○○と♥♥♥すれば……もっと魔王様を、もっと……!!!)
いや、違う。私は秘書だ。推しと適切な距離を保つのもFC運営の務め。私は強く首を横に振って、その感情を押し戻した。
だが、周囲を見渡すと、他の人々も明らかに影響を受けているようだった。
「魔王様神!魔王様神!魔王様記念グッズ買いに行きたい!売り切れる前に早く!!!」
ドビーの貧乏ゆすりが激しくなり、今にも走り出しそうだ。
「魔王様の服、普通の鎧より防御力がありそうだ……オリハルコンの短剣とどっちが強いか……」
ブリュンヒルダは腰に据えた護身用の剣に手をかける。
「やぁ〜ねぇ〜。本音なんていつでも声に出してるわよ!!!本命はバルたんよ!!!」
マダムが叫んだ。
(呪いの効力は本物ね。みんな本音が漏れ始めてる!!!)
そして――
私の視線がセレウィン議長に向いた瞬間、彼の口元が僅かに動いた。
声は出ていない。だが、読唇術が使える私は、唇の動きで何を言っているかはわかる。
――「魔王様ちゅき♥」
私はしばし思考停止した。そして急速に脳が演算を始める。
(おっふ!!!今、今、セレウィン議長が!「魔王様ちゅき♥」って!!美形×美形が尊いとかそんな話じゃないわ!!!ちゅきって何よ!ハイエルフだろ何歳なんだよ!キャーーーーーーー萌え死ぬ!!!!)
私の内心は完全にパニック状態だったが、表面は完璧に冷静な秘書の顔を保っていた。眼鏡の奥の目だけが、若干輝きすぎているかもしれないが、誰も気づかないだろう。
そんな周囲の混乱をしばし楽しそうに眺めていた魔王サリオンは、ニヤリとしながら宣言した。
「では、封印を施す」
サリオンが絵画へと近づいた、その瞬間――
ズシュウウウウウウウ!
絵画の額縁から、無数の黒い手が飛び出した。これは絵画の呪いではない。額縁に仕込まれた危険な呪術が発動したのだ。
「魔王様!!!」
私と観客に紛れていたヴァレンが同時に叫んだ。
だが、魔王様と絵画の距離はあまりにも近い。私たちがいる位置からでは、間に合わない。黒い手が魔王様を包み込もうとする――
「ふん」
黒い手がサリオンの体を掴もうとするが、彼はまるで気にした様子もなく、そのまま絵画の額縁に手を添えた。
「小細工をしおって……」
サリオンは額縁に魔力を込める。
バシュゥゥゥゥッ!!!
鋭い音と共に、閃光が走った。黒い手が一瞬で消滅し、絵画全体が淡い光に包まれる。
やがて光が収まると、絵画は穏やかな輝きを纏っていた。呪いは完全に封印され、もう誰が見ても安全な状態になっている。
「完了だ」
サリオンは満足そうに頷いた。
皆が安堵すると同時に、額縁に視線が注がれる。魔力を込めた時の熱で、額縁の金属が僅かに溶け、彼の手の形がくっきりと刻まれているのだ。
そして――その手形の位置が、絶妙だった。絵の中の男が光へと差し伸ばす手の、ちょうど延長線上。まるで、魔王様の手形に向かって手を伸ばしているように見える。
室内が、しばらく沈黙に包まれた。そして――
「魔王様が……絵を救った……」
誰かが呟いた。
「絵の中の男が、魔王様に救いを求めている……」
「いや、違う。絵が、魔王様に惚れたんだ」
招待客たちが、口々に囁き始める。
「自由への渇望が……魔王様への渇望に……」
(そういうことになるわね……!これは……聖地になるわ。間違いなく)
議長が、サリオンの元へと駆け寄った。先ほどまでの呪いの影響は消え、彼の表情は真剣そのものだ。
「魔王様、ありがとうございます。額縁に仕込まれた呪術まで……我々は気づきませんでした」
「聖王国の仕業だろうな」
サリオンは冷たく言い放った。
「封印の布に包まれていたため、いつ呪術が施されたのかは不明だ。聖王国で仕込まれたのか、移送中なのか、あるいはこの都市に入ってからなのか……証明はできない」
「……その通りです」
議長が悔しそうに唇を噛む。
「ですが、この絵は……このままでいいものか……」
「いや、これでいい」
意外なことを言ったのは、小人族代表のドビーだった。
「この手形こそが、魔王様がこの絵を救った証じゃ。美術的価値も、むしろ上がったと言えるのう」
「確かに……」
ブリュンヒルダが腕を組みながら頷く。
「『呪いの絵画を救った魔王の手形』……物語性があるねぇ。作家も市民も喜ぶだろうよ」
「それに」
マダム・グランディオーザが、商人らしい笑みを浮かべた。
「この絵を見に、多くの人々が訪れるわ!!美術館にとっても、都市にとっても、経済効果は計り知れないわね♥」
さすが商人、計算が早い。だが、彼女の言う通りだ。この絵は、間違いなく「聖地」になる。魔王サリオンのファンたちが、世界中から巡礼に訪れるだろう。
「では、そのように」
――
セレモニーが終わり、招待客たちが歓談を始める。私は部屋の片隅で再びスマホを取り出した。
『速報!名画「自由への渇望」に魔王様が封印を施されました!絵が魔王様に救いを求め、魔王様がそれに応えた……まさに奇跡です!』
写真と共に投稿する。そして、魔導SNSのトレンドを確認した。
#騎士団長ガルド神対応
#二人の魔王様
#魔王様呪いの絵画魅了
どれも、すでにトレンド入りしている。
(完璧ね……今日のイベントは大成功だわ)
私は再び魔王様の方を見た。議長や評議会メンバーたちと談笑するサリオンの姿は、まさに完璧だった。
(魔王様の笑顔!!!世界が輝くわぁぁ〜〜!!そして……新たな同志も見つかって、楽しみが増えたわね)
――
次回予告
サリ×ヴァレ?ヴァレ×サリ?魔王様カップリング騒動
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